第63話 甘えと依存
「あ、あの……ボク」
居心地悪そうに正座している赤毛の女の子。
ボロボロのワンピースを身に纏い、靴なんて底が無くなっている。
そこまでは貧民街でも見る事が出来るだろう。
しかしその顔立ちは幼いながらも整っている上、燃える様な真っ赤な髪と瞳。
そして何より、頭からは厳つい角が捻じれる様にして天を向いていた。
「ご主人様……彼女はまさか……」
不安そうな顔を向けてくる南とその他“こちら側”の面々。
「羊の獣人……もしくはヤギ?」
「いや、ここはドラゴンって事もあるんじゃねぇの? ホラ、竜人とか」
「更にはボクっ子とか、属性盛りすぎでしょ。 良いね」
「お三方、そうジロジロ観察しては彼女も居心地が悪いでしょう。 シスター、治療を。 とりあえず靴の代わりに布を巻きますね?」
好き好きに喋る俺達にため息を吐いてから、中島が布切れを彼女の脚に巻いていく。
しかしながら、他の一行は動いてはくれなかった。
「あん? どうしたお前ら」
「キタヤマさん、彼女は……その、“魔人”です」
アナベルが気まずそうに視線を逸らしながら、そう呟いた。
他の連中の反応を見る限り、間違いという線も薄そうだ。
「そうなのか?」
「書物に書かれている魔人と酷似している事は確かです。 人の姿、龍の様な角。 そして膨大な魔力。 ちなみに先程言っていた羊やヤギの獣人というのは、角は生えておりません。 あくまで耳だけです」
ほほぉ、獣人に角はないのか。
ちょっと残念。
まあ今それは良いか。
「お嬢ちゃん、お前は“魔人”なのか?」
「……」
彼女はグッと唇を強く噤み、コクンと小さく頷いた。
やはり先程の彼等が探していたのはこの子な訳だ。
そんでもって、かの“魔人”様についに遭遇してしまったらしい。
コレが人類の恐れている存在? マジで?
どう見ても怯えているし、普通の子供にしか見えないんだが。
「あ~そうだな。 人間を殺してやろうとか、憎いって思ったりはするか?」
その質問にビクッと体を震わせたかと思えば、彼女はゆっくりと口を開いた。
「憎い……とは思う、家族も“ウォーカー”に捕まったし。 でも、殺すとかは……出来ない。 ボクは、魔人だから」
「ん? どういうことだ?」
「だって、魔人は相手を強化する魔法しか使えないもん。 力だって、“人族”に及ばないし」
ん? ん? ちょい待ち。
マジで良く分からなくなって来たんだが。
人類の敵っていうか、恐れている相手なんだよね?
だというのにバフしか使えない上に、人より弱いってのはどういうことだ?
「ボク達の強化魔法が欲しくて、ウォーカーや兵士は魔人を捕まえるんでしょ? だからボクらはいつだって逃げて、逃げて……」
「ちょ、ちょい待ち。 その話は後回しにしよう、マジで混乱して来た。 ちなみに魔人ってのは魔獣肉を食った人間の末路って話は? お前は元々人族だったのか?」
「……? 何言ってるの? 魔人は元々魔人だよ? なれるモノなら、ボクたちも人族になりたいって、皆言ってた。 魔人には、レベルが無いから」
あっちゃぁ……コレはマジで色々面倒くさい事になって来たぞ。
ため息を吐いてから周囲を見渡してみれば、誰しも驚いた顔を浮かべている。
あぁうん、新事実発覚なのは間違いないらしい。
こりゃ頭の良い奴か、信用できる偉い奴に丸投げするに限るな。
支部長、スマン。
また仕事を増やすぞ。
「なんか、うん。 大体分かった、多分。 取りあえず今日はゆっくり休め。 クーア、治療。 南と白で、彼女に合いそうな服を貸してやれ。 アイリ、テントの中にこの子の寝床を作ってやれ」
そんな指示を出してから立ち上がろうとした俺だったが、ふと手を引かれてしまった。
視線を向けてみれば、小動物みたいに震える赤毛の女の子が。
「ボ、ボクを……捕まえるんですか?」
はぁ、ホント。
なんなんだろうね、この世界は。
俺らとしては分かり易くて助かるが、子供としてはハード過ぎない?
ぐしゃっと彼女の頭を乱暴に撫でてから、ニカッと満面の笑みを浮かべてやる。
「俺達の仕事は、お前も守る事だ。 心配すんな」
安心させるためにそう言ってやったつもりだったのが、相手はポカンとした顔を浮かべたまま動いてくれない。
あれ? 言葉を間違ったか?
「こうちゃん、兜だよ兜。 ソレ脱がないと表情分かんねぇって」
「強面の黒鎧に心配するなって言われても無理だよねぇ」
どうやら、またやってしまったらしい。
――――
「へぇ……森の中に黒鎧、ねぇ」
先行して森に入っていた兵士、騎士達から話を聞いて思わず声を洩らした。
黒い鎧と言えば奴隷兵などの証。
だがしかし、本日捜索隊が出会ったのはとてもじゃないが“そういう”雰囲気ではなかったらしい。
だとしたら……アイツらか?
スタンピードの時に最前線に居た黒鎧。
初美の奴も彼等の事を気に掛けていたみたいだし、もしかしたら俺を攻撃した馬鹿はソイツ等か?
そんな事を考えれば、思わず口元が吊り上がってくる。
「もしもあの時の奴等だとしたら……」
「止めておけ」
「はぁ?」
まただ。
気分が乗って来た所で、コイツはいつも余計な一言を呟いてくる。
本当にそろそろ城から放り出してやろうか。
「もしも彼等だった場合、お前じゃ敵わない。 それどころ返り討ちに合うのがオチだ」
「はぁぁ? お前誰にモノを言っている訳? 初美」
「馴れ馴れしく名前で呼んでくれるな勇者様。 事実を言ったまでだ」
ピクピクと頬が痙攣する。
俺達はダンジョンで更に戦闘経験を積み、レベルもかなり上がった。
だというのに、コイツはまだそんな事を言っているのか。
俺の圧倒的火力を見ても、まだ負けると?
どこまで俺を見下せば気が済むんだ。
「二人共止めてよ。 その黒い鎧の人達から聞いてみれば良いじゃない、魔人を見ませんでしたかって。 人類の敵なんでしょ? きっと教えてくれるってば」
そんな事を言いながら、望が俺達の間に割って入った。
望だけはいつだって俺の味方でいてくれる、コレだけは確かだ。
だというのに、もう一人はと言えば。
「フンッ。 作業の様に魔法を放ってレベルを上げただけの愚か者が、どこまで彼らに立ち向かえるのか……全く見物だな」
「ハッ! てめぇもその恩恵を受けている割には随分とデカい態度を取るんだな? 誰のおかげでそのレベルまで上がれたと思ってんだよ」
「彼らの強さは、レベル云々じゃない。 もっと根本的なモノだ」
「はぁ? 随分と肩を持つじゃねぇか、だったら――」
「止めてってば!」
望の叫び声がテントの中に響き、誰もが口を噤んだ。
あぁクソ、何なんだ初美の奴は。
いつだって俺をイライラさせる事ばかり言いやがって。
チッと舌打ちを溢しながら視線を逸らせば、膝をついた兵士たちが顔を上げた。
「このタイミングでウォーカーが紛れ込む事自体が怪しいかと。 いかがいたしますか?」
あぁもうどいつもコイツも。
指示が無いと動けないのかよ、無能ばかりじゃないか。
「まずソイツ等を捕縛する。 別にハズレだって構わないさ、どうせお前らも見つけられてないんだろ? その魔人とやら。 だったら少しでも手掛かりがありそうな所から探せばいい」
「はっ」
「待て」
あぁもう本当に、何故こういつもいつも。
忌々しいとばかりに初美に視線を向けてみれば、彼女は険しい顔で兵士の事を見ていた。
「彼等と接触するなら、我々が先頭に立つべきだ。 捕縛だ何だと物々しく迫れば、兵士達がどれ程犠牲になるかわかったもんじゃない」
こいつ、マジで何いってんの?
兵士達よりその辺のウォーカーの方が強いとか思ってんの?
流石に過大評価が過ぎる。
それに、俺に森の中で人探しをしろって? こんなに人数が居るのに?
「お前さ、マジでそろそろ城から追い出すよ?」
「好きにしろ。 ただこのまま兵士達を向かわせれば、我々はただ兵を失ったという報告を王に持ち帰る事になるぞ? それでも良いなら兵だけで向かわせる事だ。 防衛戦で何も出来なかった勇者様?」
ギリッと奥歯を噛みしめた。
ふざけやがって、今コイツなんて言った?
思わず腰の剣に手を掛けた所で、望が抱き着くみたいにしてソレを抑えた。
「優君待って! 初美だって考えがあっての事だろうし、私達が探しに行こう? ね? そうすればその人達だってきっと協力してくれるよ。 なんたって優君は“勇者”なんだから!」
必死に止めに入る彼女の姿を見て、思わずため息が零れた。
「今回だけだからな、初美」
「言ってろ、ボンクラ」
「てめぇ!」
「二人共!」
その言い争いはしばらく続き、結局明日の朝から俺達を先頭に“黒鎧”を捜索する形になった。
あぁクソ、なんで俺が人探しなんて。
非情に面倒くさい、そんなの他の奴に任せておけば良いモノを。
そんな事を思いながら俺は一人、随分と広いテントの中で横になるのであった。
――――
「ねぇ初美」
「……何?」
私たちに割り当てられた広いテントの中で、私と初美は並んでベッドに横になっていた。
外は兵士の人達が警備してくれているし、何の心配もない。
だというのに、やはり野営というのはどこか不安になってしまう。
「なんで、初美は優君と喧嘩するの?」
そう声を掛ければ、答えはなかなか返って来なかった。
もしかしたら寝ちゃったのかな? なんて思い始めた頃、静かに初美は口を開いた。
「望はさ、あの男が“必要”なんだよね?」
必要、その言葉は何処までも事務的で、私達みたいな高校生には似合わない言葉だった。
“向こう側”みたいな平和な生き方をしていれば、それは“好き”だとか、そういう言葉に変換された事だろう。
でもこの世界での常識を認識した今では、彼女の言った“必要”という言葉の重さも変わってくる。
「そう……だね。 私にとって優君は必要な存在。 それに、一緒に居たいと思える存在だよ?」
だからこそ、私も“そういう意味”を含めてしっかりと答えた。
すると、返って来たのはため息だった。
「だったらさ、いつまでも依存してちゃ駄目だよ。 このままじゃ、多分アイツ……死ぬよ?」
「そんな事っ!」
「ないって言える?」
色んな意味でゾッと背中が冷たくなった。
いつだって隣に居た幼馴染が、私の前から居なくなる。
そして私の“病気”の事も知っていて、その上で“依存するな”という彼女の言葉の重みに、思わず眩暈がしそうになった。
「ココはいつだって命の危険が隣に転がっている様な世界なんだよ。 そんな場所に立ちながら、アイツはいつまでもゲーム感覚が抜けきらない。 下手すれば、死んでももう一度やり直せるなんて思っているんじゃないかな? だからこそ、一応古巣の友として警告はしてるつもり。 だから、喧嘩になるんだよ」
分かっている……つもりだ。
この世界が前みたいに安全じゃない事も、そして幼馴染の彼が何処か浮かれている事も。
でも、やっと彼が明るくなってくれたのだ。
今の自信を持った彼を否定したくない、そんな気持ちがあるのも確かだ。
「望の病気の事も知ってる、アイツがテンション上がっている理由もある程度察しているつもり。 でもさ、このままじゃ不味いんだよ。 アイツを肯定するだけの存在になったら……多分望だって、最後には周りの“その他”って奴と一緒になっちゃうよ?」
「優君はそんな事しない!」
思わず、叫んでしまった。
普段だったらこんな事ないのに。
初美と喧嘩なんて、したこと無いのに。
「なんで? なんでそんな事言うの? 確かに前はちょっと失敗しちゃったかもしれないけど、優君また頑張ってたよ? レベルも上がったし、魔法だって増えたよ? “勇者”は誰よりも強いって、王様も言ってたじゃない」
大丈夫だよって言って欲しかった。
このままなら、きっと上手く行くよって。
そう言って欲しかった。
でも。
「その“ちょっと”の失敗で、他の人が命を落とした事は知ってる? 5人だってよ。 アイツが馬鹿みたいに魔法を放ったせいで、5人も死んだの。 それに王様の言っている最強って、誰にとっての最強なの? 確かに“勇者”の称号のおかげでレベルはビックリするくらいに上がるよ。 でも少なくとも、私にとっての“強者”はアイツじゃない」
もう、彼女が何を言っているのか分からなかった。
人が死んだ? そんな事聞いてない。
死んだって、え? そんな呆気なく人って死ぬの?
毎朝ニュースを見て、そういう話は聞いていたけど……どこか実感が無かった。
まるで“そういう文字列”みたいに、どこか遠い所で起こっている出来事の様に感じていた。
私には関係ない、そんな風に感じていたというのに。
それが今、目の前に突き付けられた。
私の幼馴染のせいで、5人の命が失われたのだと。
「じゃぁ……初美の言う“強い人”ってなんなの? どういう人なの? 誰も傷つけない凄い人なの?」
震える声でそう言い放てば、彼女は微笑みながら体を起こした。
そして。
「望、誰も傷つけない人なんていないよ。 誰かと関わるだけでも、些細な事でいつかは傷つける。 関わらなくても、その人の行いで無自覚の内に誰かを傷つけるかもしれない。 誰も傷つけない存在が居るとするなら、それは人間じゃないよ」
「だったら!」
「私が“強い”とそう感じた人は、誰かを守るために誰よりも前に出る人だった。 自らが傷つく事なんて恐れずに、誰よりも前へ、そして皆を引っ張ってくれる人だった。 絶望的な状況でも希望はあるって、身を挺して証明してくれる人だった」
「言うのは簡単だよ……でも、そんな人――」
「居るんだよ、この世界には。 ううん、気付かなかっただけで“向こう側”に居た時から、そういう人は居たんだよ」
そう言い放つ彼女の目は何処までも真っすぐで、迷ってばかりの私とは大違いだった。
あぁ、初美は知って居るんだ。
実際に見て来たんだって分かるくらいに、真っすぐで素直な瞳をしていた。
「だから、私は言うよ。 望、いつまでも怖がらないで? 貴女が肯定する限り、アイツは止まらないよ?」
そんな事、言われても……。
「こんな世界に来て、都合の良い力が手に入ったからって、いつまでも通用する訳がない。 自分が何をしているのか、どうしたいのか。 それが分からないまま振るう力は、周りを不幸にする。 だから私達が止めなきゃ、本当に手遅れになるよ?」
どこまでも力強い瞳で、真剣に彼女は私に問いかける。
私はどうしたいのか、彼にどうなって欲しいのか。
それでも、今の私には答えが出ない。
出せる訳がない。
今までずっと依存して生きて来たのだから。
「ごめんね、急に色々詰め込み過ぎたね。 でも、ちゃんと考えておいて?」
そういってから、彼女は再びベッドに横になった。
これでお話はお終い、雰囲気からしてそういう事なのだろう。
でも、眠れる訳が――。
「私は、いつまで隣に居られるかわからないから。 ちゃんと自分で決めるんだよ」
親友のその一言に、一晩中涙が止まらなかった。
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