第73話 外に出たがりと引きこもり


 「ふむ、悪くねぇな……ただもうちょっと塩っ気があったほうが良いか?」


 「だいぶテ〇グジャーキーに近づいて来た? 普通にうめぇけど」


 「しかも食べ応えあるしねぇ、やっぱり大は小を兼ねるよ」


 「コレが干し肉……未だに信じられません」


 そんな事を言いながら、燻製機を挟んで俺らは干し肉を齧っていた。

 怪我は治った筈なのだが未だに外に出ようとすると苦い顔される為、こうして時間を潰している。

 現在はホームでビーフジャーキーを製作中。

 こちらの自家製干し肉、おやつとしても子供たちに大人気。

 そして大人組からはもっと大人気だった。

 以前作っていた試作品は、あんまり納得できない仕上がりになってしまったのだが、酒の肴となり一瞬で消えた。

 そんでもって、大量に保管してある肉も使って毎日の様に試作品を作っている訳だが……。


 「北、チーズもそろそろ」


 「私はナッツが良いですねぇ。 とても癖になります」


 白とクーアが、のんびりした様子で燻製機を勝手にパカパカしている。

 別に良いんだけどさ、あんまり温度下げるなよ?

 ちなみに南はジャーキーが随分気に入った様子で、尻尾をピンと伸ばしながらずっと干し肉をガジガジしている。

 アレだね、ネコにオヤツあげた時みたいだ。

 そんなことをしていると、仕事を終えた子供達も戻って来た。


 「あぁ! キタ達がジャーキー食べてる!」


 「ずるい! 僕らにも!」


 ワラワラと集まって来るチビッ子達。

 仕事終わりだもんね、小腹空くよね。

 ウォーカー登録を終えてから数日。

 仕事は順調な様子で、朝から晩までウォーカーの仕事やら孤児院の仕事やらをこなしている子供達。

 はたまたお勉強に訓練にと、忙しい毎日を過ごしている。

 完全週休二日制度を取り入れ、無理矢理にでも休ませないとずっと働いていそうな勢いだった。

 子供の体力は凄いね、おっちゃんビックリだよ。

 今も早朝のお仕事を終えて来たのだろう、確か新聞と牛乳配達だったか?

 もはや俺達より、子供達の方が街中には詳しいのかもしれない。


 「おらおら、欲しかったら手を洗ってこい。 そしたら食わせてやるよ、但し飯前だからちょっとだけな?」


 「「「はーい!」」」


 そんな訳で、子供達は孤児院に向かって走っていく。

 元気だねぇ、なんて思いながら干し肉を齧っていると。


 「――タヤマさん。 でき、ました……」


 「へ?」


 どこからか、随分と低い声が聞こえた気がする。

 視線を巡らせても、声の主らしい人物は見当たらない。

 幻聴? もしくは……まさか幽霊?

 ちょっと勘弁して頂きたい。

 ファンタジー世界だからゴーストの一匹や二匹居るのかもしれないが。


 「キタヤマさん!」


 「どわぁっ!?」


 背後からゾンビみたいな顔色のアナベルに抱き着かれた。

 マジで心臓止まるかと思ったぞ、気配とかまるでなかったし。


 「ど、どうした……? ていうか、大丈夫か? 顔が青いを通り越してコンクリートみたいな色してるけど」


 「今はそんな事より、新しい装備――」


 滅茶苦茶近い美人顔にどもりながらも声を返せば、顔色ゾンビの魔女様の腹がグゥゥゥ~と盛大に悲鳴を上げた。

 ……顔が赤くなったというか、ちょっとだけ正常な色に戻った。


 「えっと、とりあえず。 なんか食わねぇ?」


 「……はい、いただきます」


 恥ずかしそうに視線を逸らすアナベル。

 ココまでは良かった、まだ可愛いモノだったのだ。


 「キ、キタヤマ……」


 「飯、メシ……酒……」


 「出来たぞ……だから、飯……」


 「酒ぇ……酒を飲ませろぉ……」


 ゾンビが増えた。

 しかも求めている物は飯と酒。

 まごう事なきドワーフゾンビが4匹。

 いつの間にか俺の足元に集まって来ていた。


 「はぁぁぁ……お前等マジで何やってたんだ。 ここ最近顔見なかったが、飯はちゃんと食っていたんだろうな?」


 「し、死なない位には……」


 「バッカ、お前等マジでバッカ。 すぐ作ってやるから、とりあえず干し肉食ってろ。 新作だ」


 そう言って干し肉を差し出せば、ゾンビ5匹はハムスターの様に肉を齧り始めた。

 頼むから飯くらいは喰ってくれ、マジで。


 「すまねぇ……すまねぇなぁキタヤマ。 でも完成したからよぉ……」


 「うめぇ、うめぇよぉ。 干し肉がこんなにうめぇと感じたのは初めてだぁ……」


 「馬鹿野郎お前、“ビーフジャーキー”だからうめぇんだろうが……普通の干し肉なら不味いと思いながら齧っておる所じゃ……」


 「キタヤマぁ、酒をくれんかぁ?」


 「はぁぁ……まずは飯食ってからにしろよ。 酒はその後だ」


 なんだろう、この重症患者達は。

 ゾンビなのか餓死寸前なのか、それともアルコール依存症なのかはっきりしてほしい。

 多分全部なのだろうが。


 「何やら子供達が騒がしくしていたのでお手伝いに参りました」


 「キタヤマさん、ボクも何か手伝う?」


 そんな所に現れたのが初美とノア。

 立場上あまりそこら辺をフラフラ出来ないコンビなので、割と一緒にいる事が多いみたいだ。

 そんな二人が子供達と手を繋ぎながらご登場なされた。

 あぁ、手を洗いに行った子供達に捕まったのね。


 「初美、子供達にジャーキー配ってやってくれ。 飯の前だから一人一枚な? ノアは飯作りの手伝いをお願いできるか? そこのゾンビどもが腹ペコらしい」


 「了解です」


 「ゾンビ……確かに」


 なんて会話をしながら、俺達はドワーフ達プラス1名の飯を作り始める。

 こいつ等結構食うんだが……流石に最初は胃に優しいモノにした方が良いか?

 いや、そんな心配はいらんか。

 ドワーフだし。

 あっさりしたモノなんぞ出したら文句を言われそうだ。


 「こうちゃん、アナベルさんには俺がスープか何か作るよ」


 「雑炊……は作るだけ無駄か、とりあえずお米炊くね?」


 「蔵からお酒持ってきますね。 多分皆様浴びる様に飲まれるでしょうから」


 「すまん、助かる……」


 そんな訳で、皆してゾンビの介護をする事になった。

 あぁもう、何してんのコイツら。

 何日も工房に籠ったかと思えば……。


 「キタヤマぁ……」


 「んだよ。 飯ならもう少し待て、すぐできっから」


 「今度のヤツは、凄いぞぉ……」


 「はい?」


 寝言の様に呟くトールの方へと振り返って見れば、疲れ切った表情でニカッと笑って見せた。


 「自信作だ。 もうお前に怪我はさせねぇぞ」


 「……おい、まさかお前等がやけに時間掛けて作ってたのって」


 「カッカッカ、見てからのお楽しみじゃ」


 トールがそう言い放てば、周りの奴らもクククと悪戯が成功した子供みたいに笑い始める。

 そんな奴等の中に、アナベルも。


 「もう、嫌ですからね。 貴方が大怪我をして帰ってくるなんて」


 そう言ってふにゃっと緩い笑みを浮かべる魔女様。

 疲れ切っているせいだろうが、いつもの気を張った様子の欠片もない。

 どいつもこいつも、子供みたいな無警戒の笑みを浮かべている。

 あぁもう、あぁもう!


 「ずあぁぁ! ったく、お前らは! 何が食いたい、言ってみろ! 全部作ってやる!」


 「私ダチョウ肉のスープが良いです……今はあっさりしたのが食べたい……でもお腹が落ち着いたらいつものご飯が欲しいです」


 「西田! ダチョウスープ!」


 「おうよ!」


 「肉じゃぁ……儂らは肉が食いたい……豪快なヤツで頼む。 あとアレじゃ、どんぶり飯でガッと食えるヤツを……親子丼とか良いのぉ」


 「東! マンガ肉準備! どんぶり飯は任せろ!」


 「了解!」


 そんな訳で、ホームにいても俺達は忙しく飯を作る。

 全く、本当にこいつ等は。

 何で相談しない。

 俺らからすれば、今使っている鎧だって贅沢な代物なのだ。

 だというのに、更に“上”を作りやがったのか。

 あぁもう、そんなもん造られたら更に財布が軽くなっちまうだろうが!

 なんて事を考えながら、鼻を啜った。


 「キタヤマ様。 こういう時は、“ありがとう”でよろしいのではありませんか?」


 隣で料理を手伝ってくれるクーアが、柔らかい微笑みを浮かべながらそんな事を言い放った。

 あぁ全く、何処までもシスターさんだよお前は。


 「それが素直に言えないのが男の子でね。 だから、旨い飯で返す事にした」


 「フフッ、素直じゃありませんね。 でも、何となく羨ましいです。 そういう信じ合える関係というのは」


 「言ってろ」


 「えぇ、言ってます。 貴方達が羨ましいって、ちゃんと言葉にします。 ソレが悪食にとって“当たり前”であっても、“あって当然”にならないように。 私は言葉にしますとも」


 やけに意味深な言葉を発したクーアだったが、それ以降は静かに料理を続けた。

 たく……本当にもう。


 「敵わねぇなぁ……」


 小さく呟いてから、俺達は盛大に肉料理を拵え始めたのであった。


 ――――


 もう、どれくらいの時間が経っただろう。

 あの日、優君が黒い鎧の人の腕を斬り飛ばしたあの瞬間から……震えが止まらない。

 “この世界”では、アレが普通の事なんだ。

 誰も優君の事を怒らないし、相手の人がどうなったのか報告も入って来ない。

 私ならあの人の傷も治せる。

 だというのに、そんな話さえ全然出てこない。

 あの人はどうなったのかな? 義手とかになっちゃったのだろうか?

 それともまさか、あのまま……。

 そこまで考えてから、眩暈がする程の寒気に襲われて毛布をかぶり直した。

 怖い、兎に角怖い。

 平然と人を傷付けるこの“世界”が。

 それに今は……初美も居ない。


 ――コンコンッ。


 小さくノックされたはずのその音が、随分と部屋の中に響き渡った。

 その音にさえ、私は大袈裟に体を揺らしてしまう。

 全てが怖い。

 誰か、誰か助けて……。


 「望……まだ、顔を見せてはくれないのか?」


 優君だった。

 私がいつも頼っていて、いつも味方をしてくれて。

 そして、大好きだった幼馴染。

 でも、その彼ですら今は怖い。

 黒い鎧の人を斬る時の彼は、どこまでも黒い笑みを浮かべていたのだ。

 まるで、心の底から楽しむみたいに。

 だからって嫌いになったりした訳じゃない、優君は優君だって今も想っている。

 でも……とにかく怖いのだ。

 誰かに会う事が、部屋の外に出る事が。


 「ごめん、ごめんね……」


 小さく呟きながら、毛布を頭まで被る。

 あぁ、もう私はダメだ。

 まるでミノムシだ。

 こういうの何ていうんだっけ?

 引きこもり? 対人恐怖症?

 多分、その辺りの言葉が全部当てはまるんだろう。

 それくらいに、私はもう駄目人間だ。

 でも“聖女”を放棄した私がどうなるのか、それを考える事すら怖い。

 もう、どうしたら良いの?


 「えっと、今日も……レベル上げ行ってくる。 そんでさ、ちゃんと剣を習う事にしたんだ。 だから、その……もう大丈夫だから。 今度はもう、怖い思いとかさせないから」


 わかってない、全然わかってないよ優君。

 もう強くならないで。

 もう誰も傷つけないで。

 コレ以上……遠くに行かないで。

 人を笑って傷つけられる人にならないで。

 そんなの、優君には似合わないよ。


 「それじゃ……行ってくるね」


 そういって、足音が遠ざかっていく。

 あぁ、今日も言えなかった。

 初美にも言われたのに。

 “肯定”するだけの人間になるなって。

 今では、ソレすらも出来ない出来損ないになってしまった。


 「初美……はつみぃ……どうしたら良いの?」


 今はもう近くに居ない友人に声を掛けながら、枕に顔を押し付けた。

 なんで私はこんなにも弱いんだろう。

 どうしてこんなにも不完全なのだろう。

 友人だって自らの場所を見つけたからお城を出て行ったというのに。

 私は未だに、“この世界”に居場所が見つけられないでいる。

 助けてと、声を上げる事さえ出来ない。

 もう今では誰かに頼る事さえも怖いと感じている。

 嫌いだ、こんな世界。

 パパもママも居なくて、優君もちょっと怖くなっちゃって。

 初美は以前よりずっと厳しくなった。

 そして何より、一人になった瞬間何も出来なくなった“私自身”が一番嫌いだ。


 「もう嫌だよぉ……帰りたいよぉ……」


 グズグズと布団に包まって泣いていれば、再び扉がノックされた。

 優君が帰って来たのだろうか?

 そんな事を思いながら毛布から顔を出してみれば。


 「聖女様、お客様がお見えです。 失礼しますね」


 そんなことを言いながら、こちらの了承も得ず扉が開かれた。

 こんな事、一度だってなかったのに。


 「司教様、どうぞ」


 「うむ」


 やけに遜った兵士が室内へと案内したのは……白い服のお爺ちゃん。

 司教様って言った?

 えっと、司教って確か……凄く偉い人なんじゃなかったっけ?

 なんて事を思いながら、毛布から顔を出した状態でお爺ちゃんを眺める私。

 多分、非常に間抜けな小娘に見えた事だろう。

 そして。


 「お迎えに上がりましたよ。 聖女様」


 「……え?」


 老人は膝を突き、私に手を差し伸べて来た。

 えっと、何がどうなっているのだろう?

 私はどうすれば良い?


 「辛かったでしょう、悲しかったでしょう? 争いをその目で見る行為は」


 続けて聞こえて来たその台詞に、思わず体がビクッと固くなった。


 「良いのですよ、聖女様。 もう良いのです、コレ以上心を痛める必要などないのです。 我々と共に“聖域”に参りましょう? そこで緩やかに暮らせば、貴女はもう傷付く事など無い。 信徒達に声を掛け、“聖女”たる奇跡の一片を与えて下さるだけで……もう傷付かずに済むのです」


 「本当に……もう、怖い事をしなくて済むんですか? 怖い思いも、しなくて済むんですか?」


 「もちろんですとも。 我々が聖女様を御守り致します。 貴方はただ、聖女として“聖域”で暮して頂ければ、ソレで良いのです。 むしろ、聖女を戦場に立たせる事が間違っている。 貴女は、平和を願ってさえ居てくれれば……それだけで“価値”がある存在なのです」


 そういって、老人はシワシワの手を差し伸べてくる。

 でも、やっぱり“こっち側”の人は怖い。

 そんな事を思って、手を取る事を躊躇していれば。


 「限界を感じていたのではありませんか? 生きる事が辛くなっていたのではありませんか? 大丈夫です。 我々と共いれば、貴女は“誰からも責められる”事などありません。 なんせ、聖女様なのですから」


 その言葉に、心の何処かで警戒心に隙が生れた。

 彼の言っている事は確かに合っている。

 もう疲れた、限界だ。

 生きるのも怖いし、死ぬのも怖い。

 でも、彼と共に行けば……誰からも責められない。

 私を、肯定してくれる。

 生きていても良いんだって、そう言ってくれる。


 「わかり……ました」


 「では、参りましょう」


 私の手を握った司教が、早足にお城の中を歩いて行く。

 そのまま外に出て、真っ白い馬車に乗せられて。

 あぁ、そういえば寝間着のままだけど、良いのかな?

 そんな事を呆然と考えながら、私は馬車の窓から外の景色を眺めるのであった。

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