第84話 デッドライン2
「無理無理無理! なんだよこの数!」
「てったーい! はい、皆てったーい!」
ズドドドッと凄い音を立てながら、数々の種類の魔獣達がこちらに向かって走ってくる。
何だコイツ等、別種の癖に仲良過ぎだろ。
なんて事を思ってしまう程に、群れを成すとは思えない種類の多さ。
その首には、白い首輪が巻かれていた。
「おいコラ! なんだあの首輪は! 知っている奴いたら教えろ! 誰のペットだコイツ等! テイマーって職業でもあんのか!?」
「知らねぇよ! 何だよ魔獣をペットにするって!」
「旦那! 今は兎に角走れ!」
そんな叫び声を上げながら、俺たちは森の中を走り続けた。
ガァラが言っていた“声”のする方角。
そちらを調べた結果、見つけたのは神殿の様な見た目の人工物。
お、もしかして隠しダンジョンか?
なんて思ったのはつかの間。
建物やら周辺を調べる前に、数多くの魔獣達に追われる羽目になってしまった。
その数、以前のダチョウたちにも勝るとも劣らん。
「全員ついて来てるか!?」
俺の声に数多くの声が返ってくるが……気のせいか?
一人だけ聞こえなかった気がするんだが。
「ザズ! 遅れてんぞ!」
「年寄りに……無理を言いおって……」
カイルが振り返って叫べば、背後からは情けない声が。
斥候メンツは心配などする必要は無いだろうが、その他のメンツは別だ。
それこそこの場にいる唯一の魔法使いであるザズは、今の状況に一番不向きと言えるだろう。
「東、ザズを担げ! ザズ、担がれたまま後方に魔法攻撃! 斥候弓兵メンツも手が空く様なら頼む!」
なんて事を叫んだ瞬間、周囲から矢やらナイフやらが降り注いだ。
頼りになるのはありがたいが、君ら本当に余裕あるんだろうな?
しかしお陰で魔獣の群れの先頭部分が崩れ、若干の距離が開く。
「ザズさん担ぐよ!」
「ほほっ、こりゃ楽で良い。 後ろは任せろい!」
随分と気の抜けた台詞を吐きながら、詠唱を始めるザズ。
流石に魔女であるアナベル程に期待するのはアレだが、それでもこの場での最大火力にはなってくれる事だろう。
「デカいのを使う! 5分ほど待てい!」
「なげぇよ! マジかよ!」
アナベルは“氷界”やら氷柱のマシンガンやら2~3分くらいで放っていたのだが。
本人曰くソレでも遅い上に周りを巻き込むからって理由で、防衛戦では後衛に徹したらしい。
「普通ならこんなもんだ! だがザズの魔法の威力は期待していいぞ!」
わはははっと笑いながら必死で手足を動かしているカイルが叫ぶが、彼もまた余裕など無さそうだ。
その間も後ろから迫る魔獣が東に向かって飛び掛かる。
しかし。
「ありがと南ちゃん!」
「後ろは任せて下さい! とにかく東様は走って下さい!」
数が多い。
今の悪食メンツの中なら一番足の遅い東が、やはり標的になっている。
しかもその肩に人間一人担いでいるのだから、当然と言えば当然だが。
「ギル! ちょっと手貸せ!」
「アズマの防衛か!? 左側任せろ!」
話が早くて助かる。
俺達は東の両サイドに付き、各々武器を構えながら走り続ける。
「斥候と弓は数を減らせ! 近づいてきた奴等はこっちで貰うから無理すんなよ!」
「「了解!」」
叫んでみれば周囲から声が返ってくるが、皆どこに居るのか把握できない。
木々の上で枝を蹴る音は聞こえるが、四方八方からナイフやら矢やら飛んできている。
こりゃ武器だけで大損だな。
なんて事を考えていれば、狼……というか山犬みたいなのが横から飛び掛かってくる。
あれ? 狼と山犬って一緒か?
普段見ている狼より一回り程小さいので違う様に見えるが、よくわからない。
「しゃぁっ!」
槍を横なぎに振って掃おうとしたが、流石に全力疾走中では穂先がブレた。
すばしっこい山犬は空中で器用に槍を避け、肩の鎧に噛みついてくる。
「北君!?」
「大丈夫だ! そのまま走れ!」
人の鎧を骨っ子ジャーキーみてぇに齧りやがって、そして口がくせぇ。
「旨くねぇだろうが、放せやボケ!」
左手の指を立てて山犬の胸に突き立ててから、そのまま“中身”を握る。
掌にパリンッと小さな感触が返ってくれば、山犬は魂が抜けたかのようにポロッと肩から外れて後方の群れに呑まれていった。
「お前……ついにそう言う事をやる様に……」
「色々あんだよ!」
ギルがとんでもなくドン引きした顔でこちらを眺めている。
非常に良くない誤解を招いてしまった気がするが、今は説明している暇がない。
とにかく追手をどうにかしないと、今にも呑まれそうな勢いで……。
「ん?」
ポウッと、鎧の模様が薄く輝いた気がする。
魔力を吸収した時のアレでは無く、普段は見た事がないパターンで。
もしやと思い籠手を開いてみれば、光っているではありませんかタッチパネルさんが。
前回王蛇やらなんやらまとめて吸わせてもらったのが効いた様だ。
だいぶお財布には優しくなかったが。
「ザズ! あとどれくらいだ!」
「残り1分!」
「くっそ! こうちゃんもう追い付かれんぞ!」
未だゾロゾロと迫って来る魔獣達に視線を向ければ、先頭集団は足の速いヤツばかり。
アレなら……何とかなるかもしれない。
ダチョウの巣攻略経験者舐めんなよ? 大物が居なければ何とかなんだろ。
「全員聞けぇぇ! “鎧”を使う! 後衛組は援護頼む! 前衛組、間違っても前に出てくんじゃねぇぞ! ザズは準備出来たら合図! 俺に構わず魔法を使えぇぇ!」
背負っていた槍も引っ掴み、二本槍スタイルで振り返って足を止めた。
そんな事をすれば、当然周りから様々な声が上がって来る。
「旦那! 何を考えてやがる!」
「キタヤマ! 頭イカレたか!?」
先頭を走っていた馬鹿二人がそんな事を言ってくるが、無視して襲い掛かってくる魔獣達のおもてなしを開始する。
「しゃぁっ!」
左右の槍を止めることなく振り回し、最前に居た犬やら狼やら山猫やらをまとめて薙ぎ払う。
非常に数が多い。
多いが、妙にまとまって襲ってくる。
なので、掃いやすい。
「ちょっちょっちょ! ニシダさん! アレ止めなくて良いんですか!?」
「大丈夫だ俺が行く! ポアルちゃんとリィリさんは間違っても近づくなよ!?」
なんて事を言いながら西田の奴が近くに降り立ち、両手に持った短剣を振りながら戦場を駆けまわる。
前回の乱戦の時よりずっと早い。
アイツの姿を確認する前に、そこら中で血しぶきが上がる程だ。
「西田ぁ! 撤退のタイミング遅れんなよ!?」
「余裕だっての! こうちゃんこそ“魔封じ”ちゃんと使えよ!?」
二人して叫びあいながら、滝の様に迫る魔獣を端から薙ぎ払う。
こんな時「あぁ……懐かしい感覚だぜ」なんて言えれば格好良いのかもしれないが、正直に言おう。
キッツイ、ただただキッツイ。
明日は全身筋肉痛確定だ。
斬っても突いても次から次へとおかわりが来るし、やはり何度経験しても勘弁しろと言いたくなる。
常に動き回ってないと隙が出来るし、平然と齧られる。
周りの後衛組と西田が居なければ、あっという間に押し流されていただろう。
とか何とか思いながら両手の槍を振り回していれば。
「いけるぞ! ただ……どうすれば良い!?」
「ザズさん、構わずやっちゃって下さい! 北君、“鎧”使って! 西君は離れて!」
東の声を合図に西田は再び森の中へ消え、俺は籠手を開いてボタンを押し込んだ。
そして。
「どうなっても知らんからな! “炎獄”!」
次の瞬間には、背後からアホみたいな量の炎が俺と魔獣を飲み込んだ。
しかも勢いがヤバイ。
実際経験した事は無いが、馬鹿デカい火炎放射器を真後ろから噴射されているような気分だ。
熱いどころじゃない空気がこの身を包んでいくのが分かるが、周囲の魔獣の様に燃えカスになっていないという事は、ちゃんと“魔封じの鎧”が発動しているのだろう。
思わずその場でしゃがみ込み、ひたすらに耐えていると。
「ガッ! ゲホッ!」
ダメだこれ、息吸っちゃ不味い。
“魔法で作られた炎”自体は無効化しているが、周囲の熱せられた空気はどうしようもない。
マジかよ、詰まる話元から現実にある物質には無力な訳だ。
例えば魔法で岩を浮かせて俺にぶつけられたら、岩を操作する“魔法”は殺せても、岩自体は止められない。
マジでこりゃ、欠陥品って言ってたのも分かるな。
魔法100%の代物が相手なら無敵だが、下手すりゃイリスの土魔法とかには平然と負けるかもしれないって訳だ。
参ったねこりゃ、あとどれくらい耐えれば良いんだ?
なんて事を考えながら目と口を必死に噤み、ジッと耐えていると。
「おぉぉぉぉぉ!」
叫び声と共に、炎をかき分けてご登場した東が俺を担いで炎の外へと運び出した。
そのままベチッと草むらに放り投げられ、東自身も隣に転がる。
「はっ、はっ……はぁぁぁ。 何やってんのお前。 魔封じも付いてねぇ鎧なのに」
「ザズさんの魔法が終わっても動かなかった北君が悪いよ。 絶対何か問題あったんでしょ? 滅茶苦茶燃えてる中に蹲ってたよ」
「もう終わってたんか……大正解だわ。 こりゃ使い方考えねぇとマジでやべぇな、魔法“しか”防げねぇわコレ」
「あぁ……もしかしてアレ? 酸素無くなっちゃったとか? 盛大に燃えてたもんねぇ」
二人してぐてぇっと寝そべっていると、鎧の上に誰かが飛び乗って来た。
思わず「ぐはっ!」と声を上げそうになったが、腹の上に乗って来た奴の顔を見て、グッとその言葉を飲み込んだ。
「また、無茶しました」
「悪かったって、今にも追い付かれそうだったからよ。 でも、援護助かった。 お前らが居なかったら絶対呑まれてたわ」
頭に手を乗せてみれば、シャーッ!と言わんばかりに猫耳と目尻を吊り上げる南。
「絶対に助けますからね。 貴方がいくら無茶しようと、格好良く死なせてなんて上げませんから」
「ははっ、頼もしい限りだ」
なんて事を言った瞬間、スパーンッと兜を横から蹴っ飛ばされた。
普通に痛い、耳とかキーンってするわ。
「反省」
その一言と共に、兜の顔面に白の靴底が乗っかって来た。
あの、絵面的に非常に不味い光景になっている気がするんですが。
などと抗議の視線を向けてみれば、視線の先からは随分と鋭い視線が降り注いでいた。
「反省」
「……おう、わりぃ」
声を上げてみれば白は足をどけ、再び俺の兜を蹴飛ばしてから離れていった。
二度目の蹴りは、コツンっと音がする程度の軽い物だったが。
「旦那ぁぁぁぁ! 生きてっか!? 死んでねぇよな!?」
「キタヤマ! 大丈夫なのか!?」
今度は戦風の連中とギルが、俺の元へと走り寄って来る。
あぁもう、騒がしい。
そんな風に思ったりもするが……。
「悪くねぇもんだな。 こんだけ心配してくれる奴が居るってのは。 “向こう”じゃあり得ねぇ事だったわ」
なんて言葉を洩らせば、今度は南からげんこつを喰らってしまった。
白の二発目より、ずっと軽い衝撃が兜に響く。
「それが分かったのなら、心配を掛けないで下さい。 貴方は、私達のリーダーなんですから」
「以後気を付けます……」
素直に謝りながらぐてっと脱力して頭を地面に投げだしてみれば、俺の兜を包み込む様に南の両手が触れて来た。
「それでも、無茶するのがご主人様ですからね。 全く、心配で目が離せませんよ」
その言葉は、何処までも真っすぐで柔らかかった。
まるで我が子に向けて母親が放つ言葉の様で、気恥ずかしくなって思わず顔を背けてしまう。
「別に死に急いでる訳じゃねぇぞ? 今回はたまたま“鎧”の弱点が見つかったってだけで、ちゃんと勝算はあった」
「そうですね。 なんたって魔女とドワーフの匠が作った“魔封じの鎧”です。 例え欠陥品なんて呼ばれようと、信用しちゃいますよね」
「たまたまだ、今回はたまたま弱点が見つかったってだけで……」
「はい、そうですね。 お疲れ様でした、ご主人様」
そう言って笑う彼女の笑顔が、何となく直視できなくて更に顔を逸らした。
多分コレ以上曲がったら折れるんじゃないかってくらいに。
「だから、その、なんだ。 勝手に死んだりしねぇから安心しろ」
「はい、私のご主人様は最強ですから」
にへらっと緩い笑みを浮かべる南を視界の端に収めながら、ハァ……と溜息をついた瞬間。
「イチャイチャしてないで帰る。 報告する事が山積み」
もう一度、白の蹴りを兜で受ける事になってしまったのであった。
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