第64話 VS
「お、おはようございます……」
「おう、おはよう」
ちょっとぎこちない雰囲気の挨拶を交わしてから赤毛の女の子を手招きして、焚火の近くに座らせる。
彼女の名前はノアというらしい。
色々と事情を聞こうとしたが、流石に今までの疲労があったのか。
夕飯を食った後辺りからうつらうつらとし始め、女性陣に世話されながらそのままテントに引っ込んでしまった。
なので彼女が“魔人”だという事と、名前くらいしか知らない。
「あ、あの……」
「とりあえず話は飯の後にしようぜ? その方が落ち着けるだろ?」
「はい……」
どこか思いつめた表情の彼女の言葉を遮り、とりあえず朝飯を作って行く。
とりあえず朝だからさっぱり系で行こうって話になって、メニューは和食。
米と味噌汁、そして焼き魚と野菜の漬物各種。
出来れば鮭が欲しかった……欲しかったのだが、無かったので人食い魚の塩焼きと巨大マグロの炙り。
でも大根丸が育てたと思われる山芋からとろろが作れたので、随分とそれっぽくなったんじゃなかろうか。
「では皆様、いただきます」
「「「いただきます」」」
「い、いただき……ます?」
見様見真似で手を合わせ、他のメンバー同様彼女も朝食を食べ始める。
いやぁ、こんな光景を見るのも懐かしいねぇ。
なんて思っていたのもつかの間。
「おいしぃ……おいしぃよぉ……」
若干一名、急に泣き出してしまった。
「ノアちゃん!? 大丈夫よ、この先ずっと食べられるから! ね?」
「えっと、私達と行動する限り美味しいご飯は保証致します。 なので、えっと……泣き止んで頂ければ、と。 あの、その……」
「大丈夫ですよ。 大変でしたね、苦しかったですね。 もう平気です、私達が一緒に居ます。 だから、泣きたいだけお泣きなさい。 神に祈る必要などありません、私達に助けを求めて下さい。 助けますから、必ず、助けますから」
なんか、えらい事になってしまった。
声が掛けられない男性陣は、気まずい雰囲気のまま味噌汁を啜る。
えぇっと、どうすれば正解なのだろうか。
「こうちゃん……魚、追加しよ」
「北君、肉とか焼かない? 喜ばせるにはコレしかないって」
「あの、皆様。 今はソッとしておいた方が……あぁいや、魚の追加は必要になるかもしれませんが」
ヒソヒソと男連中で会議したものの、結局答えは見つからず。
女性陣に全て任せる形になってしまった。
良かった、ウチのパーティに女性陣が多くて。
なんて思っていたのに。
「北、こういう時こそリーダーの出番。 ボケッとしない、格好良い事の一つでも、はよ」
あぁクソ。
またコイツは余計な事を言いやがって、視線が俺に集まっているじゃねぇか。
「ノア、旨いか?」
とりあえず口を開いてみた結果、コレしか出てこなかった。
うわぁ……コミュ力の低さが伺えますね。
「……うん」
アカン、会話が続かん。
だぁぁ! もう知るか!
「だったらお前に最初の仕事だ。 “好きなモノ”を探せ。 色々食って、いっぱい食って。 自分はコレが好きだってモンを見つけてみせろ。 そんで、俺達に教えろ。 そしたらまた作ってやる。 腹いっぱい“好きなモン”を食わせてやる。 だからソレが、お前の最初の仕事だ」
ビシッと指刺してみれば、非常に居た堪れない空気が立ち込める。
あぁ、もう。
言わなきゃよかった、超恥ずかしい。
「北、ナイス。 ……ププっ」
「白……てめぇ……」
「いえ、格好良いと思いますよ? 実にキタヤマさんらしいです。 魔女に求婚する人はやはり違いますね? フフッ」
「アナベル……それ吊るし上げてるよな? 結局辱めてるよな!?」
ウガーッ!と牙を向いて見せれば、どいつもコイツもケラケラと笑い声を上げやがる。
あぁくそ、やっぱり恥ずかしい台詞なんて言うもんじゃないな。
柄じゃない上に、こんなおっさんが言っても様にならん。
ちくしょう! とばかりにご飯を掻っ込めば。
「……はい。 はいっ! この世界で“好き”になれるモノ、いっぱい捜します!」
予想外に元気な返事が、ノアから返って来てしまった。
えっと、これはどう返せば良いのだろうか。
「お、おう。 いっぱい食え!」
「はいっ!」
そんな言葉しか、出てこなかった。
「北、途中までは良かったのに。 今のは違う」
「うっせぇ、お前も食え」
「おかわり」
「それくらい自分で……」
「今回のMVP」
「はいただいま」
そんなこんなありながら、俺達の野営は過ぎていく。
本日、7日目。
依頼は今日まで。
今日一日野営して、何も起こらなければ“保護対象”はノアという事なんだろう。
あのお姫様……本当に何者だ?
それどころか、何を考えていやがる?
俺達に子供を保護させる、その結果がどうなるかまで見越した様な依頼だ。
しかも、相手は魔人。
コレが国にどういう影響を及ぼすか、俺達には想像もつかない。
だというのに……彼女は俺達に何を期待している?
「ホント、何なんだろうな……あの子は」
小さく呟きながら、俺は白のお代わりを盛り付けるのであった。
――――
「あぁクソ。 蔦が鬱陶しい……コレだから森は」
「それくらい我慢しろ、蔦に負ける“勇者”なんぞ笑いものにもならんぞ」
「いちいちうるせぇなぁお前は……」
「それくらいの発言力がある立場だという事を自覚しろ、と言っているんだがな……」
そんな事を言いながら、私達は森の中を進んでいく。
この先に彼等が居るのかもしれない。
そう思うだけで胸が高鳴る。
しかし同時に、今この場では出会いたくないという気持ちもあった。
今の私は彼からどう映るだろう。
勇者パーティの一人?
当然だ、実際そうなのだから。
でも、そんな一括りに見られたくない。
そんな気持ちがあった。
流石に、それは欲張りすぎだとは思うが。
「大体いつも否定的な意見ばっかりさぁ……こっちのテンションも下がるっての。 もう少しマシな事言えない訳?」
「肯定してくれるだけの存在が欲しいなら、そういう奴隷でも買ったらどうだ? “こちら側”では、そういう存在もいるのだろう? 王様から貰ったお小遣いで買って、ペットの様に躾たら良いじゃないか」
「お前さ……喧嘩売ってる?」
「おや、お前から売って来ているのかと思って買っただけだったのだが」
そんな事を言いながらチラッと隣を歩く友人に視線を向けてみれば。
「はぁ……はぁ……」
不味いな、随分と無理をしている。
いつもならこんなタイミングで絶対に割り込んでくる望が、青い顔をしながら浅い呼吸を繰り返している。
正直、昨晩の話の影響もあるかもしれないが……。
「柴田、一度休憩しよう」
「はぁ? もう疲れたのかよ、マジで使えねぇなお前」
「違う、望が限界だ。 周りを見ろ」
その一言で幼馴染の状態に気づいたのか、彼は慌てた様子で先頭から戻ってくる。
「望! 大丈夫か!?」
「う、うん……ごめんね? 足引っ張っちゃって」
「そんな事気にするな、平気か? 今水を……救護班! 早く来い!」
全く、幼馴染を大事にする気持ちの一欠片でも周りに向けられれば良いモノを。
彼にとって、世界のほとんどが彼女という存在で埋まっているのだろう。
だからこそ、周りで舌打ちを溢す兵士達の存在にすら気づけないんだ。
「救護班を呼ぶほどじゃない。 ホラ、水を――」
「――うっせぇうっせぇ! トイレだって言ってんだろうが!」
「へ?」
そんな台詞を叫びながら、すぐ目の前の斜面から黒い鎧の男性が滑り降りて来た。
あまりにも唐突な再会。
本当に、彼は常識外れだ。
いつだって、何処だって、私の予想の斜め上を行く。
「あっ」
なんて言葉を互いに洩らしながら、私達は向きあった。
どう言葉を掛けよう、そんな事を考えている内に事態は進んでいく。
「せってーき!」
兵士の一人が声を上げ、周囲は物々しい雰囲気に包まれていく。
彼を取り囲むように展開する兵士達。
誰も彼も武器を鞘から抜き放ち、目の前の黒鎧に矛先を向ける。
「……あん?」
彼自体も状況に付いていけないらしく、低い声を上げながらも腰に携えたバッグから2本の槍を取り出し、静かに構えた。
コレだ、これなのだ。
私がこの眼に焼き付けた“強者”。
2本の槍を構え、そして誰よりも勇敢に戦う“漢”。
その姿を再び目にした瞬間、思わず腰が抜けるかと思う程の興奮に襲われた。
常に周囲を警戒し、いつだって動ける態勢を取っている。
それはまるで獣の様で、どこまでも力強い威圧を放つ。
格好いい……。
「お前が“黒鎧”か、アンタみたいなのがココに居るって事は何か知ってんだろ? さっさと“魔人”を渡せ」
そんな中、やはり空気を読めない“勇者様”は偉そうに宣言しながら剣を抜いた。
その刃を直接相手に突き刺す気迫も無ければ、自らが傷つけられる覚悟もない癖に。
「あぁ? 誰だお前。 会ったばかりの奴には自己紹介からって知らねぇのか? 随分と偉そうなクソガキだな」
「ハッ! お前程度に名乗らなきゃいけない義務がどこにある! “勇者”であるこの俺が、お前みたいな低俗――」
「あぁ、お前が“勇者”か。 とりあえず死ね」
その短い会話が終わった瞬間、柴田が私の横を抜けて吹っ飛んで行った。
何が起こった? そんな事を考えながら首を向ければ、そこにはさっきまで目の前にいた黒鎧が。
「てめぇのせいでどれだけの人間が死んだと思ってんだ、あぁ? そいつらの分まで殴り飛ばしてやるから覚悟しておけ、勇者様よ。 今の一発で済むと思ってんじゃねぇぞ」
――――
目の前に降りて来た黒い鎧の男の人。
ソレが優君を殴り飛ばしてからは早かった。
周りの兵士さん達が飛び掛かり、黒鎧は槍の刃が付いていない方で薙ぎ払う。
まるでアクション映画だ。
数十人を超える人たちが凶器を振るう中、彼は避けながら凶器が付いていない武器で皆と戦っていた。
凄い、そうとしか言いようが無い。
周りの人達は“殺す”為に武器を振るっている中、彼だけは“殺さない”為に武器を振るう。
多分優君とは違う意味で“主人公”なんだと、ありありと感じさせられた。
強い、ひたすらに強い。
でも、私にとっての主人公は優君だ。
「優君! 今治癒魔法掛けるからね!」
叫ぶ様に言い放ち、彼の顔面を治療していく。
酷い有様だ。
鼻の骨は折れ、前歯も折れている。
でも大丈夫だ。
“聖女”の称号を貰った私は、大体の傷はすぐ治せる。
例え失った部位が何処かへ行ってしまっても、私の魔法なら復元できる。
「の、望……」
「優君!」
意識を取り戻した彼を抱き起せば、カッ!と怒りが滲んだ瞳を眼の前に向けている。
ダメ、止めて。
「お願い、話し合おう? きっとちゃんと話せば、あの人だって分かってくれるよ」
「馬鹿言うな、アレは獣だ。 あんなのに言葉を重ねた所で、何の意味もない」
そんな事を言いながら、彼は立ち上がり剣を構えた。
違う、戦って欲しくて治した訳じゃない。
そう言いたいのに、言えなかった。
私には彼の行動を否定する勇気が、どうしても持てなかった。
彼が居なきゃ、私は生きていけないのだから。
「黒鎧! 勝負だぁぁ!」
「ハッ! まだ起き上がる気迫だけは認めてやらぁ!」
叫び声を交わしながら、“主人公”達はぶつかり合う。
どうか、どちらかが命を落とす様な結果にはなりませんように。
私の目の前で、私が認識できる範囲で。
命の灯が消えませんように。
そんな事を願いながら、私は祈った。
その後激闘は続き、もう見ていられないと瞼を下ろした。
お願いだから怪我をしないで、怪我をさせないで。
神に祈る想いで、それだけを願っていた私が次に目を開けた時。
「え?」
人が他人に大怪我を負わせる瞬間を、初めて目の当たりにしてしまったのであった。
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