第71話 黒
「フッ! しゃぁっ!」
孤児院の庭で、両手に持った槍を振るう。
結局前回の野営では、俺の出番はなかった。
悲しい事に。
幼い幼いと思っていた子供達でさえ、わりと戦闘をこなせていた。
流石に大物はまだ無理だが、それでも随分と頑張っていたご様子。
誰しも手持ちの武器と、己にあった適正の魔法を上手く使い、俺達より綺麗に戦況を回していた雰囲気さえあった。
アイツらは化ける。
しかも、それは遠い未来じゃない気がする。
俺達はいつまでアイツらの“先生”で居られる?
教えられる事があるのなら、全てを教えてやりたい。
もうちょっとデカくなったら、グレて俺らの言う事なんか聞かなくなるかもしれない。
だったら、しっかりと聞いてくれる内に俺らの知る全てを叩き込んでおきたい。
そうすれば、少なくとも獣狩りであっさりと死ぬことは無くなるだろう。
「ぜああぁぁぁぁっ!」
そんな事を思いながら、庭先にあった木に片方の槍を叩き込んだ。
バカンッ!ととんでもない音を上げながら、真っ二つに割れる飾り木。
そして折れる槍、黒槍じゃない事を忘れていた。
あっ……やべ、これあとで中島とトールに怒られるヤツじゃ……。
なんて事を思っていると、後ろからパチパチと乾いた音で拍手が送られてきた。
「完全復活、という事で良いのか? キタヤマ」
「キタ、 お疲れ様!」
クックックと口元を歪める支部長と、タオルを持ってこちらに走ってくるエル。
いつから視ていたのだろう。
いかんな、周囲を警戒する癖が薄れている。
そんな事を考えながらエルからタオルを受け取り、兜だけ外してから汗を拭う。
腕は完全にくっ付いた。
そして、違和感なく槍を振る事が出来る。
しかし……数週間だったとしても戦闘に参加していないという、このブランクはデカい。
「完全……とは言えねぇな。 支部長たちが近づいて来るのに気づけなかった」
「それだけお前達に安心できる空間が出来た、と考えるべきだ。 常に周囲を警戒していては、疲れるだろう? お前も、周りも」
そんな事を言いながら、支部長は水筒を投げ渡してくる。
安心できる空間、ねぇ。
なんて事を思いながら水を喉に流し込めば、変わった味がした。
「支部長、なんだこりゃ。 何を飲ませやがった」
「おぉ、流石は食に煩い“悪食”。 やはり気づくか、大して味はない筈なのだがな。 それは“活力ポーション”といってな。 新作が出来たらしい、体力気力を回復する為のポーション。 何故か……職員たちが最近よくくれるんだ。 どうだ? 少しはマシになったか?」
「また人でおかしな実験しやがって、こんなもんに頼るなら女性陣に膝枕してもらった方がずっと回復するね」
「ふむ、ではアイリに頼んで置こう。 キタヤマが膝枕をしてほしいと言っていた、と」
「マジで止めて下さいお願いします、冗談だから」
下らない会話をかわしながら、タオルで汗を拭っていると、足元にいたエルがキラキラした眼で俺の事を見上げていた。
「二本槍だと体重移動とか、突貫する時のバランスとか色々変わるよね! どうやってるの!?」
何だかんだ、俺はまだ子供達の“先生”で居られるらしい。
何となく嬉しくなってしまい、しばらくエルに槍の使い方を教えていると。
「キタヤマ、“とりあえず”だったとしても彼等をウォーカーにするつもりはないか?」
「んん? どういうことだ?」
「ウォーカーの年齢制限、その最低ラインを知っているか?」
「知らん」
「だろうな……」
そう言ってから支部長は胸ポケットから手帳を取り出し、俺に突き出してみせた。
そこには、ウォーカー規約の文字が。
「ココに書いてある通り、10歳から登録できる。 但し、討伐系などの危険が伴う仕事は成人してからだがな。 本来は貧民に対する救済処置の様なモノだが……まぁあまり周知されていないのは否定できん」
「……え? こいつらもう登録できんの?」
「だからそう言っている。 ウォーカーとは“何でも屋”だ。 仕事はドブさらいから魔獣の討伐まで、それこそ幅広く存在する。 誰でも頼る事が出来るのがウォーカーであり、誰でもなれるのがウォーカーだ。 そして世間一般的なイメージもあり、軽すぎるクエストはやはり依頼されにくい傾向にある。 しかし今後しっかりと達成していけば、依頼の増加も望める上、全体で見ればかなりの利益になるんだが」
「有象無象、野蛮な集団ってイメージか。 ちなみに軽いのはどんなのがあるんだ? こいつ等に任せられそうな仕事があるのか?」
「ふむ、ちょっとまて」
そう言って手帳をめくり、一人でふむふむ頷く支部長。
どう見ても演技にしか見えない。
エルの手前、それっぽく見せたい気持ちも分かるが……知ってるからな?
お前がウォーカー全員の顔を覚えるくらい記憶力が良い事は。
「この辺りなんかどうだ? 早朝のミルク配達。 老人の一人暮らしの家の掃除、草むしり等など。 その他にも新聞配達の手伝い、新しく出来た食事処の客寄せなんかもある。 クエストボードに張り出されない仕事は結構あるぞ?」
「乗った、中島も含めて話を聞こう。 武器を振るうだけが仕事じゃねぇ」
「ハハッ、そう言うと思ったぞ。 これで定期的に寄せられる手伝いの仕事を断らなくて済む」
「てめぇ結局ソコか……って、今回は文句も言えねぇか」
そんな事を言いながら、俺達は孤児院の院長室へと向かった。
子供たちの仕事が増える事は良い事だ。
本人達は大変になるかもしれないが、それでも個人で使える金が増えることは良い。
何より、金があれば“自由”が利く様になる。
そして社会を知ることが出来る。
むしろ街の仕事なんかは俺たちも少しくらいやった方が良いくらいだ。
「キタ、新しい仕事?」
「あぁ、頑張れば褒めて貰えて、自分で好きなように使える金が増えるんだ。 やってみないか?」
「お金貰えるの!? キタと同じ鎧も作れる!?」
「え? あぁ……うん。 作れるかもしれんな。 やめておいた方が良いと思うけど……ほら、もっと格好いい鎧とかあるだろ? キラキラしてたり、真っ白だったり。 物語の主人公とかは、格好良い鎧着てるだろ? そっちにしないか? な?」
「やだ。 黒が良い」
「えぇっと……」
「キタヤマ、諦めろ。 この子達にとっては、お前達が目標なんだ」
「あきらめろ!」
「あぁ……マジか」
どうしてこうまで歪んでしまったのか。
俺らのせいか。
なんて会話をしながら歩き続け、院長室の扉をノックすれば。
ズバンッ!と音がしそうな勢いで扉が開いた。
中から出て来たのは……白。
なんか物凄く目が吊り上がってますけど、どうしたコイツは。
「北、初美追い出して」
「おいおい、お前等まだ喧嘩してんのか? 勇者云々の件は初美にだってどうしようもなかったって話したろ? それとも何か、初美が城に残ってた事まだ根に持ってるのか?」
新しく悪食に加わった異世界人。
影森 初美。
勇者パーティに居た事もあり、最初は周りの奴も結構風当たりが強かったのは確かだ。
だがもう数週間一緒に居たわけだし、それなりに皆仲良くなり始めていたと思ったんだが。
ちなみに最初は苗字で呼んだのだが、名前呼びの方が良いとの事で皆初美の事を名前で呼んでいる。
「違う、そっちの事はもう良い。 思う所はあるけど、飲み込む」
「そうか、偉い偉い」
「撫でない、セクハラ」
「そりゃ失礼。 ……って、んじゃどうしたよ。 随分と穏やかじゃないな」
思わず頭に手を置いたら、ネコみたいに威嚇されてしまった。
そんな彼女の向こう側へと視線を向ければ、困り顔の中島と……子供に抱き着かれている初美の姿が。
本人は困り果てた顔をしているが。
「……ライズ君、取られた」
「……はい?」
何を言っているんだコイツは。
なんて思ったりもする訳だが、ライズは一番のちびっ子の“過保護対象”で預かっているお子さん。
ノインの弟で、彼の母親がウチで働いている間は白がよく面倒見ていた子供。
やっと言葉が喋れる様になってきたって所のちびっ子な訳だが。
「おまっ、そんな事で追い出せとか言ってんのか!?」
「そんな事、じゃない! 前は野営から帰ってきたらすぐに抱っこせがまれたのに! 初美が来てからそっちばっかり行く!」
あぁ、さいですか。
お気に入りのちびっ子取られてご立腹ですか。
しかし、どうしたもんか。
ライズ坊も随分白に懐いていたと思ったんだがなぁ……アレか? 抱っこされた時に感じる乳のサイズが――。
「北、絶対今余計な事考えてる」
「ソンナ事ナイヨー」
とまあ、いつまでもドアの前で口論していても仕方がないだろう。
とりあえず部屋に入れてもらって、ブスッとしている白は一旦放置。
チビッ子に抱きつかれている初美に近づけば、困り果てた様子で俺の事を見上げて来た。
「あの……北山さん、私はどうすれば……」
「お前もお前で絶望的な顔してんじゃねぇよ……」
子供達が些細な事で喧嘩するなら分かるが、君ら高校生でしょうに。
こんな事で喧嘩すんなよマジで。
「ライズー、ただいまー」
しゃがんでチビッ子に声を掛けてみれば、初美からバッ!と離れて俺の鎧に突っ込んで来た。
この癖、止めさせないといつか鎧で怪我しそうだな。
そんな事を思いながら、片腕でチビッ子を抱き上げる。
「キターマ、おか~り」
「北山な、きたやま。 んで、どうしたお前。 白の事嫌いになっちゃったのか?」
そう問いかけてみれば、ブンブンと横に首を振るライズ。
いやぁ、言葉が不自由な分身振り手振りが激しい。
ちびっ子は、見ていて飽きないね。
白が構い倒すのも分かる気がする。
「それじゃ初美の方が好きになっちゃったか? 白が寂しそうにしてんぞー」
「くろ!」
「ん?」
「くろ!」
一体何の事を言っているのかと首を傾げたが、ちっちゃい指で俺の鎧を指差して、次に初美の服を指さす。
彼女は相変わらず黒いライダースーツの様な恰好をしている訳で、俺も普段から鎧を着ている訳だが……あぁ、もしかしてソレか?
コイツもエルと同じで、俺らの鎧を気に入ってんのか?
「あぁ~なるほど、黒いのが良いのか」
「くろ!」
だそうだ。
目覚めてしまったのか、その歳で。
中学生男子が発病するあの病気に。
いや、それはまた違うか。
「初美、ソレ、脱いで」
「あ、いや、その。 私コレと同じモノを何着かしか持ってない……」
そこは相手を脱がすんじゃなくて、お前が着替えてくるって発想にはならんのか。
なんてツッコミを入れたくなったが、よく思い出してみればコイツの私服って白色系統の服が多かった気がする。
何だかんだ仲の良い白と南のコンビで似たような服を買って来て、白黒の色違いが目立つ。
ちなみに南が黒系の私服を好んでおり、白の奴が黒い服を着ている所をあまり見たことが無い。
あるとすれば、野営中に着ている黒い皮鎧くらいなもんだ。
「はぁ……南から服借りて来い。 そうすりゃ多分解決だ」
「速攻戻る、待っててライズ君」
そんな事を呟いたかと思えば、白は窓から飛び出して行った。
あんの馬鹿っ、急ぐにしても流石にソレは。
「コラァ白! 子供が真似したらどうすんだ!」
「ん、しまった。 次から気を付ける」
空中でそんな返答を返し、音もなく着地してからすぐさま走り出した猫娘。
ったく……何やってんだアイツ。
ため息を吐きながら窓辺から戻ると、笑いをかみ殺している支部長と中島の姿が。
「いやはや、しっかりとやっている様で何よりだ。 キタヤマ“先生”」
「いの一番にそういう台詞が出てくる辺り、リーダーも染まってきましたね」
こ、こいつ等……好き勝手言いやがって。
プルプルと拳を振るわせながらも、片腕にチビッ子を抱いている状態で暴れる訳にもいかず。
「はぁ……もう良い。 初美、チビッ子をちょっと頼む」
「あ、はいっ!」
俺の鎧を離すまいとわちゃわちゃ暴れるチビッ子を引き剥がして、初美に渡してからソファーに腰を下ろす。
如何せん鎧の重みもあり、ちょっとソファーが悲鳴を上げている気がするが。
まあいつもの事だ。
「さて中島、ちと今後の方針で話がある。 詳しい説明は支部長にしてもらうが」
そんな訳で、やっと本題に入る俺達なのであった。
――――
「南、脱いで」
「は? え? 白さん、どうしました?」
私に与えられた部屋の扉が勢いよく開いたかと思えば、臨戦態勢の白さんが急にそんな事を言いだした。
何を言っているのだろうか。
脱げって、え? この服を、今? 白さんの前で?
野営の間などは一緒にお風呂に入るし、肌を見られるのが恥ずかしいという訳では無いが……なんで?
「黒いのが、必要なの。 貸して」
「く、黒いの? えっと、え?」
「早く、時間が無い」
「あの、は? ちょっと白さん!? せめてドアは閉めて頂けると!」
何やら切羽詰まった様子で私の服を脱がしにかかる白さん。
なんだ、一体何が起きた。
黒いのって何の事だ。
「南ちゃんどしたー? なんかすげぇ声が聞こえて来た……けど……」
西田様が通りかかったのか、ひょいっと顔を出してビシリと固まった。
ココはホーム、だからこそ男性陣が居て当たり前なのだ。
だから、せめてドアは閉めて欲しかったのに……。
あと白さんは本当に何がしたいのか。
「ご、ごゆっくり~……」
そんな事を言いながら、静かに扉を閉める西田様。
「あぁ、ちょっ、ちょっとお待ちを! 待ってください西田様! 誤解ですから! お願いですから助けて下さい! 白さんもちょっと落ち着いて、お願いですからちゃんと説明を……脱がさないで下さい!」
その後服を貸してほしいだけだった事が判明し、クローゼットから黒いワンピースを取り出すと、彼女はすぐさま着替え駆け出して行った。
あぁもう、なんだったんだ。
あと、絶対西田様に誤解された気がする。
ちゃんと説明しておかないと。
嵐が過ぎ去った後、ため息を溢しながら乱れた服を直すのであった。
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