第62話 燻製おつまみを作ろう


 「ご主人様、如何でしたか?」


 朝一番に、南が声を掛けて来た。

 現在テントの外へ出ているメンツ、俺と東と南、そしてクーアとアナベル。

 他のメンツは何処に行ったのかと言えば、昨日一晩中隠れながら見張りをさせてしまったので、今でもテントの中でぐっすりである。

 西田、アイリ、中島はもちろん。

 白の奴も恐らく相手の額に向けて、一晩中弓を構えていた事だろう。

 本当にお疲れまでした。


 「お返事が来たぞ、“美味しいモノが食べたい”だってよ」


 そう言いながら相手からのお手紙をヒラヒラと揺らしてやれば、南は大きなため息を吐いた。


 「まさか一日で反応があるとは……よほど無警戒なのか、それ程消耗しているのか」


 なんて事を呟きながら、南は焚火に薪を放り込む。

 湿気が強いのもあるが、この森は冷える。

 朝方は霧が出る程に。


 「ん~……。 とりあえず朝飯は暖かいモノにするか?」


 鍋、とか?

 いや、朝から鍋とか無いだろう。

 雰囲気的に重いわ、アレは夜食べるモノだ。

 やはり普通の和食か? しかし相手がいつ食いついてくれるか分からんしなぁ……。


 「北君北君、相手も結構単純っぽいし。 こんなのはどう?」


 「うん?」


 ヒソヒソと話される内容は、非常に幼稚なモノだった。

 だがしかし、コレが可能になれば非常に楽になるのは確か。

 なので、取りあえず声に出してみる事にした。


 「あー、今日の朝ごはんは熱い内の方が旨いんだけどなぁ。 冷えたらちょっと不味くなっちゃうかもしれないなぁー?」


 「困ったねー北君。 折角なら、森の神様にも美味しい状態で食べてもらいたいのにねぇー」


 茶番劇、再び。

 言っていて悲しくなってくるわ。

 俺は一体何を餌付けしているのだろうか。

 それさえ分からぬまま、俺は雑炊を作り始めた。

 冷えるからね、生姜も入れてやろう。

 良く分からぬまま、一人分の鉄鍋でグツグツと野菜と米を煮込んでいく。


 「ご主人様……釣れました……」


 「……マジか。 クーア、出番だぞー」


 「はい、祈りを捧げながらコレを置いて来ればよろしいのですよね?」


 やけに真面目腐った表情で、ミトンを付けた手で鉄鍋を持ち、前夜と同じ場所に配置する彼女。

 そして祈りの言葉も忘れない。

 ココだけ見れば完全なる聖職者だ。

 ホームでスカートを捲り上げる変な女の子には見えないだろう。


 「ここまであからさまだと……流石に」


 皆視線を“お供え物”から視線を外した瞬間、アナベルが苦笑いを浮かべる。

 分かる、マジで分かる。

 今のこの状態であのお供え物に食いついたら、相当だと思うんだ。

 なんて、思っていたのに。


 「あっつっ!?」


 背後から、随分と幼い知らない声が聞こえて来た。

 コレは、聞かなかった事にした方が良いのだろうか。


 「えっと……どうしますか? ご主人様」


 「まだ警戒しているだろうからな、もう少し待とう。 俺らは何も聞かなかった、良いな?」


 「あははは……まぁ期間は一週間ですから、のんびり行きましょう」


 そんな訳で、俺達はこの後も毎食“森の神様”とやらに食事を与え続けるのであった。


 ――――


 アレから数日が経過した。

 そろそろ1週間が経過してしまいそうな勢いだが……今の所まだ“森の神様”ごっこは続いている。

 たまに夜中にくしゃみが聞こえて来たりしたので、布団なんかもお供えしている訳だが。

 未だに姿を見せてくれる様子はなかった。

 警戒はしている癖に、俺達から離れようとしないのは完全に餌待ちの野良猫。


 「今日も成果なしですかねぇ」


 大々的に狩りにもいかないし、探索もしない野営は退屈なのか、アイリは焚火を眺めながらボケ~っと呆けながら口を開いた。


 「まぁ、たまには良いではないですか。 こうしてのんびり過ごすのも」


 なんて返す南であったが、やはり物足りないのか眠そうに目をしょぼしょぼしておられる。

 ふむ、いかんな。

 このままでは白だけ働かせている状況になってしまう。

 今日も木の上で見張らせている訳だし。


 「よし、暇すぎてもアレだからな。 なんか作るか」


 「キタヤマさん、さっきご飯食べたばかりですよ?」


 アナベルとクーアが不思議そうに首を傾げているが、別に今食べるとは言ってないよ。


 「ビーフジャーキーと燻製ナッツを作ろう」


 「お、良いね。 酒が欲しくなる」


 「いいですね、私も“むこう”で良く食べて居ました。 作るのは初めてですけど」


 酒好きの男連中も食いついて来た。

 ヨシヨシ、これで暇は潰せるだろう。

 とはいえ、やる事は多い訳では無いが。


 「東、オイ起きろ。 ジャーキー作るぞ」


 「うぅん……燻製チーズも……」


 「寝起き一発目でいう事がそれか」


 完全に居眠りをかましていた東を叩き起こし、マジックバックからドデカイ燻製機を取り出した。

 こちらも当然ドワーフ印。

 なんでも作ってくれる人が居ると良いね、ホームセンターが恋しくならなくて済む。


 「アナベル、肉の水分を抜くとか出来るか?」


 「乾かすって事ですかね? 出来なくは無いですけど……結構神経使うんですよねぇ。 風で乾かすって言う手段もありますけど、結局時間かかっちゃいますね」


 「ありゃ、んじゃまぁ普通に作るか。 時間かかるけど」


 そんな訳で燻製機を一度バッグに仕舞い、その代わりまな板の上に肉塊をドン。

 アナベルに軽く凍らせてもらい、均等の厚さになる様に切って行く。

 どうせ完成したらすぐ食い尽くされてしまうだろうから、他のメンバーにも同じ作業を同時進行でやってもらう。

 ある程度の量が整った所でボウルに肉を放り込み、醤油、ミリン、赤ワイン、おろしにんにくを放り込む。

 そして砂糖を多めに塩は少々、そんでもって黒コショウやらスパイス系の調味料もぶっこんでいく。

 この辺りの分量を間違うと酷く塩辛くなってしまうので、慣れるまでは少量ずつ作る事を勧める。

 昔俺は分量を間違って酷い目にあった。

 とまあそんな話は良いとして、それらをよく混ぜ合わせてから、とにかく揉みこみ漬け込んでいく。


 「ご主人様、コレどれくらい漬け込むんですか? 生姜焼きの時と同じくらいでしょうか?」


 「うんにゃ、一晩くらい」


 「ひ、ひとばっ!?」


 嘘だろ!?とばかりに視線を向けられてしまうが、コレばかりは仕方がない。

 まあこうなる事も予想していたので、ここ数日暇なときに準備は進めておいたが。

 時間経過する方のマジックバッグにお肉様を放り込み、その代わりにボウルを一つ取り出した。


 「はい、こちらが一晩漬けこんだお肉様です。 流石に今回ほど量はないが」


 「おぉ、流石北君。 料理番組みたい」


 演出は大事だからね、このままじゃ6~8時間ほどジッと待つ事になるし。

 そんな訳でボウルを皆の中央に置き、近くの木に干し籠を吊るしていく。

 ネット状の干し籠、意外にも普通に道具屋で売っていた。

 よく考えればウォーカーが干し肉食ってんだから売ってるわな。


 「えぇっと……キタヤマさん。 その“びーふじゃーきー”って、もしかして干し肉?」


 「え? あれ、今更?」


 「あぁ……干し肉だったんですね……」


 魔女様とシスター様にがっかりした顔をされてしまった。

 はて、と首を傾げてみたがすぐに思いついた。

 街中で売っている干し肉を想像しているんだなこいつ等。

 一度試しに買い食いした事はあるが、アレは確かに不味かった。

 塩辛いし、臭いし、恐ろしく硬いし。

 以前炊き込みご飯に入れたことがあったが、アレは調理法として正解だったのだろう。

 物凄く細かく切ったし、水分も多かったから食える状態になったくらいなもんだ。


 「でも、ご主人様が作るモノならきっと……!」


 「期待して良いんだよね? 良いんだよね!?」


 南とアイリも縋るような視線を向けてくるんだが。

 まあ良い、言うより食わせた方が早い。


 「んじゃ肉の水分をしっかりと取ってから黒コショウ、そんで籠に並べていくぞー」


 「あいあいー」


 「らじゃー」


 「楽しみですね」


 異世界メンツは他とは対照的にウキウキしながら肉の水分を取り、まな板の上にパズルの様に肉を並べていく。

 うんうん、中島も見様見真似で順調に手を動かしてくれている。

 西田と東に関しては慣れたモンだ。

なんたって俺のアパートで散々手伝わせたからな。

 とか何とかやっていた時、トスッと軽い音と共に足元に矢が突き刺さった。

 敵か!?なんて声を上げそうになったが、矢には一枚の紙が結んである。

 チラッと視線を送ればチカッチカッと青い光が点滅している。

 矢文って……いつの時代の人間だお前は。

 溜息を溢してから手紙を開くと、そこには。


 『出て来た、そっちを観察中。 ソワソワしてる。 赤毛の女の子、角。 後スモークチーズ求む』


 ほぉ? 何でまたこのタイミングで?

 あと角って何よ、羊とかヤギの獣人とか?

 というか、やっぱり子供だったのか。

 あれかね、皆揃ってなんかやってると気になっちゃう的な感じなのかね。

 それからチーズも了解。


 「ご主人様、白さんは何と?」


 「ん? あぁ、まぁ順調だとさ。 あとチーズが欲しいって」


 「チーズ?」


 小声で話しかけて来た南に簡単に返事を返してから、再び作業へと戻る。

 水分をふき取って並べ終わった肉に黒コショウを振りかけ、ネットの上に並べていく。

 言われると、確かに視線が飛んできているのが分かる。

 ものすっごく見てますな、というかここ最近大きな動きが無かったから、完全に警戒を解いてしまっていた。

 ちょっと気を抜きすぎたか。


 「キタヤマ様、この干し肉はどれくらい干すのですか?」


 干し肉と聞いてガッカリしていたクーア達も調子を取り戻したのか、みんな揃って肉を籠に並べている。


 「ん、一晩」


 「またですか……時間が掛かるのですね」


 ガックリと項垂れる皆の衆の前に、再び登場するマジックバッグ。

 西東中からは、おぉ!という声が上がる中、取り出されるのは今吊るしている籠と同じモノ。

 但し今干した肉より更に量は少ないが。


 「そしてこちらがマジックバッグの中でも乾くのか試したお肉様になります……うーむ、生乾き」


 「えっと、頑張って乾かしてみます」


 もう待たされるのが嫌なのか、先程は渋ったアナベルが手を上げてくれた。

 よしよし、今日中になんとか燻製の工程までいけそうだ。


 ――――


 「なにしてるんだろう?」


 彼等が“森の神様”にと言ってお供えされる料理を食べ続け、随分と体力が戻って来た。

 それに毛布まで出してくれて、夜も寒くない。

 ずっとここに居てくれないかな、なんて思いながら過ごして来たが流石に昼間ジッとしていると飽きてくる。

 とはいえ歩き回っても魔獣の餌になるのが眼に見えているので、下手に動き回れない訳だが。

 そんな事を思いながらコッソリと彼等を観察していると、今日はなんだか不思議な事をし始めた。

 最初お肉を切っていたのは分かったけど、その後の工程が全然わからない。

 何かを入れたり混ぜたり、並べたりしている。

 なんだかソレが遊んでいる様に見えて、いつもよりずっと近くまで来てしまった。

 もっと近くで見られないかな、危ないかな?

 ソワソワしながら木の横から顔を出し、ジッと彼らの様子を眺める。


 「あ、煙……焼いてるのかな?」


 銀色の箱からモクモクと煙が上がり始めたかと思えば、パタンと音を立てて閉めてしまった。

 すると煙も出なくなる、本当に何をしているんだろう?

 クンクンと鼻を鳴らしてみれば、普通の焦げ臭い煙とは違い、どこか香ばしい香り。

 何を燃やしたらこんな香りがするのかな、気になる。

 なんて事を思いながら、もう少しだけ身を乗り出した瞬間。


 「――だからよぉ、こっちの方はもう見たって」


 「だからって見つからねぇんだから仕方ねぇだろ。 ったく、勇者様も登場したからにはさっさと終わらせるんだとよ」


 そんな声が、背後から聞こえた。

 いつか聞いた、ボクを捜していたウォーカー達の声。

 近い。

サッと血の気が引くのが分かった。

 いつも隠れていた場所に戻る? でも間に合うか分からない。

 どうしたら良いのか判断できず、その場でオロオロと視線を彷徨わせていると。


 ――ピィィィ!


 急に甲高い笛の音が響き渡った。

 彼等に見つかった、そう思ったのだが。


 「ごめんねお嬢ちゃん。 緊急事態みたいだから」


 すぐ隣から声が聞こえて来た。

 バッ!とそちらを振り返れば、いつも覗いていた黒い彼等の内の一人。

 最初にマンドレイクを捕まえて来ていた人が、シーッと唇に人差し指を当てながら笑っていた。

 後ろの人達にもだけど、この人達にだって見つかっちゃいけなかったのに。

 そんな事を思った次の瞬間には体を抱えられ、風の様な速さで連れ去られてしまった。

 思わず叫ぼうと思ったのに、恐怖で声が出ない。


 「手荒にしちゃってごめんね? ちょっとここで静かにしてて?」


 ハッと気づいた時には、テントの中に放り込まれていた。

 入口の布が降りたかと思えば、外からは叫び声が聞こえてくる。


 「何者だ貴様ら! ここで何をしている!?」


 「あぁ? そりゃこっちの台詞だ。 ウォーカーが森の中で狩りをして何がわりぃんだ? そっちこそなんだよ? 同業みたいな恰好してる割には、随分と上からモノを言うじゃねぇか」


 その声を聞きながら、膝を抱いてガクガクと震えていた。

 ウォーカーに見つかっちゃいけないというのに、片方には攫われ、もう片方には追い込まれてしまった。

 終わった。

 ボクの人生、ここで終わりなんだ。


 「……っ貴様らには関係ないだろう! それよりも、“魔人”を見なかったか? ここらに隠れているらしいんだが。 まだ子供だ」


 「――ヒッ」


 ボクの事だ、そう思った瞬間短い悲鳴が漏れてしまった。

 不味い、本気で不味い。


 「……誰か、テントの中に居るのか?」


 「それこそアンタらには関係のない話だろ。 俺達のテントの中を見せる義理がどこにある? それともお前等盗人か何かか? だったら容赦しないぜ?」


 テントの外から、いくつもの鉄が擦れる音が聞こえてくる。

 怖い怖い怖い。

 きっと皆武器を抜いたのだ。

 より一層震える体、息も苦しくなって来た。

 そんな時。


 「よ、ほっ。 テントの裏口、狭い……あ、大丈夫。 声、上げない様に」


 入口とは逆の方から、真っ白い髪の女の人が入って来た。

 黒い皮鎧、手に持っているのは弓矢。

 この人も黒い鎧の人達の仲間なんだろうか? 全然見た記憶がないんだけど。


 「ぁ、あの……ボク」


 「まさかのボクっ子、いいね。 大丈夫、ちょっと静かに。 お姉さん達に任せておくと良い」


 彼女はそう言ってからボクの頭を撫でて、毛布を被せてくれた。

 そして先程の彼と同じように、唇に人差し指を当てて見せる。

 助けて、くれるのだろうか?


 「良いからテントの中の人物を出せ! さもなければ――」


 「さもなければ、何だよ? やるか? いいね、元気があって何よりだ……展開しろ!」


 「「「了解!」」」


 声と同時に周囲に広がって行く足音。

 外では一体に何が起きているんだろうか?

 気にはなるが、今回ばかりは顔を出す気にはならなかった。


 「ちょっと、行ってくるね。 いい子にしてたら、今日のご飯は豪華」


 そう言って目の前の女性は柔らかく微笑み、テントの入り口から身を乗り出した。


 「人が生理で苦しんでいる時に、煩い。 北、私テントで休んでるって言った」


 「おう白。 こいつ等がどうしてもお前の事が見たかったんだとよ」


 「……変態?」


 「だな。 お前ら! この変態共を狩るぞ!」


 「「おう!」」


 なんか、凄い事言ってる。

 あの人絶対生理じゃないよね、今日。

 凄く調子良さそうだったけど。


 「ま、待て待て待て! 我々の勘違いだ! すまなかった、私達の捜している人物ではない!」


 そんな声が聞こえて来てからは、また鉄のこすれ合う音が聞こえ、その後静かになった。

 戦わずに済んだ、のだろうか?


 「すまなかった。 しかしこの辺りには“魔人”が居る、君達も気を付けたまえ」


 「そうかい、肝に銘じておくよ」


 ソレだけ会話が済めば、遠ざかって行く足音が二つ。

 終わった、とりあえずボクを追って来ていた人たちは居なくなった。

 けど、この後どうすれば――。


 「よぉ」


 息を吐きだした所で、テントの入り口からいつも見ていた黒い鎧の人が顔を出して来た。

 あぁそうだ、まだ何も終わった訳じゃ……。


 「腹、減ってないか?」


 「……え?」


 なんだか、想像していたのとは随分違う声を掛けられてしまったのであった。

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