第79話 ロブスターと伊勢海老の食い放題


 「父上、何故ですか!? こんなに中途半端に獣狩りの中止などと! もう少しで全て駆逐できるのですよ!?」


 国王の謁見室に、王子の叫び声が響く。

 あの馬鹿は現状の説明を聞いても理解出来ないのだろうか。

 本当に自身にとって都合の良い内容しか聞こえない耳の持ち主らしい。


 「何度も言わせるなアムス、この状況では贄を集めた所で意味が無いと言っているだろう。 勇者召喚には教会側の協力が不可欠。 そんな暇があるのなら司教達と聖女の捜索に回れ、我々には時間が無いのだ」


 「また“過去のお告げ”ですか? 厄災がどうのこうの言っていたそうですが、それ自体信じるに値する内容なのですか!? 同じ称号を持っているシルフィだってあの調子だ、まるで役に立たないでは無いですか!」


 「お前は実際に見た事が無いからそんな呑気な事が言っていられるのだよ……厄災は来る、そしてもう時間が無い。 だからこそ何度も“勇者召喚”を行ったのだろうが、より多くの勇者や称号持ちを呼び出す為に。 だと言うのに……何を勘違いしているのか知らんが、国を守る為に犠牲を強いているだけだ。 狩りだなんだと騒いでいるのはお前だけだぞ」


 「こんなにも兵を集め、更には勇者も居ると言うのに何を恐れているのですか父上!」


 「くどい!」


 その後しばらく問答が続き、やがて王子が折れる形で去っていく。

 私の横を通り抜ける際に、盛大に舌打ちをしながら睨みつけられたが。

 まあ、今は放っておけば良い。


 「今度はシルフィか……どうした?」


 疲れ果てた顔を浮かべた王が、王座に背を預けてため息を吐く。

 こちらもこちらで、被害者面をされると腸が煮えくり返る想いだが。


 「いつまでこんな事を続けるおつもりですか?」


 「無論、厄災を退けるまでだ。 それさえ終われば、こんな事を繰り返す必要は無い」


「例え国の為だったとしても、こんな事が許されるとでも? 貴方は犠牲を出し過ぎた。 全てが公になれば、王族全員が打ち首どころじゃありませんわよ?」


 「許されるなどと思った事は一度もない、しかしやるしかなかったのだ。 全ては私が始めた事、責任はこの身にある。 事が終わった後でならば、八つ裂きにされようが文句はいうまい。 そしてこの件は公になどする必要は無い、いや公にしてはならない。 “人族”の国における掟だ。 この事は国の上層部に関わる人間と、教会だけが知っていれば良い」


 本当に、大馬鹿者だ。

 ただただこの国の“人族”を守る為に、他の全てを敵に回した王。

 “異世界人”でさえ、ハズレの烙印を押せば城外に捨てた。

 彼等は特別な“称号”を持っていない限りは、確かに弱い事が多い。

 “こちらの世界”に来た段階では誰しもレベル1であり、称号が無い限りは特別な技術や知識を持っていない者の可能性が非常に高い。

 そんな彼等をずっと城で保護するというのは、何のメリットもない。

 利益だけを考えるなら行動としては間違えていないのだろう、納得は出来ないが。

 こちら側に勝手に呼びつけておきながら、野垂れ死ぬの待つなど外道のやる事だ。

 そして何より、“ハズレ”と呼ばれた者達の中にも“悪食”の様に化ける存在が居る事を彼はまだ知らない。


 「……お母様が残した過去の英雄譚では、“10年後、初雪が降るその日。 この国を亡ぼす“厄災”が降りかかる。 それに立ち向かうのは、異世界から訪れた勇気ある者達“。 でしたね」


 「それが今年だ。 そして、雪が降るのも近いだろう。 それまでに戦力を集めようと足掻いたが……結局異世界から呼べた勇者は一人だけ、圧倒的に戦力が足りていない。それに……」


 そこで言葉を一旦切り、再びため息を溢す。

 まあ、気持ちは分かる。

 今呼び出されている勇者は何というか……非常に頼りないのだ。

 レベルだけは上がったにしろ、つい最近ウォーカーに敗北したという報告を受けている以上、戦力不足を痛感しているのだろう。

 更には今回の聖女と教会側の人間の失踪。

 もはや、詰みの状態と呼べなくもない。

 教会の者達が秘匿している召喚術式。

 アレが無ければコレ以上の異世界人を呼べない上に、現実的に考えて今から兵士を増やす事も出来ない。

 “こちら側の人間”で言えば、もう多すぎるぐらいに戦力が揃っているのだ。

 頭数としては、だが。


 「それこそ今回の勇者の“英雄譚”がお前に見えれば、まだ安心できたのだが……」


 「残念なことに、彼の未来は見えません」


 「やはりか……」


 “まだ見ぬ英雄譚の語り手”。

 それは未来に生まれる英雄たる人物の物語を、私に“未来予知”の様に教えてくれる。

 しかし、それは詳細な情報が手に入る訳ではないのだ。

 まるで童話の様に未来を語るこの力は、細かい描写や人物名などは教えてくれない。

 人々に厄災が迫る、だとか。

 国の危機から英雄たちは~なんて言われても、実際に今起こっている出来事と照らし合わせて予測するしかない。

 そして何より、“英雄”たる人物の未来しか見えないのだ。

 だからこそ、いくらあの馬鹿王子に未来を視ろと言われても見える訳がない。

 彼は英雄でも何でもないのだから。


 「ですが、少し先まで見える方々を見つけました。 まだ“厄災”に打ち勝つかどうかはわかりませんが」


 「本当か!? 何故もっと早く報告しない!」


 そんな事を言いながら王座から立ち上がった彼は、慌てた様子で私の肩を掴んだ。

 何故報告しないも何も、“未来の見えない”私に時間を割かなかったのは貴方だろうに。

 更に言えば、“悪食”が厄災を退ける未来まで見えない限りは、この人は勇者召喚を続けた事だろう。


 「彼等はウォーカー、“厄災”を退ける未来まではまだ見えて居ませんが。 でもっ――」


 「そうか……ウォーカーか……。 それではまた、私が望んだ英雄ではないという事だな……」


 「……」


 なんて事言いながら、彼は疲れ果てた様子で再び王座へと戻っていく。

 もはや“異世界から訪れる勇気ある者達”というのが、“勇者”の称号持ちだと信じて疑っていないのだろう。

 そして自身が放り出した異世界人が、ウォーカーとして生き残っているとは考えてさえいない御様子。

 これではわざわざ事細かに説明した所で、彼の認識が変わる事は無いだろう。


 「一応、その者の名前を教えてくれ。 “厄災”が訪れる時、ウォーカー達にも依頼を出す事になるだろうからな……」


 「その時が来れば、お教えいたします」


 「そうか……まぁ良い。 さぁ、用件が済んだのなら部屋に戻りなさい。 今は城内もピリピリしているからな。 私も仕事に戻る」


 やはり、そこまで興味を持たないか。

 もしかしたらその選択が、未来に大きな変化を与えるかもしれないというのに。

 まあ、こればかりは言っても仕方のない事だろう。

 英雄は、様々な形で生まれる。

 全ての英雄が戦場の切り札になる訳ではないからこそ、少しだけ見える程度では気にも留めない。

 私がエンディングまで見えている状態なら、また話は違っただろうが。


 「では、失礼しますお父様。 どうか、コレ以上は間違った道に進まぬよう願っておりますわ」


 そう告げてから、謁見室を後にする。

 さて、これからどうなる事やら。

 “勇者召喚”。

 その儀式に必要な物は大量の魔力と人の命、そして……教会側の協力。

 人の命を消費する忌むべき召喚術。

 しかし“当たり”を引けば、手っ取り早く“強者”が手に入る、利益が得られるという禁断の果実の様なモノ。

 人族の国の王は、生贄に獣人を。

 大量の魔力に魔人を欲した。

 そして教会には寄付と言う名の報酬を。

 だからこそ、彼等は蔑まれ排他される対象となった。


 遠い昔にあった種族戦争における勝者となった“人族”。

 その決め手となったのが、異世界から召喚された“勇者”。

 だからこそ、人族は戦争が終わった後もそういった存在を求め続けた。

 それが過去から繰り返される“人族の国”の罪。

 とはいえ獣人を人として扱われる様に変わってからは、生贄になるのは重罪人のみ。

 処刑代わりに使われたという話だが、今この国にとってはソレだけでは“足りなかった”。

 生贄となる者などそう易々と用意できる筈もなく、だからこそ外から獣人を攫ってくるという愚行に及んだ。


 「本当に、ふざけていますよね……」


 勇者召喚そのモノを止めようとした者も、公にしようとした者も居た。

 しかし誰しも“何故か”命を落とす結果となり、今でも各地で異世界人の召喚は行われている。

 流石に、今の我が国程頻繁に行っている国は他に知らないが……。

 獣人は人族よりも立場が低く、魔人は忌むべき存在。

 そんな“一般常識”が出来上がってしまう程に、この世界はやり過ぎたのだ。


 「種族関係なく共に生きる。 そんなモノは今となっては理想郷、夢物語だとばかり思っていましたが」


 彼等は違った。

 “こちら側”に染まることなく、自らの道を突き進んだ結果。

 この国の中に、私が思い描いた理想郷を作り上げた。

 本当に小さな変化かもしれない。

 しかし、この一歩は大きい。


 「あの方々ならもしかして、なんて思ったりもしますが……頼ってばかりもいられませんね。 私も出来る事をこなさないと」


 民を守るため、また戦闘はお願いするかもしれない。

 でも王家の黒い部分は、彼等に尻拭いを頼むような内容じゃない。

 事実を公表して、王族が全員死ねば“常識”が変わるという問題でもない以上、私達が罪を償いながら自らの手で払拭していく事柄だろう。

 それに……個人的に“悪食”には自由であって欲しい。

 王家と関りを持たせ、“生きにくい”と感じて欲しくない。


 「なんて、これも私の我儘なんでしょうけどね」


 あぁ、今貴方達は何処で何をしているのでしょうか?

 今のピリピリした空気に当てられていないと良いのですが。

 そんな事を考えながら、窓の外を眺める。

 そして、出来る事なら。


 「私も、一度で良いから“そちら側”に行ってみたかった……」


 ――――


 「うぅん……ん?」


 目が覚めると、そこはテントの中だった。

 昨日王蛇を狩り、その後周辺の森の魔獣を狩って回った悪食。

 村に被害が出ない様に出来るだけ狩ってくれ、なんてお父様がお願いしたのが悪かったのか、彼等は森の中で暴れまわった。

 見ているこちらが疲れてしまう程に。

 その後野営を始め、寝袋に包まれた瞬間から記憶が無い。

 隣で眠っていた筈の南さんは、既に居ない。

 不味い! 寝坊した!?

 なんて思いながらテントの入り口を急いで開けてみれば。


 「どうだ!? どうよ!?」


 「付いてる付いてる! こうちゃんそのまま川から離れろ! 体中にひっ付いてるぜ!」


 「まさかとは思ったけど、こんなのが獲れるんだ!? 冬場サイコー!」


 ザバァっと川から上がって来たキタヤマ様。

 私が起きるまでの間、狩りでもしていたのだろうか?

 その腰にはロープが巻かれており、アズマ様がグイグイとキタヤマ様を引っ張っている。

 うん、うん?


 「うぉぉぉ! 見ろよ! 見てくれよこの立派な獲物達を! どいつもコイツもプリップリじゃねぇか!」


 「凄く大きいです! 美味しそうです! 早く取り除きましょう!」


 彼の鎧にくっ付いている、というか噛みついている?

 もしくは爪で挟んでいると言った方が良いのか。

 至る所にデッカイ海老がくっ付いている。

 そんでもって、彼の鎧の至る所から水が噴射しているが。

 寒くないのだろうか?


 「くはははっ! もう何匹目だよ、宝の山じゃねぇか!」


 「凄いよ! 日本だったらこれ全部食べたら庶民は死んじゃうよ! 金銭的な意味で!」


 そんな事を言いながら、ニシダ様とアズマ様が万歳状態のキタヤマ様から海老を取り去っていく。

 凄い、非常に大きい。

 貴族のパーティでも、アレだけ大きな海老が出てきたら「おぉっ」って思ってしまうだろう。

 それくらいに大きい……だが、ちょっと待て。

 川の中からキタヤマ様が上がって来たという事は、彼が餌になったのか?

 彼に獲物が食らいついているという事は、多分そういう事なのだろう。

 その時点で色々おかしいが、更におかしいのは彼がこの時期にフルプレートを着ながら川に潜っている事だろう。

 何を言っているのか分からないって?

 大丈夫だ、私も分からない。

 普通は鎧を着ながら川に潜ったりしないし、全身に魔獣と思われる川の生き物を付属して帰って来ない。

 ココまでは一般常識な筈だ。

 多分。

 あれ? 普通鎧着たまま川に入らないよね?

 間違ってないよね?

 しかも寒い時期に川で潜水しないよね?

 ちょっとだけ自身の常識の概念が危うくなって来た頃、キタヤマ様が手を振って私を迎えてくれた。


 「おっ、イリスも起きたか! 見ろ、川でロブスターが取れた上に大収穫だ! ドデカイエビフライにでもするか!」


 「もうその言葉の暴力だけでお腹いっぱいというか、パンク寸前なんですが!?」


 兎に角、今日のご飯は確保したらしい。

 寝坊した事は反省すべきだが、魔獣の居る川に飛び込む彼らはもっと反省すべきだと思うんだ。

 なんて事を思いながらも、皆揃って甲殻類の下処理を行うのであった。

 ちなみに私より先に起きていたお父様達だったが、もはや何も言うまいとばかりに無表情を突き通していた。


 ――――


 ロブスター。

 それは貧民が食べる事の出来ない食材。

 伊勢海老。

 それは金持ちの奴らが黒い笑みを浮かべながら食すモノ。

 そんなイメージが今、崩れた。

 何たって、腐る程獲れるのだから。

 それこそ、ザリガニみたいに。


 「クハハハハ! 茹で! 焼き! 炙り! 全て作ったぜ!」


 見た目は完全高級品な魔獣様。

 同じような見た目で爪の無いのもいるが、どう違うのかは分からん。

 河底に潜った瞬間、一斉に襲い掛かって来やがった。

 しかし、見た目は高級海老なのだ。

 逃げられる筈がない、思わず全身海老尽くしになるまで河底に留まってしまった。

 ワシャワシャしたのがいっぱい寄ってくるのはキモ怖かったが、アナベルの魔法を受けた時の方が数十倍は怖かった。

 そんな事を思いながら海老の攻撃に耐え、腰に巻かれたロープを引っ張って東に合図を出した結果。

 予想以上のロブスターを確保する事が出来た。

 しかも、これを何度も繰り返す愚行。

 寒いったらない、普通に死ぬかと思った。

 だが、いっぱい釣れた。

 大漁じゃい。


 「俺、一回やってみたかったんだ……ロブスターを手でバキッとやって、豪快に食うヤツ……」


 「僕も……ちょっと行儀は悪いけど、殻ごと食べて最後にペッって殻だけ吐き捨てるヤツ……あの悪役がやるヤツやりたい」


 そんな事を言いながら、二人共巨大海老にかぶりついた。

 その後、そりゃもう幸せそうな表情を浮かべている所から感想を聞く必要はないだろう。


 「で、では私も」


 「い、いただきます……」


 南とイリスもゴクリと喉を鳴らしてから、焼き海老の身を口に放り込む。

 そして。


 「あ……コレはダメなヤツです。 人を駄目にするヤツです」


 「大変です、口の中が高級食材になってしまいます」


 二人して訳の分からない感想を残しながら、モリモリと食べ始める。

 お気に召したようで何よりだ。


 「こ、コレは……良いのか? こんなモノ金を払わず食べてしまって良いのか?」


 イリスパパと護衛の皆様も、プルプルしながらもモッシャモッシャしておられる。

 という訳で、俺も一つ。

 塩ゆでしたシンプルなヤツを食ってみよう。

 バキッと音がする程の甲殻割り、ズルリと中から出てくる真っ白いプリプリの身。

 コレは……見た目からしてやべぇな。

 ゴクリと唾を飲み込んでから、豪快にバクリと肉厚のデカい海老に噛みついた。


 「あぁ……なるほど。 コレは確かに人をダメにする上に、お口の中が高級食材だわ」


 旨い、どころかヤバイ。

 回転寿司とかでも海老は好きだったけど、アレとはまるで別物だわ。

 口の中に旨味が爆発するって表現が正しいくらいに、プリップリで食いごたえがある。

 空に浮かぶ城を求める40秒で支度させるお婆ちゃんとかは、こんなモノを豪快に食っていたのか。

 うめぇ、うめぇよぉぉ……。


 「あぁ……生きていて良かった……」


 「これは、危険」


 アイリと白が対照的な表情で巨大海老を貪り、アナベルはとても険しい表情で川の中を眺めている。


 「もっといっぺんに取れる方法はないかしら……そうすればしばらくコレが食べられるし……でもどうすれば。 河底を凍らせる? でも回収が大変だし、何より味が落ちるかもしれない……うむむ」


 どうやら、どいつもこいつも気に入ったらしい。

 とりあえずアナベルは放っておこう。

 やりたきゃ勝手に獲るだろうし。


 「魔獣肉というのは恐ろしいな、支部長の報告書をこちらに横流し……じゃなかった。 情報提供を貰えなければ、こんな旨い物を食い逃すところだったのか」


 おいイリスパパ、今なんつった。

 なんで公表されていない内容をコイツ等が知ってんのかと疑問に思ったが、支部長の奴横流ししてたのか。

 後で脅してやろう。

 まぁ良い、今は海老だ。


 「こりゃ他の海鮮……これも海産物か? どっちでも良いか、他の物も期待できるな」


 「川でコレだろ? 海行ったらどんなのが居るんだろうな?」


 「行ってみたいねぇ、海。 孤児院が一段落したら、遠出してみる?」


 そんな事を言いながら、俺たちは川の幸と言う名の海産物?を堪能するのであった。

 その後海老を真っ二つにしてグラタンモドキを作った所、アナベルとイリスが発狂した。

 どうやらこの二人の好物は、コレに決まってしまったらしい。


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