第90話 例え”情けない王女”と呼ばれようとも
キタヤマ達が出掛けてから数日後。
「おーいチビ共、今帰りかぁ?」
雑用系のお仕事が受けられるギルドの隣の建物から出た瞬間、カイルさん達に声を掛けられた。
どうやら彼等も仕事が終わった所らしく、皆鎧が汚れている。
「お疲れ様です、戦風の皆さん」
「相変わらず固いなぁノイン。 旦那の所のちびっ子とは思えねぇぞ」
「キタヤマは……アレはちょっと例外というか、結構ズイズイ行きますからね」
「ハハっ、確かにな」
なんて世間話をしていると、飯でもどうだとギルドを指さされる。
とはいえ孤児院に帰ってから夕飯は作るし、断ろうか考え始めた所でチビ共が「食べる!」と一斉に答えてしまった。
「お前等……帰ってから飯食えなくなるぞ? それに無駄遣いばっかりしてられるほど余裕がある訳でも――」
「だったら少しつまむくらいで済ませておけば良いじゃねぇか、奢ってやるから金の心配はすんなよ」
ガッハッハと豪快に笑いながら、結局ギルド内部へと連行されてしまった。
両開きの扉を開けば一瞬だけ皆の視線がこちらへと向き、そして少しだけ静寂が訪れる。
しかし次の瞬間には、皆視線を外して酒を飲んだりクエストを確認したりと普段の作業に戻る。
何度訪れても、未だこの瞬間だけは慣れない。
悪食のリーダー達の様に、いつか堂々と歩を進める事が出来る様になるのだろうか。
「報告済ませて来ちまうから、先座っててくれ」
とかなんとか言って、カイルさん達はカウンターに向かって進んでいく。
その姿を見て、周りの連中がヒソヒソと「戦風だ……」なんて呟いている声も聞こえてくる事から、やはり凄い人達なのだろう。
なんであの人たち悪食と仲良いんだろう……。
なんて事を思っていると、エルの奴が急に走り出した。
スキンヘッドで、強面のウォーカーの元へと。
「ちょ、エル!」
慌てて呼び留めようと追いかけるが、如何せん気が付くのが遅れた。
先に相手の元へとたどり着いたエルは。
「あの、この前は……すみませんでした! 勝手に槍使っちゃって」
そんな大声を上げてから、すごい勢いで頭を下げているではないか。
報告は受けている。
何でもチビ共数名が“勇者”と遭遇し、エルが襲い掛かったんだとか。
どうやらその時に迷惑を掛けた相手だったようだ。
「あぁ、エル坊か。 気にすんな、むしろすげぇモンが見れたよ。 それと……もう大丈夫なのか?」
意外や意外、怖い顔のおっちゃんが目尻を下げながらエルの頭に手を置いている。
「はい、もう大丈夫です。 キタを、悪食のリーダーを人殺しにはしたくないんで。 代わってやるなんて言われたら、一旦は飲み込むしかないです」
「クハハッ! そりゃおっかねぇ。 “悪食”を敵に回すのはちとゴメンだなぁ」
話が盛り上がって来た所で、周りのウォーカー達もワラワラ集まって来る。
なんだなんだと唖然としていれば、何人ものウォーカーが俺達を笑顔で手招きしているではないか。
「ほら坊主共、お前等もこっち来い! 何でも好きなモン頼んで良いぞ! 俺らの奢りだ!」
「おいエル、また槍使ってる所見せてくれよ! ありゃ凄かった。 他のチビ共の技も見て見てぇな」
「お、いいな。 今度訓練場でも借りるか」
なんか……凄い事になってしまった。
結局カイルさん達が戻って来ても俺達は囲まれたままだし、目の前にはドンドンと料理が運ばれてくるし。
こんな扱い受けて良いのだろうか?
なんて、若干気まずくなりながら料理を口に運んでいると。
ズバンッ! と大きな音を立てながらギルドの扉が開いた。
そして、入ってくるのはフルプレートに身を包んだ集団。
肩に国のエンブレムが入っている事から、すぐに国の兵士なんだと理解出来る。
が、何故ウォーカーギルドに?
「支部長様はいらっしゃいますでしょうか? そして、皆様にもお話があります」
凛とした声が、ギルド内に響いた。
誰しもポカンと口を開けている中、兵士達の間から姿を現したのは綺麗なドレスに身を包んだ少女。
どう見たってお姫様。
見た目の年齢は、ミナミやノアとそこまで変わらない様に見えるが。
あんな女の子、王族に居たのか?
そんな事を考えている内に、カウンターの奥から支部長が顔を出した。
「こ、これは……一体」
ボソボソと呟きながら膝を折ろうとした支部長に対して、彼女は片手を差し向けソレを止める。
そして。
「今日は、本当に身勝手な依頼を……皆様に“お願い”をする為に参りました。 始めまして、ウォーカーの皆様。 私はこの国の王女、シルフィエット・ディーズ・エル・イージスと申します」
彼女は静かに、俺達に向かって頭を下げた。
王女。
俺達とは身分の差が天と地もありそうな存在が、今目の前で頭を下げているのだ。
は? え? という混乱した声が周囲から響くのも仕方がない。
俺だった意味が分からない。
王族というのだから、偉そうに命令するのなら分かる。
だというのに、彼女は貴族風な挨拶をする訳でもなく、普通に頭を下げている。
申し訳ない、ただそれだけを表現するかのように。
それから……この国に“王女”なんて居たのか?
「この国には“厄災”と呼ばれる危機が迫っております。 簡単に説明しますと、“未来を視る称号”を持った者が予知した危機、ソレがもうすぐ訪れます。 ソレは国を亡ぼす程の脅威、以前の防衛戦とは比べ物にならないでしょう。 その戦闘に、皆様の御助力をお願いしたく、参上いたしました」
そんな事を言いながら、彼女は更に頭を深く下げる。
そして、周りの兵士達も。
こんな事ってあり得るのだろうか?
だって、彼女達は国のトップだ。
誰よりも偉い人間達なんだ。
その彼女達が、俺達に頭を下げて頼みごとをしている。
……なんだこれ?
「王女……? 聞いた事ねぇぞ」
「私はおかしな称号を持っています。 その為、隠されて来た存在。 この場の殆どの皆様は、この国に王女が居る事さえ知らなかったかと思います。 私もまた、その“未来を視る称号”を持っています。 だからこそ、戦争の火種になる可能性がある。 その為、今日この時まで隠され続けて生きて来ました」
「おいおい、マジかよ……えっと、敵の規模は?」
ウォーカーの誰かが呟いた。
「わかりません」
「いつ来るんだ?」
「わかりません。 ただ、今年の初雪が降るその日に、としか」
「そんな曖昧な情報で、人が集まるなんて……」
「思っておりません。 ですから、無理なお願いをしに参りました。 そして、本当に“無理だ”と思う方は今の内に逃げて下さいませ。 王からの“命令”が下る前に」
え? と、何処からともなく声が上がる。
彼女は今何と言った?
「この度の厄災、言い方を変えれば戦争になるでしょう。 なので、他所の国で生きられる方々、逃げられる場所がある方は逃げて頂いて結構です。 いえ、この言い方は良くありませんね。 私達は、藁に縋る想いでこの戦に挑む事になります。 なので……特に家族のおられる方は、逃げた方がよろしいかと思われます」
続けざまに放たれる言葉に、誰しも困惑する中。
彼女はスッと顔を上げてから、真っすぐに俺達の事を見つめた。
「それでも、私達は戦わなければなりません。 ですからどうか、一人でも多く。 力を貸して頂けませんでしょうか? お願い申し上げます。 ……満足いく報酬が支払えるかも分からない、皆様の安全を保障する術はない。 そんな情けない今の王族ではありますが……どうか! どうか皆様のお力を貸しては頂けないでしょうか!? お願い申し上げます!」
必死で頭を下げる彼女に従って、周りに居た兵士達も頭を下げる。
誰も彼も、腰を折る程に深く。
とんでもなく異常な光景だ。
王族が、俺達みたいな下っ端にココまでしているのだから。
なんて、皆が呆けていると。
「“戦風”は受けるぜ、その依頼」
「元騎士なんだ、俺も受ける。 ハッ、いつから王族はココまで謙虚になったんだよ」
カイルさんが声を上げ、続けてギルさんも立ち上がった。
一瞬だけギルド内は静まり返り、そして姫様も驚きの表情を浮かべている。
しかし。
「俺もだ! 乗った! 報酬は分かんねぇけど、国のトップに貸しが作れるんだろ!? やってやらぁ!」
「フフッ、これでも貴族の端くれですからね。 王族に頭を下げられて、尻尾を巻いて逃げたとなれば家名に傷がつきますわ。 私の名はエレオノーラ――」
「しゃぁねぇなぁ、俺らのパーティも参加だ!」
「ちょ、ちょっと名乗りの途中で――」
「俺らも行くぜ! いけすかねぇ王様なら鼻で笑ってた所だがな!」
彼等の声に釣られたかのように、そこら中から上がって来る雄叫びと名乗り文句。
そして。
「よう、“悪食”はどうするんだ?」
「え?」
カイルさんが、俺の肩を叩いた。
「今旦那は居ないんだろ? そんでもって、この場に居る“悪食”はお前達だ。 どうする? チビっ子たちが多いんだ、逃げても良いんだぜ?」
リーダーの判断が仰げないこの状況。
俺の意思だけで、“悪食”を動かす訳にもいかない。
だとしても、そうだったとしても。
この状況で、“アイツら”が名乗りを上げない姿なんて想像出来ない。
「俺も……“悪食”も参加する。 ココは俺達の街だ、俺達が守るんだ」
「ハハッ。 格好良いじゃねぇか、ノイン」
最悪、参加者は俺だけになるかもしれないが。
流石にチビ共を同行させる訳には行かない。
だったら、俺だけでも参加しないと。
“悪食”はこの戦場に参加しなかった、なんて言われたら恰好が付かないというものだ。
そんなのは、俺自身が認められない。
俺の知る“悪食”は、いつだって格好良かったんだから。
「とはいえ、前には出んなよ?」
「状況次第です」
「生意気なクソガキめ」
そんな会話をしながら、カイルさんから軽いゲンコツを貰ってしまった。
あぁもう。
こんな時にアンタ達は何やってんだよ、リーダー。
早く帰って来ないと、俺らだけで全部貰っちまうからな?
――――
「しゃぁぁっ!」
二本槍を振り回しながら、何体もの魔獣を切り払う。
全く、キリがない。
いくら掃っても次から次へと湧いてきやがる。
相変わらず、随分とペットが多い御様子だ。
「こうちゃん、しばらく任せろ」
「正面から来るデカいの抑えるから、北君はちょっと休んで」
「わりぃ! 頼むわ!」
タンッと軽い音を立てながら下がれば、周囲から襲い掛かる魔獣を西田が端から仕留めていく。
更には東が盾を構え、ど真ん中に突っ込んだ東が獣の群れに道を開ける。
そして。
「上空から来る無礼者はこちらにお任せを!」
「一匹も通さない」
俺らの周囲に、バタバタと落ちてくる鳥の魔獣。
南と白の遠距離組が、随分と頑張ってくれている様だ。
これで上からも襲われたら、たまったもんじゃないからな。
「そろそろ集まりましたかね……行きますよ、皆様。 “煙界”!」
地面にナイフを突き立てた中島がそんな事を呟いたかと思えば。
それはまさに厨二病の化身。
ナイフの先から黒い影が伸び、目の前にいる魔獣達を黒い煙が包んでいく。
どいつもこいつも急に視界が遮られた事に驚いたのか、一瞬だけ動きを止める獣たち。
「ナイスですナカジマさん、これならいっぺんに巻き込めます! 皆様回避を! “氷界”!」
黒い煙から全員が退避した事を確認してから、アナベルが杖を真正面に向ける。
前にも見た、範囲魔法。
全てを白く染める驚異的な氷の魔女っぷりだが、今回は黒い煙に巻かれてどうなっているかよくわからない。
なんて事を考えて居る内に。
「アイリさん! 後はお願いします! バフは掛けました!」
「了解! いっくよー! “インパクト”ォォォォ!」
何やら魔法を行使したらしいアイリが、振りかぶった拳を虚空へと向けて放つ。
すると、どうだろうか。
ガシャァァン! と正面からガラスが砕けた様な音と共に、ダイヤモンドダストの様な氷の粒が周囲に広がった。
「お見事です、皆様」
「うわ、すご。 アイリさんコワ」
後方からそんな声が漏れる。
思わずソレに同意してしまう程に、広範囲殲滅戦に長けている組み合わせ。
動き回る獣を止め、凍らせ、砕く。
えっと、あの。
君らのコンボ凶悪過ぎませんかね?
いつ考えたのソレ。
俺ら三馬鹿もういらなくない?
君ら美男美女三人衆で良いではないですか。
そんな事を思ってしまうくらいに、見事な連携。
そして、中島がチンッ! と格好良くナイフを腰の鞘に納めて黒い霧を払えば。
「うわぁお、なんにもいない」
ビックリするくらいに、何も残っていなかった。
あるのは、魔石がぽろぽろして居るくらい。
その魔石さえも、半分以上は先程の攻撃で吹っ飛んでいった事だろうが。
「それじゃ今回も魔石の回収、そんでもってリーダーのつまみ食いタイムの間に休憩ってことで」
「なんかその言い方凄く嫌だな」
ケラケラ笑うアイリに肩を叩かれ、皆は周囲に散らばった魔石を集め始める。
あの全てをこれから握りつぶさなければいけないのか……。
そんな事を思うと、思わずため息が零れるが。
とはいえ、皆俺の“魔封じ”の為にやってくれているのだ。
サボる訳には行かない。
「最初からこれだったら……俺に“デッドライン”とか意味分からん称号付かなかっただろうな……」
「いやぁ、付いたと思いますよ? デッドライン。 何たってキタヤマさんですし」
何だか納得いかないお言葉を貰いながら、結局俺の前には魔石が山の様に積み上げられるのであった。
プチプチタイム、開始である。
目的の神殿? まではもうちょっと。
そっからが本番だってのに、俺たちは未だに首輪魔獣を相手しながら、こうして魔石を握りつぶす作業を繰り返しているのであった。
あぁくそ、寒い。
雪でも降りそうな夜だ。
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