第74話 対抗手段


 こいつ等……こんなにボロボロになってまで俺の鎧を……。

 そんな事を思ってこいつ等の好きな飯を作り続けた俺は、大馬鹿者だったらしい。

 誰か俺の頑張りを褒めてくれ、そしてこいつ等をぶん殴ってくれ。


 「なんだ、コレは」


 「自信作じゃ」


 「馬鹿野郎。 それ以外に言葉が見つからんぞ」


 今までの鎧より倍はデカい。

 そして、動きづらい。

 そもそもなんだよこのゴテゴテした装備は。

 何か役に立つのか?

 なんて思って籠手を触ってみれば、カシャッと音を立てながら籠手の表面がスライドした。

 うん? うん、なんか光ってるね。

 まるで何処かのバトルロワイアルを繰り広げる12人のバイク乗りの主人公みたいに、籠手が開いたんだが。

 なんこれ、カードでも突っ込むの?


 「まずはソコの光っている部分を押してみましょうか」


 「あ、はい」


 「出来ればそちらの壁に籠手を向けて下さい、危ないので。 あ、それと掌は開いて下さい」


 「危ないのでって言った今? ねぇコレ危ないの?」


 とりあえずアナベルに言われた通りに掌を壁に向け、光っている部分を押してみた。

 すると。

 シュゴォォォ!という音と共に、籠手から炎が噴射した。

 うん、馬鹿野郎。

 俺はアイアンなメタルヒーローじゃねぇぞ。


 「……おい」


 「魔石を使ってるから、火が付かなくなったら補充すればまた使える様になるぞい」


 「ぞいっじゃねぇよ。 俺は一体何になってしまったんだ? 人間火炎放射器か? 何を燃やせば良い? お前等か?」


 「次は逆側じゃ。 使い方は同じじゃ」


 「お願い、聞いて?」


 そんな訳で逆の籠手の試運転。

 もうこの文字列だけで頭が痛い。

 カショッと開いてスイッチを押せば、今度は水が噴射した。

 消防車かな? 結構水圧あるんですけど。


 「……ちなみコレは?」


 「消火用」


 「馬鹿野郎、そもそも燃やすな」


 そんな訳で両方の籠手を戻してから、深いため息をついた。

 ねぇ、嘘でしょ?

 君らコレを徹夜で作ってたの?

 馬鹿でしょ、絶対馬鹿でしょ。


 「それでは最後です。 胸の真ん中にある窪みに触って下さい」


 「あぁもう……今度は何だよ……胸からビームでも出るのか?」


 あきれ果てた声を上げながら胸の鎧の真ん中を押し込めば……鎧が左右に半回転しながら開いた。

 二重層になっているらしく、表面だけがパカッと。

 ちょっと見た目だけは格好良いじゃねぇか。

 なんて事を思っていれば、すぐ近くからキュィィィィン!というとんでもなく嫌な音が鳴り響く。

 もう悪い予感しかしない。


 「アナベルさん、ねぇアナベルさん? コレは大丈夫なヤツ!? 本当に平気!?」


 「付与魔法の限界を試してみたくなりまして、私の使える最大魔法の魔法陣を叩き込んでみました。 衝撃がヤバいんですけど、威力は凄いですよ?」


 「バッカ! お前ホント! 止めて! お願いだから止めて! このままだと俺肋骨複雑骨折した上に色々刺さって死ぬ! むしろ胴体なくなるかもしれない!」


 慌ててペタペタと鎧を弄り回すが、停止スイッチが無い。

 あぁ、俺の物語これにて終了……とかなんとか諦めた瞬間。

 プシュゥゥ、と間抜けな音をして胸の鎧が閉じた。

 お願いですから誰か説明してください。


 「このように、魔石だけではやはり魔力が圧倒的に足りなくてですね。 一発すら放てません」


 「撃てなくて良かったわマジで! もう二度と俺の鎧に攻撃魔法詰め込まないで!?」


 そんな事を叫びながら鎧を脱ぎ捨て、二度と着るかとばかりに胸の鎧を床に投げつけてやれば……何故か周りから聞こえるのは爆笑。

 おい、貴様ら。

 絶対分かっていてこんなもの着させやがったな?


 「こんな具合に攻撃魔法やら何やらを突っ込もうとすると、どうしても作りが複雑になる上に、各所に魔石を入れなきゃいけない分デカくなる。 ま、ソイツは試しで作った玩具みたいなもんじゃ」


 「本当に勘弁してもらえないですかね!? 間違って魔法が発動してたら俺この世にいませんけど!?」


 「安心せい。 あんな魔法が発動できる魔力、何十人も人を集めるか“魔女様”でないとそもそも足りんわい」


 「そういう問題ですかねぇ!? 起爆コード入力されてない核弾頭を怖がるなって言っているのと一緒なんじゃないですかねぇ!?」


 「かく……なんじゃって?」


 ああもう良い、付き合ってられるか。

 何で支部長だけじゃなく、こいつ等にまで実験材料にされなきゃいかんのか。

 そんな思いで、改めて前の鎧を身に着けようとしたその時。


 「まぁ待て、ちゃんと完成品があるから、そっちを着て見ろ」


 「炎とか水とか出ないんだろうな?」


 「出ない出ない」


 「胸からドデカイ魔法放ったり、自爆装置とかついてない?」


 「なんじゃそら、本当に鎧か?」


 おう、お前らが作った玩具見て同じ事が言えんのか?

 なんて睨みつけていると、部屋の奥から一式の黒い鎧が運び出されて来た。

 デザイン自体は今着ている鎧に近い。

 近いが……所々形がスマートになっていたり、尖っていたり。

 昔はシンプルと言える程度に入っていた赤く細い模様。

 ソレが大胆に半身に広がっていた。

 相変わらず細い線できめ細やかな絵柄の為、一見真っ黒鎧だが。

 まあ要は、まさにマーク2って感じ。

 普通に格好いい。

 そしてその脇に飾られているのは、数本の黒い槍。

 ビックリだが、こちらにも赤い模様が入っている。

 こ、こまけぇ……職人技こまけぇ……!

 でもすげぇ!


 「どうじゃ? 素材から拘るのはもちろん、部品一つ一つに付与魔法が施されておる。 普段はただの固い鎧じゃが、ホレ……ここを見てみろ」


 「うわ、なんかまた嫌な光が……」


 これまた籠手の部分をシャコッとスライドすれば、先ほどと同じような光るボタン。

 見た目としてはタッチパネルみたいだけど。


 「使い方はさっきと同じじゃ。 さっき言ったように攻撃魔法だとアレだったんで、もっと単純な付与をとにかく強力になる様に試してみたんじゃが……なんと、成功した」


 「なんと、成功した。 じゃねぇよ、何がどう成功したのか言えよ。 怖くて使えねぇよ」


 「馬鹿もん、漢は度胸じゃ。 一度使ってみろ」


 「今度は本当に何も出ないんだろうな……」


 まさに渋々と言った状態で新しい鎧に着替えていく。

 第一印象として見た目は悪くない、むしろ良い。

 まるでロボットアニメに出てくる敵キャラの機体と、普通の鎧の間を取った様なゴツさ。

 うん、自分で言っていても説明が下手くそだと分かる。

 まあRPGなんかで強そうな敵キャラが着ている、格好良い鎧みたいな感じだ。

 そして、実際に着用してみた感想はと言えば。


 「軽いな、それに随分と動きやすい。 何だこれ、本当にこんな軽い鎧で攻撃を防げるのか?」


 とはいえまぁ、普通の鎧に比べての話にはなってしまうが。

 しかし、それでも驚く程に軽いのだ。

 まるで鎧のコスプレでもしている様な気分になるくらいには。


 「そぉい!」


 「どわっ!?」


 急にディールの奴が、槌で俺の背中を引っ叩きやがった。

 しかも、結構デカめなハンマーで。

 そんな事をされれば当然吹っ飛び、前のめりに地面に転がってしまう。


 「何しやがる!」


 「今、痛かったか?」


 「へ?」


 確かに衝撃自体はあった、そのお陰で吹っ飛んだ訳だし。

 しかし強い力で背中を押された、くらいでしかなかったのだ。

 え? マジで何なのこの鎧。

 ちょっと怖い。

 普通なら鎧が曲がったり、一部だけ衝撃を受けたせいで背骨が逝ったりするよな。

 でも、鎧全体で衝撃を受けとめたかのように、ただただ前に吹っ飛ばされただけだった。

 しかも、鎧が無傷なんだが。

 これも付与魔法? それとも鎧自体の性能なのだろうか?


 「ふむ、問題ない様じゃな。 そんじゃ次だ。 籠手を開いてさっきの所を押して見ろ」


 「あぁ、やっぱり試すのか……コレ」


 「あったり前じゃい」


 という訳で、籠手を開いてボタンをポチる。

 すると。


 「おい、これ本当に平気? 絶対大丈夫!? なんか模様が赤く光り始めたんですけど!?」


 「キタヤマさーん、いきますよー?」


 「何が!?」


 のんびりとした声を上げるアナベルへと視線を向けてみれば、そこには前面に巨大な魔法陣を描く魔女の姿が。

 しかも、手をこちらに向けて何やら呪文を唱えておられる。

 え、あ。

 コレ、マジで死ぬヤツじゃ……。


 「三重に展開して、魔法バフも付けてっと……では。 “アイシクルランス”!」


 既に名前からヤバそうな魔法を、彼女は俺に向かって容赦なく叩きこんで来た。

 氷柱、いや氷の槍って言った方が良いのかもしれないが。

 そんなモノが何十本、下手したら何百本という数で、こちらに襲い掛かる。

 しかも、マシンガンみたいな勢いで。


 「ちょっ! まって! アナベルそれ普通に死ぬヤツだから! ねぇ死ぬって!」


 そりゃもう必死に避けた。

 流石に無理だと思いながらも、必死で体を動かした。

 その結果、わかった事が一つ。


 「マジで動きやすいな……」


 「よそ見をしていると当たりますよ?」


 「あ――」


 その一言と共に、残る氷柱が飛来した。

 不味い、コレは本当に避けられない。

 今度こそ終わった。

 次の瞬間にはハチの巣状態の俺の死骸が工房に転がる事だろう。

 そんな事を思っていたというのに。


 「マジで、何なの?」


 氷柱が俺に当たる寸前。

 ほんの数センチ先で塵の様に消えていく。

 こちらに衝撃はなく、まるで見えない壁に守られている様な感覚。

 目の前までは迫って来るので、滅茶苦茶怖いが。

 やがてアナベルからの攻撃は止み、室内に静寂が訪れた。


 「如何でしょう? 魔女の魔法でも無効化する程ですから、そこらの魔術師なんて敵じゃありませんよ。 というより“魔法”であれば、どんなものだろうと分解します。 魔法を封殺し、貴方の土俵に引きずり下ろす為の鎧。 物理対物理に持ち込める最強の防具。 その名を“魔封じの鎧”です」


 「馬鹿みたいに高級な素材を使っている上、手間も職人を殺すくらい掛かっておる。 パーティの財布が軽くなる事は覚悟しておけよ?」


 いや、え? は?

 なにこれ。

 こんなのチート装備も良い所じゃねぇかよ。

 この装備があれば、あの勇者とだって正面から殴り合えるじゃないか。

 うそ、俺こんな装備使っちゃって良いの?

 なんて、言葉に困っていると。


 「ただし、性能は納得がいくものが出来たんですけど。 ある意味ソレは欠陥品です」


 「え? コレで? 滅茶苦茶凄いじゃねぇか。 重さも感じなくなるし、魔法も効かねぇ。 紛れもなく最強装備じゃん」


 アナベルの言葉が理解出来ず、自身の鎧をペタペタと触って確かめていたのだが……。


 「その効果……30秒しか持たないんです。 それに燃費が悪すぎて……その、魔石がかなり必要になると言いますか……あと、バフなどの魔法も殺してしまいます」


 30秒は確かに短いが、魔石を変えれば良いんだろ?

 バフに関して言えば、俺らはアナベルが居ない時は基本素の状態で狩りを行うので問題なし。

 何が問題なのだろうか?

 なんて、言い淀むアナベルの言葉に首を傾げていると。

 トールがため息をつきながら答えをくれた。


 「魔封じってのはそこまで珍しい付与じゃぁない。 牢獄とか、下手すりゃ奴隷の首輪なんかにも使われちょる」


 へぇ、まあ確かにそういう魔法が無いと魔法使いとか牢屋に入れられないもんな。

 なんて一人感心していると。


 「しかしソイツに付与されてんのは、馬鹿みたいな速さで魔法を分解しちまう程に強力になった“魔封じ”。 魔法の数や使いやすさを求めるのではなく、ただただ質だけの一点特化。 魔女様と俺らが一から“その為だけ”に作った、お国のお偉いさんもビックリだろう頭の悪い特級品だ。 んでだ、“質”に拘り過ぎた結果、下準備が異常なまでに大変なんじゃよ。 前に狩ったマジックタートルの上位種……カウンタータートルと名付けられたらしいな。 アレの魔石と、お前が砕いた狼の上位種の魔石。 あの二つを使って、さっきの一回分じゃ」


 はい、ちょっと待ちましょうか。

 あの馬鹿でかい二匹の魔獣の魔石を使って30秒?

 そう易々と手に入る物じゃない。

 ここぞという時の切り札にはなるかもしれないけど。

 次に使えるのがいつになるか分からないじゃん。


 「そんでな? そんな馬鹿でかい魔石を鎧に叩き込む訳にもいかなかったんで、鎧その物に“魔力”を溜められる仕組みを拵えてみた。 だから魔石が設置されてんのは籠手だけ。 魔法が使えないお前さんが“引き金”を引ける様にした、というだけだからちっせぇのが一個入ってるだけじゃ。 仕組みとしちゃ鎧その物に魔術の回路みてぇなもんを彫って……って、こんな事言ってもわからんか」


 「うん、よく分かんねぇ。 で、結局どうやって魔石……じゃなかった。 魔力補充すんの?」


 「ホレ、この魔石を握れ」


 ソッと手渡された小さな魔石。

 多分兎か何かの魔石だろう、めっちゃ小っちゃい。


 「握りつぶせ」


 「は?」


 「ホレ、グッと」


 言われた通りに掌に力を入れ、グッと手の中にある魔石を握りこんでみれば。

 パリンッ! と呆気なく割れる音がした。

 そして、僅かに発光する鎧の模様。


 「こんな感じで魔力を吸収し、砕く事が出来る。 そんな具合で、魔力を集めろ。 最悪、生きている魔獣の心臓に手を突っ込んで、魔石を握り潰すっていう必殺技に変わるかもしれんぞ?」


 まさに大馬鹿野郎だ。

 そもそも魔石云々関係なく、生き物の心臓を握りつぶせばどの生命体も死ぬわ。

 鎧だ魔力だ関係なく、それは一撃必殺だわ。


 「……ちなみに、いつも俺らが狩っている相手だった場合。 どれくらいでもう一度さっきのが使える?」


 「デカいのだったら百か二百か……今回使ったのは特殊個体な上に大物じゃからのぉ。 兎やらの小物だと見当もつかん。 普段は前よりも性能の良くなった鎧、くらいに考えて使うこった」


 「だぁぁぁ、そうなんのかよ! ありがとよ! さっきのモードを味わう事はもうねぇかもしれねぇけどな!」


 魔石は、売れるのだ。

 下手すりゃ魔石の売り上げだけで生活できる程度には。

 そりゃそうだ、ダンジョンに向かうウォーカーはソレで喰っているのだから。

 そんな物を30秒の為に全部諦めろって? 流石に無理だ。

 文字通り俺は金食い虫となり、仲間達から殺されてしまう。

 とはいえ、またチート野郎に挑まれてもまともに戦える装備を手に入れたのは確かだ。

 ちゃんとその時さっきの状態になれれば、という条件は付くが。


 「クハハッ! ダンジョンボスの魔石も取っておけばよかったのぉ。 ま、とにかく切り札が出来たくらいに思っておけ。 それともやっぱり炎とかの方が良いか? そっちならすぐ出来るぞ?」


 「いや、こっちが良いです。 もう攻撃魔法は怖いです」


 そんな訳で、俺の装備は一新された。

 鎧はもちろん、武器までも。

 コレで狩りが更に楽になる、というのは分かるのだが……。

 なんだろう、この無駄に大きい疲労感は。

 そもそも魔法を殺す為に魔力を大量に使うってなんだ。

 前にアナベルに教わった魔力と魔法の関係の話になってくるのだろうが……やっぱり魔法は良く分からん。


 「はぁ……魔力量の多いアナベルとかノアから、直接魔力分けてもらえりゃ楽なのにな……」


 なんて、呟いた瞬間。

 ピタッと皆が動かなくなった。


 「キタヤマ、魔石ってのは単純に道具に使える燃料だと思え。 そんで人の魔力ってのは魔法を行使する為の、ソイツの生命力みたいなもんだ。 基本的に魔力そのものを直接受け渡すって手段は“ほぼ”無いと思え」


 あぁ~えっと?

 魔石は電池みたいなもんだから交換が出来る。

 人は魔法として魔力を使う事は出来るが、魔力そのものを分け与えるのは無理、みたいな?

 血液を輸血パックに入れりゃ医療に使えるが、そのままダバッと渡されても困る、みたいな感じなのかね。

 あと“ほぼ”って何よ。


 「あとな……そういうのは流石に露骨すぎると思うぞ? 魔女様ならまだしもノアの嬢ちゃんまでもってのはちょっと……」


 「はぁ?」


 なんて首を傾げてみれば、アナベルが顔を紅くしながらそっぽを向いた。


 「人同士なら多少は分ける事は出来ますけど……その、肉体的な接触が必要といいますか……なので、はい。 鎧に直接魔力を送るのは、えと、無理です」


 とりあえず、全力で土下座しておいた。

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