第88話 出発、の前に


 アレから数日が経ち。

 俺達はドワーフ組から前回失った装備の代わりを受け取った。

 そりゃもう、山の様に。


 「ニシダやミナミの分だけじゃねぇ。 キタヤマの槍やアズマの盾も補充しておいた。 無事に帰れよ?」


 やけに険しい顔をしながら、ドワーフ四人衆は次々と武器の類をマジックバッグに放り込んでいった。

 そして。


 「しばらく孤児院を空けることになりますが、よろしくお願いいたします」


 「えぇ、お任せくださいナカジマ様」


 業務連絡の如く、数々の指示をクーアや子供達に飛ばしている中島。

 その恰好は、久々に見たと言っても良い革鎧と燕尾服組み合わせスタイル。

 西田の様な兜も被っている辺り、完全に戦闘態勢だ。


 「今回は今まで以上に過激なピクニックなんでしょ? 理由さえ聞かなければ、十二分に楽しめたかもしれないのにね」


 「本当ですよ。 何故あんなのに手を貸すのか……なんて、いつまで言っていても仕方ありませんね。 私達のリーダーは、そういう人ですから。 若い子には可能性を、更生のチャンスを与えようとする人です」


 「そうじゃなきゃ、こんな悪ガキ、預かったりしない」


 「おい、シロ。 何で俺の方を見てるんだよ」


 アイリ、アナベル。

 そして白の言葉に、顔を顰める待機組のノイン。

 各々好き勝手喋りながら、俺達遠征組の準備を進めていく。


 「なんか、勢揃いになっちまったな」


 「こればっかりは仕方ないっしょ」


 「だね、北君だし」


 「俺なのか? 俺が問題なのか?」


 「「だろうよ」」


 友人二人から突っ込みを頂きつつも、準備は整った。

 最初期から持っている黒いマジックバッグを腰に取り付けながら、南がドワーフの元から帰ってくる。


 「準備完了です、ご主人様」


 「おうよ」


 そんな返事を返しつつ、俺の腰に付いた茶色のマジックバッグをクーアに投げて渡す。

 驚きつつも慌ててキャッチした彼女は、次の瞬間険しい顔を浮かべていた。


 「何のつもりですか? まさか自分達が帰って来られなくなった時の保険、とでもいうつもりじゃないでしょうね?」


 急に、すんごい怒られてしまった。


 「あ、いや。 俺らしばらく帰って来られないだろうから、その間にも一つはあった方が良いだろなって……今回は解体する暇もないだろうし、土産は期待するな」


 「あ、そういうことですか」


 「そう言う事です……」


 何やら誤解を招いた様で、お互いにちょっと恥ずかしい雰囲気になってしまった。

 こんな時、気の利いたセリフでも言えれば良いのだが……生憎と特に思いつかない。


 「キタ。 こういう時指輪の一つでも入れておけばドラマチックになるって、ウォーカーのおっちゃんが言ってた」


 「エル、その人とは今後関わらない様に。 ソイツはきっと死亡フラグだ」


 「脂肪ふらぐ? 油が乗るの?」


 「むしろ美味しくなってしまったな」


 なんて、気の抜けた会話を交わしていると。

 今度はでっかい魔女帽子を被ったノアがやって来る。

 最初は違和感があったが、今では随分と馴染んだその姿。

 アナベルの弟子ですって言われても、多分納得してしまうだろう。

 そんな彼女が、俺の籠手にソッと手を触れてから。


 「皆を守って。 それから、無事に帰って来て。 ソレがボク達の憧れたリーダーだよ」


 「なら、期待に応えてやんねぇとな。 んじゃ元気の出るバフでもかけてくれよ」


 「“頑張って!” それから、“行ってらっしゃい!”」


 「ハハッ、十分だ」


 そんな訳で、俺たちはホームから出発した。

 今回のメンバー。

 東西南北白中。

 そしてアイリにアナベル。

 初美は念のため勇者に付かせ、クーアには孤児院に残ってもらった。

 という訳で、ほぼフルメンバーでの“キャンプ”が始まった訳だ。


 「ったく、こんな事に付き合わなくても良いのに。 お前等だって、納得してる訳じゃねぇんだろ?」


 なんて事を呟けば、周りのメンツからは呆れたような笑みが返って来た。


 「気に入らねぇ事情はあるにしても、相手は俺らと同じ“向こう側”のクソガキだ。 調子に乗ってもおかしくねぇ。 現に俺一人だったら、同じ間違いをしてたかもしれねぇしな」


 「だね。 調子に乗っちゃうのは仕方ないかなとは思うよ。 でも、許せないなら償わせるべきだ。 その為にも、まずは償わせる環境を作って上げるのは、大人の役目でしょ。 頭ごなしに言っても、どうすれば良いか分からないだろうし」


 そんな訳で、友人二人はいつもの調子。

 全く、変わんねぇなぁコイツらは。


 「私はご主人様の決めた事だからこそ、従うだけです。 アレを許す気はありません。 しかし想い人を助けたいという気持ちを持ち、必死で駆けずり回る姿は……多少共感できるものでした。 同情はしませんが」


 「勇者が調子に乗るのは分かる、私もゲーム好きだし。 多分、私が“特別”だったら、もっと派手にやる。 そして誰も居なくなった、ってくらいに。 そうじゃなかったからこそ、非難出来る立場にあるだけ。 ズルイ考えかもしれないけど、私は“ハズレ”で良かった。 でも、協力するのは“悪食”の為。 勇者の為じゃない」


 二人してフンッとばかりに鼻息荒くされておられる訳だが。

 それでも協力してくれるのだ、何ともまぁお優しい子達だ。


 「私は正直納得していませんけどねぇ……未だにムカついてますし、ぶん殴ってやりたい気持ちもあります。 でも、放っておいた方が厄介になる案件ですから。 私情を抜きにすれば、“悪食”が自主的に動くのが一番早い解決法って事で飲み込んだだけです」


 「私達も随分染まってきましたねぇ……それに今回も魔獣の群れに飛び込むのですから、魔術師は居た方が良いでしょう?」


 大人組もやや呆れた微笑みを浮かべながら、やれやれと首を振っている。

 頼もしいねぇ、仲間としても戦力としても。


 「いくら罪を犯した人間とは言え、我々が勝手に罰を与えるのは違うでしょうからね。 変われる余地があるなら、本人に選択させてみるのも悪くはないでしょう。 辛い道にはなりそうですが、ソレばかりは自業自得です。 リーダーは被害者な訳ですから、何かしら手を出しても良いとは思いますけどね?」


 馬鹿勇者とはいえ、俺達が彼に牙を向く事を一番反対していた中島がそんな事を言ってくるが。

 生憎とこの前の一件で、落とし前は付けたつもりで居るのだ。

 左腕をヒラヒラさせながら「へっ」と鼻で笑ってやる。


 「結局繋がったし、アレのお陰でノアが自分の力に自信を持ったのは確かだ。 感謝はしねぇが、この前の一発で許してやったよ。 ついでに、お高い鎧も盛大に凹ませてやったしな」


 「それで許すリーダーもリーダーですが、よくあの勇者死にませんでしたね。 今では魔獣を貫く拳をお持ちだというのに」


 「中島、お前まで変な事言うな。 俺は拳で魔獣を貫いた事はねぇぞ」


 「あれ? でも無手で魔石を握りつぶしたり、腕を魔獣に突き刺して討伐したって聞きましたが、何処の誰の話なんでしょうね」


 「……黙秘」


 出来ればコレ以上おかしな噂が広がらない事を、切に願う。

 そんな会話を繰り広げていれば、いつの間にやらいつもの国の出入り口。

 いつでも込み合っているココも、随分と見慣れたモンだ。

 なんて事を考えていれば、俺達の番がやって来た。


 「クラン“悪食”だ、まとめて頼むぜ。 仕事で外に出る」


 門番に全員分の身分証を手渡し、その場で待機していると。

 普段はそこまで時間が掛からないのだが、今日に限ってはやけに確認作業に手間取っている様に見える。

 何かあったのか?

 はて? と首を傾げていれば、一人の門番がこちらに走って来た。


 「あの、すみません。 キタヤマさんという方はいらっしゃいますか?」


 「え、あ、はい。 俺ですけど」


 急に名前を呼ばれ、さらに深まる困惑。

 あれ、俺何かやったっけ?

 別に悪い事したつもりとかないんだけど。


 「すみません、皆様通って頂いて問題ないのですが、キタヤマ様だけは少しだけお待ちいただいてもよろしいですか?」


 「えっと……? 俺、何かやりました? 指名手配とか?」


 「いえいえ! そういう訳ではありません。 ただちょっと、立場の高い方から“彼が来たら一度止める様に”と言伝がありまして。 お話がしたいそうです」


 「はぁ、そうっすか」


 なんかよく分からないけど、しばらく待つ事になるらしい。

 そもそも立場の高い人って何よ、俺が知っている限り関りが有りそうなのってイリスの家くらいしかないんだけど。


 「えぇっと、どうしましょうか?」


 困り顔を浮かべながら口を挟む南に、他のメンツも揃って困惑顔。

 そんでもって、待合室というか取調室というか。

 疑わしい人間が連れていかれるであろう部屋へと案内しようとしているのは、俺のみ。

 言葉にはしていないが、全員でぞろぞろ向かうのは遠慮してもらいたい雰囲気を放っている。


 「はぁぁ……仕方ないか。 俺だけで向かう、お前等は門の外で待っていてくれ。 まさか数日待て、なんて言わないんだろ?」


 「えぇ、もちろん。 今ディアバードを送りましたので、そんなに掛からず“その方”も訪れるかと思われます」


 だ、そうで。

 まぁなんにせよ、無視して通る訳には行かないのだ。

 従う他ないのだろう。

 そんな訳で皆と分かれ、俺だけが扉を潜る。

 こんな所、初めて入ったが……結構物々しいというか、プレッシャーが凄いな。

 天井は低いし、通路は狭い。

 そんでもって、牢獄かな? って程に、分厚そうな扉が並んでいる。

 たまに、どこからか怒鳴り声が響いてくるんだが……誰かを取り調べ中なのだろうか?


 「すみません、お手数おかけします。 こちらでお待ちください」


 案内されたのは、他と同じ分厚い鉄扉の一室。

 室内には机と一対の椅子。

 完全に取調室だ。

 うわぁ……ここで待つの?

 ちょっと気が滅入りそうなんだが。


 「本当にすみません、ココにはこういう部屋しかなくて……あ、扉開けたままにしておきますね? あと、すぐお茶か何か準備しますので」


 「あ、はい。 お構いなく~」


 俺のドン引きした様子が伝わってしまったのか、門番さんは慌てた様子で扉にストッパーを噛ませ、すぐさまお茶とやらを淹れに走った。

 よくわかんねぇなぁ……。

 “こっち”で取り調べされた事なんぞ無いので、普段はどういう状態なのかは知らないが。

 なんであんなに門番は慌てているんだ?

 しかも誰かしらお偉いさんからお願いされたからと言って、俺にまであんなに気を使うか?

 部屋までは流石に気を使えなかった様だが。

 この部屋で、お茶って。

 そんな事を考えながら奥の椅子に腰を下ろし、はぁぁと大きなため息を溢していると。


 「失礼致します」


 しばらくして、カートを押したメイドさんが入って来た。

 え、こんな所にもメイドいるの?

 なんて事を思いながら彼女を眺めていると、綺麗な動きで俺の前にお茶と茶菓子を用意してから、頭を下げて部屋から去ろうとする。


 「ちょっと待った」


 「はい、なんでしょう?」


 背は低い、まだ子供の様に見える。

 長いストレートの金髪を揺らしながら、真っ青な瞳がこちらを真っすぐ見つめている。

 “射抜いてくる”。

 まさにその表現が正しいと思える程に、俺の事を真っすぐと見ていた。

 この瞳を、俺は知っている。


 「なんで、給仕ごっこなんかやってるんだ? お姫様」


 「まさか気付かれるとは……これでも、“影”の称号から獲られる魔法をフルに使っているのですよ?」


 そこには、間違いなくこの国のお姫様が居た。

 “こちら側”に来た時、最初に手を貸してくれた彼女。

 マジックバッグと、金。

 そして俺達に生き残る術を教えてくれた彼女が、何故かメイド服に身を包み、驚いた表情でこちらを眺めていた。


 「いや、うん。 魔法の事はよくわかんねぇけど……とにかく、なんだ。 久しぶり……じゃなかった。 お久しぶりでございます?」


 「えぇ、お久しぶりです。 敬語などは必要ありません、いつも通りで構いませんよ」


 「あ、はい」


 そんな訳で、お姫様は俺の正面の椅子に腰を下ろした。

 何だこの状況。

 国のトップに近い人間と、取調室で対面しているんだが。


 「それで……話ってのは?」


 「えぇ、まずは色々と説明しなければいけない事は多いのですが……」


 「あ、俺らと関係ない情報は説明しなくて良いですよ? “悪食”は国だのなんだのに関わるつもりないんで」


 何かしら説明する前に釘を打ってみれば、王女様はポカンとした表情を浮かべ、クスクスと小さな笑いを溢した。

 笑い方ですら上品です事。

 豪快に肉を喰らって酒を飲む俺らのクランでは、ちょっと想像もできない程に綺麗な微笑みだった。


 「わかりました。 では、貴方方に関わりそうな情報だけ。 そして質問だけに致しますわ」


 「たのんます。 余計な事は知りたくねぇ、というか聞いたところでどうしようもないんで」


 そんな訳で、何故かこんな場所でお姫様とお話合いをする事になってしまった。

 椅子の背もたれに体重を預けながら、やけに楽しそうなお姫様と目を合わせる。

 どこまで真っすぐで、こちらの事を見透かしている様な瞳。

 だというのに、この“作った様な”雰囲気はなんだ?

 まるで営業に来たリーマンの様な、何処か緊張しているような感じ。


 「姫様、もしかして緊張してます? なんか、変ですよ」


 「へ、変ですか?」


 「えぇっと、上手く言えないですけど……そわそわすんのを無理矢理隠してる、みたいな?」


 「そんな風に感じますか? 私が偽っている様に見えると?」


 「えぇまぁ。 “営業のリーマン”って言っても分かんないでしょうが……そんな雰囲気があります。 無理して笑って、無理してハキハキ喋って。 みたいな? 当の本人は疲れ切っているのに、無理にでも笑うんですよ。 そういうのって」


 なんて言葉を溢せば。


 「分かってしまう、モノなんですね。 貴方には」


 ポロポロと涙を溢し始めた。

 先程までと同じ微笑みを浮かべたまま。


 「うえぇ!? ちょ、え、あ。 何かすみません! 変な事言いましたかね俺!?」


 慌てて席を立ち上がってみれば、彼女はスッと手を差し伸べ、再び腰を下ろす様に促して来る。

 なので、一旦腰を下ろしてみるが。


 「すみません、“私”を見てくれる方は少ないモノですから。 お話しします。 貴方が知りたいであろう情報と、私が知りたい情報のみを。 それ以外は知りません。 余計な重荷を貴方方に背負わせるつもりはありませんので、ご安心下さいませ」


 そんな訳で、俺とお姫様の“お茶会”が始まったのであった。

 ホント、何なんだろうこの状況は。

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