4章

第70話 目の前にある目標


 少しだけ風が強くなったと感じる森の中。

 季節が変われば森の生き物も、山菜の種類も変わる。

 なので、新たな食材を求めてやって来た訳だが。


 「さみぃなぁ……」


 肌寒いと感じられる気温の中、少しだけ白くなった息を吐き出す。

 俺達の装備には毛皮が追加された。

 黒鎧に白いモコモコ。

 なので肌寒いくらいで済んでいる訳だが。

 俺の鎧だけは「新しいの作るからもう少し待て」と言われて、前回“勇者”にボロボロにされた継ぎ接ぎだらけ。

 繋ぎ目から風が入って来て寒い……。


 「こうちゃんはまだ前に出るなよ? 腕治ったばっかりなんだから」


 「いざって時は戦ってもらうけど、基本的には後ろね? 子供達の事、頼んだよ北君」


 「へいへい」


 本日の野営は“悪食”だけではない。

 野外授業、と言って良いのか。

 孤児院の子供達を連れてきている。

 皆飯と運動のお陰で健康体になり、武器の扱いも一通り教えた。


 院の一日はわりと忙しい。

 朝飯当番は交代制だが、それ以外のメンツは掃除から草むしり。

 一仕事終えた後朝飯を食って、午前中は文字や計算、そして魔術と言った一般教養の授業。

 昼飯を食ってからは、数時間ほどの自由時間を挟み、戦闘の稽古。

 その後、各々の得意分野に別れ“仕事”をする。

 それ以外にも飯番や風呂の準備など、細かい事を上げればきりがない程。

 しかし子供達はきっちりと動いている。

 コレが10~15歳くらいの子供達だってんだからビックリだ。

 俺がそれくらいの歳の時なんか、西田と東と遊びまわっていた記憶しかない。

 まあ子供達がこんな生活をしているってのも、外出禁止が言い渡されたからこそ知れた事なのだが。

 そんな訳で、今日は初めての野外での実戦という訳だ。


 「キタヤマ様、よろしくお願いいたしますね」


 「おう」


 先行するのは西田、東、南。

 それに続くのが俺、中島、クーア、そして子供達。

 アナベルは何やらドワーフ組と忙しくしており、工房に籠っている。

 白は過保護対象の相手をしているとの事で、子供の世話をしているらしい。

 ちなみにその過保護対象の子供、最年長のノインの弟にあたる訳だが……なんと3歳。

 アイツがそんなチビッ子の相手している所が、全く想像できない。

 まあ随分と白に懐いているみたいだから、ちゃんと世話は出来ているのだろうが……どんな感じで接しているのだろうか。

 そしてアイリは、まあ、うん。

 いつものだ。


 「キタ、魔獣って怖い……?」


 子供の一人、一番ちっこい男の子のエルが俺の籠手を引っ張ってくる。

 不安そうな瞳で見上げてくるが、その手には俺の使っていた黒槍と似た形の小さな槍が握られている。

 なんでも俺の戦闘スタイルを真似したいらしい。

 やだもう超可愛い。


 「大丈夫だ、俺達が付いてる。 魔獣は怖いかもしれねぇが、その怖いって気持ちも武器になるんだぞ?」


 「怖いのが、武器になるの?」


 「そうだ、本当に強いヤツに会った時は“怖い”って気持ちに従って逃げる事が出来る。 何にも怖くなくなっちまったら、逃げるって判断が出来なくなるからな。 いいか? 逃げる事は悪い事じゃない、でも仲間を失う事はもっと怖い。 だからこそ踏ん張れるときもあるって事だ。 要は“気持ち”の使い方だ」


 俺の言葉に首を傾げ、数秒悩んでからエルは再び口を開く。


 「よく、わかんない」


 「いつか分かる様になるさ」


 そう言ってガシガシと頭を撫でてやれば、にへらっと表情を崩す。

 確かエルは11歳、“向こう”でいう小学生くらいか?

 俺が小学生の頃、こんなに愛嬌があっただろうか。

 いや、絶対になかった。

 ただの悪ガキだったことだろう。


 「キタヤマ、あんまりチビを怖がらせてくれるなよ?」


 「怖がらせてねぇよ。 お前こそもうちょっと肩の力抜け、ノイン」


 孤児院の最年長であり、そして一番最後に来たノイン。

 コイツはもう15歳、要は成人している訳だ。

 とはいえ俺達からすればまだまだ青さが抜けない悪ガキ……なんてイメージだったのが。


 「なんだよ? 人の事ジロジロ見て」


 「いや、短い間に変わったもんだと思ってな」


 「親父くさ……」


 「お前、ソレ絶対白の影響だろ」


 今では孤児院で子供達のリーダーみたいな扱いになっている。

 そして当人にもその自覚があるらしく、随分とチビッ子達を心配して行動するようになった。

 更にコイツが選んだのは、大盾。

 東の大盾とまではいかなくても、随分と大きな盾を一枚背中に背負っている。

 しかも盾を選んだ理由が「チビ共を守るのが俺の仕事だ」なんて言い放ちやがった。

 格好良いじゃねぇの。

 もう成人しているから、働きに出ても良いんだがあえて施設に残している。

 コイツは子供達の目標になる。

 そしてコイツ自身も、“守る”ことで成長する。

 中島と共にそういう判断を下し、もう少しだけ見守る事にしたのだ。

 ま、働きたいと言い出すなら孤児院で働かせても良い訳だが。


 「ノイン、気負う必要はありません。 訓練通り、そして常に冷静を心掛けて下さいね。 君は子供達のリーダーなんですから」


 「はい、先生」


 中島に声を掛けられれば、随分と御利口な返事を返すノイン。

 なんか俺だけ扱いが雑な気がするが……まあいいか。

 悪ガキの息子を持ったとでも思えば。


 「ホラホラ、チビッ子諸君? お話はココまでだ、来たぜ?」


 「はーい、皆構えてー? 兎1、イタチ1だよ。 こういう場合はどうするんだっけ?」


 「我々は下がりますね。 皆、頑張ってくださいね」


 そう言ってから、前方を歩いていたメンツが散開して正面を空ける。

 そこに居るのは角の生えた兎に、やけに長い牙を向きだしにしたイタチ。

 随分と小さい、小さいが。


 「どうする? 手伝ってやろうか?」


 「い、いらねぇよ! 行くぞ皆! 相手は小さい、逃げられない様に周囲に展開! 魔法組はデバフ準備!」


 「「「はいっ!」」」


 からかう様に声を掛けてみれば、ノインがしっかりとリーダーらしく指示を出し始める。

 その声に合わせて走り始める子供達。

 クーアだけは不安そうな顔をしながらも、「頑張って!」なんて両の拳を握りしめているが。

 さてさて、それでは頑張って頂こうか。

 こうして、子供たちの初陣が今幕を開けた。


 ――――


 「ねぇねぇ、今日どうだった!?」


 「わかんない……わかんないけど、魔獣をやっつけた時はすっごく嬉しかった!」


 「でも、解体は大変……キツイ」


 そんな事を言いながら、チビ達はテントの中で騒いでいた。

 その様子にため息を一つ溢して、一人ずつデコピンをくれてやる。


 「お前等早く寝ろ。 見張りだって交代制なんだ、自分の番の時に起きられなくなるぞ?」


 「「「はーい」」」


 随分と元気な返事を返してから、チビ共は寝袋に包まって大人しくなった。

 数分後には静かな寝息が聞こえてくる事から、随分と疲れていたのだろう。

 ソレも仕方ない、今日初めて魔獣を狩ったのだから。


 「ったく」


 呆れたため息を溢しながらも、顔は綻んでいるのが自分でも分かる。

 そんな状態でテントから抜け出せば。


 「ノイン、お疲れ様。 皆眠った?」


 「ん? あぁノアか。 そっちもお疲れ、チビ共は寝たよ」


 キタヤマ達が連れて来た魔人の少女。

 長い赤毛を揺らし、炎のような真っ赤な瞳を持つ彼女。

 最初は“魔人”と聞いて怖かった。

 でもチビ共と戯れる彼女を見て、自然と警戒心が薄れたのは確かだ。


 「ノアは大丈夫か? 体は俺らと変わらなくても、レベルが無いんだから無理はするなよ? 辛かったらすぐ言えよ?」


 「もう……ノインは本当に遠慮なく言うよね。 ボクだって強化魔法で役に立とうとしているのに」


 「役に立ってるよ、むしろノアには皆頼り切ってる。 お前のバフで魔法は強くなるし、体も軽くなる。 むしろ頼ってばっかりで悪いな」


 「そ、そんな事ないよ。 ボクにはこれしか出来ないから、やっているだけ。 でも、役に立てているなら良かった……エヘヘ」


 そんな事を言って恥ずかしそうに視線を外す彼女は、何処からどう見ても普通の女の子だ。

 人類の天敵? そんな事言い始めたヤツは絶対馬鹿だろ。

 なんて風に思ってしまう程、彼女は俺達に馴染んでいた。

 今ではアナベル先生に作ってもらったでっかい魔女帽子で、“魔人”の特徴である角を隠している。

 ノアも、孤児院というか……“悪食”の枠を抜ければまた他の連中から狙われるんだよな……。


 「ノアはさ……今、幸せか?」


 「え? どうしたの急に」


 「あ、いや。 その……」


 どうしてそんな言葉を紡いでしまったのか、自分でも分からなかった。

 レベルもなく、他の種族からは迫害される存在。

 そんな彼女は、隠れる様にして毎日を過ごす他ない。

 もしも“悪食”が無くなれば、当然孤児院も無くなる。

 そうなってしまった時、彼女は一体どうするのだろうか?

 俺と同い年で15歳。

 でも、俺なんかよりずっと重い物を背負った女の子。

 その重みに、俺だったら耐えられるのだろうか……。


 「幸せだよ」


 「え?」


 「家族ともバラバラに……っていうか、多分もう会えないけど。 ボクは今幸せだよ。 ボクの事を受け入れてくれる皆が居て、守ってくれる“悪食”の皆が居て。 それに美味しい物もいっぱい食べられる。 何より誰もボクの事を怖がったり、追い出そうとしないから。 だからボクも、ここに居て良いんだって思える。 だから幸せ」


 どこまでも現実を受け入れ、そして現状を喜ぶノア。

 俺と同い年だというのに、俺はここまで自身の人生と向きあえているだろうか?

 悪ガキで、親父に売られそうになって。

 そんでもって、母親に孤児院に預けられた。

 その母親さえも、孤児院で働いている。

 俺は、どこまでも恵まれているんだろう。

 彼女と比べて、どれほどの幸運を“当たり前”として受け流して来たのだろうか?

 そう思うと、自分が何処までも矮小で卑怯な人間に思えてくる。


 「でもね、一番幸せだなって思うのは……この力を使った時、皆から“ありがとう”って言って貰える時。 魔人の力はさ、利用される為にあるんだって思っていたけど。 ココでは皆、ボクを道具じゃなくて仲間として見てくれる。 そんな時、嬉しいなって感じるよ」


 にへへっなんて、気の抜けた笑い声を上げる彼女を見て、思わずこちらも気が抜けた。

 本当に、どこまでも普通の少女だ。

 誰かの役に立ったことが嬉しくて、皆と何かをするのが楽しくて。

 そんな、どこまでも“俺達と同じ”存在なんだ。

 だったら、いつまでも俺ばかりひねくれているのは失礼ってものだろう。


 「そうだな……これからもよろしく頼む、ノア。 頼りにしてる」


 「えぇ、任されました。 悪食少年組のリーダー様?」


 「なんだそりゃ?」


 「あれ? 知らない? 大きくなったら悪食に入るんだって、皆意気込んでるんだよ?」


 聞いた事が無かった。

 ウォーカーになるヤツは少なからず居るだろうと思っていたが、皆俺よりずっと器用だし頭が良い。

 だから鍛冶屋や付与魔法師、その他の職種に進むモノだとばかり思っていた。

 アイツら、やっぱり“悪食”に憧れてんだな……。


 「それだけじゃなくてね? 悪食に入って孤児院を守るんだって、そう言っているよ。 今はキタヤマさん達が守ってくれるけど、いつまでも続く訳じゃない。 だから、自分達が変わるんだって」


 「アイツらが、そんな事を?」


 「うん、凄いよね。 ずっと先を見てる。 目の前の事しか見えないボクとは大違いだよ」


 そう言って笑う彼女の頭を、何故かガシガシと撫でていた。


 「ノイン?」


 「お前も、ノアも十分頑張ってるよ」


 それだけ言って彼女の横を通り過ぎ、指定の場所へと足を向けた。

 見張りだ、チビ共が安心して眠れるように。

 ノアが安心していられる様に、俺は皆を守らなきゃいけない。

 だからこそ、俺はもっと強くならないといけない。

 少しだけ熱を持った頬を擦りながら、指定された位置へと向かえば。


 「よう、交代か?」


 キタヤマが槍を肩に担いで、こちらに背を向けていた。

 大きい、とにかく大きな背中。

 親父にだって、こんな感情を向けた事は無かった。

 “この人に追いつきたい”。

 違う、“追い越したい”んだ。


 「なぁ、キタヤマ」


 「なんだ?」


 「どうしたら、キタヤマみたいに強くなれる?」


 漠然としていて、答えの無い質問だという事は分かっている。

 でもどうしても聞きたかったんだ、コイツに。

 なんであんた等はそこまで強くなれる?

 なんでそこまで多くの人達を守れるんだ?

 その答えが、俺は欲しい。


 「俺は強くなんかねぇよ」


 「は?」


 だがしかし、返って来た言葉は予想外なモノだった。


 「俺は弱い。 だからいつだって我武者羅に突っ込まねぇと何も出来ねぇし、無茶もする。 この前なんか腕を吹っ飛ばされたばかりだしな」


 「違う……アンタは弱くなんかない。 だからこそ、俺は……」


 「だったら、“ソレ”じゃねぇかな」


 「え?」


 訳が分からず呆けた顔を浮かべてみれば、彼はこちらを振り返り満面の笑みを浮かべた。

 兜を被ってはいるが、わかる。

 彼は今、顔をくしゃくしゃにしながら笑っている。


 「守りたい、助けたいってヤツらが居て。 それにお前等みたいに憧れてくれるヤツらも居る。 だったら、漢ってのはどこまでも見栄を張るんだよ、格好つけるんだよ。 それが強く見えるだけだ。 そんでもって、いざって時に踏ん張って、最後まで立ってりゃ……最高に格好良いんじゃねぇか? そういうのに憧れてっから、俺は恰好つけるんだよ」


 クハハっと軽い感じで笑うキタヤマは、槍で肩を叩きながら言葉を続けた。


 「焦るな、お前はまだ若い。 これからだ、だからこそひたすらに求めてみろ。 強い自分を、最強ってヤツを。 案外、面白い人生かもしんねぇぞ?」


 そんな事を言いながら、目の前の黒鎧は静かに笑う。

 俺にとっての“最強”が、彼なりの言葉で助言をくれていた。

 焦るな、しかし求めろ。

 そして、諦めるなと。


 「キタヤマ……ちょっとだけ、稽古つけてもらって良いかな」


 「ったく……お前は今から見張りだろうに。 一回だけだぞ?」


 そう言いながら、槍を逆に構えて腰を落とす“悪食”のリーダー。

 それだけ、ただ構えを取っただけ。

 だというのに、空気が変わる。

 ピリピリと肌に感じる敵意、そして一瞬でも気を抜けば腰が抜けてしまいそうな威圧感。

 コレだ、コレなのだ。

 俺が求める“最強”は、目の前に居るのだ。

 だったら……見えている内に追い付いてやる!


 「いきますっ!」


 「しゃぁっ! 来いやぁ!」


 その夜、俺の盾と彼の槍がぶつかり合う音が響いた。

 結果は言うまでもない。

 というか、手加減されているのは目に見えていた。

 だとしても今俺は、俺にとっての“最強”から教えてもらえる場所にいるのだ。

 だったら、精々追わせてもらおうじゃないか。

 いつか追い付くその時まで、ひたすらに教えてもらおう。

 戦い方を、強さの意味を。

 そして、誰かを守る為の行いを。

 それら全てが、求めているモノが。

 今目の前に立って居るのだから。

 俺は、何処までも“恵まれている”環境に居る。

 それが、今だったら身に染みて分かるってもんだ。


 ちなみにこの後、キタヤマにまだ無茶をさせるなとクーアさんから滅茶苦茶怒られてしまった。

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