第83話 調査開始


 「うめぇな! お前は料理人だったのか!」


 「ちげぇよ馬鹿。 つか魔獣肉使って良いのは楽だが……落ち着いたらちゃんと話聞けよ?」


 「獣人は上下関係が出来た相手に歯向かったりしない! 約束しよう!」


 「多分、そんなに単純なのはそこのライオンモドキだけですけどね……」


 なんて会話をしながら、現在獣人の集落で炊き出し中。

 最初は街で仕入れた普通肉なんかを使おうと思ったのだが、どうやら彼等。

 森の中で生き抜くために魔獣を普通に食っているらしい。

 しかし大した調理方法を知る者が居ない為、焼く煮るを繰り返していたんだとか。

 獣人に一般的な知識を得られる環境が少ないってのが、身に染みて分かるね。

 南だって最初の頃は解体しか知らなかったし。

 武器の扱いも、野営のやり方も素人丸出しの俺達が一から教えたのも良い思い出だ。

 そんなチビッ子がココまで健康に逞しく育っているのだ。

 そろそろ「コイツは俺たちが育てた」ってドヤ顔しても良い頃だろうか。

 まだまだ小っちゃいけど。


 「俺達が聞きたいのは、お前達を襲ったっていうウォーカーの話と、ここ最近変な地鳴りとか唸り声とか聞かなかったかっていう――」


 「肉をおかわりだ! これは旨い!」


 「聞こうな、うん。 人の話は聞こう。 肉のおかわりはしてやっから」


 呆れたため息を溢しながら、ホーンバイソンのスペアリブをデンッと彼の皿に盛る。

 周りでは集落に居た面々が列をなし、各々好きな食べ物を受け取っている。

 流石獣人と言って良いのか、お肉様は大人気だ。


 「俺たち獣人を“狩り”にウォーカーが度々来ていたが、最近は大人しいぞ? 場所を変えた影響もあるかもしれんが、周りでうろちょろする人族も居なくなった。 ここ数日は全然見ねぇし、聞えもしねぇな。 全部帰ったんじゃねぇか?」


 「……ほう?」


 彼等の脅威となっていた“獣人を攫うウォーカー”は今の所居ないらしい。

 コレはこれで喜ばしい結果と言えるが、逆に不安も煽る内容。

 単純に見失ったのか、それとも捕縛する必要が無くなったのか。

 深く考えた所で、王族連中の考えなど分かる訳がないのだが……。


 「だがな、この近くは少しばかり変な“声”が聞こえるのは確かだ」


 「聞きたくねぇなぁ……」


 「小難しい事を喋ってる声が聞こえてくるらしい、なんでもウォーカーっぽくねぇとか。 まぁ、耳の良い連中の話だから、俺には聞えねぇが。 しかし獣の呻き声みてぇなのが度々聞こえてくるんだ」


 「はーい今俺聞きたくないって言いましたよねぇ? 聞こえませんでしたぁ? ライオン丸君」


 そんな会話をしながらも、話を聞かないライオン丸はとある方角を指差して口を開いた。


 「あっちからだ。 獣人の耳とはいえ、あまりにも遠い所なら聞こえる訳がねぇ。 だから、そんなに遠い場所ではねぇと思うんだが……」


 「はい……調査しまっす」


 俺達のお仕事、獣人の集落の視察と周辺の調査。

 こんな話を聞けば、調べずに帰る訳には行かないのであった。

 もうさ、帰って良いかな。

 厄介事なら支部長に追加料金請求すっからな。


 ――――


 結局彼等は俺たちの申し出を断った。

 支部長に言われた、皆ウォーカーに登録しちゃえ作戦。


 「お前達は信用できるが、他の者もそうとは限らん」


 だそうで。

 ま、ごもっともな意見だ。

 彼等は常日頃からウォーカーモドキに襲われ、家族を失った者も多い。

 だとすれば、俺たちを受け入れてくれた事ですら奇跡に等しい。

 リーダーのライオン丸を倒してしまったから、受け入れるしかなかったと言えなくもないが。

 そんな訳で俺達は集落の人々に簡単な料理を教え、調味料と食材を渡して旅立った。

 逃げて来た獣人ともなれば、やはり一般教養すら無い者達が多かったそうで、料理なんぞした事が無かった者達が集まっていたらしい。

 いやいやこれくらいは……なんて思ってしまう事もあったが、やはりソコは“あちら側”の常識。

 当たり前だと思っている事が、彼等にとっては特別なのだ。

 俺達が「適当に焼いて適当に塩胡椒を振れば食える」くらいに思っている料理に対しても、知らない者にはその”適当”が分からない。

 彼等は調理器具からして使った事が無いなんてザラ。

 フライパンも使った事が無い奴らがほとんどだし、油を引くことさえ知らない。

 そういう者達だって平然と居るのだ。

 街中の雰囲気として、割と俺らの常識が通用するのかと思っていたが、下層に行けば行く程、異世界あるある……と言ったら流石に失礼か。

 基本的な事から教えなければいけなくなる。

 街中で売っている料理は普通だし、皆食べている物は結構旨い。

 だからこそ気にしなかったが……南なんかは、下手すりゃ彼等の仲間入りを果たしていた可能性さえあるのだ。

 そう考えると、非常に怖い。


 「さて旦那。 救助は断られたがどうする?」


 「アイツらもまた場所を移すって言ってたしな。 下手に“救ってやる”って上から言うのも違うだろ」


 「ま、確かにな。 “俺達は勇者でも主人公でもねぇ”だっけ? 確かにお前の言う通りだわ」


 なんて、ギルの奴がからかってくるがまさにその通りなのだ。

 俺達には全てを救える力なんぞない。

 救いの手とやらを伸ばした所で、断られればそれまでなのだ。

 しかもソレが彼らの絶対的な救いになるかと聞かれれば、正直分からない。

 だからこそ、俺たちは助けを求められた者だけを救う。

 いがみ合ったり殺し合ったりするのが当たり前の世界なのだ。

 俺達の力じゃ、RPGみたいに立ち寄った村や街を全て救う事など出来ない。


 「ま、音のする方からは離れるって言ってたし。 あのライオン丸も居るんだから大丈夫だろ。 俺らが気にし過ぎる事じゃねぇってこうちゃん」


 「だね。 押しつけがましく僕らが付きまとうのは絶対違うし」


 西田と東の二人にも両肩を叩かれ、改めて気持ちを切り替えた。


 「しゃっ! 俺達は“音”の調査、そんでもってさっさと帰ろうぜ! 帰ったらタコワサと特大エビフライつくっちゃる!」


 「楽しみです、早く終わらせましょう」


 「エビフライ、好き」


 南と白も気を使ったように声を上げる中、戦風のメンツもズイズイと迫って来た。

 以前以上に距離感が近い気がする。


 「キタヤマ! 私達も良いよね!? もう魔獣肉食べちゃったし! いいよね!?」


 「もう仲間外れは無しだぜ!?」


 「キタヤマは料理を、ニシダはスープの秘伝を。 頼む、教えてくれ……」


 ポアルにリィリ、それにザズまで。

 どいつもコイツも必死な顔で詰め寄ってくる。

 その様子にカイルは呆れたため息を溢し、ギルは「帰ったらソフィーもこうなるんだよな……」なんて遠い目をしていらっしゃる。

 どいつもコイツも、全く。


 「ったく、宴会は全員参加だよ。 すっぽかすんじゃねぇぞ?」


 「「っしゃぁぁ!」」


 魔獣肉を喰らい、黒い鎧に身を包み、そして社交的とも言えない生活を送って来た俺達。

 だと言うのに、この馬鹿共は何が気に入ったんだが。

 随分と悪食と仲良くしてくれる。

 本当に全く……ありがたいね。


 「うっし、んじゃ行くか。 こっから先はマジで何が居るか分かんねぇからな。 南と白、それにリィリは耳と目で警戒してくれ。 んでポアル、お前はトラップの警戒を頼みてぇ」


 「トラップ? こんな森の中なのに?」


 不思議そうに首を傾げる戦風のちびっ子だったが、カイルにコツンと頭を小突かれて気づいたらしい。


 「そっか、人の声が聞こえたんだもんね。 了解、任せて」


 「頼んだぜ? Aランクの斥候さんよ」


 そんな事を言いながら頭をグリグリと撫でてやれば、恥ずかしそうにしながらも南みたいな反応を見せる。


 「北がまたセクハラしてる」


 「白、早くお仕事しなさい。 タイムカードはもう切られたぞ」


 「時給計算が楽しみ」


 「そういうのは経理の中島に言いなさい」


 なんて会話をしながらも、南と白とリィリは木々の上に飛び立つ。

 一歩遅れてポアルも前進し、周囲を警戒し始める。

 いいね、久々の大人数の複合戦だ。

 しかも今回は、気の置けない仲間達ばかり。

 防衛戦に比べれば天と地程の差が有るってもんだ。


 「して、我々は?」


 ザズの声に振り返れば、残りのメンバー達がこちらを見ていた。

 もちろん、仕事なんて腐る程あるさ。


 「ザズは仲間達をしっかりと観察しろ、何かあった場合はすぐにバフを掛けられるようにな。 んでもって“何か”が襲ってきた場合、絶対魔法を頼る事になる。 広範囲系の魔法、使えんだろ?」


 「当然。 年寄りエルフを舐めてもらっては困る」


 頼もしい限りだね。

 俺達が魔法を使えない分、こういう存在は非常に頼りになる。


 「西田、分かってんな? 遠方は他の奴らが“見て”くれるが、周囲はお前頼りだ」


 「誰に言ってんだこうちゃん、鼠一匹通しゃしねぇよ」


 そう言ってから西田がタンッと短い音を残して周囲の森に消えた。

 うし、準備は整った。

 残っているのは俺と東、カイルにギル、そして仲間達を睨む様に注目するザスのみ。

 つまり、おっさんズだ。

 急に平均年齢が爆上がりしたパーティになってしまった。

 これで誰かに接敵した場合には、まず真っ先に俺達が目に付く事だろう。

 如何せん見た目からして接近専門が多いが、まぁどこもそんなもんだ。


 「うし、進むぞ。 全員警戒!」


 「「了解!」」


 はてさて、何が出てくる事やら。

 頼むから、出てくるなら蛇くらいであってくれ。

 王蛇くらいなら相手してやっから。

 そんな思いで、俺たちは森の中を進んでいくのであった。


 ――――


 はぁぁ……と深く吐いた息が夜の空に白く染まる。

 寒い、ここの所ずっと。

 毎晩の様に外に出て確認しているが、やはり……今年の初雪が近いのだろう。

 つまり、“この国の終わり”が近い事を意味している。


 「何故でしょう、貴方達が活躍する姿は見えるのに。 物語が視えない」


 未だ見えない、厄災を退ける物語。

 では、私が視ている英雄譚は一体なんなのか?

 現時点で彼等に降りかかる厄介事と言えば、多分予言にある“厄災”くらいしかないと思うのだが……。

 それとも、私の目の届かない所で彼等はまた暴れまわっているのだろうか?

 とはいえ。


 「見えない事には、役に立てない……」


 私はどうすれば良い?

 何を彼等に告げれば良い?

 それさえも分からない。

 どう助けを請えば良いのかさえ、今の私には分からないのだ。


 「暗い洞窟の中、彼等は皆勇敢に戦う……一体何と戦うというの? 厄災とは、洞窟内で完結する内容なの?」


 それともコレは、“厄災”とは全く関係ない出来事なんだろうか?

 いくら考えても、答えはくれない。

 それが私の称号であり、求めたからと言って与えられる程便利なモノではない。

 お母様の様に、まだ見ぬ相手の未来さえ“視える”程に使いこなせていれば、また違ったのかもしれないが。

 私はこの眼で相手を見た時や、その活躍を耳にした時に僅かな“予言”を与えられる。

 予言とも言い難い程曖昧な、英雄譚を授かる。

 ソレを1ページずつ読み解いていって、やっと“今”を追い越せる程度の不便な能力。

 だからこそ彼等の正確な未来が、この国の未来が見えない。


 「もう一度彼等を眼にすれば、もう少し英雄譚が進むのでしょうか……でも、もし。 次に見た時に物語が終わっていたら……」


 そう考えると、正直怖い。

 その終わり方が幸せな形だったら良いのだ。

 しかし、英雄譚とは必ずしもハッピーエンドに終わる物ではない。

 更に言えば、破綻している可能性だってあるのだ。

 物語として未完成、永遠にエンディングを迎える事のない物語。

 こればかりは、不安定な“未来”を見ている上で致し方ないと言えるだろう。

 でも、彼等の物語の終わりなど見たくない。

 そんな風に、思ってしまったんだ。


 「とはいえ、いつまでも待つばかりではいられませんからね」


 私の見た物語。

 このまま私が手を貸し続ければ、彼等はお城まで来てくれる。

 国王……つまりお父様に散々食らいつきながら、私を見つけてくれる。

 そして。


 『これで良いのか!? アンタの望みを言ってみろよお姫様! 違うだろ! こんなエンディングを求めていたなら、ノアを俺達に預けたりしなかったはずだ! 言ってみろ! 俺達が助けてやる!』


 そう叫ぶ黒鎧達。

 コレは、未来の可能性の一つに過ぎない。

 以前は視えていたその光景が、今では徐々に薄れてきている。

 また未来が変わった?

 でもきっと、良い方向へと向かった訳ではないのだろう。

 そんな事が容易に想像出来てしまう程に、今“視える”彼等は切羽詰まっている。

 洞窟へと向かい、戦い、そして……その先がよく見えない。

 もしかしたら、コレが彼等の最期なのかもしれない。

 だと、するのならば。


 「そんなエンディング……私は認めませんわ」


 キッと夜空を睨みながら、改めて覚悟を決めた。

 全てを“視よう”。

 悲しい事も、苦しい事も、辛い事も。

 それら全ての“可能性”を見る事は、何よりも辛い事だとお母様に教わった。

 全ての可能性を視るという事は、何度もその人が息絶える姿を見る事になるのだという。

 だがしかし、今。

 私も覚悟を決めた。

 藁にもすがる想いで、たった1%でも可能性があるのなら。

 その1%に縋りついてやろう。

 この国の民が救われ、英雄達が帰って来てくれる未来を。

 全てを間違えた国でたった一つ、間違わず突き進む彼らの未来を紡ぐために。

 そして、彼等が彼等である為に。

 彼等が、我が国の英雄と謳われる様に。

 そう、決意した瞬間だった。


 「ずぁっ!? ぁぁぁあ!」


 両目に激痛が走った。

 見えてくるのは、おぞましい光景の数々。

 その光景の中に。


 「悪食が……あの三人が、いない?」


 “厄災”に立ち向かうのは数多くの人々。

 しかし、その光景に。

 私が視た英雄譚の1ページに。

 英雄たる“悪食”の姿が見えないのであった。

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