第65話 [  ] 対 勇者


 「こうちゃん、お昼は何にする? ノアちゃんに色々食わせるんだろ?」


 「おい、言葉の節々に悪意を感じるぞ」


 「美味しいモノ食べさせてあげないとねぇ。 本当に好きな物って、やっぱり中々見つからないし」


 「おいコラ、イジメか? それとも辱めか?」


 どいつもこいつもそんな調子で、無駄に恥ずかしい台詞を放った俺をいじってくる。

 あぁもう、あぁもう!

 てな具合になりながら、昼飯の準備が進んでいく。


 「いえいえ、恰好良いと思いますよ? お前の好きな物を探せ、そしたら俺が作ってやる! なんて台詞、結構な覚悟が無いと言えませんからね」


 「中島……お前も敵か……」


 そんな訳で男性陣は食事の準備、女性陣はノアを構い倒している。

 別に良いんだけどさ、これで彼女の警戒心が薄れるなら構わないけどさ。

 でもそろそろ俺をイジるのは止めないか?


 「あぁもう……慣れない事言うもんじゃねぇな……」


 「あれ? こうちゃんどこ行くの?」


 「お花を摘みに行ってまいりますわ」


 「あら、でしたら山菜もよろしくお願いしますわ」


 「うっせぇバーカ!」


 そんな会話をしながら、一旦キャンプ地を離れる。

 別に本当にトイレという訳ではないが、些か空気がよろしくない。

 せめて女性陣が帰ってくる頃を見計らって戻るとしよう……。

 なんて事を考えていると。


 「こうちゃーん。 恥ずかしくなったからってサボるなよー?」


 随分遠くから、そんな大声が聞こえて来た。


 「うっせぇうっせぇ! トイレだって言ってんだろうが!」


 思わず叫び声を上げて、目の前の斜面を滑り降りた。

 目の前には川が見える。

 トイレだって言っておけば、多分追って来たりしないだろう。

 なんて、思っていたのに。


 「あっ」


 降りた先には、知らない集団が歩いていた。

 どいつもコイツも見た目はバラバラな鎧を着ているくせに、随分と統一された動き。

 やべぇコレ、とんでもなく面倒くさい奴等の前に降り立っちまった気がする。


 「せってーき!」


 瞬時に声が上がり、周囲に展開するバラバラの見た目のウォーカーモドキ。

 だぁクソ! いきなり敵判定かよ。

 ただここで慌てれば相手の思うつぼだ、落ち着け。

 落ち着いて事態に対処しろ。

 そんな事を考えてから深呼吸。

 そして。


 「……あん?」


 ボキャブラリーの浅さが表に出てしまった。

 俺はアレか、田舎のヤンキーか何かか?

 あぁん? んだてめぇ? やんのかこらぁ? くらいしか言えないモブのキャラクターになった気分だ。

 あぁもう良い、がんばろう。

 とにかく相手が剣を抜いている以上、こちらにも武器が必要だ。

 マジックバッグから槍を二本取り出し、腰を落として構える。

 まじいな、ちょっと脅したからって撤退してくれる雰囲気が微塵もねぇ……。

 そんな事を考えながら、槍を構えていると。


 「お前が黒鎧か、アンタみたいなのがココに居るって事は何か知ってんだろ? さっさと魔人を渡せ」


 なんか、一番の若造が偉そうに声を上げて来た。

 見た目は黒髪黒目。

 俺らと同じ“異世界人”に見えるが……貴族か何かか?

 やけにキラッキラした変な形の鎧だし、兜なんかどこぞのアニメキャラか貴様は、と言いたくなる程に顔だの何だの露出している。

 アレは兜なんだろうか。


 「あぁ? 誰だお前。 会ったばかりの奴には自己紹介からって知らねぇのか?  随分と偉そうなクソガキだな」


 とりあえず敵意むき出し集団なので、遜る事はしない方が良さそうだ。

 そんな訳で売り言葉に買い言葉を返してみれば。


 「ハッ! お前程度に名乗らなきゃいけない義務がどこにある! “勇者”であるこの俺が、お前みたいな低俗――」


 ほう、コイツが勇者なのか。

 前回は遠くて顔までは視認できなかったが。

 詰まる話俺と同じ“向こう側”の人間。

 俺と同じ様な価値観を持ったはずの人間。

 だとするなら、容赦はいらないだろう。


 「あぁ、お前が“勇者”か。 とりあえず死ね」


 何も考えず、槍から手を放して拳を顔面にぶち込んでおいた。

 盛大に吹っ飛んで泡を吹いているが、正直コレでも足りないだろう。

 なんたって、コイツのせいで人が死んでいるのだ。


 「てめぇのせいでどれだけの人間が死んだと思ってんだ、あぁ? そいつらの分まで殴り飛ばしてやるから覚悟しておけ、勇者様よ。 今の一発で済むと思ってんじゃねぇぞ」


 そう言い放ってみるが、相手に聞こえている様子はない。

 ヘタレ勇者め、根性叩き直してこい。

 なんて事を思っていれば。


 「貴様ぁ! 全員突撃ぃぃ!」


 「だぁクソ! まぁこうなるわな!」


 先程放した槍を回収してから、槍の矛先を後ろにして構える。

 コレで間違っても殺したりはしない筈だ。

 撃たれ弱ければ、打撲で死ぬかもしれないが。


 「しゃぁっ! 全員叩きのめしてやらぁ!」


 叫びながら両手の槍を振り回し、周囲の連中を叩きのめしていく。

 強い、普通に強い。

 薙げば避ける奴も居るし、剣で弾く奴も居る。

 突いてみれば体をズラし、致命傷を避けている奴等まで居る位だ。

 こいつ等間違いなくそこらのウォーカーじゃねぇ、少なくとも兵士とか騎士とかそういう類だ。

 余りにも“人”と戦い慣れ過ぎている。

 雰囲気的に前回戦ったエドと似た匂いだ。

 アイツの時程全力で叩き込んでいる訳では無いにしろ、一人ひとりの使命感の強さが半端じゃない。

 心の中で舌打ちを溢しながら、ひたすらに槍を振り回した。


 「ぜぁっ!」


 「グッ……!」


 一人を川の中へと叩き落し、改めて槍を構える。

 周囲には数十人の兵士が武器を構え、こちらは一人。

 不味い、非常に不味い。

 正直、“殺さないと”埒が空かない。

 このままではじり貧だ。

 そんな時。


 「黒鎧! 勝負だぁぁ!」


 先程ぶっ飛ばした勇者が、再び剣を構えて立ち上がっていた。

 泡まで吹いて転がっていたのに、大した気力だ。


 「ハッ! まだ起き上がる気迫だけは認めてやらぁ!」


 そんな台詞を吐きながら、全力で雰囲気に乗っかった。

 周りの連中をまとめて相手にするより、コイツ一人を相手にした方がずっとマシだ。

 この一人を徹底的に叩き潰し、周囲の戦意を喪失させる。

 よし、コレで行こう。

 但し問題があるとするなら……相手が“勇者”だって事だ。

 荷電粒子砲を撃たれる前に仕留めなければ。

 なんて事を考えている内に。


 「せえぇいっ!」


 「はぁ!?」


 掛け声は立派だが、動きは酷い。

 バタバタと足を動かしながら、力任せに振り下ろされる両手剣。

 隙だらけだし、体の芯もブレている。

 だというのに。


 「なんだお前……本当に人間かよ?」


 物凄く速いのだ。

 まるで映像の早送りでも見ているかのような違和感。

 ド素人丸出しの動きだったからこそ何とか避けられたが、コイツがしっかりと訓練なんか受けた日には、とてもじゃないけど避けられる気がしない。


 「便利だよなぁレベルってやつは、上げれば上げた分だけ強くなれるんだから。 ちまちま体を鍛える必要もない」


 「あぁ、なるほど。 勇者のバフ効果でレベルだけは高いってか。 そりゃ動きが滅茶苦茶な訳だ」


 「そういう台詞は勝ってから言うもんだぜ? おっさん」


 ほんっと生意気だな、このクソガキ。

 とはいえ、コレは予想してなかったな。

 一体どれだけレベルを上げたらあんな事になんだよ。

 戦闘はド素人でも動きの速さだけは西田以下、中島以上って所か。

 しかも剣を降り下ろした時の風圧からして、東に近いくらい力があるのかもしれない。

 とんだバケモンだぜ……こりゃ。


 「スゥゥゥ、ハァァァ……」


 変に力が入ってしまった体に酸素を送り込んでから、2本の槍を回転させ穂先を再び正面に持ってくる。

 俺には人を“殺す”事は出来ないかもしれない。

 だが、手加減して勝てる相手とも思えない。

 だったら。


 「クソガキ、てめぇの自信ごとその剣叩き折ってやらぁ」


 武器をぶっ壊してしまえば良い。

 アイツの使っていた魔法は“光剣”。

 おそらく、武器が媒体になっている魔法なのだろう。

 多分、きっと。

 お願いだからそうであって下さい。

 もしも予備だの周りの奴等から渡されたとしても、その都度ぶっ壊してやる。


 「馬鹿だなぁおっさん。 勇者が使う武器が、アンタの安物で壊せるとでも思ってんのか?」


 「ハッ! 言ってろガキ!」


 叫び声を上げながら飛び込んで、槍の穂先を相手の武器に叩き込む。

 ぐっ! なんて苦しそうな声は上げるものの、仰け反ることもせず正面から受け止められてしまった。

 やっぱり力も強い、それに反射神経も悪くない様だ。

 もしかしたらレベルのお陰で、俺の動きが遅く見えたりしているのかもしれないが。

 そんな事になってくると、個体としてはマジで最強だなコイツ。


 「しゃぁっ!」


 「獣みてぇな声上げやがって! 沈めよおっさん!」


 俺の横薙ぎをスクワットの様な姿勢で避けた勇者が、今度はバットのフルスイングの様に攻撃を返してくる。

 動きは実に単調なのだ、だからこそ避けられない事はない。

 だが如何せん速い、完全に回避のみでは間に合わない。


 「だぁクソッ! チート野郎が!」


 「んなっ!?」


 槍で上へと受け流しながら、姿勢を低く落としてから蹴りで足を払う。

 その際に黒槍がギチギチギチと、聞いた事の無い軋む音を上げたが。

 本当に早めに終わらせねぇとまじぃぞコレ。


 「だらぁぁ!」


 「がはっ――!」


 やはり戦闘経験自体は浅い、というか喧嘩さえ慣れていない様に感じる。

 足払いからの踵落しをそのまま鎧で受けた、防ぐ事さえしない。

 一度体勢を崩されたり、不意打ちには弱いみたいだ。

 そうじゃなきゃ、最初の拳だって普通に避けられていた事だろう。

 この辺りが攻略のキモか?

 なんて事を考え始めた頃、寝っ転がったまま勇者は剣を振りまわして来た。


 「っぶね……」


 全身で跳ねる様にして飛びのき、何とか距離を取ったが……掠った。

 掠っただけなのだ。

 だというのに、胸の鎧に綺麗な切り傷が入っている。

 しかも鎧を貫いている、もう少し回避が遅かったら胸に突き刺さっていた所だ。

 あんな出鱈目な攻撃でも、こっちは当たったら即死の可能性があるってか?

 マジでやってらんねぇ、人間兵器じゃねぇか。


 「殺すっ! 殺すっ!」


 「ハッ! 随分とご立腹だなぁ坊ちゃん。 最初の余裕はどこへ行ったよ?」


 正直、こっちにも余裕はないが。

 だが、もっと怒れ。

 人は頭に血が登った分だけ単調になる、冷静に相手を観察できなくなる。

 だからこそ、中指を立ててちょいちょいっと手招いてやった。


 「レベル上げが足りなかったんじゃねぇか? ホラ、掛かってこい。 喧嘩の仕方を教えてやる」


 「ずああぁぁぁぁ!」


 剣を高く振り上げながら、まっすぐ突っ込んでくる勇者。

 普通なら隙だらけだ、だが相変わらず早送りみたいで気持ち悪い。

 こんな動きの奴をずっと見ていたら、感覚がおかしくなりそうだ。


 「しゃぁっ!」


 彼が剣を降り下ろす前、一足先に槍を突き出すモーションを行う。


 「くっ!」


 とかなんとか声を上げながら、相手は武器を胸の前に持って来てすぐさま防御態勢。

 ただ、こちらがやったのはあくまでモーションのみ。

 槍の上で手を滑らせ、腕を突き出しただけ。

 こういうフェイントにさえ、見事に引っかかってくれる。


 「未熟モンが!」


 穂先の近くを掴みながら、勇者の横っ面を逆手で持った槍の柄で引っ叩く。

 彼は盛大に吹っ飛び、頭から川の中へと突っ込んでいった。

 そこまで深い川という訳では無いので、流される心配はないと思うが。


 「ハァ……ハァ……ゲホッ」


 やけに苦しそうな呼吸をしながら、随分と情けなくなった姿の勇者様が戻って来た。

 足元はおぼつかない上、頭もユラユラと揺れ動いている。

 もうアレでは、戦う意思など残っていないだろう。

 気絶しなかっただけでも大したもんだ。


 「俺の勝ちだ」


 宣言しながら、ビシッと槍の穂先を向けてやる。

 いよしっ、何とかなった。

 随分と長い事戦っていた様にも感じるが、多分数分くらいの出来事だったのだろう。

 全く、とんでもねぇな勇者ってのは……。

 なんて、思っていた時。


 「――……ろよ」


 「あ?」


 「取り押さえろって言ってんだよ! 周りでボサッと見てねぇで、黒鎧を取り押さえろ!」


 「はぁ!? いや、それは反則だろ!」


 いくら何でも勘弁しろと言いたくなるが、状況は待ってくれなかった。

 周囲で俺達を見ていた連中が一斉に動き始め、俺を取り囲もうと距離を詰めてくる。

 だぁくそっ! こんだけ騒げば南が聞きつけている事だろう。

 もう少し耐えれば、きっと仲間達が――。


 「“一閃”!」


 注意が周りの兵士達に向いてしまい、一瞬だが勇者から眼を放した。

 彼の声が聞こえ、更には輝く光が視界に飛び込んで来た時には……もう遅かった。


 「……は?」


 俺の背後で、吹っ飛んだ黒槍が地面に突き刺さる音がした。

 サクッと、随分と軽い音を立てて。

 しかし俺は槍を放した覚えなど無い。

 さっきから両方の手で、がっしりと掴んでいた筈……。

 振り返って見れば、そこには。


 「……がああぁぁぁぁぁ!」


 地面に突き刺さる黒槍と、ソレを離すまいと力強く掴んでいる俺の左腕がぶら下がっていた。

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