第81話 会議


 その日、ホームに帰ると意外なメンツが揃っていた。


 「帰って来たか。 タイミングが良かったな」


 そんな台詞を吐く支部長の片手には、ジョッキ。

 更には戦風やらアイラム夫婦まで居る。

 しかも皆ジョッキ持ってる。

 宴会中だった感じですかね。


 「わりぃな旦那、急に押しかけちまって」


 「先に始めさせてもらってるぜ」


 「お久しぶりです、皆様」


 彼等の声の後に、ペコッと頭を下げる戦風の残りのメンバー達。

 いや、別に良いんだけどさ。

 何の集まりだろう、たこ焼き足りるかな?


 「皆様お帰りなさいませ。 今飲み物を準備しますね」


 「遠征お疲れ様です。 何やら皆様ご相談があるとの事で」


 なんて事を言いながらクーアと初美がテキパキ動いて、俺たちの分の飲み物やら蒸しタオルやらを用意してくれる。

 なんだろう、居酒屋に来た気分だ。


 「初美は飲んでないんだろうな?」


 「ご心配なく。 “こちら”でも二十歳になるまで飲まないと決めていますので」


 そんな受け答えをしながらさりげなく南と白にだけはジュースを出すあたり、慣れて来たなコイツも。

 とりあえず皆してタオルを受け取ってから、顔やら何やらを拭いていく。

 やっと一息ついた……という所で兜をかぶり直そうとすると。


 「お前等……帰って来てまでずっとフル装備なのか? 流石に疲れねぇ?」


 ギルに呆れた目を向けられてしまった。

 そう言えば確かに、と言わんばかりに皆してジッとこちらを覗き込んでくるが。


 「南さん以外の方角メンツは基本的に鎧着てますよね。 もう慣れましたけど」


 「中島まで……ほっとけ」


 東西北の初期トリオだけは、未だにこの癖が抜けないので仕方ない。

 この前治療のためにずっと鎧を脱いでいた時、非常に居心地が悪かったのでもう駄目な気がする。

 おい、あと今方角メンツって言ったか?

 言ったよな?

 いつから公式にその略され方になった。

 別に良いけどさ。


 「お前等はいっつもその重苦しい雰囲気の鎧だからなぁ。 たまには素顔で街中歩かないと、普段行ってる店にだって顔覚えてもらえねぇぞ」


 「まぁ旦那達の場合は、その鎧で覚えてもらってる可能性が高い気がするけどな……」


 うるせぇ、もはやその状態だわ。

 鎧着ないで街中散策した事は無いが、兜外して店に立ち寄ると誰か分かってもらえないレベルだと容易に想像できるわ。


 「はぁ……俺らの事は良いから、今日は何の用事だ? 飲みに来ただけって訳じゃねぇんだろ? あ、それからお土産」


 呆れたため息を溢しながらマジックバッグからたこ焼きを取り出し、机に並べていくと。


 「おぉ……こっちにもたこ焼きがあるんですね」


 なんて言葉を洩らしながら、何を言わなくても初美が皆に配っていく。

 ドワーフメンツは珍しい食い物に即効で食いつき、支部長や戦風、そしてギル達は観察する様に眺めている。


 「ほぉ、こりゃうめぇ。 酒が進むな」


 「気に入ってもらって何よりだよ。 タコも売ってもらったから今度ツマミ作っちゃる」


 ツマミと聞いた瞬間に小躍りを始めるドワーフ達。

 悪食飯を一番楽しんでるの絶対コイツ等だよな、ホント。


 「さて、食事をしながらで構わないんだが……そろそろ始めようか」


 場を仕切り直す様に、支部長が声を上げる。

 ソレだけでウォーカー達の間にはピリッとした雰囲気が流れる。

 酒を飲みながらってのは頂けないが。


 「まずは悪食の方から何か報告はあるか? また厄介事を引っかけて来たりはしてないだろうな?」


 「俺達を何だと思ってんだ……今回はねぇよ。 普通に依頼達成だ、詳細報告は後日で良いだろ? イリスの所から報告書が届くはずだ」


 ひらひらと手を振りながら答えれば、こういう場では珍しく東が「あっ」と声を上げた。


 「報告って訳ではないんだけど……ごめん、トールさん。 今回の仕事で僕の盾駄目にしちゃった」


 「ほう、あの盾を貫いたか。 どんな相手じゃった?」


 「なんかでっかい蛇。 “王蛇”っていったかな?」


 「王蛇とは言えアレを貫くか……であれば普通の個体じゃないのぉ。 お前さん達、また特殊個体に遭遇したな?」


 カッカッカとドワーフ連中は笑いながら、パクパクとたこ焼きを口に運んでいく。

 あんなに連続で食べて熱くないのだろうか?

 なんて、どうでも良い事を考えていると。


 「オイ……あの大盾を貫く相手だと? 既に緊急報告があっても良いレベルだと思うのだが」


 「……で、でもちゃんと処理してきたし」


 確かにその通りだったかもしれない。

 というかあのデカい蛇特殊個体だったのか。

 イリス達も何も言わなかったし、王蛇って皆あぁなのかと思っていたが。


 「はぁ……まぁ良い。 それで、戦風とギルからは?」


 「あぁ、ちと長くなるが先に話しちまって良いかい? 俺らが依頼の途中で会ったのが――」


 カイルの話によると、森の中に獣人の集落があったとの事。

 そして彼等は“何か”から逃げながら生活している。

 話によれば、平穏を脅かすのは“ウォーカー”だったらしい。

 しかし支部長の話によれば、当然ギルドから獣人を狩れなんて依頼は出ていないし、今の所おかしな利益を手に入れて良そうなウォーカーも見受けられないとの事。

 だとしたら、また“モドキ”か?

 前回は魔人、今回は獣人。

 都合よく相手が同じだと考えるのは早いかもしれないが、臭いのは確かだ。

 マジで何がしてぇんだ?


 「キタヤマ、戦風とアイラム夫婦なら信用が置ける。 話してしまって良いか? もしもの時は、私が責任を取る」


 「……あぁ、問題ねぇよ」


 間違いなくノアの事だろう。

 そして、前回出合った勇者とウォーカーモドキ。

 許可を出せば、支部長は彼等に今までの事を説明していく。

 各々驚いたり、納得したりと色んな顔をしていたが。

 やがて説明が終わり、皆の顔を見回してみれば。


 「しかし、その線で考えると国は何がしてぇんだ? 魔人に求めるのは魔力……いや、強化魔法か。 だとしたら獣人は?」


 「普通に考えりゃ戦力の強化だったり、獣人は奴隷にして売り払って……とかか? しかしこの国、戦力自体は相当なモンだぜ? 兵士の数がやべぇ、騎士団だって腐る程あるくらいだ」


 普通に問題の方へと目を向けている。

 信じていなかった訳では無いが、ノアの事を“異物”として見てくるヤツは居なかった。

 ふぅ……と安堵の息を吐いてから声を上げる。


 「色々と関係はありそうだが、答えが出るとも思えねぇな。 答えが出た所で、俺たちに何が出来るのかって話になるし」


 「フッ、王の悪事を公表して革命でも起こしてみるか? “悪食”の旗の元に」


 「ごめんだね、俺達は勇者でもお伽噺の主人公でもねぇ。 常識を変えるだの国を取るだの、そんなのは荷が重すぎる。 自分達の事で精一杯だ」


 「ソレが利口な選択だ。 おかしな野心を抱けば身を亡ぼす、それだけならまだしも、周りまで巻き込む事になるからな」


 なんて事を言いながら、支部長が静かにジョッキを傾ける。

 そして。


 「戦風の報告と、少しは関わりがあるかと思ったのだが……私の早とちりだったかな?」


 「あぁ、そういや支部長の話をまだ聞いてなかったな」


 結構長くなってしまったので、普通に忘れてたけど。

 用があったから孤児院に来てんだよねこの人。

 最近何故かフラッと参上して、飯食って帰っていく事もあるけど。


 「一部住民から調査依頼が入っている。 なんでも僅かな地鳴りが続いているらしくてな。 ソレだけなら気にする程でも無いんだが、最近では獣の様なうめき声まで聞いた者もいるらしい。 そしてこの依頼は複数件有り、依頼者の住んでいる場所が固まっている事にも違和感がある。 誰も彼も、“壁”の近くだ」


 この国は全体を囲う様にグルッと壁があり、東西南北に出入口の門がある。

 その壁の近くって事は、多分壁の向こうに何かしらの魔獣が居ると踏んでいるんだろうが……。

 街のすぐ近くに地鳴りがする程の魔獣なんて出れば、すぐに見つかりそうなもんだ。

 兵士だって見張っているし、街の外ではウォーカーが動き回っているのだ。

 そんな大物が居れば、見つからない方がおかしい。


 「カイル達の会ったと言う獣人達も気になる。 森に詳しい、更にはサバイバルのプロとして、お前達にこの調査を依頼出来ないだろうか? 悪食」


 「随分と買ってくれてるようでありがたいが……俺らはプロでもなんでもねぇぞ? ましてや調査系なんて小難しい事、俺らで務まんのかねぇ?」


 そう呟いた瞬間、周りから「え?」という声が上がって来た。


 「いや旦那……アンタがサバイバルのプロじゃなかったら、誰が本業を名乗れるんだよ」


 おい、マジで手探りで始めただけだぞ俺ら。

 最初なんか解体すらロクに出来なかったんだからな?


 「調査依頼でも何でもねぇ仕事で、お国に関わる情報引っ張ってくる奴が何いってんだか……そこらの調査隊やら情報屋が聞いたら泣くぜ?」


 好き勝手言われ放題である。

 俺達だって好き好んで兵士やら勇者やら相手にした訳じゃねぇよ。

 ていうか、あれだけ派手にやって今の所おとがめ無しなのが奇跡なのだ。

 もうこれ以上関わりたくない。


 「まあなんだ、お前達なら放っておいても面倒事が向こうから……ではなく、現地に向かえば何かしら情報を掴めるかもしれない。 獣人達の集落でも、また何か話が聞けるかもしれんしな」


 おい、今完全にトラブルメーカー扱いしたよな?

 俺らがどこ行っても何かしら起こして来るって思ってるよな?

 非常に遺憾である。


 「はぁ……とりあえず、東の盾の代わりが出来てからだ。 そんでもって、獣人達と接触しろってんなら戦風とギルも来い。 顔見知りが居た方が話早いだろ。 それと……助けてくれって言われた場合はどうすりゃ良い? ウチだって急に何十人も預かれる訳じゃねぇぞ」


 多分依頼を受けないという選択肢は無さそうなので、面倒事を持ち込んだ当人達を巻き込んでみれば。


 「おうよ、いつでもいけるぜ」


 「ま、仕方ないわな」


 軽い調子で了承されてしまった。

 あらら。


 「ふむ、助けを求められた場合はギルドに連れて来い。 身分証さえ作ってしまえば、国の兵も容易には手を出せないだろう。 後払いという事で、特別に登録してやる」


 外堀が埋まってしまった。

 これはもう逃げられない奴だ。

 とはいえ東の盾が出来るまでは……なんてため息を溢していれば。


 「丁度良い、お前らの“趣味全開装備”。 出来たぞ。 シロのお嬢ちゃんの様に取りつけりゃ良いだけって訳じゃないから苦労したが」


 「は?」


 トールがこのタイミングで声を上げる。

 お前等この前俺の鎧を作る為にひたすら徹夜したばかりだろうに。

 しかもアナベルはこっちに借りていったのだ。

 付与魔法の類は一切進まなかった筈じゃ……。


 「安心せい、パーツは既に出来ておったからあらかじめ付与は付けてもらっておる。 そんでもって、組み立てただけじゃ。 今度の仕事にでも使って、感想を聞かせてくれ。 ただな……」


 「どうしたよ?」


 ドワーフ四人衆が、そこまで語ってから渋い顔をして俺を見た。


 「キタヤマだけは、その……なんだ。 怪我すんなよ?」


 「おいまさか、お前らまで俺の腕の事をネチネチ言うつもりか? もうくっ付いたって――」


 なんて言いながら左腕をヒラヒラと振ってみれば。

 ドワーフ連中は真面目な顔で詰め寄って来た。

 怖い怖い怖い、髭オジが迫ってくるの怖い。


 「グッと脇に挟んで、衝撃に備えろよ? 変な態勢で使おうとすんなよ?」


 「ぶっ壊れたって直してやるから、無理に耐えようとするな? 無理だったら放して良いんだからな?」


 「お前の要望通りになる様に作ったが……ありゃ失敗作と言っても良い……無理に使いこなそうとするな。 いいな?」


 トール以外のメンツが、やけに心配そうにアドバイスをかましてくるんだが。

 ていうかさ、俺に渡される武具“失敗作”の名目多くない?

 鎧も欠陥品とか言われてたよね?

 なんて事を思ってジトッとした眼差しを向けてみれば。


 「まぁ、その、なんだ。 普通の相手には使わんほうが良いぞ」


 そんな事を言いながら、彼等はたこ焼きへと戻っていくのであった。

 マジで、なんなの?

 俺以外も結構好き勝手にロマン装備注文したよね?

 東は特殊な盾を、西田は暗殺とか出来そうな刃物を。

 そんでもって俺は、槍を。

 だと言うのに、何故俺だけこんな注意を受けるのだろうか。


 「一応聞くけどさ……使って大丈夫なんだよな?」


 その一言に、ドワーフ達は視線を逸らした。


 「……一応」


 「一応って何だよ! おいコラ! 今度は何を搭載した!? 言え!」


 「うっさいわ! お前の注文通りに作っただけじゃ! ただちょっと威力が高くなっただけじゃわい!」


 何故か逆切れされてしまったが、取りあえず現物の受け渡しは明日以降らしい。

 そんな訳で、出発は明日の予定となってしまった。

 あぁ、しばらくゆっくりしていたから外に出たいとは思っていたが。

 こんなにも連続で仕事が入らなくても良いのに。

 なんて事を思いながら俺も兜の口元パーツだけを外して、少し冷えてしまったたこ焼きをつまむのであった。

 あ、普通にうめぇ。

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