第72話 ギルド


 早朝。

 それはウォーカーギルドが一番込み合う時間帯。

 誰しも“うまい仕事”を求めて、その日一番に掲示される依頼書を奪い合う様にウォーカーがごった返す。


 「てめぇ! その依頼は俺らが先に目を付けたんだぞ!」


 「うっせぇ! お前等には無理だ、諦めな!」


 今日も、いつも通りの光景が繰り広げられる。

 騒がしい声と、喧嘩腰の言葉の数々。

 そんな喧騒の中ギルド正面の両開きの扉を押し開き、ソイツ等が入って来た。


 「“戦風”だ……」


 誰かがそう呟けば、皆の視線が入り口に向かう。

 ギルドに入って来たのは、Aランクパーティの“戦風”。

 前回のスタンピードから更にランクを上げ、このギルドにおける上位に位置する彼らが悠然と歩いて来た。

 しかしクエストボードには向かわず、そのままカウンターへと足を進める。


 「今日は何かあるかい?」


 「お待ちしておりました。 “戦風”の皆様には、指名依頼がいくつか届いております」


 アイリが度々受付を空けるようになってから、ウォーカーの次なるアイドル的扱いとなったキーリが、優しい微笑みを浮かべながら“戦風”に答える。

 その光景にいろんな所から舌打ちが聞こえるのは仕方のない事。

 Aランクともなれば、わざわざクエストボードなんぞ見なくてもうまい仕事が入ってくる。

 更には受付嬢も皆ニコニコしながら彼等を迎えている。

 そんな様々なやっかみが入り混じる小声が聞こえてくる中、今一度ギルドの扉が開かれた。

 そして。


 「あっ、ギルさん! 貴方も此方へ、指名依頼があります!」


 戦風の連中の横から顔を出し、キーリが元気な声を上げる。

 コレにもまた、いくつもの舌打ちが響く。

 “黒腕のギル”。

 ランクは戦風と比べれば低いが、そんな二つ名が付く程の実力者。

 個人だというのに、彼の依頼達成率は驚くほど高い。

 それも手伝って、ランクも物凄い勢いで上がっている時の人。


 「またか……いや、ありがてぇけどさ」


 「ようギル、もし面倒な依頼なら手伝ってやるぜ?」


 「そんでもって“戦風”の依頼も手伝えってか? 条件次第な」


 「分かってるよ。 キーリちゃん、その辺の依頼全部織り交ぜて予定組んでもらうって出来るかい?」


 「はいっ! 任せて下さい!」


 コレなのだ。

 戦風とギルの奴は仲が良い上に、受付嬢のキーリも全面協力体制。

 コレで嫉妬しない奴が居るのなら教えて欲しい。

 俺達が苦労してゲットした依頼なんて、彼等の依頼に比べれば足元にも及ばないのだろう。

 報酬も、難易度も。

 そして、受付嬢の態度も天と地の差がある。

 俺もいつかはあんな風に。

 そんな事を思いながら、誰しも妬みの視線を向ける中。

 珍しく、今日はもう一度扉が開いた。

 遅刻組か? なんて視線を送ったが。


 「“悪食”……」


 誰かが呟いた瞬間、バッと道が空いた。

 集まっていたウォーカーは、自然と左右に“退いた”。

 普通なら絶対に着ない“黒鎧”に身を包み、禁忌とされる魔獣肉を喰らう連中。

 だがしかしその実力は本物だと言わざるを得ない。

 数々の難関を乗り越え、平然と帰ってくる化け物。

 以前のスタンピードでは全体の指揮をしながら、自らが率先して大物の前に飛び出す強者達。

 その実力はウォーカーなら誰しも認めているモノの、余りにも常識外れの面が目立ち近づきづらい存在。

 貴族連中や一般人には余り広がっていないだろうが、同業者なら皆知っているであろう“異質”なクラン。

 その彼らが、珍しく早朝から姿を見せた。

 毎日朝早くから仕事に向かう勤勉なウォーカーなら、初めて彼らの事を見たヤツだって居るくらいだろう。

 それくらいに、“悪食”が早朝からギルドに来るのは珍しい。


 「おぉ、“悪食”の旦那じゃねぇか! 珍しいな!」


 「キタヤマ! ソフィーをお前等んとこで働かせてくれ! 頼む! 毎日笑顔で脅してくるんだ!」


 戦風と黒腕の二人が、やけに元気に声を掛け始めた。

 コイツら接点あったのか……なんて思ってしまうが、確かスタンピードでは各パーティのリーダーが大物に向かったって話も聞いた。

 だからこその繋がりなのか? なんて思ったりもするが、彼等の様子はまるで普段から会っている友人達の様な会話だった。


 「うぉ……人多いな。 ちょっと失礼、間通してもらうぜ。 後そこの馬鹿二人、カウンターから大声で呼ぶんじゃねぇ」


 なんて言葉を溢しながら、彼等は目の前に出来た道を歩きはじめる。

 誰しも興味深そうに視線を送る中、“悪食”は堂々と歩いて行く。

 真っ黒な鎧が4人。

 継ぎ接ぎの鎧を身に纏うリーダーの男。

 その後ろには周囲を威嚇する様に睨みを利かせ、足音なく歩く者。

 そしてまるで魔王かと見間違える程の、ゴツくてドデカい鎧の大男。

 ひと際小柄で、雰囲気や見た目だけなら貴族のお嬢さんか? なんて思ってしまう程、綺麗な黒髪を揺らす獣人の少女。

 それに続く、数名の子供達……ん?

 最後のはなんだ? 見間違いか?


 「えぇっと……旦那。 随分と子沢山だな?」


 「言ってろ」


 「あ、この子達か! 求人にあった世話する子達ってのは! みんなよろしくなぁ、俺はギルっていうんだ。 今度俺の嫁さんが皆の所にお世話しにいくからねぇ?」


 「ギル、おいそこの馬鹿。 ニヤケ顔きめぇ。 まずは面接……いや、ソフィーさんなら問題ないか。 但し忙しい時は夜でもこっちで奥さん預かる事になるぞ」


 「あぁん!? テメェ人の嫁をなんだと思ってんだ!?」


 「だから一回ちゃんと家族会議でもしろって……」


 なんて雑談を交わしながら、悪食はカウンターの正面へと向かう。

 その向こうにいるキーリは完全に顔が引きつっている気がするが。


 「仕事中すまん、アイリは居るか?」


 「は、はい。 ただいま呼んでまいります……」


 右手と右足を一緒に動かす勢いで、キーリがカウンターの奥へ引っ込んでいく。

 やはり受付嬢にとっては、あの黒鎧は刺激が強い御様子だ。

 そりゃそうだろう。

 俺達だってあんなのに目の前に立たれたら思わず警戒する、どころかビビる。

 それくらいに、ヤバイ噂が広がっているのだから。

 そんな同情の眼差しを向けていると。


 「キタヤマさーん! 来てくれたんですね! 野営ですか!? 今度はどこですか!? 迎えに来てくれたって事は私も連れて行ってくれるんですよね!?」


 カウンターの奥から、書類を抱えたアイリが飛び出して来た。

 相変わらず美人だ、あと胸がデカい。

 栗色のサイドテールを揺らしながら、俺達には見せた事も無いような笑顔で“悪食”を迎える彼女。

 ココの所死んだ目をしながら受付作業を行う彼女が嘘のようだ。

 そんな姿を見て、膝を付く奴らは数多く。

 気持ちは分かる。

 俺もアイリからあんな表情を向けられてみたい。

 だというのに。


 「悪い、今日は別件だ。 お前は今週も受付業務、諦めろ」


 「キタヤマさん、嫌い」


 瞬時に瞳のハイライトが消えるアイリ。

 近くから「俺もあんな事言われてみてぇ……」というおかしな声が聞こえたが、聞こえなかった事にする。


 「今日は10歳を超えてるチビ共のウォーカー登録だ。 頼めるか?」


 「あーはいはい、新規登録ですねぇ~こちらへどうぞ……はぁ!?」


 やけに浮き沈みの激しい感情を浮かべながら、アイリは驚愕の表情でカウンターから身を乗り出した。

 そして、ここで初めて子供達に気が付いたらしい。


 「アイリさん、よろしくお願いします」


 一番年上っぽい子供が綺麗な挨拶をかませば、後ろにいる子供達も元気よく声を上げる。


 「アイリさーん、きたぁ!」


 「制服姿綺麗だねぇ、格好いい!」


 わちゃわちゃとカウンターに詰め寄る子供達。

 ウォーカーに登録できるってことは、10歳以上なのだろうが……如何せん幼さが抜けきらない者が多い気がする。

 俺ら同様、教育というモノをあまり受けていなかった子供達なんだろうか?

 非常に親近感がわく。


 「えへへ、そうかな? どう? 似合う?」


 そんな事を言いながら制服姿を見せるアイリに、ワーワー騒ぐ子供達。

 おかしいな、ココ……ギルドだよな?

 誰しも唖然としたり、和んだ視線を子供達に送っていた。

 しかし。


 「コイツらに仕事をさせる、だから登録を頼む。 支部長には話を通してあるが、軽い奴な。 討伐系はまだ無理なんだろ?」


 「当然、こんな子達に魔獣を狩ってこいなんて言える訳ないでしょ。 成人したての子だって、小型の魔獣でさえビビるのよ? 雑用系の仕事以外任せないから安心して」


 「あぁ……いや、まぁうん。 頼むわ」


 「待って。 何、今の間は何?」


 アイリが黒鎧に物凄く接近している。

 普通のウォーカー相手なら絶対あり得ない距離まで迫っている。

 それだけで、周りのウォーカー達は人を殺せそうな睨みをきかせているが。

 それに気付いた様子もなく、黒鎧はあり得ない言葉を紡いできた。


 「皆魔獣討伐と解体、ソレに野営は経験済みだ。 流石に大物は無理だが、その……小物なら結構心配いらないくらいに狩れたぞ?」


 は?

 あんな子供達に、魔獣を狩らせたのか? こいつら。


 「んもぉぉ! なんでそんな楽しそうなイベントに私を参加させてくれないんですかキタヤマさん! 私も皆の応援したかった!」


 「旦那!? まさかこのちびっ子たちを連れて森へ行ったのか!? おいおいおい……」


 「お前……人としてソレはどうかと思うぞ? 流石に……えぇ」


 カウンター前に集まった集団から、色んな声が上がっていた。

 なんだコイツら、何なんだ。

 というか、子供達もあの歳で魔獣を狩るのか?

 嘘だろ?

 そんな事を思いながら視線を送っていると。


 「多分、予想というか、願望に近いかもしれませんけど。 闇狼くらいなら狩れると思います、俺ら。 上手く魔法を使って、全員がちゃんと動けば、ですけど。 なので、ウォーカー登録を認めてもらえませんか? お願いします、アイリさん」


 そう言って頭を下げる年長男子。

 それに従って、ちびっ子たちも頭を下げる。

 おいおいおい、あの年でシャドウウルフってマジかよ。

 確かに一匹やそこらなら、成人したてのガキでもギリギリ何とかなるかもしれない。

 だがアレは大体が群れで生活しているのだ。

 なので最初からそんなクエストを受けるヤツは早々居ない。

 常に張り出されている様な依頼書もある為、初心者向けだとか新人をからかうヤツも居るが……そんなモノを信じる馬鹿はいないだろう。

 大人でも、アレの怪我人がしょっちゅう街に運び込まれてくるくらいなのだから。

 もしも最初からそんなモノを受ける馬鹿が居るとするなら、相当な世間知らずか見栄っ張りのどちらかだ。

 俺らの様な歳なら「やれやれまたか」くらいで受理されるだろうが、成人したての子供だった場合間違いなく受付からお説教をくらう事になるだろう。


 「ノイン、調子に乗るな。 お前等にはまだ早い」


 「でも! アイツらの動きを見る限り――」


 「見るのとやるのじゃ全く違う。 だから、焦るな。 お前等なら多分狩れる、だが怪我人は出る。 だからこそ、焦るな」


 「……わかったよ」


 黒鎧からそんなお叱りを受けた子供が、シュンッと視線を下げるが。

 マジか。

 悪食が否定しないって事は、本当に闇狼が狩れるのかアイツら。


 「ま、取りあえず成人する前は街の中のお仕事かな? ノイン君は一応外の仕事も出来るけど、どうする?」


 「あ、とりあえず中の仕事で。 こいつ等がしっかり働ける事が確認できたら、改めてお願いします」


 「ふふふ~。 男になって来たねぇ」


 そんな事を言いながら登録作業を進めるアイリ。

 ちょっと待って欲しい。

 外の仕事が出来ない歳なのに、魔獣を狩れる子供達。

 それが俺らの後輩になるのか?

 もしも彼らが成人して、“外”の仕事を出来る様になった時。

 まさにその瞬間から、どれほどの実力者になるのか分かった物じゃない。

 だとしたら、狼で怪我している様な俺らは……一体どうなる?

 誰しも、その疑問にたどり着いたらしく。

 どいつもコイツも顔を見合わせ、次の瞬間にはクエストボートに飛びついた。


 「うぉぉぉぉ! どけぇぇぇ! 今日は魔獣を狩るぞぉぉ!」


 「うっせぇ! 俺が先だ! 大猪、大猪だ! 探せぇ!」


 「狼を20匹討伐!? コレだ! コレで行こう!」


 そんな事を叫びながら、俺達はクエストボートに齧りついた。

 負けられるか、しかもあんな子供に。

 そんな気持ちで、どいつもこいつも魔獣狩りの依頼を奪い合った。

 戦風、黒腕、悪食。

 その辺はまぁ仕方ないかって気持ちで居た。

 だがしかし、あんな年端もいかない子供達に追い越されて見ろ。

 面子も何もあったもんじゃない。

 その脅威が、数年後に迫っているのだ。


 「どけぇぇぇ! ソレ、それだ! ダッシュバードの討伐! その依頼俺が貰ったぁぁぁ!」


 ウォーカーが溢れる暑苦しい空間の中、俺も必死に依頼書に手を伸ばした。

 もう二度と、毛皮を被せられた上にタコ殴りにされる側に回りたくない。

 そんな気持ちで人波をかき分け、何とかダチョウ討伐依頼をゲットできたのであった。

 報酬は安かったが。


 ――――


 「なんか、すげぇな。 普段からこうなのか?」


 「まぁ朝ですからねぇ。 そんでもって、今日は一段と激しいですよぉ」


 「へぇ……すげぇな」


 「キタヤマさんは朝からクエスト争奪戦に参加しませんもんねぇ。 わりとこんなもんですよ? そんでもって、子供達の登録終わりでーす。 は~い、今から名前を呼ばれた人はカードを取りに来てくださいねぇ? 登録証を渡していきますよー」


 そんな気の抜けた台詞を言いながら、アイリは子供達に登録証を配っていく。

 10歳を超えない子供達や、ノアは当然居ない訳だが。

 それでも、誰しも緊張した面持ちで自分の登録証を受け取っていく。

 懐かしい。

 そんな風に感じる程、俺らはこちら側に馴染んだのだろうか。

 まだ、そんなに経っていないというのに。


 「全く、どうなることやら」


 「そりゃこっちの台詞だぜ旦那……」


 「あぁこりゃ……世話するのは大変そうだな」


 二人から呆れた視線を向けられながらも、子供達のウォーカー登録は着々と進んでいく。

 これからこいつ等も忙しくなる事だろう。

 俺らみたいに、全てが手探りの状態で色々な“初めて”を経験する事だろう。

 なんて、何処か感傷に浸っていると。


 「そういえばキタヤマさん。 支部長がいい加減ランクアップの手続きしろって言ってましたよ? 一定以上からは勝手に上がらないので。 何度言っても一向に来ないって怒ってました」


 「あ、はい。 普通に忘れてました」


 俺らも俺らで、意外とやる事が多かったのであった。

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