第76話 久々のお仕事


 「っしゃぁ! 行くぜ!」


 「張り切り過ぎて腕取れない様にな?」


 「本当に気を付けてね? ちゃんとくっ付いてるんだよね?」


 俺はプラモデルか何かか? なんて思ってしまう程に、西東の二人が執拗に左腕をペタペタと触ってくる。

 あぁもう鬱陶しい、ちゃんとくっ付いたわ。

 なんて事を思いながら振り払ってみれば。


 「ご主人様、無理はしないで下さいね?」


 「本当に、次無理したらお留守番にするからね?」


 「新しい鎧は前に比べても頑丈……だから大丈夫、大丈夫……」


 「北の介護。 安心して、取れたら接着剤でくっ付けてあげる」


 なんという事でしょう、女性陣からも全く信用が頂けない。

 どうしましょ、馬車を降りた瞬間から皆俺を防衛する陣形を取ってくるんですが。

 そんでもって更には。


 「キタヤマ様、依頼を出しておいてなんですけど……本当に大丈夫なんですよね?」


 今回の依頼主であるイリスが、非常に心配そうな瞳をこちらに向けてくる。

 止めて下さいお願いします。

 これでも俺おっさんなので。

 若い子たち皆に心配されると結構心に来るんです。

 「歳なんですから、無理しないで下さいね?」みたいな感じに。


 「キタヤマ様、本当に無理はしない様に。 我々から掛ける言葉ではないかもしれませんが……貴方に何かあると、今後に関わります。 身の安全を第一にお考え下さいませ」


 なんて、やたら丁寧に話しかけてくる男性が一人。

 仕事にイリスを連れてくる事の時点でちょっとご遠慮したかったのだが、何と今回。

 イリスパパまでも同伴しておられるのだ。

 うぉい、大物貴族、何してんだ。

 暇じゃないだろうに。


 「あぁえっと、ホント大丈夫なんで。 ご心配なく」


 何となくペコペコと頭を下げながら、イリスパパからちょっと離れる。

 ダイス・ディーア・フォルティア。

 孤児院を作る時に顔を合わせたくらいで、その後はたいした絡みが無かったイリスパパン。

 見た目がね、もうダンディなのよ。

 俺らと違って、お金持ちの出来るおじ様って感じなのよ。

 ちょっとオーラが違い過ぎて、近くに居ると辛い。


 「そんなに嫌わなくても良いでは無いですか。 今後とも、仲良くして頂ければと」


 「あぁーその、であれば俺らに敬語とかいらないんで、マジで。 俺らイリスパパからすればマジで下っ端なんで」


 「む? そうか、であれば自然体で接する事にするよキタヤマさん」


 「さん、も無しで」


 「了解した、キタヤマ。 しかし下っ端などと、自分達を卑下するものではないぞ?」


 ハッハッハと笑うミスターダンディ。

 非常にフレンドリーなのはありがたいが、未だに慣れない。

 この人がアホみたいな金額出資してくれて、更にはガンガンサポートしてくれてんだよなぁなんて思うと、思わず腰が引けてしまうというものだ。


 とまあそれは置いておいて、今回の依頼。

 アイリの奴が昨日持ってきた仕事な訳だが。

 なんでも彼の取引している村の近くで、大型の魔獣が現れたとの事。

 こんな田舎まで手を伸ばしてんのかぁ、すげぇなぁなんて口にしてみれば。


 「周りに人がいないからこそ作れる商品もあるのですよ。 ま、今回は茶葉ですが」


 なんて、イリスから突っ込みを頂いてしまった訳だが。

 しかしながら、仕事にお貴族様を連れていく? 流石に無理だろ。

 平服な上に豪華な馬車なんかで来やがったら同行をお断りしようと思っていたのに。

 予想外も予想外。

 やけにゴツイ馬車に乗って、仕立ての良さそうな皮鎧を着てご登場なされた。

 マジでやる気満々じゃねぇか。

 そんな訳で、イリスとダイス。

 そしていつぞやに会った護衛を連れて、俺達は現地に向かったのである。


 「しっかし、見る限り平和そうだけど……ここに大型魔獣ねぇ」


 周囲を見渡せばまさに茶畑。

 非常に美しい、深呼吸とかすると幸せになりそうな気分だ。

 きっと空気清浄機もビックリなマイナスイオンっぷりだろう。


 「はい……じゃなかった。 あぁ、今回の奴はちょっと厄介でな。 “王蛇”と呼ばれる程に大きな蛇。 だというのに隠れる事に特化している個体だ。 いつもあちらの方角の森から現れると報告にあるが……」


 そんな訳で、俺達にとって……というか俺にとって久々の実戦が始まった。

 今度は蛇だ蛇。

 蛇が食えるのかどうかは知らないが、ゲームでステルスミッションをこなす伝説の兵士が食っていた。

 なので、一度食ってみたい。

 多分捌き方は鰻と同じだろう。

 実際鰻を捌いた事はないが、動画でなら見た事がある。

 なので、問題はない。

 と、思う。

 だからこそ言ってやろう。

 待たせたな、と。

 貴様をついに食らう時が来たぞ。


 「しゃぁ! んじゃ早速森に――」


 「村人から最近の様子を聞きましょうか」


 「……うっす」


 などとやりながら、今回の依頼は始まった。


 「ま、新しい装備も試してみたいしな。 うっし、やるか!」


 もう一度気合いを入れ直し、白金貨が前以上にぶっ飛んだ鎧を叩くのであった。


 ――――


 森の中。

 いつもの場所とは違い、非常に鬱蒼としており視界も悪い。

 そして更には、虫が多い。


 「しゃぁっ!」


 ドデカイ蜂の様な魔獣に対して、昆虫の胸の部分に掌を叩き込んで、そのまま握り潰す。

 パリンッと小さな感触が返ってくれば、デカい昆虫はすぐさま動かなくなる。

 コレ、結構使えるかも。

 直接魔石を触ってなくても砕けんのか。

 この籠手には魔石クラッシャーの名を授けよう。


 「こうちゃんがゴッ〇フィンガー使う様になっちゃった……」


 「北君、僕達が悪かったからさ……槍、使って良いよ? 存分に振り回しな? 素手なら負荷が少ないだろみたいな遠慮はいらないからさ、ね? 槍使おう? 逆に危ないから」


 「だぁぁもう! 鎧の説明したろ! そんで虫くらいの魔石なら好きにしろって言ったのお前らじゃねぇか!」


 仲間からおかしな言葉を受けながらも、新しい鎧の魔力を溜めていく。

 もちろん無茶はしないが、一対一の状況なら迷わずわし掴む。

 良いなコレ。

 肉厚の魔獣だと無理だが、虫程度ならマジで一撃必殺だわ。

 ちょっとお手てが体液だらけになるのは考え物だが。


 「むしろ私としましては、大物の魔石も吸わせてしまって良いと思うのですが」


 「確かにその魔法殺しモードは見てみたいけど……魔石の売り上げは馬鹿に出来ないからねぇ」


 南とアイリが、そこら中を飛び回りながらそんな雑談を繰り広げている。

 ちなみに今回、南のクロスボウも新作に変わった。

 俺がぶっ壊してしまったのが原因なのだが後悔はしていない、が。

 まさかこんな事になるとは。


 「やはり素晴らしいですね、以前より使いやすいです」


 小さな声で呟きながら、南が口元を吊り上げていらっしゃる。

 なんでもディールの奴が頑張っちゃって、今回は60本撃てるらしい。

 正式な名前は忘れたが、マガジンの中にギザギザに矢を入れる仕組みを作ったそうだ。

 最近の拳銃のマガジンと同じような仕組みって訳だ。

 職人の考える事はどこの世界でも一緒なんだね。

 しかも以前と変わらない精度なのに、連射速度が上がったとか何とか。

 お願い、止めて?

 ウチのトリガーハッピーをこれ以上ハッピーにしないで?


 「ま、少しくらいなら問題ない。 北のつまみ食いだと思って、眼をつぶる」


 「ひでぇ言われようだな……」


 数の多い上動き回る虫に対して、大弓ではやはりやりづらいのか。

 片手にナイフを持ちながら体術で応戦している白。

 コイツ、こんなに動けたのか……なんて思ったりもする訳だ、何でも初美に体術を教わっているらしい。

 彼女に対して一番トゲトゲしているのがコイツかと思えば、しっかりと得られる物は吸収していた。

 なんともまぁ逞しい限りだ。


 「皆さん! 準備が出来ました、放ちますよ!」


 アナベルの声と共に、全員がバッ!とその場を離れる。

 彼女の得意分野は付与魔法。

 しかしながら魔女の名前は伊達では無かった。

 魔法発動まで時間は掛かるものの、威力は絶大。

 その威力を、この前俺は身をもって経験した訳だが。


 「“氷界”!」


 俺らが離脱した後、その場に残っていた虫共が凍り付いて地面に落ちる。

 更には周囲の草木も凍り付き、真っ白な世界が生れていく。

 うはぁ……ぜってぇ巻き込まれたくねぇ……。

 なんて事を思いながらその光景を眺めていれば。


 「これが……“悪食”の戦闘」


 「凄いです! やっぱり凄いです皆様!」


 イリスパパと、その護衛達が唖然としていた。

 一人だけ、その場で跳ねる程テンションの高い奴も居るが。

 なんか、ごめんなさい。

 お目汚し失礼と言いたくなる程、全員がわちゃわちゃ暴れまわっていただけな気がする。

 俺とか魔獣握りつぶしていた訳だし。


 「あぁえっと……進むか」


 「やーい、こうちゃん蛮族~」


 「是非決め台詞も言って欲しいね。 ばぁぁぁく熱っ! って」


 「お前らの頭に爆熱なんとかフィンガーしてやろうか? 今なら虫の体液でベットベトだぞ」


 「「絶対触わらないで?」」


 そんな訳で、俺達は森の中を進んでいく。

 目撃情報のあった、蛇の巣へと向かって。


 ――――


 城の中が何やら騒がしい。

 ダンジョンでレベル上げをして、やっと帰って来たというのに「おかえり」の一言もない。

 とはいえ、以前の様な誰しも“勇者”を敬う様な気配は消えたので仕方ないかもしれないが。

 ウォーカーである黒鎧達に敗北し、そしてパーティメンバーを取られた俺なんて、傍から見れば良い笑いものだろう。

 ソレが分かっているからこそ、何も言わない。

 とにかく強くなろう。

 今度はあの黒鎧にも負けないくらいに、コレ以上仲間に見限られない様に。

 そんな訳で、鍛錬を始めたまでは良かったのだが……困った事が起きた。

 レベルが違い過ぎて、鍛錬にならないのだ。

 いざ試合をすれば、適当な動きでも相手に勝ててしまう。

 剣を習おうにも、こちらの動きについて来られないのだ。

 こればかりは……本当に頭を抱えた。

 彼の言っていた言葉が身に染みる。

 “未熟モンが!”

 あの時の台詞が、今でも耳に反響している気がする。

 俺はレベル上げだけはしっかりとこなして来た。

 でも、自身を育ててこなかったのだ。

 それは、“向こう側”でも一緒。

 環境に甘えて、自身を肯定して。

 周りが悪いんだって、そう言い聞かせて生きて来た。


 “こちら側”に来た時、チャンスだと思ったのに。

 自分を変える、絶好の機会だと思ったのに。

 俺は……全く変わってなかった。

 傲慢で、卑怯で、臆病で。

 そして何より、自分から持ち込んだ一騎打ちで周りに頼るくらいに……クソ雑魚なんだ。

 その結果がどうだ?

 初美は俺の元から離れ、望は部屋から出て来なくなってしまった。

 ハハッ、本当に笑える。

 勇者ってなんだよ。

 皆から慕われる、憧れる存在なんじゃないのかよ。

 だというのに、今の俺はなんだ?

 ただ王の命令を聞いているだけの使いっぱしりじゃないか。

 こんな奴に、誰が憧れる?

 こんな俺を、誰が好きになってくれる?


 “こっち側”に来た時はそりゃ妄想したさ、最強の主人公って奴を。

 誰からもチヤホヤされて、ハーレム上等、異世界上等で逞しく生きる主人公を。

 でも、実際はどうだ?

 俺は部品だ。

 コレだけは、王族の態度を見ていれば分かる。

 “勇者”ってのは、道具だ。

 しかも使い捨てで、代わりの効く部品に過ぎない。

 だからこそ、俺の身の安全など度外視。

 何処へ行け、ココで何をしろ。

 とにかくレベルを上げろ。

 ソレばかりだ。

 それこそ仕事ってこういうもんかって思ってしまうくらいに、“作業”だった。

 俺は何をすればよかったんだ?

 なんて、答えのない疑問だろう。

 “向こう側”だってソレは一緒だ。

 自身の生き方を誰かが教えてくれる訳が無い。


 「はぁ……なんかなぁ」


 “黒鎧”。

 アイツだけは“この世界”において、余分な事を考えず“俺”を敵として見てくれた。

 俺を見て、俺を倒す為に、真剣に戦っていた。


 「アイツは、どんな人生送って来たんかな……」


 ぼうっとそんな事を考えてから頭を振った。

 もはや彼は戦場に立てない。

 なんたって片腕を失ったのだから。

 治癒魔法は万能じゃない。

 “聖女”の望みたいに、欠損まで治せる治癒魔術師は本当に一握りだという。

 だとしたら、彼はもう……。


 「“こっち”じゃソレが当たり前。 戦って怪我する事も、新種に遭遇して誰かが死ぬのも当たり前の世界なんだ……って言われたけど」


 今更悔やんでもどうしようもない。

 片腕を失った黒鎧も、その前に俺の魔法で死んだ連中も。

 恨んでも恨み切れない位に苦しんでいる事だろう。

 だとしても、気に病む程の事じゃないと言われた。

 こんなの、よくある事だって。


 「本当にそうなのかよ……」


 思わず黒鎧の仲間達を思い出して深いため息が零れた。

 彼等はこの世界で見て来た誰よりも“人間”らしかった。

 仲間を傷つけられ激高し、人の命を奪った俺に罪を、罰を与えようとしていた。


 「こっちの“当たり前”って、何なんだろうな」


 基本的に魔法で戦ってきた俺は、今までずっとゲーム感覚だった。

 俺達がプレイヤーで、周りはモブキャラ。

 そんな感覚だった俺は、黒鎧によって思いっきりぶん殴られた。

 彼の仲間達によって、死ぬ寸前まで追い詰められた。

 矢が刺されば泣き叫ぶ程だし、殴られて骨が折れれば一瞬で気を失う程に“痛かった”。

 そこまでされて、やっと理解した気がする。

 当たり前だが、彼等も“生きている”。

 ゲームなんかじゃない。

 なんて、今更言ってもやったことは変わらないし、これから正しく生きようなんておこがましいと思われるだろう。

 何をした所で、誰も俺を許してなどくれないのだから。

 “向こう側”の認識に当てはめれば、だが。


 その場に蹲ってしまいたい脱力感に襲われながらも、望の部屋まで辿り着いた。

 彼女の顔が見たい、声が聴きたい。

 この世界において、唯一の拠り所。

 優し気に微笑んでくれる幼馴染だけは……絶対に守りたい。

 いや、守ってもらっているのは俺の方なのだろう。

 こんなにもどん底に叩き落されても、俺はまだ誰かに甘えようとしている。


 「望、ただいま。 帰って来たよ」


 コンコンッと軽くドアを叩いてみれば、相変わらず返事はない。

 ここ最近では、いつもの事。

 しかし。


 「望? 寝てるのか?」


 少しくらい物音や、気配くらいは感じていたのに。

 今は、それすらない。


 「望……開けるぞ?」


 ゆっくりとドアノブを回せば、鍵は掛かって居なかった。

 キィィと小さな音を立てながら扉を押し開けば。


 「……え?」


 そこには誰も居なかった。

 起きてからそのままベッドを抜け出したかの様に、ぐしゃぐしゃのままの布団。

 壁に掛けられた、彼女のローブと杖。

 普段から身に着けていたマジックバッグですら、机の上に放置されている。

 どこかへ出かけた、という雰囲気ではない。

 望の普段から使っていた物が、全部この部屋には残っている。

 ただただ、“彼女だけ”が居ない。


 「望……望っ!」


 その日、城の中や街中を必死に走り回る、険しい顔の勇者がそこら中で目撃されたのであった。


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