第77話 王蛇
兎少女のイルに案内されて到着したのは、獣人達の集落だった。
とはいえ、そこまで人数が多い訳ではない。
見る限り20~30人程度か? 小さな集団。
だとしてもいくつものテントが張られており、更には見張りまで居る。
「なんだ、お前達は」
俺達の姿を眼にした見張りが走り、その後出て来たのは……随分と大きな獣人の男だった。
ここらでは見ない、獅子の獣人。
立派な鬣に小さな獣の耳。
その身長は2メートルを超えている程の、大男。
「ウォーカー、カイルってもんだ。 この子が川で魔獣に襲われてたんでな、保護した」
「保護? 我々を捕まえに来たの間違いだろう。 汚らわしい“人族”が」
信用してもらえるとは思っていなかったが、まさか最初からココまで敵意を向けられてしまうとは。
「勘違いすんな、俺らは依頼で魔獣狩りに来ただけだ。 お前等みたいな集団が居るなんて知らなかったんだよ。 助けが必要かと思って来ただけだ、いらねぇなら帰るさ」
そう言ってから、軽くイルの背中を押してやる。
しかし彼女からは「どうすれば良い?」と言わんばかりの瞳が向けられ、手は離してくれたものの、一向に進もうとしない。
彼女がここで暮す住人だというなら、送り届けられればソレで良い。
些か不安ではあるものの、俺達が手を貸してすぐにどうこうなるものでもないだろう。
最悪、支部長にだけは現状を報告して判断を仰げば良い。
なんて思って、来た道を戻ろうかと思ったのだが。
「待て」
「なんだ? 歓迎されてないようだから帰ろうと思ったんだが」
ヤレヤレとばかりに両手を上げてみれば、目の前の彼はガルルルル……と唸りながら牙をむいた。
これは、ちょっと良くない雰囲気だな。
「ココの事を知られたからには生きて返す訳にはいかん。 人族は信用できない。 しかも、ウォーカーなら尚更」
だぁクソ、やっぱり隠れ里的なモンだったか。
予想はしていたが、厄介な場所に踏み込んでしまった様だ。
しかし。
「カイル……」
不安そうな顔で手を引く少女の頭を撫でてから、背負っている大剣を抜き放ち、すぐさま近くに投げ捨てた。
「安心しろ。 殺し合ったりしねぇよ」
ニカッと笑みを浮かべてから、数歩だけ前に出る。
そして、両方の拳を打ち鳴らす。
「こっちも殺される訳にはいかねぇんでな、喧嘩しようや。 獣の大将」
「ハッ! 裸猿如きが偉そうに! 身の程ってもんを教えてやる!」
そう言いながら、相手の獣人も腰に吊るしていた大剣を投げ捨てる。
どうやら、俺に付き合ってくれるらしい。
俺達のランク上、貴族を相手にすることは少なくない。
しかし、俺には言葉遣いを少し気を付けるぐらいの教養しかないのだ。
要は、馬鹿だ。
だからこそ、上手い作戦なんぞ思いつかない。
俺らはイルを届けに来ただけ。
だがその先で殺すと脅されたのなら、ぶちのめして帰るだけだ。
子供の手前、どちらかが死ぬような結末にはならないようにしながら。
「改めて名乗るが……ウォーカー、“戦風”のリーダー。 カイルだ。 アンタは?」
「ただの根無し草だよ。 コイツ等みたいなのが居たから、守っているだけだ。 ガァラだ、覚えなくて良いぞ? どうせお前はすぐに死ぬ」
「よろしくなガァラ。 んでもって……いくぜ!」
「来い! “人族”なんぞ、本来俺達に敵わないって事を教えてやる!」
その夜、俺達の殴り合う音が随分と遅くまで響くのであった。
――――
「っしゃぁぁっ!」
新作の二本槍で相手の腹に深い切り傷を作る。
おびただしい量の血液が溢れ出し、鎧を汚していく。
だが、とてもじゃないがこの程度では致命傷にならないらしい。
俺達の今回のお仕事。
“王蛇”と呼ばれるデッカイ蛇の討伐。
いつも食材にさせて頂いている猪も、“王猪”と呼ばれていたずだ。
だとすれば、それくらいのサイズを想像するじゃない。
いくらデカくても熊くらいのサイズなんかなぁ、とか思っていたのに。
「ホラッ! こっち向け!」
ガツンガツンと盾を打ち鳴らし、東がけたたましい音を響かせる。
蛇がそちらに視線を向け、大きな口を開けて突っ込んでいく。
そんでもって、頭の上と足元に水平に構えた盾にガツンッ!と大きな音がして牙を突き立てる蛇。
ウチのタンクの身長、190cm程度。
今では魔王(っぽい)鎧の影響もあって、2メートル超え。
だというのに、東を飲み込みそうな口のデカさ。
うん、なんだこの化け物は。
ずんぐりむっくりで太さに比べて長さは短めだが、馬鹿でかいのだ。
「うっそ……コイツの牙! 盾を貫通しそう!」
ギチギチと音を立てながら、盾の内側がベコベコと盛り上がってくる。
表面には完全に穴が空いている様だ。
おいおいおい、どんだけ顎強いんだよ。
そんでもって盾を貫通しそうな力でプレスされているのに、全然腕の高さが変わらない東は本当に人間なのだろうか。
「アズマさん! 刺さっているのは上の牙だけですよね!? 思いっ切り右にお願いします!」
「了解アイリさん! タイミング教えて! ちょっと目が離せそうにない!」
「いきますよ! 3、2、1、今!」
合図と共に東が上の盾を右に振り払い、下顎をアイリがスライディングの様な姿勢で逆方向へと蹴り飛ばす。
なんともまぁゴリ押しパワータッグ。
結果、上の牙は根元から折れ、下顎は砕けた……のだろうか?
パカッと口を開けたまま大蛇が悶えている。
グワングワンと頭を振り回すが、そんな状態にも関わらず右の眼球を一本の矢が貫いた。
「右側ゲット。 皆、サボらないで仕事して」
「コレは、負けてられませんね」
「おっしゃぁ! 左目は俺が貰うぜぇ!」
おかしな事言う白に対して、南と西田が走り出した。
君達、結構余裕あるね……。
とはいえ、あまり調子に乗ってばかりも居られないので。
「アナベル!」
「まだです! あと20秒程下さい! さっきの“氷界”を使います!」
魔女様はまだ充電中って訳だ。
おっし、20秒稼ぎますか。
「南! 連射して注意を引け! 止まった所で西田が左目! 両目を潰したら一旦下がるぞ!」
叫びながらも遠心力をフルに使って、蛇の頭を槍の柄で引っ叩く。
固ってぇ……っ! 手がビリビリと痺れる程に固いし重い。
「こっちですよ! 爬虫類!」
ガルルルルッ!と今まで聞いた事の無い連射音を響かせ、南が蛇の体を避けながら飛び回る。
随分と身軽に飛び回っているが、蛇との大きさの差でどうしても見ていて不安になってしまう。
なんたって一番デカい東でさえパクンとされてしまいそうな大蛇だ。
ちっこい南ならペロリといかれてしまうだろう。
なんて、いらぬ心配だったようだが。
「はっはぁ! やっと頭を止めやがったな!」
木の上から、とんでもない速度で西田が落下して来た。
その勢いを殺す事無く、手に持った短剣を相手の眼球に押し込んでいく。
ブチュッっという音と共に噴き出す鮮血をその身に浴びながら、短剣を残して地面へと降りたってからすぐに。
「南ちゃん! マチェット!」
「ハイ! 西田様!」
マジックバッグを持っている南が、勢いよく声の主に向かって刃物を投げる。
ソイツをろくに視線も向けずキャッチする西田。
傍から見たら非常に怖い光景だろう。
俺も他のメンバーの時は結構ヒヤヒヤする。
だが、わりといつもの事なのだ。
槍を投げ渡してくる時も、結構こんな勢いだったりする。
「皆さん! お待たせしました!」
「全員引けぇぇぇ!」
アナベルの声と同時に散開していくメンバー達、そして。
「いい加減大人しくなりなさい! “氷界”!」
先程も見た、目の前全てを真っ白に染める魔法。
ソレを真正面から食らう羽目になった王蛇の体は、徐々に白く固まり、動きが緩慢になっていく。
「キタヤマさん! お願いします!」
「あいよぉ! 東ぁぁ! カタパルト!」
「まっかせなさぁぁぁい!」
東の大盾に乗っかり、とんでもない勢いで放り投げられると同時に俺自身も盾を蹴る。
但し前回とは違い、真横に向かって。
「だぁぁらぁぁ! 貫け!」
運動エネルギーをそのままに、片方の槍を相手の頭に叩き込む。
以前よりも切れ味の良くなった穂先は、とんでもなく硬い蛇の鱗を貫き、そのまま脳髄まで到達した感触を掌に伝えて来た。
「っしゃぁぁ! 獲ったぁぁ!」
叩き込んだ槍はそのままに、蛇の頭を避けて吹っ飛んでいく俺。
流石に正面衝突は勘弁なので、体を逸らして地面に着地させて頂いた。
やっぱ新しい武器も鎧も良いわ。
軽いし、切れるし、動きやすい。
なんて、グリングリンと肩を回していると。
「ご主人様! 右腕に何か異常が!?」
「とれた!? 腕とれたのかこうちゃん!?」
「今クーアさんいないんだよ!? 取れてないよね!?」
「キタヤマさん、取れたんですか!? 私が回復魔法を!」
コレだよ。
そもそも前回取れたのは左腕じゃい、右腕じゃねぇよ。
そして動いてんだからそんな簡単に取れんわ。
「取れてねぇよ! あぁもう散れ散れ! ホラ解体すんぞ!」
「キタヤマさーん、今回の魔石は食べるー?」
「結構、デカそう。 チャージ何回分? 北、お食べ」
「食わねぇよ! でも貰って良いなら貰うよ! 食わねぇけど!」
何だか、以前に増して俺の扱いアレになってしまった気がする。
思いっ切りため息を吐きながら、未だ半解凍状態の蛇へと歩み寄るのであった。
――――
「凄いな……」
「如何ですか? お父様」
正直に言えば、勝てないと思っていた。
今回現れたのは王蛇とは聞いていたが、まさかあそこまで巨大な個体だと思っていなかった。
特殊個体、上位種。
もしかしたらそういう類かもしれない。
だというのに彼等は一歩も引かず、それどころか怪我人の一人も出さずに討伐して見せた。
強い。
ソレだけしか言葉が見つからない。
だがしかし心の奥底から湧き出す感情によって、体はフルフルと震えている。
恐怖じゃない、コレは……興奮だ。
「素晴らしい……まさかこれ程とは。 こんなモノを見せられては、イリスが夢中になるのも分かる」
「まぁ、以前見た時より数段強くなっている様に見受けられますけどねぇ……」
ハハハッと、乾いた笑いを浮かべている娘の頭を撫でながらも、吊り上がった口元はなかなか戻ってはくれなかった。
私は今までウォーカーというモノに余り関心が無かった。
それは娘だって同じだったはず。
彼等との繋がりを作る結果となった、ゴブリン討伐の依頼。
アレだって緊急性があったからこそ、藁にも縋る想いで依頼しただけ。
大した期待はしていなかった。
だというのに、私が掴んだのは藁どころではなかったのだ。
「アレは、どこまで行ってしまうのだろうか」
「さぁ? あまり放っておくと、ちんけな国からは出て行ってしまうかもしれませんよ? 何たって、彼等は自由ですから」
冗談めかしにイリスはそう言い放つが、意外と的を射ているのかもしれない。
税金は高いし、獣人の風当たりが非常に悪い我が国。
そして何より、今の王はあまり良い噂を聞かない。
昔は良かった、なんて年寄り臭い台詞にはなってしまうが、実際その通りなのだ。
そんな状態の国では、彼等の事を満足させるには至らないのかもしれない。
「貴族たちも変わる時代が来た、という事かもしれんな」
「あら、貴族全体を動かして王の首でも挿げ替えますか? なんて、こんな冗談は不敬――」
「それも、考えなければいけないかもしれないな」
「……はい?」
皆黙っているが、心の何処かで思っている事。
国のトップを変える必要があるのかもしれない。
私の中で、その想いのきっかけになりかけている。
“悪食”。
面白い、非常に面白い。
活動も、発想も、そして戦績も。
その全てが興味深いクランだったが、いざ彼らの戦う姿を眼にして実感した。
アレは、権力で押さえつけて良い存在じゃない。
そんな事をすれば間違いなくスルリと逃げられるか、“喰われる”。
彼等と共に居たいのであれば、どこまでも“友人”でなければいけないのだ。
なんて、らしくもない考えが頭の中を埋め尽くしていた。
「では、私達も解体くらいは手伝おうか。 隠れて見ているだけでは余りにも格好が悪い」
「ですね、行きましょうお父様」
そんな訳で私達は悪食と共に、慣れない解体作業で身を汚すのであった。
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