第67話 新しい一歩


 「ご主人様、失礼致します」


 そう声を掛けながら、南が部屋の中に入って来た。

 ホームに帰って来てから、本当に毎日だ。

 しかも朝から晩まで俺の部屋で過ごす勢いで。


 「おう、今日も早いな」


 「はい、私は貴方の奴隷ですから」


 「いい加減解放手続きをですね」


 「お断りいたします」


 そんな訳で、彼女は今日もベッド脇の椅子に座る。

 そして。


 「クーア様がおかしな事をしないかの監視もありますので」


 「あらあら、私は聖職者ですよ? 何の心配が?」


 「普通のシスターはスカートをたくし上げたり、男性に抱き着いたりしませんから」


 「あらあら、うふふ」


 ベッドを挟んでいつものやり取りが開始された。

 いやぁ、居心地が悪い。

 とはいえ、未だ治療が継続中なので俺にはどうする事も出来ないが。

 あぁもう、誰でも良いから男性陣一人寄越してくれないかなぁ……なんて、思っていたら。


 「キタヤマ、私だ。 失礼するぞ」


 ノックと共に、支部長が顔を出した。

 てめぇコノヤロウ、何しに来やがっ――。


 「待ってたぞ支部長! よく来てくれた!」


 「お、おう? どうした?」


 あの森から2日掛けて馬車で街に戻り、さらにホームに帰ってから3日ほど経っていた。

 その間、クーアは俺に治癒魔法を掛け続けてくれた。

 それこそ魔力切れでぶっ倒れるまで、毎日。

 しかし、彼女の治癒魔法では完治までは望めないという話だったのだ。

 それは最初に、俺の怪我を見て宣言されていた事。

 例え腕がくっ付いたとしても、以前の様には動かせないだろうと苦しそうに告げて来た彼女。

 そして下手すれば、くっ付いただけで動かなくなる可能性もあると。

 しかし。


 「驚いたな。 ちゃんと動いている」


 「あぁ、まだちと痺れるが。 だが問題はねぇ。 もう少しかかるが、ちゃんと治るとさ」


 今回保護した少女、ノア。

 魔人である彼女の魔術は、他者を強化するバフ。

 しかもソレは、予想以上に強力な魔法だった。

 その彼女がクーアとアナベルにバフを掛け、二人で俺の治療に専念した結果。

 とんでもない回復速度で腕はくっ付き、体が調子を取り戻せばまた以前の様に動かせるだろうとの事だった。

 ほんと、今回の件では仲間達に頭が上がらなくなってしまった。

 今後俺がどういう扱いになるのか、今から怖い所ではあるが……ま、そんときはそん時だ。


 「しかし、アイリから報告は受けていたが……信じられない事の連続だな。 まさか“魔人”を捕まえてくるとは」


 「捕まえて来た訳じゃねぇ、保護しただけだ。 ノアは孤児院の一員として育てる。 下手な事をするようなら……アンタでも容赦しねぇぞ」


 「分かっている。 お前の性格も、面倒くささもな」


 「言ってくれるじゃねぇか」


 「はっ、どれ程貴様に仕事を増やされたと思っているんだ」


 クックックと楽しそうに笑いながら、支部長は窓の外へ視線を向ける。

 その先にある光景は、人族の子供と魔人のノアが一緒に遊んでいる光景。

 もしかしたら子供達や、従業員は怖がるかもしれない。

 そんな風に考えていたのだが。


 「院長と悪食のリーダーが連れて来た子なんだろ? だったら私達が面倒見なくてどうすんだい!」


 と、従業員の奥様方には怒られ。


 「すげぇー! 角だ! 格好良い! 触っても良い!?」


 子供達もそんな具合に、割とあっさりと皆受け入れてくれた。

 今ではノアも、孤児院のちびっ子達と一緒に毎日元気に遊んでいる。

 アイツにも、今度なんかお礼をしないとな。


 「で、だ。 キタヤマ。 お前また問題を起こしたな?」


 「んだよ、また王様からクレームでも来たか?」


 「クレームはまぁ……いつも通りだ。 勇者の邪魔をした、とな。 しかし勇者がなぜあの森に居たのかを問い詰めようとしたら、逃げる様に帰って行ったよ」


 「はぁ、だったら何よ?」


 勇者に怪我させたとか、その取り巻きをボコしたとかのクレームだったら否定できないので謝るしかないのだが。

 それ以外だとしたらなんだ?


 「まず初めに言っておく、こちらかも凄腕の斥候に調べさせたんだが。 お前達が“魔人”を手に入れた事はバレて居ない。 しかし、疑われている」


 「あぁ、まぁ疑われてんのは仕方ないな。 それで? 何が問題なんだ?」


 「お前、勇者のパーティから誰か引き抜いただろ」


 「あ、ソコなの?」


 影森初美。

 彼女の話を聞く限り、随分と酷い扱いを受けていたみたいだし……問題にはならないかと思っていたんだけどなぁ。

 飯は酷いし部屋も酷い、そんでもって単独行動している時はそれこそ“奴隷”に近い扱いを受けていたとか。

 だからこっちで貰っちゃっても何も言われないと予想していたのだが……。

 むしろ問題があったのは悪食の方で、南なんか当初彼女を眼にする度に威嚇していたくらいだ。

 尻尾を太くして、耳をピンと伸ばしてシャーッって。


 「彼女が抜けた事により、斥候が居なくなった事や周囲の“隠蔽”が利かなくなったと、随分と熱烈なクレームを頂いてな」


 「は、ははは。 嘘だろ? そこまで馬鹿なのか? だって、なぁ?」


 「彼女の扱いが、“アレ”だった。 だろう? お偉いさんというのは、光り輝く者にしか目がいかないのだよ。 利口であればまた違うだろうが、“勇者召喚”など何度も試すモノには、各個の有能さなど度外視。 失ってから気づく、ソレの良い例だな」


 「はぁ……初美、来れるか?」


 「はい、ココに」


 声を掛けた瞬間、俺の影から急に現れる“元”勇者パーティの一人。

 まあベッドの上から急に飛び出して来たので、南に問答無用で引きずり下ろされる訳だが。


 「この初美が、“使えない”ねぇ」


 「はぁ……俄かには信じがたいな。 “影”の称号とはココまで利便性が高いのか? それとも彼女特有の魔法か何かか?」


 支部長と二人してため息をつきながら、南に取り押さえられる初美に視線を向ける。

 黒いライダースーツに赤いマフラーみたいな恰好は、結構性癖を擽るが。

 如何せん南達と絡むと、アホっぽく見えるのが玉に瑕と言うか。

 今でもバタバタ暴れながら、南の締め技から逃げようとしている。

 有能なんだけどね、なんで残念なんだろう。


 「まぁ、そちらも何とでも言い訳が立つ。 個人のパーティ移動など、よくある話だ。 既にウォーカー登録も済ませたからな。 なら、彼女はもうこちら側の戦力だ。 そしてもう一つ、コレはクレーム云々ではないが……」


 「ノアのこれからか?」


 「あぁ、その通りだ」


 ま、ソレが一番の問題だよな。

 彼女は魔人。

 人類にとって、恐るべき対象。

 だがしかし、その実態はといえば。


 「報告は受けている。 他者への強化魔法しか使えない事、レベルの概念そのものが無い事。 そして……認めがたいが“ウォーカーと思われる”集団に集落を襲われ、何人もの魔人が捕縛された事もな」


 「どう思うよ?」


 「正直、このウォーカーモドキは国から出張った兵士達だろうな。 魔人の真実を国のお偉いさんが知っている事を前提で話せば、特定の国や人々から恨みを集めない為に“ウォーカー”を名乗った。 そして彼らの目的は、魔人の使える驚異的な強化魔法。 お前の腕を完治させるほどの力だ、普通は不可能な事例を、可能に変える。 その力は、国とすれば喉から手が出る程欲しいだろう」


 やはり、そういう事なのだろうか?

 魔人とは国の利益の為に隷属させる為、価値を落とされた存在。

 人類の敵として吹聴し、一般人からは迫害させる。

 そして目撃報告を元に、国から捕獲する人員を派遣し、捕まえた後は道具として魔人を使用する。

 彼等には人族に敵う力すら手に入れられないのだから、人海戦術を使えば捕獲するのはそこまで難しい仕事では無いだろう。

 今回の俺達の様な、邪魔が入らなければ。

 そんな事を大昔から続けて来たのか? それともまた別の何かがあるのか?

 話の規模がデカすぎて、ちょっと俺の頭では理解しきれないが。


 「そしてノア嬢のいう事を信じるなら、魔獣肉は“魔人”に変わる原因にはなり得ない。 魔人は魔人であり、アナベルの様な人族から“魔女”に変わる場合などはむしろ“進化”と言えるのかもしれないな。 詰まる話……」


 「根底が崩れる。 差別意識の根っこからひっくり返る訳だ」


 「その通りだ。 しかし人間は情報を提示した所で、すぐに考えを改める生き物ではない。 そして今回の情報提供者は子供……ソレはあまりにも信用が薄い」


 「言っている事は分かる、わかるが……納得は出来ねぇぞ」


 「私もだ。 こんな事を最初に考えた奴等をぶっ殺してやりたい気分だよ」


 そんな事を言いながら、俺達は奥歯を噛みしめながら舌打ちを溢す。


 「だがしかし、コレは確かな前進だ。 そして“魔人”云々を抜きにして考えれば、“魔獣肉”は人の成長に貢献している可能性が高い。 その結果が、お前達だ」


 「どういうことだ?」


 「気づかなかったとは言わせないぞ? お前たちのレベルアップ速度は異常だ。 他の者が数年、数十年という時間を掛けて上げるレベル。 ソレを貴様らは数週間、数か月でポンポンと阿呆みたいに上げてくる。 今回もそうだ、数か月前までレベル1だった奴等だ、なんて言っても誰も信じないだろうよ」


 「あぁ、ね。 確かにその通りだ。 しかも、人種は“人族”のままだしな」


 「その通りだ。 しかも元々の身体能力が異常だった、なんて事が無いとすれば……今のお前達はレベル云々の前に基礎能力がおかしい。 私は実際に見て居ないから予測でしかないが……最初の頃より随分と動きやすいんじゃないか? まるで、人という枠を超えた様に」


 非常に怖い言葉だった。

 魔人になるという縛りが消えたというのに。

 だとしても、支部長の言葉は俺達を“異常”と判別するかのように聞こえた。

 俺達は……人間だ。


 「勘違いするな、責めている訳じゃない。 もっと根本的なモノだ」


 「……どういう意味だ?」


 「魔獣とは邪悪な魔素……瘴気によって動物が変化した代物、と言われている。 ダンジョンからも生まれる事から、正解とは言い難いかもしれんが。 そして我々の体にも魔素自体は流れている。 詰まる話より強く、より早く進化する為に必要な栄養素が含まれているのではないかという話だ。 “人族”のままだとしてもより強く、更にその先へ成長できる鍵。 ソレが魔獣を喰らうという行為なのではないか。 そう考えている」


 正直、良く分からない。

 俺達は“こっち側”に来てからすぐに魔獣を食っている訳だし。

 レベルアップも、強い魔獣を倒せば上がる。

 それくらいの感覚で経験して来た。

 だからこそ俺達の考えも、支部長の考えにも間違いがあるのかもしれない。

 なので、すぐすぐ答えを求められても証明する術などないのだが。


 「まだわからない、わからないからこそ調べる必要がある。 ただ現状の結果からすれば、お前達と同レベルの連中より、ずっと強いという事だけは確かだ。 人の違い、覚悟の違い、状況の違い。 それは様々だろう、しかし事実お前達は強い。 “戦風”のカイルを知っているだろう? 彼のレベルが以前のお前達より10以上高かったのは知っているか? しかしながらお前達は彼同様、もしくはそれ以上に戦えている」


 「過大評価だ、アイツは強い」


 「そうかもしれん。 だが、お前達も強い。 それも調べる必要がある」


 そんな事を言いながら、支部長は再び窓の外へと目をやった。

 どこか、穏やかな表情を浮かべながら。


 「だからこそ、もう少し観察させてくれ。 魔人の少女も、お前達に任せる。 但し、隠しておけよ? 問題が起きてしまえば、面倒な事になる。 ギルドとしては貴様らが“魔人”に遭遇、話を聞いた結果“魔獣肉”は魔人とは関係ないという話を聞いた……その程度で報告して置く。 そして、いつも通りお前達の鑑定結果もな」


 「いいのかよ?」


 「何がだ? 私は何もおかしな光景は見ていない。 私が見たのは、幸せそうに駆けまわる多種族の子供達だけだ。 ここは、種族なんて関係ないのだろう?」


 「あぁ、そうかよ」


 すまねぇ。

 そんな言葉を胸の中に仕舞い、何も言わず頭を下げる。

 その光景に何を思ったのか、支部長はフッと小さな笑いを洩らしながら席を立った。


 「まだまだやる事は多い。 報告は怠るなよ“悪食”」


 「おう、頼りにしてるぜ」


 そんな言葉を交わしながら、彼は部屋から出て行った。

 あぁくそ、また借りが増えちまった。

 ノアを孤児院で生活させる代わり、問題を起こさない限り彼は口を噤んでくれるという訳だ。

 こっちから頼っておいてこんな事を言うのは違うかもしれないが……お人よしが過ぎる。


 「ご主人様」


 「ん? どうした?」


 初美の奴を締め落したらしい南が、ベッド脇に寄って来た。

 君も随分と狂暴になったね。

 最初はあんなにガリガリだったのに。


 「貴方の周りには、きっとこれからも人が集まってきます。 その中には“良い人”も“悪い人”も居るでしょう。 でも、私はご主人様が信用した方なら仲間として迎えます。 ですから……その、一人で抱え込まないで下さいね? 私も一緒に、背負いますから」


 そんな事を言いながらピコピコと耳を揺らす少女に対して、思わずプッと笑い声が漏れてしまった。


 「なっ!? ご主人様、私は本気で――」


 「分かってる、分かってるよ南。 ありがとな」


 そう言って頭を撫でれば、気持ちよさそうに目を細める。

 ホント、俺は仲間に恵まれたよ。

 最初は何をやって良いのかもわからない世界だったのに。

 今では俺の為に身を削ってくれる仲間達が、こんなにも周りに溢れている。


 「だからこそ……しっかりしないとな」


 クランメンバーは当然の事、孤児院の皆。

 そしてウォーカーギルドの連中と、その筆頭として支部長。

 更には俺達を支援してくれるフォルティア家なんか、俺らがヤバい事をすればとばっちりを受けるだろう。

 そして更に、今回仲間にしたノア。

 彼女に関して言えば、俺らが失敗すればソレだけで居場所がなくなる可能性がある。

 他の孤児院の子供達もそうだ。

 例え孤児院が潰れても、俺達が居れば飯には困らないかもしれない。

 でも、“俺達”が生き残らないとこの子達は生き残れないのだ。

 だからこそ、今回みたいな傷を2度も受ける事は許されない。

 俺は、“悪食”のリーダーなのだから。


 「ぜってぇに……生き残ってやるからな。 どんな手段を使おうと」


 「はい、ご主人様。 お供致します、どこまでも」


 この時の南の声は、何処までも透き通っていた気がする。

 裏表のない本気の言葉を放つ人の声というのは、ココまでスッと入って来るものなのだろうか。

 全く、随分と慕われたモンだ。

 そんな事を考えながら、今日も俺はベッドの上で暇を持て余すのであった。

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