第68話 未来の英雄を語る者
「はぁぁぁ、どんな使い方をしたらこうなるんじゃ」
そんな愚痴を溢しながら、目の前の黒槍を手に取る。
その瞬間、ポロッと刃先が零れ落ちた。
この“黒槍”に使ったのは非常に珍しい金属。
一度固めたらいくら熱を通そうが、なかなか液状には戻らない。
なんて、アホみたいな噂が立つくらい頑丈な素材を使ったというのに。
今ではただのガラクタだ。
「刃も駄目、芯も曲がっておる。 柄の部分も随分と丹精込めて作ったというのに……はぁ、一から作り直しじゃな」
「の割には、嬉しそうじゃな。 コールよ」
「あったり前じゃい。 コレですら耐えられない戦闘を生き残るヤツに渡す武器じゃ、生半可なモンを渡せなくなったわい」
クックックと笑いながら、“黒槍”をその辺に放り投げる。
次はコレ以上のモノを。
更に切れ、更に投げやすく。
そして頑丈で、曲がらない槍を。
全く、どこまでもドワーフを追い詰めてくれる。
この“黒槍”ですら、達人クラスのウォーカーが喜んで使うであろう一品だというのに。
「それで、そっちはどうなんじゃい。 鎧も凹んだり、綺麗に切断されたんじゃろ? なんたって片腕が持って行かれたくらいじゃからな」
「あぁ、全く……本当に腸が煮えくり返る。 儂の鎧を切断したじゃと? 上等じゃ、次はもっと頑丈で、動きやすい鎧を作ってやるわい」
そんな事を言いながら、トールの奴が暗い笑みで口元を吊り上げる。
コレは面白い。
完全に本気の職人スイッチが入ってしまった。
「おい、鉄を叩くのと細かいギミックは儂にやらせろよ? ミナミの嬢ちゃんのクロスボウも作り直さなきゃいかんが……ちと今回の件は腹に据えかねる」
チッと舌打ちを溢しながら、ディールの奴が数多くのハンマーを工房に持ち込み、机の上に広げていく。
コイツの槌の知識と技術があれば、これまで以上に頑丈な鎧や武器が作れるだろう。
なんて事をしていると、予想はしていたがもう一人も登場した。
本来キッチン用品専門で、こっちの工房に顔出すのも珍しいタール。
「包丁ってのはな、どんな刃物より細かく丁寧に砥いでやらんと使い物にならねぇんだ。 仕上げは儂にやらせろ。 お前さん方が作った出来損ないでも、儂が整えれば何でも切れる様になるわい」
フンッと鼻息荒く、こちらも別のテーブルに砥石だなんだと準備し始めた。
全く、こいつ等もやはり同じ気持ちらしい。
「カッカッカ! 上等上等、儂らで最高の装備を作ってやろうじゃねぇか。 なんたって今回の相手さんは“勇者”だっつうじゃねぇか。 だったら鉄や他の素材以外にも、魔法の“付与”が必要だわなぁ? そうは思わねぇか、魔女様よ」
「えぇ、全くです。 次に会ったら、絶対に叩きのめしてやります」
そんな台詞を吐きながら、最後のピースが揃った。
アナベル・クロムウェル。
付与魔法が得意分野の魔女様が、暗闇の中から現れた。
本当に、“悪食”に関わると馬鹿になる。
リーダーがやられたってだけで、俺達職人が全員本気を出しちまうくらいには。
現場に出ている訳でもない、いざその場を目撃した訳でもない。
だとしても、キタヤマの怪我を聞いた瞬間。
相手を殺してやりたいくらいに腹が立ったのは確かだ。
「本来一つの“モノ”に対して付与できる魔法は一つ。 だからこそ部品毎に付与魔法を掛け、どんな状況にも対応できるようにする……そして魔法が使えないキタヤマさんの為に、魔石を装填できる構造を作る。 難しい上に、ちゃんと効果が発揮されるかも分からない。 でも……それでよろしいですね?」
「はーはっはっ! ホント、魔女様の考える事は末恐ろしい。 そんな事をすれば一人の人間が兵器になっちまうってのに」
「相手が人間兵器ですから。 いくらリーダーが強かろうが、兵士は兵器に勝てません。 それでも、彼は戦う。 だったら、装備だけでも“最強”になって頂きましょう」
「ククク……儂らは“悪食”に入って正解じゃった。 こんなにも面白い鎧と武器が作れる日が来るとはな……まさか製作途中から“付与魔法師”の手を借りるなんて、思いもしなかったぞ」
「それは成功してから言ってくださいまし。 あくまでもキタヤマさんの力を底上げする武器を。 そして、いざという時彼を守れる鎧を。 間違っても、今回の様な失態にならない様に。 コレ以上は……見ていられません」
どこか悲しそうに目を伏せる魔女様を見ながら、俺達ドワーフは鼻息荒く胸板を叩く。
「任せておけ。 こういう時の為に俺達は居るんだ。 “悪食”に所属するドワーフを甘く見るな、魔女様。 勇者の魔法でさえ跳ね返す鎧を作ってやらぁ、その為には……お前さんの協力が必要不可欠だがな?」
「えぇ、もちろんです。 全力で御手伝い致します。 いえ、お手伝いではありませんね……私達で作りましょう。 “悪食”のリーダーに相応しい、“最強”の武具を」
そんな訳で、俺達の本気の“遊び”が始まった。
絶対的な1に対して、数多くの“その他”で1を相殺する。
伝説の武器や防具に匹敵する様な武具を俺達で作り出し、更には付与魔法で“効率”を上げる。
何処までも現実的な作業で、夢物語を作る。
俺達の全てを尽くして、“夢想論”を殺す。
伝説に謳われる武具は何を用いて作られた?
どんな魔法を付与して、物語の結果に導いた?
その全てを考慮して、試行して、対抗する。
まるで子供の御遊戯会だ。
しかし俺達は、ソレを本気で研究した。
この物語における主人公の武器は何の素材で出来ていた、どんな魔法を用いた。
こっちの物語の主人公はドラゴンの息吹を防ぐ程の鎧なのだから、これ位の材料、 こんな付与魔法を用いた筈だ。
いくつもの言葉を交わし、試行錯誤し。
更には試作品を山ほど作る。
楽しい、楽しくて仕方がない。
なんたって俺らは、童話の世界に片足を突っ込んでいるのだから。
「ハハハハ、フハハハハ! ホラどうだ! 今度の素材は結構強いぞ!」
「フンッ! ……駄目だな、魔法に対しての防御に特化し過ぎている。 槌で叩いて曲がるようでは、役に立つまい」
「ぬはははは! もっと強く、さらに都合よくだな! 分かった! 作ってみるからもう少し待て!」
「砥いで見れば此方はかなり切れるが……あまり持たんな」
「ハッハッハ! だったら失敗作じゃ! アイツらがそこまで丁寧に扱うとも思えんしのぉ! おっと、金属が足りなくなって来たな。 追加注文しておこうかの、経費で落とすぞ経費で! ガハハハハ!」
そんなこんなしながら、武装作りは進んでいく。
余りにも無謀、余りにも馬鹿らしくとも。
それでも、少しづつ進んで行く。
「なる程……そもそもの切れ味があるなら、“切断能力向上”より、“状態維持”の生活魔法の方が効率良いようですね。 いや、そもそも刃こぼれさえしない程強力な刃ならもっと他の付与の方が……フフフ、面白くなってきました」
いくつもの武器、または鉄片とも言えるパーツにも付与魔法を掛け続けている魔女様は、随分と黒いクマを拵えている。
流石にそろそろ休んだ方が良いんじゃないか?
そんな風に思ってしまう事もあるが……でも止まれない。
それは、俺達も同じだった。
「ほう……手を加える事を前提に作られた鎧は、こんなにも綺麗に付与出来るんですね。 そもそも魔法陣さえも制作時に掘ってもらえれば、魔法を発動する時の魔力負担が少なくて済む。 詰まる話魔石の燃費も良い。 面白い、こんな風に突き詰められるのね……。 もう一度お願いします! コレは失敗作です!」
「「「おぉぉぉっしゃぁ!」」」
どいつもコイツも職人肌で、更には魔女様までそういう気質。
どうにも、止められる雰囲気ではなかったのであった。
――――
ウォーカーギルドの支部長様から、公に出来ない手紙が届いた。
ソレは依頼達成の知らせ。
私が“悪食”に依頼した曖昧な仕事、それを彼らは無事達成してくれたようだ。
思わず、口元が吊り上がる。
「あぁ……やはり貴方方は時代を動かす。 この国を変えて下さる方々ですね……」
城に戻って来た勇者達を見た時は、思わず吹き出しそうになってしまった。
誰も彼も疲れ果てたような顔を携え、その瞳は恐怖に染まっていた。
“聖女”が居たからこそ全員怪我もなく戻っては来たが……一体どんな目に会ったのだか。
ただ一人、“勇者”だけは瞳に今までとは違う炎を灯している様にも見えたが。
全く、とんだピエロも居たモノだ。
ある日突然手に入った力を振りかざすだけで、ろくに鍛錬も積まない者が彼等に敵う筈もないだろうに。
「フ、フフっ……」
「随分楽しそうだね、シルフィエット」
テラスで手紙を読んでいた私に、空気の読めない奴が声を掛けて来た。
思わず楽しい気持ちは引っ込み、ハァ……と聞こえない様に小さなため息を溢した。
「何か御用ですか? アムス・ディーズ・エル・イージス王子」
「酷いな。 家族をそんなフルネームで呼ばなくても良いじゃないか、シルフィ」
「……」
何が家族だ。
そんな風に言ってやりたかった。
だがしかし、私にソレを口にする“権利”はない。
「今回の事は残念だったね。 君と同じ“影”の称号持ちが居たのに、他の所へ取られてしまうなんて」
「えぇ、そうですわね。 彼女“とは”お友達になれるかと思っていましたのに。 しかし、彼女にとってもこの結果は良いモノだったでしょう」
「ソレも、シルフィの“称号”から獲られる魔法で視たのかな? 未来を視るなんて便利な魔法なのに、一向に僕達の為に使ってくれないじゃないか」
「どんな魔法も万能ではない、という事ですわ。 虚言でよろしければ、いくらでも予言して上げますわよ?」
「ははは、シルフィは相変わらず面白いな」
「……チッ」
どうして王族は、こうも人の神経を逆撫でする事が言えるんだろう。
私もその一員なのだと思うと、思わず喉の奥から胃液が込み上げてきそうだ。
「ま、それは良いとして。 決まったよ」
「主語が無い会話は嫌いですわ」
「それくらいは察してよ、最近話してたじゃない。 獣狩りだよ、獣狩り。 近くに獣人が集まる集落が出来たらしくてね。 なんでも国内からも逃亡者が出ているらしい。 全く、隷属する事でしか価値を発揮できない獣の癖に……本当に愚かだよねぇ。 “勇者”のお陰で、ココの所ダンジョンも大人しいし。 兵士達の憂さ晴らしには絶好の機会でしょ」
「何が兵士達ですか、貴方の趣味でしょうに。 その無駄に欲深い略奪欲、そして病気とも思える他種族への差別意識。 いつか身を滅ぼしますわよ?」
「それはお得意の未来予知かい? 違うだろう? 今の言葉は、君の願望だ」
コレだ。
どこまでも自分達に都合の悪い言葉には耳を貸さない。
しかもよりによってこんな奴らがトップに立っている国に、戦力が揃っているのだ。
本当に、何処までも都合が悪い。
「そういう事だからさ、しばらくはピリピリすると思うから。 よろしくね」
なんて事を言いながら、王子は去っていく。
あぁ、最悪だ。
そんな大掛かりの掃討作戦など行えば兵も、民も、そして王族でさえ。
その雰囲気に呑まれる事だろう。
平穏な暮らしは何処かで歯車が外れ、人々は殺気立つ。
その澱みは民を不幸にし、空気も環境をも悪くする。
そして今さっき薄ら笑いを浮かべていた王子もまた、私に当たり散らす事だろう。
あぁ、こんな世界……壊れてしまえば良いのに。
そんな風に、今までは考えただろう。
でも、今は違う。
「また、依頼を出すかもしれませんわ……“悪食”の皆様。 どうかこの国を、私を……」
小さな声で呟きながら、届いた“依頼達成”の報告書をギュッと抱きしめた。
私は、拠り所を見つけた。
彼等だけが、私に“未来”を見せてくれる。
不確定要素の塊で、私が誰よりも期待を寄せる“主人公”達。
「こんな穢れた私ですが……お慕いしております。 手を取って欲しいとは申しません。 ですから、ですからどうか。 もう少し夢を見させてくださいませ……」
そんな台詞を吐きながら、ゴシゴシと目元を乱暴に拭うのであった。
あぁ、また時代が動く。
悪い方向へ、良くない未来へと向かって。
でも今回は、“悪食”という不確定要素が居るのだ。
だからきっと大丈夫。
彼等ならまた、皆を助けてくれる。
まるで物語のヒーローに恋するみたいに、私は彼等に祈りを捧げた。
どうか私を助けて下さい……なんて、甘えた願いは捧げない。
この国を、この世界の常識を。
どうか、彼等が食い散らかしてくれる事を……そう、心から願うのであった。
シルフィエット・ディーズ・エル・イージス。
称号は、影。
そしてもう一つは、“まだ見ぬ英雄譚の語り手”。
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