第78話 蛇肉とかつ丼


 という訳で、“王蛇”食ってみた。

 とんでもなくデカいので、頭に槍ブッ刺して固定。

 そして大人数で捌く。

 皮は随分と綺麗に剥げたので、後でギルドに持って行って金にしよう。

 そんでもって問題なのは味だ。

 見た目的には肉厚だし、ぷりっぷりしたお肉様な訳だが。


 「不味い」


 「くっせぇぇ……」


 「塩胡椒マシマシでもコレかぁ……駄目だねこりゃ」


 「これ以上味を付けると、塩味の臭い何かになりますね……」


 塩焼き、駄目。

 という訳で串に刺し、炭火でタレ焼き。

 ウナギのかば焼きみたいな感じで化けないかと期待したのだが。


 「タレは美味しいのに……匂いが……生臭いですねぇ」


 「コレ以外食べ物がなかったら、まぁ……頑張って食べますかね」


 とても不評。

 蛇はやはり駄目なのか?

 それともコイツが特別不味いだけなのか?

 毒蛇じゃないって言ってたし、案外いけるかと思ったのに。

 最後の手段とばかりに、唐揚げにしてみると。


 「北、コレは……冒涜。 というか油と材料が勿体ない」


 すんごい台詞を吐かれてしまった上に、唐揚げ好きな南に関しては、齧った瞬間黙ってしまった。

 ダメだこりゃ、食えたもんじゃねぇ。


 「一応、後で干し肉にしてみるか」


 「まだやるのかよ……」


 「一応狩った動物だし、悪くはないと思うけど……食べられるかなぁ?」


 最後の望みも正直希望が薄そうだが。

 ま、どうにか美味しくなる手段を探してみましょ。

 ダメだったら焼却処分で。


 「あの、キタヤマ様。 一応支部長様からの報告を受けて、魔獣肉を期待していたのですが……」


 「あ、蛇食う?」


 「出来れば蛇以外でお願いしますわ……」


 一応聞いてみたが、こんな物お貴族様に食べさせてはぶっ殺されるかもしれない。

 それくらいに、不味い。

 というか罰ゲーム料理かってくらいに、臭い。

 触感は結構悪くないんだけどなぁ……匂いがどうにかならんかなぁ。

 後は旨味も何もあったもんじゃない、変な味だ。

 強いて言うなら……輪ゴム?

 そして新品のタイヤみたいな匂いがする。

 ソイツを噛めば噛むほど、匂いが三角コーナーに変わる。

 だめだねこりゃ。


 「はぁ……こればっかりは仕方ねぇよなぁ。 口直しに贅沢するかぁ、何が食いたい?」


 なんて、メンバーを見回してみれば。


 「鶏肉が良いです」


 「私は牛肉が良いな」


 「卵」


 南、アイリ、白。

 このお三方は、もう決まり文句みたいに言うね。


 「はい、じゃぁそれ以外と言う事で」


 「「「えぇー」」」


 今持って来ていて、残っている肉はなんだ?

 鹿、猪、豚、ダチョウ。

 ダチョウは鳥か、そもそも牛肉持って来てねぇじゃん。

 とはいえ結構種類はあるな、量はそこまで無いが。

 ほとんどホームの冷凍保管庫に置いて来てしまった。


 「こうちゃん、久々にかつ丼が食いたい」


 「お、いいね。 僕もかつ丼に一票」


 「あ、豚肉ですか。 いいですね」


 なんて言いながら西田と東が手を上げ、アナベルも賛同しているご様子。

 なるほど、豚か。

 角煮は食ったが、たしかに揚げ物の豚は最近食ってない気がする。


 「んじゃそれで」


 「よし、卵。 ナイス」


 「とんかつにするか」


 「それは酷い、かつ丼希望」


 「……仕方ないか」


 若干もう一名ガッツポーズを取っているが……まあ良い、放置しよう。

 という訳で、かつ丼に決定。


 「西田は味噌汁、南は玉ねぎ刻んでくれ。 東は米な。 アイリと白が警備で。 人が多いからしっかり見張れよ~」


 「「はーい」」


 そんな訳で飯づくりが始まった。

 野菜やら何やらは南に任せ、俺は肉塊をぶった切る。

 とんかつ屋で喰ったら絶対2千円以上しそうなビックサイズに、豪快にカット。

 厚すぎると火が通らない可能性もあるので、厚さはほどほどに。

 しかし“向こう”で食ったトンカツより断然厚い。


 という訳で、表面を軽く叩いてから塩胡椒。

 この時、予め筋に切り込みをいくつか入れておくと揚げた時に丸まらなくて済む。

 まあ大した手間ではないので、やっておいて損はない。


 「ご主人様、玉ねぎ終わりました。 卵溶いちゃって良いですか?」


 「あいよ、頼むわ。 そっちは包む方に使うから軽くな? あとコッチの分の卵も溶いちゃってくれ」


 「コチラは白身と黄身を混ぜ合わせない程度に、でしたっけ。 了解です」


 「その後もいけるか?」


 「問題ありません」


 南も手際が良くなったもんだ、なんて感心しながらコチラも準備を進めていく。

 肉に薄力粉……と言って良いのかコレは。

 市場で買った薄力粉っぽい物を肉にまぶす。

 普段俺らが使っている小麦粉(?)とはまた違うよ!って言われたけど、見た目だと分からない上に、名前も違うから正直わからん。

 下手すると俺達が普段使っているのが、小麦粉じゃない可能性さえあるが。

 ま、食えりゃ何でも良いさ。

 そんな訳で全体に薄力粉をまぶし、余分は落とす。

 そんでもって、南に準備してもらっておいた卵にドボン。

 更にパン粉を満遍なく振りかける。

 その工程をもう一度、薄力粉、卵、パン粉の順でやると更に美味しくなると聞いた事はあるが。

 前に失敗してブヨブヨした物体が出来てしまった事があるので俺はやらない。

 火が通れば良いんじゃ。


 「キタヤマ様……私も何かお手伝いを……」


 「ん? あぁ、そんじゃ量産よろしく。 肉は切ってあるから」


 「先程キタヤマ様がやっていたのと同じ事をすればよろしいのですね?」


 そんな訳で、イリス参戦。

 いやはや、貴族様にこんな事やらせてしまって良いのだろうか。

 なんて事を思ったりもするが、以前の野営で普通に手伝わせてたわ。

 今更だな、うん。


 「手早いな……」


 いつの間にか隣に寄って来ていたダイスが、興味深そうに俺達の手元を覗き込んでいた。

 ふむふむ、なんて言いながら工程を観察しているが……まさかイリスパパも料理をする気なんだろうか?

 俺の中で、若干貴族のイメージが崩れ始めている。

 まあそんな事は良いとして、豚肉を次々と揚げていく。

 ジュワジュワと良いを音を響かせるお肉様を一度油から上げ、余熱で火を通してからもう一度。

 実際の所、この辺りも好みになるらしい。

 二度揚げしない方が衣が軽いとか、肉が柔らかいなんて話も聞いた事があるし。

 しっかりと二度揚げした方が、サクッと良い食感が生れるとか色々言われているらしいが。

 あんまり深く考えずに俺は二度揚げ派。

 どっちにしろ旨いので問題なし。


 そんでもって揚げ終わったとんかつ達を、南の準備してくれている野菜の中に放り込む。

 フライパンの中でグツグツと音を立てているのは玉ねぎと醤油やみりん、酒と砂糖に更には水。

 あとはだし汁など多数。

 玉ねぎがクタクタになるくらいに煮込んであるソレにとんかつを投入し、更に溶き卵を加える。

 こちらは先程南に指示を出した、白身と卵黄が混ざり合わない程度の緩いモノ。

 この時完全に卵を混ぜ合わせてしまうと、卵焼きの上に浮かぶとんかつに変わる。

 俺もよくやった間違えである。

 見た目が良くないのよね、アレ。


 そんな訳で、卵が固まってきたら更に溶き卵を投入。

 そのまま火にかけ続け、表面の卵が半熟くらいになったら完成。

 後は好みで塩胡椒やらネギやら胡麻やら。

 それは本人達に任せよう。

 という訳で、一つ目完成。


 「何故マジックバッグにしまうんですか?」


 「え、だって米がまだ炊けてないし」


 「え? は!? ここまで来てお預けなんですか!?」


 「だって米が……」


 仕方ない事だと言うのに、イリスからクレームの猛攻を受けてしまったのであった。


 ――――


 ふわふわする。

 まどろみの中で、暖かいお湯に全身使っている様な感覚。

 眠っている様な、半分起きている様な。

 とにかく眠くて暖かい。

 そんな空間に、私は居た。


 『如何ですか? 聖女様』


 何処からかそんな声が聞こえ、薄っすらと目を開けば。

 いつか見たお爺ちゃんが、私に向かって笑いかけていた。

 この人は私に何も求めてこない。

 何かをしろって言ったり、こうしなくちゃいけないんだって言って来ない。

 ただただ、ココに入ってゆっくりしていれば良いって。

 たまに人が来た時、気が向いたら笑いかけてくれとだけお願いされただけ。

 それでも、ちゃんと“役に立つ”んだって言ってた。

 あぁ、これなら私にも出来そうだ。

 まったりしているだけで、人が来たら笑いかけて。

 ソレだけで役に立てる仕事があったなんて。

 これでもう、誰にも迷惑を掛けずに済む。

 そんな事を思いながら、ふにゃっと笑みを浮かべた。


 「あったかくて、気持ち良いです。 あと、ずっと眠い……」


 『無理はなさらなくて良いのですよ、聖女様。 眠たければ、そのままお休みください』


 「はい……」


 彼の言葉に従い、再び目を閉じた。

 優君や初美と会えないのは寂しい。

 でもコレが私に出来る事だというなら、ココに居るだけで誰かの役に立てるのなら。

 私は、ココに居よう。

 皆みたいに頑張りたいけど、私には上手く出来ないから。

 今やっている事だって、優君や初美の役に立つって信じて。

 そんな事を思いながら、再び緩やかに意識を手放すのであった。


 ――――


 「聖女様はお休みになられた、今の内に強化魔法を」


 「はっ」


 その声と共に、室内に何人もの魔人が入ってくる。

 誰しも首には白い奴隷の首輪を嵌め、その瞳は誰も彼も虚ろに揺れ動いていた。


 「哀れな魔人達よ、お仕事の時間ですよ? 聖女様に貴方達の力を注ぎなさい。 一番良く出来たモノに……“ご褒美”を与えましょう」


 白い服を着た聖職者が胸元から小さな麻袋を取り出せば、彼等は必死に聖女に向かって強化魔法を掛け始める。

 瞳は狂気に染まり、口元から涎を垂れ流しながら。


 「ふむ……やはり聖女の力は素晴らしいな。 体はどれ程“復元”出来た?」


 「もうほとんど治って来ていますよ、“首輪”の調整も最終段階に入りました。 しかしやはり狂暴でして、なかなか抵抗してくれますよ」


 なんて会話をしながら、彼等は聖女を見上げた。

 まるでモニュメントの様に飾られた巨大な魔石の中で、幸せそうに眠る若く美しい聖女様を。


 「今頃王宮は大騒ぎでしょうね、我々教会の人間が居なければ“勇者召喚”が行えない。 魔人を探そうが、獣人の贄を集めようが何の意味もない。 今持っている戦力で“厄災”に立ち向かわなければいけないのですから」


「彼等にとっては厄災、しかし我々にとっては神の使いの解放。 聖女様が手に入ってしまえば、あの国王と関わる必要もありませんからね」


 そんな言葉を紡ぎながら口元を吊り上げる彼等の背後。

 真っ暗闇が広がる洞窟の奥から、獣の様な唸り声が響くのであった。


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