第85話 過ち


 冒険者ギルドに、珍しい来客があった。

 お披露目くらいはあったので、知っている人間は知っている程度ではあったものの……やはり有名ではあるのか、彼が入って来た瞬間ざわつくウォーカー達。

 そして、殺気立つ者も少なくない。


 「い……いらっしゃい、ませ……」


 真っすぐカウンターへと向かった彼に、キーリが顔を引きつらせながら応対する。

 その表情は普段悪食の連中を相手にした時の様な、怖いだとかそういう感想を浮かべているモノではない。

 どう見ても、嫌悪感を露わにしている。


 「あ、あの。 依頼を、出したいんですけど……俺でも、出来ますか? 報酬はちゃんと払います。 だから、その……お願い出来ないでしょうか?」


 彼はどこか落ち着かない様子で、マジックバッグから麻袋を取り出しカウンターの上に置いた。

 紐が緩んだ袋の口から視えるのは、どう見ても白金貨。

 しかも一枚や二枚じゃない。

 間違いなく数十枚は入っている。

 そんな大金を取り出して俺達に何を依頼するのかと、誰しも興味深そうに眺めていると。


 「人探しを、お願いしたいんです。 名前は神崎 望、“聖女”の称号を持っている黒髪黒目の女の子です。 俺も探してるんですけど、全然見つからなくて……だから、もしかしたら国の外に出てるじゃないかって。 森とかに居たとしたら、彼女だけじゃ生き残れなくて……だから、その――」


 「ふざけんじゃねぇ!」


 ウォーカーの一人が、彼に向かってジョッキを投げつけた。

 まだ中身のビールが入っていたらしく、彼は頭から盛大に酒を被った形になる。

 だが、誰も止めない。

 止めるどころか、笑う者さえ居ない。

 それは、受付嬢だって同様だった。


 「お前が俺達に何したのか忘れたのか!? どの面下げて現れやがったクソヤロウが! テメェのせいで何人死んだと思ってる!? どれだけの人間が職を失ったと思ってる! そんな奴が俺らを使おうってか!? しかも、てめぇの女を捜してくれって? ウォーカーを馬鹿にすんのもいい加減にしろ!」


 怒気を含んだ声を上げる彼は、確か防衛戦の参加メンバーだったはずだ。

 噂程度でしか流れていないが、この反応を見るに……やはり“アレ”は事実だったという事なのだろう。


 「申し訳ありません。 当ギルドとしては、貴方様からのご依頼は御受け出来ません」


 「そんなっ! ……っ、どうしても駄目ですか? 必要なら、もっとお金を集めてきます。 だから、どうか――」


 「聞こえませんでしか? “貴方からの依頼”は、お受けできませんと……そう答えました」


 「っ!」


 キーリも彼等と同じ気持ちなのか、普段は見せない様な鋭い眼差しで彼の事を見ている。

 そしてココはウォーカーギルド。

 依頼を断られて、はい御終いなんて当然なる筈もなく。


 「おう、ちょっと付き合え。 クソガキ」


 彼の周りには、十数人のウォーカーが集まって来る。

 誰も彼も、険しい表情を浮かべながら。

 者によっては既に武器に手を掛けている。

 まさかギルド内で武器を抜く様な真似はしないとは思うが……相手の反応次第だろう。

 なんて、思っていれば。


 「なんの騒ぎだ」


 支部長が低い声を上げながらカウンターに現れた。


 「支部長……彼が、ウチに依頼をと言ってきまして」


 気まずそうに視線を逸らしながら、キーリが目の前の彼に掌を向ける。

 支部長は一瞬だけ意外そうな顔をしてから、ふむと声を洩らした。


 「それで、依頼内容は?」


 「支部長!? 何を言っているんですか! 彼がウォーカーに対して行った行動を考えれば当然――」


 「黙れキーリ、お前はいつから依頼を独断で断れる権限を持った? それとも規定に違反する依頼だったのか? 報酬が足りなかったのか?」


 「そ、そういう訳では……」


 誰しもその光景を、唖然としながら見守っていた。

 まさか、受けるつもりなのか?

 彼からの依頼を?


 「初めまして、私はこのウォーカーギルドで支部長を務めている。 繰り返させる様だったらすまない。 それで、君は我々に対してどんなお願いがしたいのかね? “勇者殿”」


 「えっと、その……初めまして」


 それから彼は、再び依頼内容を告げた。

 更に詳細な情報も、正確な報酬金額も。

 それはもう必死で、懇願するかの様な勢いで。

 そして、話を聞き終わった支部長はと言えば。


 「ふむ……ギルドとしては、特に問題なく依頼として受ける事が出来る」


 「支部長! 何考えているんですか!? だってコイツは!」


 「口を慎め、お客様の前だ」


 「……くっ!」


 悔しそうに唇を噛みながら、キーリは視線を逸らした。

 周りに集まっているウォーカーだってそうだ。

 誰しも歯を食いしばって剣を抜くのを我慢している様な状態。

 だと言うのに、支部長は落ち着いた様子で再び口を開いた。


 「ギルドとしては問題ない。 だが、おそらくこの依頼を受けるウォーカーはいないだろうが、構わないかね?」


 「……え? どういう事ですか?」


 「言葉通りだ。 クエストボードには掲載してやる、だが依頼を受ける者が現れる事を期待するなと言っている」


 「そんな!?」


 「当然だろう。 自らがやった事を忘れたのか? それとも知らないとでも言うつもりか? 5人は命を落とし、手足を失った者も少なくない。 その原因に助けてくれと頼まれて、誰が手を貸すのだ?」


 支部長の言葉に、誰しも唖然としながら視線を向けた。

 業務をしっかりとこなしながらも、遠回しに相手の依頼を断っている。

 流石支部長! なんて周囲から小声が上がって来る中、彼は再び口を開いた。


 「とはいえ、物好きやら事情を知らない人間は受けるかもしれない。 だから掲載はしてやる。 我々が出来るのは、それくらいだ」


 「……えっと」


 「もう少しだけ語ろうか。 貴様が行った行為は、確かに罪に問われる内容ではないかもしれない。 新種に対して無謀な攻撃、その結果味方に犠牲者が出た所で、そんなものは戦場では“当たり前”の事だ。 むしろお前が攻撃したおかげで、相手の特徴が分かったとも言える。 軍事としては褒められるかもしれんな? しかし、個人の感情とは戦績やら法律とは別問題なのだよ。 わかるか? 我々ウォーカーは、人類の希望とも謳われる“勇者様”であろうと、家族の仇として見ているモノも少なくない。 簡単に言うと、今すぐにでも殺したくて仕方がない連中だって居るという事だ」


 「……っ、はい」


 今まで見た事もない程重苦しい雰囲気を放つ支部長の前に、誰しも息をのんだ。

 普段から険しい顔をして居たり、怖い事を言ったりする人ではあったが。

 だが誰かを“殺したい”なんて口にする事は無かった。

 だからこそ雰囲気に呑まれ、誰しも動けずにその光景を眺めていた。

 筈だったのだ。


 「……勇者?」


 随分と幼い声が、静まり返ったその場に響き渡った。

 声の主へと視線を向けてみれば、そこには“悪食”の所のちびっ子が。

 しかし、メンツとタイミングが悪かった。

 普段は雑用系の仕事として、隣の建物メインで通っていた子供達。

 しかし追加報酬でも出たのか、それともランクアップか。

 そういう時でしかこっちに来ない子どもたちが、この場に居合わせてしまった。

 その中でも、エル。

 悪食が連れてくる、一番チビっこい男の子。

 彼の父親は――。


 「……チッ! アイリ! どこに居るアイリ! 緊急だ! 早く来い!」


 支部長が叫んでいる間にチビッ子は姿勢を低く構え、そして走り出した。

 途中に居たウォーカーの槍を奪って、子供とは思えない程力強く振り回しながら迫っていく。

 エルの子供離れした動きに、周囲のウォーカーはろくに動けないまま視線で追いかける事しか出来なかった。


 「っしゃぁぁぁ!」


 獣の様な雄叫びを上げながら、少年は勇者に向かって槍を振るう。

 何処までも鋭く、確実に殺す為の一撃を。


 「エル坊! 待て!」


 集まったウォーカー達がそんな声を上げるが、彼は止まらない。

 何処までも獣の様で、それでいて完成された一撃。

 あんなの、今更止められる奴が居る訳――。


 「止めなさい、エル」


 「ずあぁぁぁぁっ!」


 「落ち着きなさい」


 彼が突き放った槍を横から掴み取り、更に暴走する彼を蹴飛ばして距離を空ける受付嬢の姿が。

 いつからソコに居た?

 そんな疑問が浮かんでしまう程、自然とその場に立っていた。


 「なんでっ! なんで止める!? だってソイツは僕の父さんを!」


 「そうだね、ぶっ殺してやりたいくらいに憎いね。 でも、私達のリーダーはなんて命令を出した? “食べる以外の目的ではなるべく殺すな”だったわね? それを破るの?」


 何処までも自然体で、一見全身の力を抜いているんじゃないかと思う程の構え。

 そんな歪な構えを取る受付嬢、アイリが立っていた。


 「でも! だってソイツは!」


 「仇だもんね、殺してやりたいって思うのは仕方ない。 でも、ココで彼を殺せばエルは犯罪者だよ? しかも、国の重要人物を殺す事になる。 それに……この出来損ない勇者と同列に堕ちるの? 仇討ちだろうがなんだろうが、殺しは殺しだよ? しかも身分が違う以上、エルは重罪人になる。 その覚悟はある? “悪食”全体を巻き込む覚悟は、あるのかしら?」


 そう言って拳を構えるアイリからは、容赦のない殺気が感じられた。

 身分の違い、立場の違い。

 ソレによって、同じ行為でも見方が違ってくるのなんて当たり前だ。

 だからこそ止めようとしているのだろう。

 でも、ソレを子供に求めるというのは……些か酷に思える。

 だが言っている事は間違ってはいない。

 勇者は罪に問われなかったとしても、エルの坊主が彼を殺せば確実に罪に問われるのだ。


 「でも、だったら! 僕はどうすればいいのさ! コイツはお父さんを殺した! でもこっちからは手を出しちゃいけないって何!? どうすればいいのさ!」


 「耐えなさい」


 「……は?」


 「耐えなさい。 相手に対して罪を償わせる行為は、今後君が頑張ればいつか出来るかもしれない。 でもこの場で殺してしまえば、貴方は国にとって害悪に変わる。 法律とはそういうモノよ」


 非常に怖い言葉だった。

 目の前に親の仇が居たとしても、手を出してはいけない。

 ソレをすれば、悪者はこちらになる。

 法律では仕方なくとも、とてもじゃないが納得できる話ではない。

 しかしそれが、世界のルールなのだ。

 相手の方が立場が上で、更には状況さえ整ってしまえば。

 殺人さえも許される。

 頭では分かっていても納得のできないルール。

 それを彼女は、まだ10歳を超えたばかりの子供に対して突き付けているのだ。


 「でも、でもっ! そんなの納得出来る訳ない! コイツは!」


 「分かっている、だからこそ強くなりなさい。 色んな意味で、貴方はまだまだ弱い。 君の憧れた人は、感情に任せて、自身の恨みに任せて、人に向かって槍を振るう人だったかしら? 誰かを“殺す”人だったかしら? よく考えなさい」


 「――っ! でも!」


 「でもでもでもでも煩い! いつまで甘えているの!? 君が勇者を殺せば、“悪食”は終わるわ! それで良いの!? 貴方はその責任が取れるの!? それにもっとよく考えなさい! 貴方がそんな事をしようとしたと知ったら、あの馬鹿が貴方の代わりにソイツに槍を向ける事くらい想像できないの!? 人を殺せないお人よしのリーダーが、貴方の為に人殺しに変わる可能性があるのよ!?」


 その言葉に、少年はビタリと凍った様に動きを止める。

 正直、成人さえしていない子どもに放つ言葉じゃない。

 それが分かっていても、誰も声を掛ける事が出来なかった。

 全てが間違っていて、間違っていないのだ。

 親を殺した相手を前に、武器を向けるエルも。

 彼を保護する立場である“悪食”のメンバーであるアイリの言葉も。

 だからこそ、部外者である俺達は何も言えない。

 ここで何か言えるヤツが居るとすれば、“勇者”によって命を落とした亡霊か、怪我を負った被害者くらいのものだろう。

 後は、その家族くらいか。

 そんな事を考えていれば。


 「いつか……いつか殺してやる! お前なんかこの国にいらないんだって、僕が……“俺が”証明してやる! この国には“悪食”が居れば大丈夫なんだって、そう証明して。 それから殺してやる!」


 そう言い放ち、少年は床に槍を突き立てた。


 「よく、我慢したね。 偉いよ」


 「うぅ……あぁ、うああぁぁぁぁ!」


 アイリが彼を抱きしめれば、少年は泣き叫んだ。

 彼女に身を任せたまま、全ての嗚咽を吐き出すかのように。

 ただただ、叫び続けた。

 恨みも悔しさも、自身の弱さも全て、吐き出しながら。

 その光景を見たウォーカー達は、もはや声を上げる事なんか出来る訳がない。

 いつもは死んだ様な目をしながら受付をこなす受付嬢が、普通じゃない怨念を吐き出す子供の嗚咽を、聖母の様な顔をして受けとめているのだ。

 こんな光景を前に、野次を飛ばす馬鹿など居る筈がない。

 誰も彼も口を噤み、彼女と少年を無言で見守ってしまった。

 コレが“悪食”の現実。

 普段から幸せそうに笑みを浮かべる彼等彼女達の裏の顔は、こうも脆い。

 そんな子供達の笑顔を、アイツらは守っているのだ。

 真っ黒い鎧に身を纏い、魔獣肉を喰らい。

 禁忌だらけの彼等は、なりふり構わず子供達を守っているんだ。

 彼等は一体どんな表情を浮かべながら、傷付いた子供達を癒しているのだろう?

 あの鎧の下の表情を知っている奴等は、あまりにも少ない。

 それくらいに、俺たちは何も知らずにアイツらを避けていたんだ。


 「ふざけんなよ……」


 どこからか、そんな声が上がった。


 「だったら余計にこんな奴の依頼なんか受けられるか! エル坊の仇なんだろ!? そんな奴がのうのうと生き残ってる上に、俺達に助けてくれ? ふざけてんじゃねぇぞ!」


 「舐めてんのかテメェ! 今すぐ死んで詫びろや!」


 そんな怒号が、周囲から上がって来る。

 あぁ、コレは。

 非常に不味い雰囲気だ。

 空気に毒された無関係な人間が、場を飲み込もうとしている。

 殺せ、殺せと雄叫びの様に声が上がる。

 その声はギルド内を包み込み、当事者など無視して正義感を振り回している。

 こんな時、俺に毛皮を被せてタコ殴りにしたアイツらなら叫ぶのだろう。

 “黙れ”と。

 その一言で場を収められたはずだ。

 でも、今この場に彼等は居な――。


 「黙れ、貴様ら」


 ズダンッ! と音を立てながら、支部長が靴の踵で床を蹴った。

 たったソレだけ。

 それだけで、ギルド内は静かになった。


 「我々は正義の味方でも無ければ、法の執行者でもない。 何を偉そうに囀っている?  貴様らの正義感は、エルを……この子を救うのか? 勇者がこの場で死ねば、誰もが幸せになるのか? 確かに気は晴れるかもな。 それで、どうなる? “人を殺す様な奴は殺して良い”という矛盾だらけの戯言をこれ以上漏らすなら、貴様ら全員ウォーカー登録を剥奪するが……構わないな? 貴様らの鬱憤を晴らす為だけに、人の人生を狂わせる様な馬鹿はウチにはいらん」


 その一言に、再びギルド内に沈黙が訪れる。

 トップからの言葉だ、簡単に反論できる奴が居る訳がない。

 周囲を見渡して、誰も口を開かない事を確認してから。


 「アイリ、勇者を摘まみ出せ。 後は“頼む”、分かっているな?」


 「はぁぁぁぁ……分かりましたよ、支部長。 後はアッチに任せます。 ホラ! アンタはさっさと出ていく! これ以上残ったって良い成果は得られないって分かったでしょう!?」


 支部長の意味深な言葉に頷いたアイリは、勇者の襟元を掴んでギルドの外へと引っ張っていく。

 これで、終わったのだろうか?

 誰しもその後ろ姿を見つめるだけで、ろくに言葉が紡げずにいた。

 そんな中、残されたエルの坊主に対して支部長が歩み寄り。


 「よく頑張ったな、偉いぞ。 復讐とは、相手を殺す事が全てではない。 忘れろ、許してやれなんて口が裂けても言わん。 許さない事さえも、復讐に変わる事だってある。 生きて、気が済むまで恨め。 そして強くなれ、ソレがお前の復讐だ」


 その言葉は何処までも重く、悲しい言葉であった。

 それでも、唇を嚙みしめながらコクンッと頷く少年は。

 今、どんな覚悟を決めたのだろうか。


 ――――


 「ま、待ってくれ! 俺の事はどうなっても良い! でも望を! それにあの子にだってちゃんと――」


 「煩い!」


 首が捥げるかと思う程の一撃を顔面に貰い、盛大に吹っ飛んだ。

 そして俺に馬乗りになった彼女は、泣き叫びながら再び拳を叩きつけて来た。

 でも、今度は非常に弱い。

 全然力が入っていない。

 さっき見た鬼の様な彼女の覇気が、全く感じられない。

 癇癪を起した子供みたいに、ポカポカと殴ってくる。

 でも、どこまでも痛い。

 胸の奥がズキズキと痛む。


 「アンタみたいなのが居るから! アンタみたいな半端者が居るから! ウチの子達は、ウチのリーダー達は!」


 叫びながら、彼女は俺の顔面を殴り続ける。

 ボロボロと涙を溢しながら、ひたすらに拳を振り上げる。


 「そんな下らない依頼を寄越すなら、まず友達を頼りなさいよ! 誰にも気づかれない様に、昔の仲間を頼りなさいよ! 何堂々とウォーカーを頼ってるの! そんな事したら、ウチの馬鹿リーダーはアンタを助けちゃうかもしれないじゃない! ふざけんじゃないわよ! 片腕飛ばされたっていうのに、あの馬鹿はアンタにさえ手を差し伸べちゃう馬鹿なのよ! いい加減しろ馬鹿!」


 そんな事を言いながら、彼女は俺の事を泣きながら殴り続けた。

 ふざけるな、いい加減にしろ叫び続けて。


 「もう、止めてよ……皆を、コレ以上傷つけないでよ……ただでさえ、怪我の絶えない人達なんだから……もう、勘弁してよ。 嫌だよ……」


 そう言って彼女は、俺の鎧の上で泣き始めた。

 あぁ、なんでこうなってしまったのだろう。

 俺の“こちら側”での行動は、どこまでも間違っていた。

 そんなの、最初から自分の頭で考えていれば分かる事だっただろうに。

 調子に乗って、唆されて、タカを括って。

 ホント、馬鹿みたいだ。

 今ではもう、謝罪するのも許しを請うのも間違っている気がする。

 だからこそ、どうやって償えば良いのか全く分からないのだ。

 そんな事を考えている内に彼女はバッと起き上がり、鋭い視線を向けて来た。


 「ウォーカーギルドじゃなくて、まずは“友達”を頼りなさい。 少なくとも、ハツミちゃんなら話を聞いてくれるでしょ。 手を貸してくれるかは知らない、本人次第よ。 それから、あの大馬鹿者の皆を“アテにする”事は許さないわ。 本人達が“俺達を頼れ”と言わない限り、同情を引いて手を借りようなんて思わないで。 そんな事したら、私がその場で殺してやる」


 今まで以上に鋭い眼光を放ちながら彼女は立ち上がり、俺の胸倉を掴んで無理やり立ち上がらせた。


「だから……クラン“悪食”のホームに行きなさい。 そこにハツミちゃんは居るわ。 貴方が滅茶苦茶迷惑を掛けた上に、さっきの男の子みたいな被害者もいる。 それでもどうにかしなきゃいけないんでしょ? “聖女”がどうのって言ってたし、放っておけば面倒な事になるのは目に見えてる。 そんな状況になれば、結局ウォーカーも動く他なくなる。 だから、今の内にほんの少しだけ手を貸してあげるわ。 でも私達がアンタを許す事は絶対にない。 だから、他の皆に見つからずに彼女に会いなさい。 見つかったら、マジで殺されるわよ?」


 「は、はい!」


 そう言って渡された名刺。

 その住所を頼りに、俺は走り出した。

 “悪食”ってヤツのホームに向かって。

 失敗してばかりの俺だ。

 もはやプライドなんて欠片も残っちゃいない。

 地面に頭を擦りつけてでも、初美にお願いしよう。

 望を捜すのを手伝ってくれって。

 望以外は何もいらない、全部捨てても良い。

 彼女を救い出してくれた後なら、あの少年に殺されたって構わない。

 だから、だからこそ。


 「絶対、絶対見つけてやるからな! 望!」


 名刺を握りしめて、俺はひたすらに走り続けたのであった。

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