第75話 戦風と黒腕と角煮


 「ふぅ……一通り終わりか? リィリ、上から見て他にいるか?」


 「いや、終わりっぽいぜー? 周囲にソレっぽいのは見えない」


 ウチの弓使いが、木の上から軽い返事を返してくる。

 おつかれ、とメンバーに声を掛けてから大剣を一振りして、こびり付いた血を払う。

 現在は森の中。

 吐いた息が少し白くなる程に冷え込んでいるというのに、俺達が相手にしていた魔獣は熊2匹。

 熊なんだから冬眠しろよと言いたくはなるが、コイツ等はむしろ冬に近づく程活発になる。

 なので通称“冬熊”なんて呼ばれたりする訳だが。


 「何度見ても思うけどよ……キタヤマもそうだが、お前も中々無茶苦茶な戦い方だよな」


 なんて、呆れたため息を吐きながら戻って来たのはギル。

 今回俺達と彼の依頼を同時にこなしている為、数日程は森暮らしの予定になっている。

 以前の俺らならもっと嫌がったが、最近ではザズが料理にハマり始め、数日程度なら外での生活も苦という程では無くなってきている。

 とはいえ、悪食の様に時間停止付きのマジックバッグを持っていないので、食い物が悪くなる前には街に戻らないといけない訳だが。

 そして意外だったのが、ギルが案外野営に慣れている事。

 騎士をやっていた時の経験か? と聞いてみれば。


 「次に目を覚ました時、森に放り込まれていても生き残れる様に必死で覚えた」


 と、訳の分からない答えが返って来たが。

 まあそれは良い。


 「大剣使いなんてこんなもんだ。 それに、剣をしっかりと習った訳でもねぇしな」


 「そんな奴がAランクだってんだから、今も昔もウォーカーってのは分かんねぇよなぁ……もちっと戦い方を魅せる様に変えれば、騎士やら兵士でもやっていけるんじゃねぇか?」


 「ヘッ、御免だね。 俺は堅苦しいのは嫌いなんだ」


 そんな会話をしながら討伐の証明部位を切り取り、魔石を抉り出す。

 片方の熊は結構綺麗に討伐出来たから、このまま持ち帰って毛皮を売っても良いかもしれない。

 とかなんとか考えている内に、周囲が暗くなって来た。


 「今日はもう終わりだね、夜の森でうろつくのは危ない」


 ポアルが周囲を観察しながら、眼を細めている。

 早い所水辺に移動して、テント張っちまわないとな。

 予定としては明日明後日で依頼にあった魔獣を捜し、討伐。

 見つからない様なら一旦街に戻る手はずになっている。


 「さてさて、今日は何を作ろうか……フッフッフ」


 「ザズ……んな事言いながらお前スープくらいしか作れねぇだろ」


 「それでも助かっている奴が何を言うか」


 いつも通りの雑談を繰り広げながら、河原の近くへと移動していく。

 さてさて、見通しの良い場所はっと……なんて、テントを張れる場所を探していた時。


 「カイル、何か居る」


 「なんだ? ありゃぁ」


 リィリとギルの二人が同時に声を上げ、一点に向けて目を細めている。

 それに従って俺達も目を細めてみれば。

 薄暗い中に見える、獣人の姿。

 しかも随分と小さい。

 子供か? こんな所で、こんな時間に?

 水汲みをしている様に見えるが……。


 「っ! カイル! 接敵!」


 急にリィリの奴が弓を構えたかと思えば、あろうことかその子供に向かって弓を引き始めてた。


 「何やってんだ馬鹿! アレは魔獣じゃねぇ!」


 「ちげぇよ! その後ろ! 早く走れ大将!」


 ハッと視線を戻せば、リィリの言う通り子供の後ろの草むらが揺れている。

 俺には何が迫っているのかまでは分からないが、眼の良いリィリがこう言っているのだ。

 何かしらの魔獣が迫っているのだろう。


 「先行くよ!」


 「援護する」


 ポアルとギルがいち早く走り始め、その後に続いて俺も走り始めた。

 バシャバシャと音を立てながら近づく俺達に気が付いたのか、子供は悲鳴を上げながら尻餅をついているが……その後ろの草むらから、小さな影が飛び出して来た。


 「伏せろ! チビッ子!」


 声に従ってくれたのか、それとも俺達にビビったのかは分からないが、獣人の子供は頭を押さえて蹲ってくれた。

 次の瞬間にはリィリの放った矢が飛び掛かってくる影を捕らえ、その間に俺達もその場へと到着する。


 「まだ周りにいるぞ! 気を抜くなよ!?」


 ギルがシミターを抜き放ち、左腕の義手から炎を上げる。

 ありがたい、これで少しは見やすくなった。


 「ソコ!」


 それはポアルも同じだったらしく、手に持ったナイフを次から次へと投げていく。

 そこら中の草むらからパタッと小さいモノが倒れる音が響き、次第に物音は少なくなっていった。


 「……終わったか?」


 炎を周囲に向け、目を細めるギル。

 その光に照らされている魔獣の死骸は、大鼠。

 俺達なら大群にでも襲われない限り焦る相手では無いが、鎧も着ていない小さな子供ともなれば話は別だ。

 小物とはいえ数匹に囲まれて齧られたりしたら、間違いなく命を落としていた所だろう。


 「おう、チビッ子。 怪我はないか?」


 未だに蹲っている子供の頭に手を置いてから声を掛ければ、頭の上に付いている兎の耳がビクッと震える。

 そして恐る恐る顔を上げたその子は……やはり随分と幼い。

 悪食の所の子供達くらい小さく見えるんだが。

 まさかアイツらがまた子供を野営に連れて来てるとかじゃ……いや、ないか。

 旦那なら、鎧を脱いだ状態で単独行動させるとは到底思えない。


 「俺はウォーカーのカイルってモンだ。 お前さん、名前は?」


 俺の顔はお世辞にも子供受けするとは言い難い。

 街の中でチビッ子に少し注意しただけでも泣かれてしまうくらいには。

 俺に声を掛けられて泣かなかったのなんて、それこそ悪食の所の子供達くらいだ。

 そんな俺だが、どうにかならないかとニカッと笑顔を向けてみたのだが。


 「……ヒッ!」


 結局ビビられてしまった。

 困った。


 「お前……その顔……」


 「リーダーは顔面凶器」


 「うっせぇ」


 一緒にいる二人から呆れた視線を向けられてしまい、少しだけショックを受けながら再びチビッ子に視線を向けてみれば。


 「私……イ、イル。 助けて、くれたの?」


 小さな声で、少女は震えながら声を上げた。

 銀髪に赤目、そして兎の耳。

 まさに白兎って感じの見た目だ。

 暗闇の中でも見つけられたのは、この子の目立つ髪色のお陰だったと言えよう。


 「おう、安心しろ。 お前を……あぁいや、イルを傷つけたりしない」


 「あ、ありがとう……ございます」


 未だ怖がっている様子だが、一応は返事を返してくれるようになった。

 ここ最近ギルドに顔を出す、悪食少年組の相手をしていた成果と言えよう。

 アイツらが怖い物知らずな可能性も十分否定できないが……。


 「それで、こんな所で何をしている? しかもそんな恰好で。 流石に危ないぞ、お父さんかお母さんは一緒か?」


 なんだか慣れた様子で、ギルの奴がへにゃっとした笑みを浮かべながら飴玉なんぞ取り出しやがった。

 お前の顔だって非常にキモイ事になってんぞ! と言ってやりたい所だが、今は我慢。


 「どっちも居ない、逃げてくる途中で……その。 捕まっちゃって……ウォーカーに」


 「は? ウォーカーに?」


 どういうことだ?

 彼女の首には奴隷の首輪などは付いていない。

 例え奴隷だったとしても重罪人などではない限り、人を捕まえる様な依頼は基本的にギルドが受ける訳がない。

 獣人は確かに下に見られる事が多いが、奴隷でない限りは法律上“人”として扱われる。

 だからこそ、そんな依頼が発生するとは思えないんだが……。


 「でも、弟が居て……それで、熱を出しちゃったから、水を汲みに……」


 そう言ってから、少女は転がっていた桶を拾って胸に抱いた。

 ちょっと待って欲しい。

 弟、つまりこの子より小さい子がいるのか?

 こんな森の中に?

 だとすればすぐさま保護するべきなんだろうが……。


 「なぁイル。 もしかして、他の大人たちと一緒にいるのか? 子供達だけでこの森で生活している訳じゃないんだろ?」


 俺の質問に対して、イルはビクッと肩を震わせてから視線を揺らしている。

 答えて良いのかどうか、迷っている様子。

 これはもう間違いないだろう。

 この子達は何かから逃げてきて、そして似た境遇の者達と共に暮らしている。

 ソレらを脅かすのは、信じがたいがウォーカー達。

 だからこそ、警戒されている。


 「急にこんな事を言われても困るとは思うが、信じてくれ、イル。 俺達はお前の敵じゃない。 だから、お前達のリーダーに会わせてくれないか?」


 「会って……どうするの?」


 「話を聞く。 それで一度街に戻って、偉い人に相談して来てやる。 もしかしたら、お前達を助けてやれるかもしれない」


 正直初対面の相手にこんな事を言われても戸惑うばかりだろう。

 しかし、この子達も生活に困っているのか。

 それとも自身で判断が出来なかっただけなのか、イルは戸惑いながらも小さく頷いてくれた。


 「こっち。 でも、皆ウォーカーを怖がってるから……その」


 「大丈夫だ。 何を言われても怒ったりしないし、出ていけって言われればすぐに帰るよ」


 そんな訳で、依頼の途中。

 俺達は良く分からない事態に遭遇し、足を踏み込むのであった。


  ――――


 「キタヤマさん……その、まだなんでしょうか……」


 「まだだ、クーア。 我慢しろ」


 「でも……」


 「適当な所で満足して良いのか? 本物を知りたくないのか? お前はそんなに我慢が利かないダメなヤツだったのか?」


 「くっ……しかし、これは……」


 「あの、二人共……さっきから何回同じやり取りしてるの?」


 ノアから呆れられた視線を向けられてしまった。

 はい、俺達が……というか大人数で囲んでいるのは、巨大な寸胴鍋。

 それが三つほど。

 何をしているのかと言えば。


 「ククク、旨い角煮を食った時のお前達の呆けた表情が眼に浮かぶぜ……」


 「こうちゃん、悪い顔してんぞ。 とはいえ、クーアさんの気持ちも分かる。 この時点で凶悪だよな。 匂いとかしてる訳でも無いのに、見た目だけで」


 「あぁ……怪我のせいでしばらく狩りを自重しろって言われたからって、北君が料理で自重しなくなった……ダメだってコレは……」


 クツクツと煮える寸胴鍋に入って居るのは、豚肉とネギ。

 物としてはただそれだけ、それだけなのだ。

 とはいえ今までにないくらいの肉の塊を放り込んだ為、周囲からは非常に興味深そうな視線が飛んでくる。

 というか、食わせろと言わんばかりの野生動物の様な視線が飛び交っている。

 だがしらぬ。

 貴様らは何も知らぬまま涎を垂らしていれば良いさ!

 そんな事を思いながらも、ザラメを違う鍋の中へと放り込む。

 そのまま溶かしていき、ドロッとするまで熱を通す。


 「北、角煮ってこんなに時間かかるの? で、いつ食べられる?」


 「まだまだ掛かるぞ。 お前達の想像以上に……クハハハハ! 涎を垂らして待っているが良いさ!」


 「グスンッ、また拷問の時間なのですね」


 「うはははっ! 白め! いつだってすぐに旨いモンが食えると思うなよぉ? ……って今言ったの南か!? すまん、もうちょっと待ってくれ」


 「扱いの差に、異議申し立てる」


 「うるせぇ。 だったら俺にすぐ弓を引く癖を直してから言え」


 「弓を引くとすぐにこっち見るから、面白くてつい」


 「おい」


 そんな事を言いながら溶けた砂糖に酒を入れ、その後醤油も投入する。

 この際砂糖が固まったりするが、焦らず溶かす。

 結構ドロドロしているので、焦げる!なんて思ってしまうが、ここは焦らずスマートに。

 余裕とは、大人が持てる財産なのだ。

 そんな訳で塊が無くなったザラメに酒、更に水分を追加して滑らかにしていく。

 というか、漬け込めるくらいの水分を追加していく。

 最初から水分を入れた状態でザラメ何かを溶かせば良いと言われるかもしれないが……まさにその通りだ。

 だがしかし、香りをつけたいならこっちの方が圧倒的に“匂い”が残る。

 その辺は好みと言えるのかもしれないが、狩りに出ない俺は暇なのだ。

 非常に暇なのだ。

 これくらいやらせろ。


 そんな訳で先程から煮込んでいた豚肉を取り出し、一口大にカット。

 そして黒い液体に浸していく。

 重ならない様に、丁寧に。

 ここで煮崩れしてしまえば、最終的には決定的なマイナス点となる。

 だからこそ慎重に、丁寧に。

 いくつもの肉の角切りを、黒い液体の中に漬ける。

 あとは内蓋をして、数時間煮込むだけ。


 「まだ……何かあるのでしょうか?」


 「えっと、ごめんな? もちっと煮込む」


 そんな訳で、再び煮込み開始。

 まだまだ掛かるのです。


 そんな訳で周りの連中を随分と待たせてから、最後には火を強火にしてグツグツと沸騰するくらいに煮込む。

 余分な水分を飛ばしたり、浮いて来た油と出汁を乳化させ煮絡める行為……らしい。

 ソレがどれ程の効果があるのかは知らないが、以前“向こう”でその通りに作った肉は非常に旨かった。

 料理はそれだけが正義なのである、難しい事は専門家が知っていれば良いのだ。

 ということで、涎を垂らす集団を横目に長い事掛けて出来上がったのが。


 「出来たぜ、魔獣豚のトロトロ角煮、とでも言えば良いのか? プルンプルンしてやがる」


 「角煮……角煮じゃぁ……」


 「ラーメンに入っているパターンもあったよね……凄く美味しそう……」


 西東の二人が、子供達よりも先に寄って来た。

 その目は、既に正気を失っている。


 「クハハハッ! 所詮貴様らなど角煮様の前には愚民よ愚民! 角煮様に土下座でもすれば最初に喰わせてやらん事もない!」


 「「ハハァー!」」


 馬鹿二人が、地面にひれ伏した。

 全く、仕方がない。

 試作品でもある為、味見役を任せてやろう。

 なんて、思った瞬間。


 「キッタヤッマさーん! 依頼ですよぉー! あとご飯食べに来ましたぁ!」


 依頼書をヒラヒラと揺らしながら、アイリが晩飯求めて現れた。

 イヨシ、依頼だ! これで文句言われる事なく狩りに出られる!

 なんて事を思いながら、まずはアイリに角煮をお供えするのであった。

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