第89話 [  ]の英雄


 まずは俺達の現状を説明し、姫様からもお話を伺う。

 予想はしていたが、やはり姫様は“未来予知”が出来るご様子で。


 「その魔法……称号? で俺達の事を見たから助けてくれたって事なんですかね?」


 「聞こえは悪いかもしれませんが、そうなりますね。 私は、というよりも私の能力は国にとって重要なモノ。 おいそれと人前に出る事自体が許されておりませんので」


 「そんな事を言いつつ、俺らと会う時大体アグレッシブな気が……」


 「それくらい重要だと感じたと言う事です。 貴方方が召喚された日、急に英雄譚が見え始めるのですもの。 その瞬間に貯金箱を叩き割ってマジックバックに突っ込んだくらいです」


 あれ……姫様の貯金箱から出た金だったのか……。

 非常に便利そうな能力に思えるが、彼女の説明によると思ったより不便なモノなんだとか。

 まず一度未来を視ても、それは確定ではない。

 少なからず、というか未来が大きく変わる事も少なくない。

 予想外の人物の介入だったり、ほんの少しのズレがその後大きくなったり。

 それ以上に、俺達“異世界人”の未来は非常に変わりやすいのだとか。

 そんでもって彼女の見た最初の“未来”では、俺達が“英雄”として語られていたらしい。

 いや、普通にあり得ませんがな。

 今ではその光景が見えなくなってしまったという事で、一安心な訳だが。


 「それってさ、あんまりアテにしなくても良いんじゃないか?」


 「と、言いますと?」


 だって、そもそも俺ら“悪食”は英雄って柄じゃないし。

 なんて言えるはずもなく。


 「目星くらいな考えで留めて置いて……あぁ~その“厄災”? は、確かに警戒しておいて損はないと思いますけども。 全部“英雄”様に期待するのも違うんじゃねぇかなって」


 「……えっと?」


 「あぁいや、姫様の称号を否定してる訳じゃないんだ。 でも、そんだけ未来が変わるなら、振り回されっぱなしじゃないかと思って。 確かに大事の時に活躍した奴らは語られるだろうよ。 でも、活躍すんのは、その“英雄”様だけじゃない訳で。 いろいろ居るだろ? 指示を出す奴、裏方、サポーター、現場管理、現場で先頭に立つ奴。 ソイツ等全員ひっくるめて“英雄”でも良いんじゃねぇかなって。 あぁもちろん旗印は必要だろうが……ソイツだけを“英雄”って語るのは違うんじゃねぇかなって思ったんだが……違うのかな? すまん、ちょっと良く分かんねぇ」


 どうしても“こっち側”の常識に不慣れな俺は、頭を……というか兜をポリポリと搔きながら言葉を紡ぐ。

 結構慣れて来たとは思っていたのだが、流石に英雄様が云々かんぬんなど分かる訳がない。

 姫様の言う、彼女の能力。

 “まだ見ぬ英雄……なんとやら”

 未来で活躍した人物を彼女に読み聞かせする様な能力だと言うが。


「まぁ何というか、そういうデカい事って一人で片付ける事じゃねぇと思うんだわ。 “こっち側”の英雄様なら分からんが、俺の感覚では一人だけならどうしたって大した事は出来ねぇ。 だからこそ、俺は仲間を頼る。 俺が出来る事ならやるが、出来ねぇ事は仲間に頼んでやってもらう。 ソレが俺達、“悪食”っていうクランだ。 だからこそ、姫様の言う“英雄”にはなれないんじゃねぇかなって。 そもそも、俺らの活動は“語り継ぐ”奴がいねぇからな。 いっつも森の中で、見てる奴なんかいないし。 英雄ってのは、語り継がれてなんぼなんじゃないのか?」


「……たしかに。 誰にも見られずに偉業を成すのなら……ソレは英雄にはなり得ない、かもしれませんわね」


「だからこそってわけじゃねぇが、一応宣言しておくよ。 俺達は、“勇者”にも“英雄”にもならねぇ。 そんでもって、俺たちは“物語の主人公”にはならねぇ、というかなれねぇ。 俺達は何処までも一般人で、どこまでも普通のウォーカーだ。 すまんな、期待に沿えなくて」


 そう言いながら席を立ち、ペコッと頭を垂れる。


 「で、でも“聖女”を救いに行くんでしょう? それは普通の人では出来ない偉業です、その功績を国に訴え掛ければあるいは――!」


 「言っただろ、俺たちはどこまでも一般人だ。 英雄じゃない。 そもそも今回の仕事を達成できるかも分からねぇし、達成したとしても求めるのは金だ。 庶民ってのは、その為に毎日汗水垂らして働くもんでね」


 なんて事を言いながら、思い出した。

 マジックバッグに手を突っ込んで、白金貨三枚を彼女の前に並べる。


 「今の内に返しておくよ、ありがとう。 本当に助かった、感謝してる。 マジックバッグは……すまん、もう少し貸しておいてくれ。 コイツには今、皆の装備もしこたま入ってるんでな」


 スマン、と手を合わせてみれば。

 彼女からは呆れたような微笑みが返って来た。


 「全て、貴方達に差し上げたつもりでしたのよ?」


 「無償で貰う訳にもいかんだろ。 俺達は、姫様に何かしら対価を返せる“すげぇ奴等”じゃねぇからな」


 そう言って笑ってみれば、彼女からも微笑みが返って来た。

 そりゃもう、歳相応の可愛らしい笑みで。


 「どこまでも偏屈で、真っすぐな人達ですね。 確かに、“英雄”は似合いませんわ」


 「だろ? とはいえよ、俺らに出来る事だったら……その、なんだ。 借りもあるし」


 「?」


 ガシガシと首を掻きながら、恥ずかしい台詞を口にする。


 「もしもの時は、アンタの望みを言ってくれよお姫様。 ノアを……魔人の子を俺達に預けたアンタの事だ。 何かしら望んだエンディングがあるんだろ? 本当に困った時はちゃんと言ってくれ。 その時は、出来る限り協力してやる……てか、全力で助けてやる。 俺らの今の生活は、姫様が居たからこそ成り立ってる訳だからな。 出来る限り、になっちまうが、俺達も姫様一人くらいなら守れる程度には鍛えたつもりなんで。 いざとなれば姫様一人攫って、他所の国に逃げる事くらいはやってやるよ」


 「私だけなら、助けてくれるのですか? 私を、“そちら側”へ連れて行ってくれるのですか?」


 「ま、緊急事態ならな。 今やったら犯罪者になっちまうから無理だが。 もしもその“厄災”とやらで国が亡びる様なら……国を救うのは無理でも、姫様だけは助けてやるよ。 どんな手を使ってでも、な。 攫われる準備だけはしておいてくれ」


 そんな訳で、俺は部屋を後にした。

 向かうのは、待ちくたびれているだろう仲間達の元。

 どうという事は無い、いつも通り“狩り”の為に俺たちは森に向かう。

 こんな英雄が居てたまるか。

 国の危機、人類の危機。

 悪いとは思うが、俺達にどうにか出来るとは思わない。

 危ないと思ったら逃げるのだ。

 家族総出で、夜逃げすれば良い。

 それが俺達で、“向こう側”でも“こちら側”でも性格は変わっていない。

 どこまでも庶民で、どこまでも普通。

 そんな俺達が、“英雄”なんぞに祭り上げられる訳が無い。

 きっと、姫様が見たって言う未来が間違っていたのだろう。

 そして“見えなくなった今”こそが、正常なのだ。


 「この仕事が終わったら、夜逃げの準備はしておくか……」


 情けなくも、そんな事を呟きながら。

 俺は仲間達の元へと戻るのであった。


 ――――


 「姫様、いらっしゃいますか?」


 一人の兵士が中に入って来て、キョロキョロと室内を見回している。

 どうやら、こんなに近くに居るというのに見つけられないらしい。


 「ココに居ます」


 「しっ、失礼しました!」


 先程から席に座りっぱなしだったったというのに、彼には私が“見えなかった”。

 これも“影”の影響。

 普段から気配が希薄になり、意図的に視界から外させる。

 もはやパッシブの魔法みたいなものだ。

 こちらから何かしらのアピールをしない限り、相手には気づかれない。

 まるで、この世界に私が居ないみたいに。

 だというのに。


 「あの人は、私を平然と見つけるのですね」


 キタヤマ コウタ。

 彼だけは、最初から私の事をしっかりと見つめていた。

 声を掛けた次の瞬間にはすぐさま私の事をその瞳に捕らえ、逸らす事も意識を外す事も無かった。

 他の人物が眼を逸らしたり、気付かなかったりする中で。

 彼だけは、私の瞳を真っすぐに見てくれたのだ。

 多分、アレが彼の特性。

 報告では“無属性”な上に魔法も使えないと聞いているから、“特性”という他ないのだろう。

 他の魔法や称号の効果を無効化するのか弱らせるのか、それとも“見る”事に特化しているのか。

 もしくはそんな特別な事では無く、誰かを見つける事が純粋に上手いのか。

 詳しくは分からないが、それでも。

 アレだけ真っすぐに見つめられたのは、いつぶりだろうか。

 また、英雄譚の続きが見えてしまった。


 「名も無き英雄、その活躍を知る者は無し。 かの者の名も姿も、そして活躍さえも、誰も知らない。 だがしかし、彼らは英雄だった。 自らの為、仲間の為に勇敢に戦い。 清らかなる者を救い出すその姿は、金色の剣を掲げる英雄よりも、遥かに英雄たらんと知らしめる行い。 しかしその道は修羅の道、茨の道。 その姿は、血塗られた獣が必死に生きようと足掻く滑稽な姿にも見える事だろう。 彼等の名は語られない、だからこそ[  ]の英雄。 黒き鎧は誰にも知られる事もなく、この地に偉業だけを残す事であろう」


 「……姫様?」


 ブツブツと呟き始めた私に、兵士は不信そうな瞳を向けてくる。


 「あぁ、なるほど。 貴方の言った通りです。 英雄とは、語る者が居なければ成立しない。 だからこそ、貴方達は英雄にはなり得ない。 しかし英雄以上の活躍を見せる。 だからこそ、“無名”。 名も無き英雄。 語られない英雄譚、多分語り手はただ一人……私だけ。 あは、あははは……そっか、そう言う事ですか。 甘えるなって事ですか。 頼ってばかり居るなって、そう言っているんですね? でも、最後にはちゃんと助けてくれるんですね。 貴方達は……」


 「ひ、姫様?」


 オロオロとしている兵士を睨みつけ、勢いよく立ち上がる。

 その際、ビクッと反応されてしまったが。

 もう、私は迷わない。

 全てを“視る”と決めたのだ。

 今この瞬間にも、数々のシナリオが頭の中に浮かんでは消えていく。

 私自身が行動する事で選ばれる未来もある、という訳だ。

 だったら。


 「すぐに馬車を用意なさい! 王宮に戻ります! そして……お父様を引っ叩いてやります! 自分の国くらい自分で守れと、一発ぶん殴ってやります! 英雄を待つのではなく、私達が英雄になりますよ!」


 「は、はっ!」


 訳が分からないであろう言葉を受けながら、兵士はすぐさま走り出してくれた。

 “彼”を再び直接見た事で、はっきりと“理解”する事が出来た。

 私が間違っていた。

 過去のお告げを信じて、私自身も“異世界人”に頼り切っていたのだ。

 これでは、お父様と何も変わらない。

 それどころか度々口をつぐんで、放っておいた。

 これじゃお父様やお兄様を悪役に仕立て、私は悪くないと目を逸らしている大馬鹿者じゃないか。

 そんなの、嫌だ。

 私が見た“英雄”は、私に見えなくなった所でも“英雄”だった。

 だったら、私は。

 彼等から見て、ちゃんと“お姫様”であろう。

 彼等が敬ってくれるような、立派なお姫様とやらになってやろうではないか。


 「前線に立ってやります。 この力を使って、犠牲を最小限に抑えてみせますとも。 この国のお姫様は凄いんだって、知らしめてやります。 他の国にも、“貴方達”にも。 だからこそ、必ず帰って来て下さいね。 今の私には、色々と“視えて”いますから」


 “10年後、初雪が降るその日。

 この国を亡ぼす“厄災”が降りかかる。

 それに立ち向かうのは、異世界から訪れた勇気ある者達“


 “異世界から訪れた勇気ある者達”。

 そりゃこれだけ呼べば、戦闘に異世界人も参加する事だろう。

 勇者やらその友達やら、下手すれば“悪食”だって。

 そして当然、この国の兵士やウォーカーだって大勢参加する事だろう。

 その全てが、“勇気”を持って立ち向かう。

 お母様の英雄譚が外れているとは言わない。

 しかし私達の称号は、どこまでいっても“物語”なのだ。

 現実がそうとは限らない。

 伝え方によっては、主人公だけが輝いているかのように描かれる事だってあるのだ。

 彼の言った通り“脇役”である私達が活躍してこそ、厄災は退けられるのなら。

 だったら。


 「旗印は“異世界人”の誰かだったとしても、“厄災”を止めるのは私達であっても何の問題も無い」


 この国の、全てを使おう。

 国を亡ぼす厄災を防ぐ為に。

 戦える人達には、全員に頭を下げて回ろうじゃないか。

 情けなくとも、意地汚くとも、“生き残る”為に。

 そして、この国を救う為に。

 泥にまみれて、この姿が“真っ黒”になろうとも。

 助けを求め、協力を叫び、“獣”の様な声になろうとも。

 私は、この国の民を救う為に愚者となろう。

 頭を下げて回る王族と、“世間知らず”と罵られようと知った事か。

 “生き残る為に足掻く”。

 それが、私の今できる事なのだから。


 「やってやります。 私は今から、彼等の様に“我儘”になる」


 私は今日この時から、籠の鳥ではなく、“お姫様”になってやるのだ。


 ――――


 『本当に良いの?』


 そんな声が、どこからか聞こえた気がする。

 うっすらと目を空ければ、忙しそうに動き回る人々。

 どうしたんだろう、いつもならもっとみんなゆったりと動いているのに。

 私にも何か手伝える事があるかな?

 そんな感想を抱きながら、ボーッとその光景を眺めていると。


 『貴女は、コレで良いの?』


 まただ。

 あの声が聞こえた。


 「……誰?」


 声を返せば、周囲に居た人々は驚いた顔をしながら私の事を見上げている。

 この人達じゃない。

 というか、女の人の声だった。

 周囲には神官服を着た男の人しかいないし、多分違う。

 じゃあ、一体誰なんだろう?

 ゆっくりと周囲を見渡してから、部屋の奥に広がる洞窟で視線が止まった。

 別に確信があった訳じゃない。

 でも、何となくこっちから聞こえた気がする。

 というよりも、アッチに何かが居る気がするのだ。


 「おいどうなっている! 聖女が起きているぞ!」


 誰かが叫んだ。

 あぁ、嫌だなぁ。

 大きな声で怒鳴られるのは好きじゃない。

 私に向けられた声じゃなかったとしても、思わずビクッと身をすくめてしまう。


 「落ち着いてください……多少目が覚める事などいつもの事。 慌てる程では――」


 「そんないい加減な仕事でどうする! 国を落とすのであろう!? 俺がトップに立った暁にはお前達“教会”の地位も確たるモノに保証してやると言っているんだ! いい加減緊張感を持て! 失敗は許されないんだぞ!」


 そんな事を叫ぶ彼を、どこかで見た事がある気がする。

 そうだ、確か国の王子様だった気がする……よく覚えてないけど。

 お城の中でも教会の人と話している所を良く見かけたし、彼がここに居ても不思議じゃないのかな?

 良く分からないけど、すごく機嫌が悪そうだ。

 あんまり近づきたくないなぁ……なんて思った所で、私は今動けない訳だが。


 『助けてあげようか?』


 再び、あの声が聞こえた。


 「何から?」


 『言葉にしなくて良い。 思い浮かべるだけで、私には伝わるから』


 「おい、完全に覚醒しているじゃないか! こんな調子で他の術式は大丈夫なんだろうな! 緊急時の魔法陣ももう一度確認しろ!」


 「落ち着いて下さい王子。 全て順調ですから――」


 やけに耳障りで、怖い声を上げる彼に顔を顰めながら眼を閉じる。

 そして。


 『これで、聞こえる?』


 『大丈夫、聞こえるよ』


 不思議な相手とのお話しが始まった。

 聞いている限りは私と同じくらいか、もう少し幼い印象を受ける声。

 なんだか、久しぶりだ。

 こうして同い年くらいの子と話すのは。


 『えっと、はじめまして。 私は神崎 望っていいます。 良かったら望って呼んで下さい』


 『カンザキノゾミ……変な名前ね。 どんな意味が有るの? 貴女異世界人でしょう? 異世界では、名前に意味を乗せるんでしょ? まるで魔術みたい、面白いよね』


 『えっと、意味……ですか。 望っていうのは、こうしたい~とか、こうありたい~みたいな? その人が望む……じゃそのままか。 でもそうですね、その人の願い……みたいな感じでしょうか? まぁ、その、読んで字のごとくです』


 正直、何故両親が私にこの名前を付けたのかは知らない。

 だからこそ、私の“名前”の意味としては違うのかもしれないが。

 でも、“望”という言葉の意味としてはコレくらいしか思いつかない。

 きっと初美なら、もっと綺麗な答えを出してくれたんだろう。

 きっと優君なら、呆れた顔を浮かべながらも「大体合ってるよ」なんて言ってくれるのだろう。

 その二人は、今この場に居ないが。


 『寂しそうだね』


 『……やっぱり、寂しいのかな?』


 『わからないの?』


 『うん……私、考える事が苦手っていうか。 そういう病気みたいだから。 普通の人より、ずっと馬鹿なの。 上手く考えが纏まらないの』


 『ふ~ん?』


 しばらく、会話が途切れた。

 とはいえ気まずい様な沈黙では無く、相手が悩んでいるのを待っているかのような沈黙。

 こういう静けさは、結構好きだ。

 初美も優君も、答えに迷うと黙ってしまう。

 そして二人共、口元に手を当てながら必死で答えを捜すのだ。

 どんな些細な質問でさえ。

 それを見ると、なんだかすごく嬉しくなる。

 私みたいな“不完全”な存在の相手をしてくれるばかりではなく、ちゃんと真剣に考えて答えを返してくれるんだって実感できるから。

 そんな二人が、大好きだった。


 『偉そうな事言っておきながら、私に出来る事って結構少ないんだ。 でも、もう一回聞くね。 寂しい?』


 「……寂しい、かも」


 ポロッと、思わず声が漏れた。


 「何も出来ないけど、私なんか何の役にも立たないけど。 それでも隣に居たかった、近くに居たかった。 迷惑かけちゃうし、負担にしかならない。 だから私はココに居ようって、役に立てるならって思って。 でも、やっぱり友達と一緒に、好きな人と一緒にずっと居たかった。 こんな望み、我儘以外の何でもないけど……」


 呟きながら、乾いた笑いが零れた。

 こんなの、普通の人から見たら笑われちゃう。

 どの面下げてって言われちゃう。

 でも、私には上手くできなかったんだ。

 自分で考えて、良い結果を出す方法が導き出せなかったんだ。

 どうしたって目先の問題に集中すると、他の事が分からなくなってしまう。

 そういう病気だから、なんて言い訳だ。

 私は弱い。

 弱いからこそ皆を、身近な人を頼った。

 でも、ソレだけじゃ“この世界”は生き残れない。

 多分、“向こう”の世界だって。

 だからこそ。


 「私にあげられる物なら、何でもあげる。 だから、“力を貸して”。 私も、役に立ちたい……」


 この身を対価に、支払おう。

 それくらいしか、私には差し出せるモノがないから。

 それくらいしか、差し出せるものが無いから。


 『“助けて”、じゃないんだね。 意外だよ、人間はもっと弱い生き物だと思っていたのに。いいよ、“私”をあげる。 だから、名前を頂戴。 出来れば、貴女と関係するような名前が良い』


 「名前、関係する名前……」


 ただ一つの事に集中する、コレだけは得意だった。

 とはいえ、別に他の人より成果を上げられるかと言えば……そういう訳ではないが。


 「叶うって書いて、“カナ”はどうかな? 私は望む、そして望みが叶うって事で“カナ”。 二人で居れば、きっと望みは叶う。 あはは、結構安直ではあるけど」


 そんな事を呟けば、しばらく沈黙が続く。

 やっぱり、簡単過ぎたかな?

 なんて事を思い始めたその時、建物内に獣の雄叫びが響いた。

 ビリビリと肌で感じる様な、とても大きな雄叫び。


 『私の名は“カナ”。 聞き届けるよ、聖女。 魂さえも蘇らせてくれた対価を、支払おう。 さっきも言ったけど……“私”をあげる、貴女の足りない所は私が補って上げる。 だから、ね? もう魔法を止めて? コレ以上は、私の体だけが蘇っちゃう』


 洞窟内に、再び鼓膜が張り裂けそうな獣の叫びが響いたのであった。

 その声はどこか、泣いている様に聞こえた。

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