第80話 相談事と屋台飯


 「はい、それでは今日の鍛錬はこれで終わりになります。 皆お疲れ様でした」


 燕尾服の下にナイフを仕舞いながら、伊達メガネをかけ直す。

 最近になって、リーダーが急に「中島! 眼鏡かけて! それっぽいから!」なんて言い始めプレゼントされた代物。

 あの人は暇になると本当に良く分からない事をやり始める。

 何故私に眼鏡なんだろうか。

 まあ別に構わないが、アナベルさんに目の疲労回復効果を付与してもらったと言っていたし。


 「「「お疲れ様でしたー!」」」


 子供達が元気に返事を返してくる。

 鍛錬が終わって気が抜けたのか、誰しもその場に座り込んでしまうが。

 戦闘が終わったからと言って、周囲の警戒は怠らない様に。

 なんて教えてはいるが、最近は外の仕事をこなしながら訓練、そして孤児院内の家事などもあるので致し方ないだろう。

 思わず、苦笑いが零れてしまう。


 「はぁーい、こんな所で休まないの。 ご飯食べて、お風呂入ってからゆっくり休みなぁ?」


 「そうですよ? ホラ動く動く。 気を抜けば抜いた分だけ、後が辛くなりますよ?」


 女性陣は、私よりもずっと厳しかった。

 私同様に子供達の相手をしていた初美さんと、近くで見ていたクーアさんがパンパンと手を鳴らしながら子供達を立ち上がらせる。

 結構スパルタに見えるが、“こちら側”ではコレが当たり前。

 むしろ余り甘やかすと、子供達が将来困る事になると力説されてしまった。

 こういう時のシスターは、ちょっと怖い。

 そして初美さんの方はと言えば……もう流石としか言いようが無かった。

 勇者の元でレベルを上げていた上に、“向こう側”に居た頃から武闘家。

 剣道、柔道、空手、テコンドー。

 本当に何でもありだったらしく、本物の強者だ。

 最近随分と動きが良くなって来たと思える子供達を、本当にあしらう程度にいなしてしまう。

 それが例え数対一という状況下にあっても、彼女は危なげもなく子供達の攻撃を捌く。

 向こうのパーティに居る時は勇者が魔法で一掃してしまうので、出番が無かったと言っていたが。

 彼女の実力と、高いレベル。

 コレは一対一での状況だった場合、リーダーでも敵うのだろうか?

 そんな風に思ってしまうくらい、この子は強い。


 「皆、順調に強くなっていますね。 なんか嬉しいです、こういうの」


 当の本人は随分と緩んだ顔で、シスターと共に食堂に向かう子供達を見送っているが。


 「そうですね。 しかし、貴女の実力は何というか……果てしないですね。 私なんかでは足元にも及びそうにありません」


 もう遠慮する仲ではないので、率直な感想を述べてみれば。

 彼女はブンブンと首を左右に振りながら、両手をわちゃわちゃと振り回し始めた。


 「そ、そんな事ありません! 中島さんも凄く速いし、武器の使い方も的確です。 それに私なんか悪食の方角メンツに比べれば、手も足も出ないというか」


 「方角メンツって……まぁ確かに方角メンツですが」


 東西南北の4人衆。

 鉄壁の名を持つ東さん。

 正直どういう攻撃手段を取ろうが、彼が膝を付く所が想像出来ない。

 彼に膝を付かせる事が出来るのは、多分子供達だけだ。

 背が高いため、子供が集まって来ると彼は基本的にしゃがむか座る。

 そして疾風の名を持つ西田さん。

 あの速度は、いくら何でもやり過ぎだ。

 私も“こちら側”に来てから随分と速度には自信があるが、それでも彼を捕らえる事が出来ない。

 一度開催された孤児院と悪食による“鬼ごっこ大会”では、彼は最後まで余裕な顔で逃げ回り、最終的には過保護対象のライズ君によって捕らえられた。


 「貴方は彼等よりレベルが高い。 だとしても、無理ですか?」


 「無理です。 彼等は何というか、戦闘の本質が違うんです。 私は試合感覚というか、明確な勝ち負けを求める。 でも彼らは多分、どれだけ傷付こうが泥臭くなろうが、噛みついてでも相手を仕留めようとする。 勝ち負けでは無く、“生き残る”為に生きている。 だからこそ、多分最後に立っているのは彼等です。 南さんにだって、勝てる自信がありませんよ」


 称号は持っていないが、彼等に一番近い存在の南さん。

 確かに、私も南さんに勝てるビジョンが浮かばない。

 彼女は何というか、彼ら以上に覚悟が違う。

 東西北のメンバーを守る為なら、それこそ手足を失おうが相手を殺しにかかるだろう。

 それくらいに、彼等に依存している様に見える。

 一見危うい存在にも思えるが、依存先がアレだから……全く持って心配にはならないが。

 そして何より、北山さん。

 我々のリーダーであり、称号はデッドライン。

 その称号が何を示しているのか、未だに正確な事は分かっていない。

 他の面々の様に、特徴的な何かがある訳ではないのだ。

 だがしかし、彼の前に立てば分かる。

 模擬戦だったとしても、彼の前で武器を構えるとどうしても思ってしまうのだ。

 “あぁ、無理だ”と。

 これだけ強い初美さんでも、やはり私と同じ感想を持ってしまうみたいだ。


 「私達は、恵まれていますね。 我々の常識が通用しない世界に来ても、あんな人たちの庇護下に入れたのですから」


 「ですね。 多分あのままお城に残っていたら、私は腐っていたと思います。 この世界には、“毒”が多すぎる。 残して来た友達は心配ですが……」


 「やはり、心残りですか?」


 「はい……でも多分あのままだったら、あの子の前に私が潰れていました。 それに彼女には支えてくれる人が居ますから」


 なんてやり取りをしながら、二人共苦笑いを溢す。

 友人の事は軽くしか聞いていないが、どうやら心配はいらないらしい。

 そして先に話した、世界の“毒”。

 こればかりは、やはり仕方のない事なのだろう。

 “向こう側”に比べれば、法律の抜け目やら、監視の目やら。

 そう言ったモノは断然甘い世界。

 だとしても、“死”に直結する出来事が多い世界なのだ。

 そして、理解出来ない“一般常識”だって数多く存在する。

 リーダー達は随分と楽しんでいる様だが、私達の様な一般人だと確かに“毒”が多い。

 誘惑も、そして避けられない出来事の数々も。

 そう言ったモノを自制心だけ押さえつけ、回避しながら生き残らなければいけない。

 もっと楽に生きられる抜け道があるかも、こうすれば大金が稼げるかもしれない。

 そんな誘惑に負けないでいられるのは、多分彼等のお陰なのだろう。

 何処までも真っすぐで、間違った事をすればしっかりと怒ってくれる存在。

 社会人になると、そういう人達は存外少ない。

 それでも彼らは、どこまでも“素直”であろうとする。

 言ってしまえば常識の押し付けや、個人の感覚での決まり事は多いだろう。

 でも、それでもだ。

 彼等が求める“秩序”は、苦しくないのだ。

 どこまでも生きやすく、何をするにしても行動が起こしやすい。

 それどころか何かを提案すれば全力で手伝ってくれる上、相手の事を自身の事の様に真剣に悩んでくれるお人よしなのだ。

 多分、“向こう側”では苦労したタイプだろうな。

 なんて感想が思い浮かんでしまう程に。


 「まぁとにかく、子供達の様子を見に行きましょうか。 多分疲れ果てていますから、食事中に眠る子達も居るでしょうし」


 「そういう所、本当に可愛いですよね。 大変な事も多いですけど、見ていると思わず顔がにやけます」


 そんな会話をしながら食堂へと向かおうとしたその時。


 「すまない、キタヤマはまだ帰って来ていないか?」


 門の方から声が響いた。

 聞き覚えのある、というかかなり聞いた事のある声だったが。


 「支部長、どうされました? リーダー達なら、まだ遠征中ですが」


 門の前に立っているのは、いつも通りの恰好の支部長。

 多分、まだ仕事中なのだろう。


 「スマン、少しばかり……と言って良いか分からないが、また厄介な依頼かもしれん。 入れてもらって良いか?」


 これはまた、嫌なタイミングで。

 現状動けるのは私と初美さん、そしてクーアさんのみ。

 街中の依頼などであれば、あまり初美さんを出して目立たせる訳にもいかず。

 そして私一人では戦力として余りにも心もとない。

 外の依頼なんて以ての外だ。

 今居るメンバー全員を向かわせても、そもそも安全マージンもとれない。


 「とにかくお話を伺います、どうぞ中へ――」


 なんて、支部長を孤児院内へと案内しようかと思ったその時。


 「わりぃ、俺らも良いか? 旦那達に聞きたい事があってな」


 そう言って、支部長の更に後ろから歩いてくる人影が。

 しかも、随分と人数が多い様に見える。


 「カイル……戻ったのか? 少しばかり予定より早いな」


 「えぇ、色々ありまして。 支部長も居るなら丁度良いってもんですわ」


 「何があった?」


 「ちと変な集団を見つけたのと、後はおかしな話を聞きましてね。 森によく潜る旦那なら何か知ってるんじゃないかって事で、寄らせてもらいました」


 そんな訳で、支部長と戦風のメンバー。

 それからギルさんと、何故か奥さんまでいらっしゃった。


 「えぇと、ギルさんは個人でウォーカーを続けていたはずでは?」


 「わりぃナカジマさん。 抑えきれなくなった……街に着いたと同時に捕まっちまった」


 疲れ果てた顔を浮かべるギルさんの隣には、ニコニコ笑顔の奥さんが。

 確か……ソフィーさんと言っただろうか?

 前にリーダー達が受けた仕事の依頼主だったはずだ。


 「まだ従業員の募集はしていらっしゃいますでしょうか? 是非働かせて頂きたいなと思いまして。 主婦というのは、案外暇なモノでして。 しかも夫が何日も帰って来ない様な仕事をしていると特に」


 「ソフィー……言い方」


 「何か間違った事を言ってますか? ウォーカーに戻ってから、随分と楽しそうに冒険していらっしゃる旦那様?」


 「……ナカジマさん、スマン」


 「お察しいたします。 従業員の募集はまだまだしておりますから、大丈夫ですよ。 ただ、忙しいですが」


 「望む所です」


 そんな訳で、皆様揃って孤児院に招待する事となった。

 会議室に向かう途中、ドワーフ組に発見され「皆揃ってるって事は飲み会じゃな!? 酒持ってくるから待っとれ!」なんて声を掛けられてしまったが。

 大丈夫……だよな?


 ――――


 お仕事、終わりました。

 害獣駆除が終わり、周辺の魔獣狩りが終わり、更には冬の食べ物を回収してから街に戻って来た俺達。

 イリス達が「ホームまで送迎しますよ!」なんて言い始めたが、そんな事をされたら護衛もクソもないって事で、丁重にお断りさせて頂いた。

 そんな訳で、フォルティアのドデカイお屋敷から徒歩でホームに帰宅中。


 「見て下さいキタヤマさん! 焼きまんじゅうの屋台がありますよ!」


 「お、焼きまんじゅうとかなっつかしい。 こうちゃん一個ずつ買ってかねぇ?」


 「……一個ずつだからな」


 アイリと西田が屋台に向かって走っていく。

 夜になると、意外と屋台が多いのだ。

 祭りって訳でもないのに、普通にそこら辺で食べ物を売っている。

 その分、治安が悪かったり孤児が食べ物を求めて居たりもするが。


 「あぁ~久々に甘酒とか飲みたいねぇ」


 「お酒なら、ホットワインくらいならそこら中で売ってますけど。 最近寒くなりましたからねぇ」


 なんて事を洩らす東とアナベルも、手を擦りながら周りをキョロキョロしている。

 どう見ても食べたいモノを捜しているメシの顔だ。

 いいけどさ、帰りが遅くなっちゃったし。

 時間的に考えて、どうせホームに帰っても盛大に飯作る訳にもいかないだろう。

 とか何とか言っていると。


 「北、見て」


 「ご主人様、アレは何でしょう?」


 「ったく……お前らまで。 なんだよ?」


 白と南が指さす方向へと視線を向けてみれば。

 そこには。


 「買うぞ。 人数分だ」


 「やった」


 「それで、アレはなんですか?」


 タコ焼きが売っていた。

 “他国の人気商品!”なんて看板を立てながらも、タコの絵を店の看板に使っている為か、客足は少ない。

 結構魚やら何やらは市場に入ってくるが、軟体生物はあまり入って来ないのだろうか?

 でも確かに、市場では見た事が無い。


 「いらっしゃ……黒い鎧……い、いや関係ねぇ! どうだいウォーカーさん! 見慣れねぇかもしれねぇが、コイツは旨いよ!?」


 「店主、10個くれ」


 「じゅっ!?」


 「あぁいや、ドワーフ連中や従業員も起きてるだろうから、もっとか?」


 「子供達も起きてる可能性あり」


 「流石にそこまで夜更かししている子達が居たら叱らなければいけませんが……ノインとノアはまだ仕事をしている可能性はありますね」


 「ふむ、んじゃ50だ。 どうせ1人1船じゃ足りん」


 「ま、まいど!」


 そんな訳で、大量にたこ焼きを購入した。

 ついでにタコは買えないかと交渉した所、なんと10匹ほど売ってもらえた。

 火を通した方が安心だが、地元では刺身なんかも食っているという言質を頂き、俺の中でタコワサを作る事が決定した。

 居酒屋料理、たまに凄く食いたくなる。


 「こうちゃんお待たせー、皆の分も買って来……たこ焼きじゃねぇか! 店主、鉄板を売ってくれよ!」


 「お、お客さん、ソレは流石に……」


 「えっと、海の生き物でしたよねコレ。 食べた事は無いですけど、美味しいんですか?」


 帰って来た西田とアイリが、焼きまんじゅうを齧りながら店主に食らいついている。

 スマンな、と心の中で謝りながらも50船出来上がるまで俺達は店の前に滞在し続けた。

 その結果と言って良いのかわからないが、俺らの後ろには待ちのお客さんの列が。

 人数自体は多くないが、傍から見れば目立っている事は間違いない。

 そんな訳で、店主は嬉しそうにたこ焼きを作り続けた。


 「サクラみてぇになっちまったか……何かスマンな、長い事居座っちまって」


 「何言ってんだい! 全然売れて無くて困ってたんだ、コイツに賭けて大量に仕入れちまったってのに、破産する所だったよ。 また買いに来ておくれ!」


 なんて会話をしながら、店主のおっちゃんはひたすらにたこ焼きを作っては渡し、ソレを南がマジックバッグに詰めていく。

 一船12個。

 俺が居た頃の日本では考えられない量が乗ったたこ焼き。

 ソイツを50船、つまり600個。

 すまねぇ、マジですまねぇ。

 なんて事を思っている間も、おっちゃんはテクニカルにたこ焼きをひっくり返していくのであった。

 今日は酒を飲もう。

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