第69話 報告書 3
悪食の報告書。
これは正直もういらないのかもしれない。
しかし、未だに“魔獣肉”が絶対に安全だと“上や国民”に証明できていない以上。
常日頃からの証明は多い方が良いだろう。
という訳で、未だアイリには提出させている訳だが。
「ふぅぅ……またこの時間が来てしまった。 しかし」
支部長室で一人、俺は大きな息を吐きだした。
しかし、今回は以前とは違う。
なんたって魔人の少女に“魔獣肉と魔人は関係ない”と証言を貰っているのだ。
だったら、もう我慢などいらないだろう。
私も魔人を保護する側に回ってしまった上、その他検証もあるのだ。
いつまでも彼等ばかりに任せる訳にはいくまい。
なんて、“建前”の元。
「ふはははは! ついに苦しまなくて済むぞ!」
声を大にして言いたい。
待っていました、と。
机の上に並んでいるのは、“悪食”の連中が作った料理各種。
バスケットや弁当箱など、そう言ったモノの蓋はまだ開けていないが、既に良い匂いが漂って来ている。
「さて、では今週も読ませてもらおうか」
クックックと悪い笑みを浮かべながら、報告書の一枚目をめくる。
本日の夕食、鳥軟骨の唐揚げと焼き鳥各種。
普通の唐揚げよりも小さく、まん丸なのが特徴。
「ほぉ、どれだ? コレか? いやこっちか?」
いくつかの弁当箱を開けて、それっぽい物を発見した。
イヨォシ、食うぞ。
じゃなかった、読むぞ。
鳥の軟骨、そもそも骨を食べるという発想が無かった。
居酒屋メニューでは見た事があるが、私は食べたことが無い。
しかしながら、随分と貴重な部位だと力説され結局食べる運びになったのは数日前。
魔人族の少女、“ノア”ちゃんを誘い出す為の餌として作られたモノだった。
私達の目が届かない場所へ設置し、アナベルさんの魔法で保温、保管、防虫などを掛けてもらい、誘いだす事に成功。
これは後日判明した事だが、“魔人”とはいえ我々と変わらない食生活であった事が判明した。
魔人は人肉を食すなんて話もあったが、コレは間違いなのだろう。
直接彼女から聞いた話でも、それはあり得ないと否定されてしまった。
そもそもレベルが存在しないのだから、ウォーカーどころか、一般人でさえ狩る側に回れるとは到底思えない。
しかも攻撃魔法などは一切使用できない種族という話であり――。
「違うだろ、いつものお前はこんなマトモな報告書じゃなかっただろう。 俺は今鳥軟骨が食いたいんだ、早くそっちを報告しろ。 魔人の話は口頭で随分詳しく聞いたぞ」
ブツブツと文句を言いながらページをめくれば、やっと求めていたモノが。
そんな彼女が気に入ったのが鳥軟骨。
キタヤマさんから「好きな物を探せ、そして自分たちに教えろ」という命令に従ったのか、彼女はソレが美味しかったと声を大にした。
しかしながらソレはナカジマさんと好物が被ってしまうとかなんとか、色々とお話合いが繰り広げられる。
では実際にもう一度食べてみようという話になり、今日は再び軟骨パーティ。
まずは串だ。
ヤゲン軟骨というらしい三角形をした軟骨を数個ずつ串に刺し、炭火でじっくりと焼いていく。
非常に簡単な調理法。
しかしながら、焼き鳥には塩とタレがある。
だがキタヤマさんの言う事には「軟骨のタレなんぞありえん、塩だ」との事。
そんな訳で塩もみした軟骨と、後から塩胡椒を振っただけの軟骨がじっくりと焼かれていく。
パチパチと炭が弾ける音と、じっくりと焼いている為か、普段よりもふんわりと漂ってくる美味しそうな香り。
なんでも軟骨にお肉を残したまま焼く方法と、本当に軟骨のみにして焼く方法に分かれるが、“悪食”では皆肉付きの方が好みだとの事でこういう調理法になった。
だが、コレがまた攻撃的なのだ。
残ったお肉から鶏肉の油が零れる度に、炭からジュワッという気持ちの良い音が上がる。
そして漂ってくるのは香ばしい良い匂い。
この時点で美味しいのだ。
匂いだけでもお酒が飲めそうな勢いなのだ。
ゴクッと唾を飲み込みながら見守る中、焼き上がった串が皿に並んだ状態で眼の前に置かれた。
「半分が塩もみ、もう半分は焼きながら塩胡椒での味付けだ」
見た目はほぼ一緒。
片方に胡椒がちらほら見えるから、ソレで見分けるしかないだろう。
そんな訳で、皆して一本ずつ手に取りすぐさま口に運んだ。
そして――。
「まてまてまて、串だな? 串、串。 何処だ? こっちの弁当箱か?」
机の上の弁当箱の蓋をパカパカしながら、報告書に書いてある軟骨串を捜した。
今回の報告書に書いてある料理を作ってくれと依頼しておいたから、どこかにあるはずだ。
そんな事を思いながら幾つもの入れ物を開閉し、やっと見つけた。
大型のバスケットの中に、何本もの串焼きが詰まっていた。
実にうまそうだ。
まぁ良い、続きを読もう。
口の中に広がるコリッコリッという気持ちの良い食感。
そしてじんわりと広がる鶏肉の旨味と、程よい塩味。
コレだけでもずっと食べていられそうだ、なんて事を思っている間に手に取った一本はすぐ様無くなってしまった。
先程食べたのは塩もみした方の軟骨。
だったら次はとばかりに、焼きながら塩胡椒を振った方の串を手に取った。
口に含めば、やはり気持ちの良い食感が。
しかし、これはまた違う。
先程はじんわりと広がる旨味、涎がジワジワと溢れてくるような味だった。
だが、今度の後追い味付けは全くの別物。
とにかくパンチがあるのだ。
ガツンと香ばしい塩胡椒の後に、鶏肉と軟骨の旨味が広がる。
私としては、こちらの方が好きだ。
絶対にお酒に合う。
食事としてじっくり味わうなら塩もみ、お酒の肴にするなら後から塩胡椒。
多分、コレは間違いない。
ノアちゃんも満足気に軟骨を頬張り、両手にそれぞれの串を持って交互に食べている。
あぁ、あんな風に食べ比べしても良かったかもしれない。
なんて事を思っている私達の前に、おかわりの串たちが運ばれてくる。
「軟骨以外も焼いたぞー。 んで、ホイ。 好みにもよるが、レモン」
そう言って運ばれてきたのはレモン果汁の入った器と、色んな部位の串焼きが。
ネギま、モモ、砂肝、ぼんじり、つくね。
そして、先程同様軟骨などなど。
あぁ、お酒が飲みたい。
「ふははは、残念だったなアイリ。 私の今日の仕事は終わった、よって酒が飲めるのだよ」
そんな事を言いながら、“悪食”に作ってもらった焼き鳥に手を伸ばす。
つい先ほど彼らの“時間停止”付きのマジックバックによって届けられた代物、当然の様にまだ湯気が立ち上っている。
その中から適当に焼き鳥を一本取り出す。
何を引くかはお楽しみ、なんて気持ちで引き当てたのは……ぼんじり。
「ふむ、最初から少し重いモノを引いてしまったか」
だが、戻すなんて言う選択肢はない。
バスケットの中に入っていたレモンを取り出し、切り分けてから小皿に搾る。
しかし、まずはそのまま。
「たしか……いただきます、だったな」
彼等の食前の挨拶を口にしてから、一口パクリと口の中に放り込んだ。
「っ!?」
表面はパリッと音を立てそうなくらいに程よく焼かれ、噛みしめればぼんじり特有の油が染み出してくる。
しかし、コレはなんだ?
コレが魔獣肉なのか?
飲み屋で食べたぼんじりなんて、随分と脂っこいとしか感じられなかった。
だというのに、コレは全くの別物。
肉の違いなのか、調理法の違いなのか。
表面はパリッとして、肉は兎に角柔らかい。
そして溢れ出す油でさえ、舌先に触れた瞬間に唾液が溢れ出すほどに“旨味”を感じる。
プリプリの柔らかい肉を噛めば噛むほど、ジワ~っと口の中に広がる深い味わい。
止まらん。
「まて、落ち着け。 次は、レモンだ」
わざわざ声に出しながら、まだ串に残っているぼんじりにちょいちょいっとレモンを付ける。
ふぅ、と一つ息を吐いてから口に運べば。
「フ、フフフ」
思わず笑いが零れてしまった。
旨い、それ以外に言葉がいらない。
先程の様に舌も歯ごたえも満足させてくれるのは変わらず、レモンを付けたことにより瞬間的な爽やかさが広がる。
普段食べていたモノに比べれば、天と地ほどに違いを感じる肉油。
この油なら飲める、とでも言えそうなソレだった。
だというのに、その脂さえも更にさっぱりすると感じられる柔らかな酸味。
塩の焼き鳥にレモンを考えた奴は、多分天才だと思う。
しかもこのレモンもまた、彼等が森で採集して来たもの。
今回の森に居たというマンドレイクが育てた上物なのだ。
不味い訳が無い。
この組み合わせは非常に贅沢な上、大正解だ。
「では次に……いいやまて、軟骨だ。 軟骨を食べながら続きを読もう」
何とかギリギリで自制心を働かせ、報告書の続きを読むべくページをめくる。
報告書にあった通り、軟骨串も絶品という他なかった。
そして次に登場したのは、以前も食べた膝軟骨とヤゲン軟骨の唐揚げ。
こちらにもレモンが合うと、一緒に出してくれた。
更には山盛りの普通の唐揚げと……その他手羽先などなどの各種。
本当に鳥パーティだ。
こんなに色々食べてしまって良いのだろうか?
なんて事を考えたが、ノアちゃんの歓迎会という事で豪華に行くそうだ。
そんな訳で、各々好きな物に手を伸ばし始める。
ノアちゃんはどれを食べても美味しい美味しいと顔を綻ばせているので、しばらくはどれが一番好きとかは決まりそうにない御様子。
まあ、それは良いとして。
私は膝軟骨の唐揚げとレモンにチャレンジ。
以前食べた時も美味しかったが、先程のレモン&軟骨を味わってしまったからには、食べずにはいられない。
一見小さな唐揚げであり、小さな軟骨が中心に入っている。
一言で言えばそんな感じだが、とにかく癖になるのだ。
食べ始めればずっと食べ続けられそうな、そういう勢いになってしまう。
そんな軟骨の唐揚げをちょいちょいっとレモンにつけてから、口に運ぶ。
すると。
ダメだ、コレはダメな奴だ。
絶対に止まらない。
やはり唐揚げばかり食べていると口が脂っこくなったり、普通の唐揚げよりも塩味を利かせている分だけ、口が塩辛くなってくる鳥軟骨の唐揚げ。
もちろん他の物と一緒に食べたり、お酒の肴であればいくらでも対処可能なレベルの小さな問題なのだが。
その小さな問題を、レモンが解決してしまった。
さっぱりと広がる酸味だけで、お口の中が次の唐揚げを迎える為の準備が整ってしまう。
非常に危険だ、レモンと軟骨唐揚げ。
しかも膝軟骨は一個一個が小さい。
なので、次から次へと口に運んでしまう。
コリコリという食感と、鶏肉の旨味。
そしてさっぱりとする柑橘系の爽やかさ。
このコンボは、人をダメにする。
「好みが分かれるって言えば、こっちも良いな」
これまた、キタヤマさんが危険物を投入してきた。
そこにあったのは、マヨネーズ。
更には、辛子と柚子胡椒。
あぁ、もう駄目だ。
明日はいっぱい動かないと、絶対にダメになる。
主にお腹周りが。
とはいえ、試さずにはいられないのが“悪食”ご飯。
とにかく最初は――。
「ぷはぁ! あぁ……なるほど。 コレは酒に合う……そして、俺は柚子胡椒が一番好きだな」
報告書を片手に、唐揚げの味付け各種を試していた。
そして更には、瓶ビール。
あぁ旨い。
仕事終わりの酒が、ココまで旨いと感じられたのはどれくらいぶりだろう。
なんたって、肴が絶品ばかりなのだ。
酒が不味くなる訳が無い。
むしろ足りない、酒も追加しなければ。
「ふむ、後は……そうだ、串焼きもまだ全然食べていないな。 ぼんじり、軟骨と来たから、少しあっさりしそうな物は……おぉ、キノコとネギ串なんていうのもあるのか。 気が利くじゃないか……って、違う。 続き続き」
完全に居酒屋テンションになりながらも、アイリの報告書に目を通していく。
ここ最近の報告書は調理法や味の感想ばかりだからな、隅々まで目を光らせる程の報告は入っていないだろう。
しかし料理の説明を読みながら、その料理を食べるというのは……なんとも幸福感で満たされる。
あぁ、もっと早く食っておけば良かった。
あいつ等いつもこんなに旨い物を食っていたのか……今までの報告書にあった料理も、今度頼んでみようか。
キタヤマの奴も腕の件があるから、しばらくは街に滞在するだろうし。
まあ材料代と調理代、そして配達料金は取られるが。
そんなもの、コレが食べられるなら大した痛手じゃない。
そして何より、仕事さえ終わらせてしまえば私は酒を飲みながら食べられるのだ。
報告書に度々お酒が飲みたいと書かれていたが、その料理をこちらは酒を飲みながら食える。
なんともちんけな優越感だが、今までいろいろと苦しめられたんだ。
それくらいは浸っても罰は当たらないだろう。
「えーと何々? 次はスープの報告書か。 この鍋がそうか? どれどれ」
その日行われた支部長の一人宴会は、ギルド職員に様々な噂を呼んだという。
支部長室から、一人の筈なのに随分と楽しそうな声が聞こえる、と。
どうしたんだろうか? 疲れすぎておかしくなってしまったのだろうか?
そんな噂がギルド内に広まり、後日職員たちからは栄養剤各種が差し入れされたという。
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