第66話 悪食


 「……ん?」


 どこからか、金属のぶつかる音が聞こえた。

 テントの中に居た事と、皆騒がしくしていた為気が付くのが遅れたが……結構近い。

 ピクピクと頭の上の耳を動かしている私に気が付いたのか、皆さんがこちらに視線を向けて来た。


 「ミナミちゃん? どうかした?」


 ノアさんの服を選んでいたアイリ様が、首を傾げながらこちらに近づいて来た。

 最初は魔人だからと恐れていた筈なのに、ご主人様が仲間だと認めた瞬間、皆様の態度は柔軟になった。

 もちろん私も含めて。

 だからこそ、ボロボロになっていた服を着替えさせ、今では私と白さんの予備の服で着せ替え人形状態になっている訳だが。


 「近くから戦闘音が聞こえます。 すぐにこちらに来るという訳ではないでしょうが……一応ご主人様方に知らせてきますね」


 「南、いってら」


 手を振られながらいそいそとテントの外へと踏み出すと、そこには料理をしている男性陣の皆様。

 西田様、東様、そして中島様。

 ……あれ?


 「ん? どしたの南ちゃん。 ノアちゃんの着替え終わった?」


 「ご飯はもうちょっと待ってねー。 一番の料理上手がおサボり中だから、ちょっと手間取っちゃって」


 「……? 何かありましたか? 南さん」


 ご主人様が、北山様が居ない。

 何となくだが、サァァと血の気が引いていくのが感じられた。


 「あの……北山様は、どちらへ?」


 「こうちゃんならお手洗いだって言って、向こうに走ってったよ」


 「ちょっと北君の決め台詞イジり過ぎちゃってね、多分どっかで拗ねてるんじゃないかな」


 そう言って指さされる方角。

 それは、私の耳に聞える戦闘音が鳴り響く方角を指さしていた。


 「ダメ……駄目です! 早く私達も行かないと!」


 「南さん? いったい――」


 「その方角から、戦闘音が響いています! 数も一人や二人じゃない!」


 「「っ!」」


 私がそう告げた瞬間、東様は焚火を踏み消し、西田様はテントの方へと走った。


 「ちょっ! ニシダさんっ!? まだ着替え中――」


 「戦闘準備! 直ぐ向かう! 急げ!」


 ソレだけ叫んで、すぐさま戻ってくる。

 しかし、困った。

 今武器なんかを仕舞っているマジックバッグは、ご主人様が持っている。

 当然手持ち出来る最低限の装備は、皆近くに置いているが。

 それでも、いつもの様に武器を次々と変えたり使い潰したりする戦法は使えない。


 「どうしますかご主人様……って、あぁクソッ!」


 いつもの癖で、ご主人様に頼ろうとしてしまった。

 今はその人が窮地に立っているかもしれないというのに、馬鹿か私は。

 とにかく、急がないと。


 「お待たせ!」


 「アナとクーア、残す。 中さんも残って、ノアを一人には出来ない」


 そう言ってテントから飛び出してきたのはアイリ様と白さん。

 この先へと向かうのは西東南、そしてアイリ様と白さん。

 ベースキャンプにも、アナベル様と中島様が居れば戦闘面で心配する事は無いだろう。


 「行きます! こっちです!」


 叫んでから、私達は走り始めた。

 大丈夫、大した距離じゃない。

 このメンバーで全力疾走すれば、本当にすぐ到着できるはずだ。

 それにソコにいると思われるのは、あのご主人様なのだ。

 無事でない訳が無い。

 なんたって100を超える魔獣の群れに飛び込んでも、見たことも無い上位種に挑んでも平然と笑って帰って来てくれる人なんだから。

 だというのに、何故か不安が残る。

 何かが胸に引っかかったみたいに、“本当に?”と問いかけてくる私がいる。

 大丈夫、大丈夫だ。

 あの人は強い、誰よりも強い。

 絶対に負けるはずなんかない。

 そう言い聞かせて、森を抜けたその瞬間。


 「取り押さえろって言ってんだよ! 周りでボサッと見てねぇで、黒鎧を取り押さえろ!」


 「はぁ!? いや、それは反則だろ!」


 誰かの叫び声と同時に、大勢のウォーカーに取り囲まれるご主人様の姿。

 不味い、いくら何でもこの数は怪我では済まないかもしれない。


 「ご主人さ――!」


 「“一閃”!」


 彼を呼ぼうとしたその瞬間、川の中に立っていた男性の剣が光り輝いた。

 私はあの光を知っている。

 スタンピードの時、皆を不幸にしたあの光だ。

 あの時程大きな光では無いが、何処までも細く、そして鋭い。

 そんな光が、ご主人様を貫いた。

 そして。


 「え?」


 言葉が出なかった。

 それは周りの皆様も同じようで、皆静かにその光景を目にして固まっていた。

 だって、え?

 嘘だ、こんな事ある訳がない。

 なんでご主人様は槍を放したんだろう?

 なんであのボロ布みたいになった男は、口元を吊り上げて居るのだろう?

 なんで、吹き飛ばされた槍に……腕がくっ付いているのだろう?


 「……がああぁぁぁぁぁ!」


 ご主人様の叫び声が聞こえた瞬間、ハッと意識を取り戻した。

 出血している。

 しかも普通の出血じゃない、欠損しているのだ。

 あんなの、放って置ける訳が無い。


 「ご主人様!」


 とにかく走り出し、周りで剣を向けている有象無象を矢で追い払ってから、倒れ込む主人を抱き留めた。


 「ご主人様っ! ご主人様っ!」


 ひたすらに叫んでみるものの、彼からは痛みに耐える呻き声が返ってくるだけで、何の反応も返って来ない。

 ふざけるな、ふざけるなよ?

 お前らは一体何なんだ? なんの権利があって、私のご主人様にこんな事を。


 「おい獣人、お前もその黒鎧の仲間か?」


 ご主人様の腕を斬り飛ばした男から、そんな声が聞こえた。

 あぁ、コイツが周りの有象無象のリーダーなのか。

 コイツが全部悪いんだ、コイツのせいで……。


 「なっ!? うがぁっ!」


 パシュッと小さな音を立てて、クロスボウから発射された小さな矢が彼の掌を貫通した。

 たかが一本、しかも小さな矢が掌に穴を空けただけだというのに。

 その男は河原の中でバタバタと転げまわり、剣を取り落としていた。

 無様、あまりにも無様。


 「殺してあげますから、しばらく大人しくしていなさい……今はご主人様の止血の方が先です」


 それだけ言って、自身の腰のベルトを抜き取ってから主人の腕に巻き付けた。


 「ぐぅっ!?」


 「すみませんご主人様、痛みますよね。 もう少しだけ、もう少しだけ我慢してください。 すぐにクーア様を連れてきますので、どうか……」


 切断された腕の根本をベルトできつく縛り、コレ以上血が失われない様に止血する。

 本来なら今すぐにでもクーア様の所に連れていきたい所だが……周りのゴミ共が邪魔だ。

 そんな事を思いながら、静かに周囲を見回した時。


 「一人も逃がさねぇ……」


 「よくもやってくれたね、お前等」


 「ウチのリーダーに何してくれてんの? どこの誰よ、あんた等」


 「死ね」


 ゆっくりと、“悪食”のメンバーが歩み寄って来た。

 その身に纏うのは、まごう事ない殺気。

 彼等の殺気を怖いと感じないのは、多分私も似たような状況だからなのだろう。


 「貴様ら! この男の仲間か――」


 「うるせぇ」


 「があぁぁぁぁ!」


 近くに居たウォーカーが叫んだかと思えば、一瞬にして彼の背後に移動した西田様が、男の足の腱を切断した。


 「なんなんだコイツら!?」


 「北君みたいに優しくないからね、僕らは」


 「ぶがっ?!」


 東様の大盾に殴られた男が、ゴミみたいに吹っ飛んでいく。

 あんな勢いで殴られれば、いろいろな場所の骨が粉砕したことだろう。


 「お前等何してる!? さっさとソイツ等を捕まえて――」


 「勇者、久しぶり。 お前が一番煩い」


 「は、え? は? あぁぁぁ!」


 白さんの矢が、勇者と呼ばれた彼の膝を貫いた。

 再び川の中へと身を沈め、バタバタと水に落ちた虫の様に暴れまわっている。

 アレが、勇者? あんなのが?

 防衛戦において、ご主人様の邪魔をした愚か者?

 あぁ、そうか。

 じゃぁ、殺さないと。


 「ひぃぃ!? や、やめっ――」


 「アンタらに囲まれた時、ウチのリーダーはそんな情けない声を上げたかしら? 男なら覚悟くらい持って剣を握りなさい!」


 一人のウォーカーの足首を掴み、周りの連中も巻き込みながら、アイリ様が男を振り回している。

 本当にこのパーティは強い。

 私達のクランは、皆強い。

 だというのにそのリーダーであるご主人様を、こいつ等は卑怯な手で貶めた。

 その罰は、必ず受けてもらう。


 「な、なん、何なんだよお前らっ! 望! 望ぃ! 早く俺の治療を!」


 仲間に治療術師が居るのか、厄介だな。

 なんて思いながらも、川から上がった彼の掌に三本の矢を叩き込んだ。

 随分と良質な鎧を着ている様だ。

 鎧の隙間じゃないと矢が通らないどころか、傷一つつかない。

 そんな鎧にも関わらず、顔が露出している兜モドキ……と腹の鎧が盛大に凹んでいるは、多分ご主人様の攻撃を受けたのだろう。

 流石はあの人だ、例えどんな相手だろうが一歩も引かない。


 「やめっ! やめろ! コレ以上は!」


 「煩い、小物。 チートに頼ろうと、本当の意味でお前は、北に敵わない」


 「ぬあぁぁぁ!」


 もう片方の膝にも白さんが矢を叩き込み、勇者はミノムシの様に地を這って逃げようとする。

 あぁ、なんて無様なんだろう。

 コレが人類の希望? 本当に、笑わせる。

 こんなのが、こんな存在が居るから。

 “異世界”から呼ばれた皆様は、皆苦しんで……。


 「終わりです、神にでも祈りながら逝きなさい。 助けてくれる神様なんて、居るかどうかもわかりませんが」


 呟いてから、その男の額にクロスボウを押し付けた。

 私は今からこの男を殺す。

 だというのに、自分でも驚くほど心が落ち着いている。

 それも当たり前か。

 だってこの男は……私にとって世界よりも、神様よりずっと大切なその人を傷つけたのだから。

 しかも、生涯残るであろう傷を。

 ソレは、万死に値する。


 「やめろぉぉぉぉ!」


 「あぁ、白さんの言う通り……本当に煩い虫ですね」


 クロスボウのトリガーに指を掛け、グッと力を入れた。

 その時。


 ――ガシャンッ!


 そんな音を立てながら、私のクロスボウが目の前で崩れ去った。


 「……え?」


 見間違えるはずもない、今目の前を通り過ぎたのは……ご主人様の黒い槍。


 「止めろ……南」


 視線を向ければ、片腕を失ったご主人様が武器を投げ終わった姿勢のまま肩で息をしていた。

 息は荒く、どれ程血を失ったのか分からないその体は小刻みに揺れている。

 でも。


 「止めろ。 “ソレ”は、お前が背負うべきじゃない」


 その声は、いつも通りに力強いモノだった。

 “殺すな”。

 その命令が今、私に下された。


 「はい、ご主人様。 ご命令のままに」


 スッと頭を下げ、彼の元へと戻る。

 もはや虫の事なんてどうでも良い、今は彼の傍に居たい。


 「ご主人様!」


 「ははっ、わりぃ。 心配掛けたな、大丈夫……ではねぇが」


 その胸に飛び込めば、いつもみたいに頭に手を乗せてくれた。

 チラッと視線を向ければ、痛々しい切断された片腕。

 出血は抑えてあるが……早くしないと。


 「こうちゃん!」


 「北君!」


 周りの男達をぶっ飛ばし終わったらしい西田様と東様も戻ってくる。


 「キタヤマさん! 何してるんですかバカ!」


 「北! 馬鹿! 無茶し過ぎ!」


 そう言って、残るアイリ様と白さんも合流する。

 早く戻って、クーア様に治癒魔法を……なんて思ったその時。


 「ふざけるなっ! ふざけるなよお前等! 俺が魔法を使えば、貴様らなんぞ一瞬で消せる――」


 「お前の魔法は剣が無いと発動しない。 それさえも忘れたのか?」


 再び耳障りな鳴き声を虫が上げたと思えば、その隣に真っ黒い恰好の女性が立っていた。

 その手に、先ほどご主人様が放った黒槍を持って。

 あんな人、居ただろうか?

 戦闘中には見かけなかった気がしたのだが。


 「お前の負けだよ、柴田。 いや、既に“悪食”のリーダーに敗北していた。 だというのに、周りまで巻き込んだ結果がコレだ」


 「初美! てめぇどっちの味方だ!?」


 「少なくとも、お前の味方ではない」


 何か、茶番が始まってしまった。

 はっきり言ってどうでも良い。

 今はご主人様の治療が最優先だ。

 だというのに、彼女はこちらに歩いてきて頭を下げ始めた。


 「失礼します、“悪食”の皆様。 私は“元”勇者パーティの“影森 初美”という者です。 この度は本当に申し訳ない事を……」


 「用件は挨拶だけですか? だとしたら、今すぐ私達の視界から消えた方が良いですよ。 思わず殺してしまうかもしれません」


 「……本当にすまない。 だが、その」


 あぁイライラする。

 どの面を下げて、私達の時間を奪っているんだろうか。

 もはや無視して戻ろうと“悪食”の全員が動きだしたその時。


 「おう、久しぶりだな。 防衛戦の時は助かったぜ」


 「……ご主人様?」


 皆に抱えられたその人が、頭を下げている彼女に反応を示していた。


 「覚えていて……くれたんですね」


 「流石に最後まで隣に居た奴は忘れねぇよ。 んで、どうしたよ。 また槍を届けに来てくれたって訳じゃねぇんだろ? 勇者の治療に行かなくて良いのか? それとも他に何かあるのか?」


 ご主人様の息が荒い。

 無理して声を上げている状況なのだろう。

 こんな所で時間を潰している場合じゃないのに。


 「あの……その……」


 「はやく用件を言いなさい、私達には時間がありません」


 ウジウジと言葉を紡ごうとしない相手に苛立ち声を荒げてみれば、“落ち着け”とばかりに頭に手を乗せてくるご主人様。


 「一緒に来るか? 随分と辛そうじゃねぇか」


 へ? 今、なんと?

 コイツはご主人様を傷つけたパーティの一員で、ソレで……。


 「良いの、でしょうか……私は、その」


 「色々抱えてんだろ? しょぼくれた顔しやがって。 話は後で聞いてやるよ」


 「……はい。 連れて行って、下さい」


 「おう」


 い、いやいやいや! 流石にコレは危険だろうに。


 「ご主人様! 彼女は勇者の仲間であって、もしかしたら私達を探ろうとしている可能性も!」


 「だとしたら、演技が上手いな。 俺と小僧が一騎打ちしている時も、随分と俺を応援してくれてるみたいだったからな」


 「……応援、ですか?」


 「とりあえず話は後だ。 流石に痛みで意識が飛びそうだからよ……西田~、悪いけど俺の腕回収しておいてくれ」


 「こんの馬鹿野郎! もう回収してるってんだよ! いいからさっさと戻んぞ!」


 「北君担ぐよ! なるべく揺らさない様にするけど、我慢してね!」


 そんなこんな叫びあいながら、私達はキャンプ地へと戻って行った。

 新たなメンバーを加えて。

 到底納得できるものでは無いが……ご主人様の決定した事だ。

 何かを言うつもりはない、無いが。

 それでも元気になってから、今一度説明はしてもらおう。

 そうじゃないと、多分私は……影森と名乗った彼女の事を、到底仲間とは認められそうにない。

 なんて事を思いながら残った皆様の元へと戻れば、ご主人様の姿を見たメンバーから悲鳴が上がったのであった。

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