第61話 軟骨の唐揚げと焼き鳥各種


 「ご主人様、やはりまだ近くに居ます」


 「分かってる、見るなよ?」


 現在キャンプ地点に居るのは俺、南、クーアの三人。

 他のメンツには食材確保と、この森がどんなもんなのかを調べに行ってもらっている。

 何故俺達は行かないのかといえば、戦闘慣れどころか山になれてないクーアを連れまわさない為。

 なんて、大きな声で宣言してみたのが昨日の夜の出来事。

 コレだけだったらクーアが拗ねるか、無理してでも付いて行くと言い出しそうな所だが。

 実際の所は別の理由があった。


 「私には分かりませんが、ジッとしているのですか?」


 「えぇ、私達から見て8時の方角です。 視線を向けたり、声を掛けたりしないで下さいね? まだ相手の目的がわかりません」


 どうやら昨日の夜から、お客さんが居るらしい。

 とはいえ、こちらに向けてくるのは警戒であり敵意ではない御様子。

 視界の端に収める程度に見てみれば、どう見ても子供じゃないと隠れられないであろうスペースから気配を感じる。

 それなら獣か? なんて考えてもみたが、どうにもジッと動かずこちらを観察している模様。

 更に南の耳には、人と思われる呼吸音が僅かに聞こえるらしい。

 “戦風”の所のポアルみたいな斥候という可能性も捨て切れないが、それにしては気配を隠すのが下手過ぎる。

 という事で、あえて隙を見せてみる事にした。

 戦闘に慣れていないメンツが居ると宣言し、警戒されにくいであろう体が小さいメンツを一人。

 最後に俺だけを残して、他のメンバーに離れてもらう。

 奇襲を掛けるのなら、絶好のタイミングだと思うんだけども……今の所動きは無し。

 俺も離れないと駄目か? いやしかし、本当にいざという時の為に離れたくは無いんだが。

 そんな事を考えながらチラッと遠くの木の上に視線を向ければ、ピカッと一瞬だけ青い光が輝く。


 「白の方も、まだ動くなとよ」


 「一気に制圧してしまう方が楽な気がしますけど、相手が何者か分からない内はどうしようもないですね。 もしも”アレ”が護衛対象だった場合、無用な警戒心を抱かせる結果になるのもよくありませんし」


 はぁ、と溜息を吐きながらもピクピクと耳を動かしている南。

 音のみで、ずっと警戒している様だ。

 ちなみに木の上から監視している白。

 なんと今回新装備を搭載しておられる。

 趣味全開の装備品の数々をトール達に依頼しておいたのだが、アイツのが一番に出来上がったらしい。

 “こちら側”では流石に“向こう側”との技術力の差で、しっかりとした眼鏡というモノが無かった。

 しかしそこはファンタジー。

 薄いガラスに付与魔法を使い、眼鏡っぽいものはある。

 それならばとドワーフ組にお願いしたのが、射撃用のゴーグル。

 耐久性があり、衝撃に強いサングラスみたいなモノ。

 ソレにアナベルが付与魔法を使い、ズーム機能を搭載。

 更には弓にポインターモドキを取りつけ、ゴーグルを通して見れば自身の弓が今何処を狙っているのか目視できると言うトンデモ装備。

 詰まる話、スコープとレーザーサイトを取り付けた訳だ。

 そしてそして、遠くから合図を送る為のライト。

 様々な色に発光し、強弱、発光する長さなどで声が聞えなくても意思疎通を可能とした。

 “こちら”にもライトモドキはあったが、魔石を使う上かなりの燃費の悪さだという事で、実用化に至っていないとの事。

 なので照らすライトではなく、合図を送るライトは結構簡単に出来たらしい。

 なんだか白だけ最新技術の結集体みたいになってしまった。

 その分だけパーティ用のお財布は軽くなったが。


 「昨日の夜から、なんですよね? もしかしたらお腹を空かせた子供が、匂いに誘われたとかありませんか?」


 「こんな森の奥でか?」


 「キタヤマ様、この世界では結構ある事なんですよ。 違法に奴隷にされた子供が逃げ込んだとか、馬車を襲われて命からがら森に逃げ込んだとか。 まぁ、大抵は魔獣に食べられてしまいますが……」


 そう言って、クーアは眉を顰めて視線を逸らした。

 全くこのシスターさん、普段はアレなのに子供にはやはり甘いらしい。

 もしかしたら敵かもしれない相手だというのに、隠れて居るのが小さい人型だと分かった瞬間からずっとこの調子だ。


 「だとすればまぁ、シスターを信じて試してみるか」


 「ご主人様?」


 まあこのままじゃ埒が明かないのは確かだ。

 なので、押してダメなら引いて見ろという事で。


 「南、唐揚げ食うか?」


 「食べます!」


 どうせなら色々試して様子を見てみようじゃないか。

 その都度白に確認を取って、動きがあったか知らせてもらえば良い訳だしな。


 ――――


 「「ただいまぁ」」


 「「ただいま戻りました」」


 「あれ? 西田は?」


 東とアイリ、それから中島とアナベルが戻って来た。

 てっきり皆一緒に行動しているのかとばかり思っていたが、西田の姿が見えない。

 茶色い方のマジックバッグを渡したはずなのだが、手ぶら。

 なので恐らく西田が持って行っているのだろうが……まさかアイツ、一人で森を満喫しているのか?

 だとしたら許せん。


 「山菜とかハーブとか回収してから帰るって言うから、マジックバッグは渡してあるよ」


 「うん、そんな事だろうと思った」


 「あっ! キタヤマさん今日のご飯は唐揚げですか!?」


 「美味しいですよねぇ、唐揚げ。 竜田揚げと大根おろしのも凄く良かったですけど」


 そんな事を言いながら集まって来るメンツの中に一人だけ固まっている奴が。

 唐揚げが並ぶ中に混じる、小さな物体に気が付いてしまったのだろう。


 「北山さん……まさか、ソレは……」


 「待たせたな、中島。 鳥軟骨の唐揚げと、軟骨串も今作っている。 肉着きだが、良いか?」


 「そっちのほうが大好物です」


 本日の飯の主役は鳥軟骨の唐揚げと、焼き鳥各種。

 バーベキューセットでひたすら焼き鳥を焼くのはクーアに任せたが、一度教えたら随分と手際よく焼いてくれている。

 ネギマ、モモ、ボンジリ、そして軟骨などなど。

 半分は塩、もう半分はタレ焼き。

 そしてさらに、南が大好きな唐揚げを揚げるついでに始めたのが、この軟骨の唐揚げだ。

 ヤゲン軟骨、膝軟骨も合わせひたすらに揚げた。

 皆様ご存じの三角形の様な形をしたヤゲン軟骨。

 アレは非常に好みが分かれる。

 肉が残って居るか、軟骨のみか、だ。

 俺としては肉が残っている方が好きだが、中島と好みが合って良かった。

 ソイツの唐揚げももちろん旨いが、膝軟骨のほうは肉に包まれる形で、小さい唐揚げみたいな見た目が特徴。

 居酒屋なんかでだいぶお世話になった一品だ。

 鶏肉の旨味と、噛みしめた時に中心から感じるコリッとした食感。

 アレにハマる人間は、大抵に抜け出せなくなる。


 「もうすぐ出来るから、お前ら手を洗って……ん?」


 視界の端で、先程とは違う色の光がピカピカと光っている。

 アレは「戻って良い?」と「お腹空いた」だ。

 俺達は誰もモールス信号なんて知らないので、完全に適当に決めた結果。

 やたらとこういう信号が増えてしまったのだ。

 それに対して指を数本立て、横に振る。

 返事として「もう少し待ってくれ」と伝えたのだが、返って来た発光は。

 「バカ、嫌い」だった。

 更には肌に感じるゾワゾワとする敵意。

 アイツ、間違いなく今俺に向かって弓を引いてるだろ。

 マジで止めろ。


 「よ、よーし! ほとんど皆帰って来た所で、森の神様に捧げものをしよーかー!」


 「そ、ソウデスネー! 私達が今日もご飯を頂けるのは森の神様のお陰ですからネー!」


 やけに棒読みな大声を上げれば、それに合わせて声を上げてくれる南。

 物凄い大根役者だと言えよう、俺も南も。

 周囲からは「何言ってんだコイツ?」みたいな視線が飛んでくるが……頼む、空気を読んでくれ。

 もしくは聞かなかったことにしてくれ。


 「森の神よ。 か弱き我々に今日の糧を与えて頂けます事、心より感謝いたします」


 そんな中、随分と自然に言葉を紡ぐクーアが皿に山盛りになった唐揚げと、御握りの乗った皿を、俺らのテントから死角になる位置に置いて祈りを捧げ始めた。

 助かった……彼女が居なければマジで三文芝居になるところだった。


 「クーア、忘れもんだ」


 「おや、私とした事が。 ありがとうございますキタヤマ様」


 彼女の置いた皿の隣に、たっぷりと水の入った水筒と、タオルとお湯の入った桶を置く。

 もはやあからさまと言われた所で知った事か。

 警戒心の強い相手に対して、こちらが出来るのは「コイツに付いて行けば生き残れる」と思わせる事。

 野良猫に餌をやって、連れて帰ろうとするようなモンだ。

 ココまで来ると周囲のメンツも理解したようで、ウンウンと首を縦に振ってくれた。


 「あはは、何かと思ったけど。 確かにその通りだ、森の神様~感謝します~」


 「ほんと、ウチのリーダーは……本日も糧を与えて頂き、感謝いたします。 森の神よ」


 「祈りの言葉は思いつきませんが……えぇっと、そうですね。 是非我々と食事を共にして頂ければ幸いです。 とか、どうでしょう」


 「どうぞ、お召し上がりくださいませ。 と言った所でしょうかね。 ふふっ」


 一応皆乗ってくれるらしい。

 誰しもクーアを真似してお祈りのポーズをして、未だ感じる気配に向けて声を放った。

 これで少しは動きあってくれれば良いのだが……。

 なんて思った所で、白からの合図が。

 対象、動きアリとの事。

 はえぇなオイ。

 このまま放っておけば、ちゃんとご飯に食いついてくれるだろう。

 なんて、思った時だった。


 「よっと! 皆何してんの? それより見てくれよ、新しい大根丸! 今度はピンク色だぜ!? しかも果物作ってるっぽい!」


 空気の読めないヤツとはやはり居るモノで。

 ちょっとだけ顔を出した気配は、すぐさま隠れていた場所に戻ってしまった。


 「西田……お前……」


 「ん? どうした? それよりホラ、ピンク大根丸は果実だぜ? 苺生えてる!」


 差し出された大根丸はウネウネと動きながらも、体からは立派な苺をぶら下げていた。

 非常に旨そうだ。


 「ふ、ふははは! お前ら、コレが森の神様の恩恵だ! 捧げものをした瞬間この収穫だぞ! 明日からも毎食捧げてやるから覚悟しろコノヤロー!」


 「こうちゃん……どうした?」


 「ウルセー! お前も森の神様に感謝しながら大根丸を解放しろぉぉ!」


 「お、おう?」


 そんな訳で、白以外のメンバーが帰還した。

 あぁもう良い、飯にしよう。

 という訳で白の奴も戻してやろうとハンドサインを送った際、俺の近くを矢が通り過ぎたんだが。

 多分気のせいだと思いたい。

 その後「遅い」と合図が来たが、きっと気のせいだ。


 ――――


 彼等が寝静まった頃、ボクは動き始めた。

 見張りはいない、皆テントに引っ込んで物音一つしない。

 今しかない。

 そんな事を思いながら、彼等が“森の神様”とやらに捧げた食べ物に飛びついた。

 きっと冷えてしまっている事だろう。

 でも、今のボクにとっては御馳走に他ならない。

 なんて事を思いながら駆け寄れば。


 「っ!?」


 足を踏み入れた瞬間、一瞬だけ魔法陣が発光し、そして消えた。

 ボクを捕まえる罠か何かかと思ったが、今の所コレと言った魔法は発動していない。

 それにさっき消えた魔法陣……“保温”だったかな?


 「大丈夫……だよね?」


 今度は恐る恐る足を踏み出し、指先で皿に触れる。

 突いてみても、罠の気配はない。

 それどころか、周囲にも魔術の痕跡は見られない。

 先程の魔法陣は、誰かが侵入したら機能が停止する形で陣が張られていたらしい。

 何のために?

 そんな事を思いながらも、お腹はぐぅぐぅと煩く鳴り響く。

 早い所食べ物を口に押し込んで逃げなければ。

 なんて、思っていたボクが愚かだった。


 串に刺さった茶色いモノを食べた瞬間、食事という概念がガラリと変わった気がした。

 パリッと気持ちの良い音が響き、そのまま噛みしめればジワリと広がってくる肉の旨味。

 今までは焼いたり、煮込んだりと単調な料理法のご飯しか食べてこなかったボクにとって、これは味覚の革命とも言わんばかりの衝撃をもたらした。

 多分鶏肉。

 でも、旨味がいつも食べていたモノと段違いだ。

 それに、何かでしっかりと下味が付いている。

 噛めば噛むほど、口の中に幸せが広がる。


 「お、おいひぃ……」


 思わず声を洩らしながらすぐさま1本目が食べ終わり、違う形をした2本目へ。

 お肉が付いているのは分かるが……なんだろうコレ。

 三角形というか、不思議な形をしている。

 まあ食べてみれば分かるかとばかりに、肉を噛みしめれば中から「コリッ」という食感が。

 まさか肉の中に何か仕込んだのか!? いやコレ、もしかして骨!?

 なんて驚いたのは一瞬だけ。

 ジワリと広がる旨味と、歯ごたえの良い食感が奥歯に伝わってくる。

 コリッコリッと音を立てながら肉を噛みしめ、やがて飲んだ時には「ほぉ……」と深いため息が漏れた。

 美味しい、何だこれ。

 疑問を持った、警戒もした、でも手が止まらなかった。

 次から次へと串に手を伸ばし、すぐさま平らげてしまう。


 「後は……」


 皿に大盛りになっている茶色い塊。

 半々くらいで色が違うが……これは何か違いがあるのだろう?

 そして、コメと思われる不思議な形の代物。

 コメ自体は知って居るけど、食べた事がない。


 「とりあえず、コメから食べようかな」


 わざわざ言葉にしながら、恐る恐る三角形のコメに手を伸ばす。

 何やら黒いモノが巻かれているが……これは食べられるのだろうか?

 剥ごうとしても、コメにくっ付いて離れないのでとりあえず齧ってみた。


 「っ!?」


 ビックリした、真ん中に何か入っている。

 何だろう……魚?

 そしてこの黒いモノも食べられる様だ、コメと一緒に食べると凄く美味しい。


 「じゃ、じゃぁこの茶色いのも……」


 目の前に山盛りにされた代物に手を伸ばし、つかみ取った瞬間。


 「熱ッ!」


 思わず一つ取り落としてしまった。

 慌てて受け止めようとするが、それは草の上に落ちてしまう。

 だが、知った事か。


 「フーッ! フーッ!」


 必死に息を吹きかけて、表面の温度を冷ましてから拾い上げ、すぐさま口に放り込んだ。


 「あ、あふっ! あふっ!」


 口の中からホクホクと湯気が上がって居るのが分かる。

 でも、それ以上に“美味しい”が広がっていた。

 コレもお肉だ、こんなにいっぱいお肉が食べられるなんて思わなかった。

 先程のパリッと焼き上げていたお肉もおいしかったが、このカリッという食感も癖になりそうだ。

 それに噛んだ時、溢れ出す肉汁の量が段違い。

 一歩間違えれば口の中を全部火傷してしまいそうだが、これは一口で食べなければ対処出来そうだ。


 「ふー! ふー! はぐっ!」


 いつの間にかボクは、両手に食べ物を持ちながら必死で口に運んでいた。

 カリッとする鶏肉、ちょっと塩っ気のあるコメ。

 しかもコメの方は一個一個中身が違うのだ。

 こんなの、楽しみにならない訳が無い。


 「おいしぃ……おいしいよぉ……」


 いつの間にかボロボロと涙を溢しながら、目の前のご飯を口の中に押し込んでいた。

 ご飯、肉、ご飯。

 そんなローテーションで、すぐさま皿の上は空っぽになる。

 もっと欲しいとは思うが、ボクは彼等に気付かれる訳にはいかない。


 「明日も……くれるのかな?」


 最後に残った水筒に口を付ければ、その下からは小さな紙切れが出て来た。

 何だこれ? なんて軽い気持ちで拾い上げてみれば。

 “明日は何が食べたい?”

 そんな事が書いてある紙と、羽ペンとインクが置いてあった。

 ゾッと背筋が冷えた気がした。

 コレ以上ココに留まるべきではない。

 森の神様だのなんだと口走っていたが、多分アレは方便だ。

 ボクを捕まえる為の罠、油断させるための作戦なのだ。

 だって、彼等は“ウォーカー”なのだから。


 「だとしても、他に逃げる所なんて無いでしょうが……ハハハ」


 そんな事を呟きながら、羽ペンを手に持った。

 明日はもう少し離れた場所で、彼らの事を観察することにしよう。


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