第60話 蜘蛛の糸
「あぁえっと……9名様なので、料金の方もそれなりに……」
「あぁ、構わねぇよ。 釣りは取っておいてくれ」
そう言ってから、銀貨を数枚御者に渡した。
足の速い馬車を頼み、やって来たのは随分と遠い村。
一週間後に迎えに来てくれと依頼を出してから、俺達は下ろされた地点の村に立ち寄った。
「なんというか……廃れてんねぇ」
「西君、流石に失礼だって」
「とはいえ、これは……あまりにも酷いですね」
西東南のメンツが、各々村を見ながら口を開いた。
ほんと、その通りだ。
村というより、ホラーゲームの舞台の様だ。
木造の建築物は所々穴が開き、村人は生気のない表情でポツリポツリと仕事をこなしている。
おいおい、なんなんだココは。
「あ、あの……“魔人”を狩りに来てくれたウォーカーの方でしょうか?」
俺達に気付いた村人の一人が、恐る恐るといった様子で声を掛けて来た。
視線は完全にアイリやアナベルの方を向いている。
黒鎧というのは、やはりここでも軽蔑する対象らしい。
「えぇ、私達は“とある依頼”を受けてココへ来たウォーカーです。 お話を聞きたいのですが、村長さんはいらっしゃますか?」
アイリがそう返せば、村人は「すぐ報告してきますから!」と慌てて走り去って行った。
なんだ? この村で何が起きている?
しかもさっき魔人がどうとか言っていたよな?
こりゃいったい……。
「良くお越しいただけた、ウォーカーの皆様。 儂がこの村の長を務めているモノにございます」
そんな事を言いながら登場したのはヨボヨボの爺さん。
他の者に支えられていないと、自分では立つ事すら厳しそうだ。
大丈夫か? この村。
なんて事を思いながら、ため息交じりに口を開いた。
「クラン、“悪食”だ。 依頼があって、この村の向こうの山に侵入する。 宿も食料もいらない。 ただ通してほしい、それだけだ」
それだけ告げれば、やたら驚いた顔でこちらを振り向く村長様。
やはり、黒鎧ではリーダーには見てもらえないらしい。
「あぁ、コレは失礼いたしました。 こちらの方がリーダーでしたか。 ようこそ、我々の村へ。 宿も食事もいらないとの事ですが、本当ですかな?」
「何か問題が?」
「いえいえ、全く問題ありません。 ただ……その。 先行して森に入っているウォーカーの皆様が魔人狩りに苦戦しているらしく、生憎と宿もいっぱいな上、食料も底を尽きそうな勢いでして……」
なんだか雲行きが怪しくなって来たな。
そもそも何だよ魔人って、そんな話聞いてないぞ。
俺らの依頼はこの森で一週間滞在する事、出会うであろう女の子を救う事。
それだけなのだ。
「魔人云々ってのは何なんだ? ちょっと詳しく聞いても良いか?」
「え? 貴方方は魔人討伐にいらっしゃったのでは?」
「情報を提供してくれたなら、食料を安く売ろう。 中島、出番だ」
「はい、リーダー。 我々が今保管している食材のリストが――」
――――
中島の交渉の結果、外野に喰わせる為の“普通肉”と山菜各種が消えたが、まあこの程度問題ない。
その結果得られたのは、俺達が侵入したこの森には現在“魔人”が居るとの事。
かの魔人を討伐する為、ウォーカーを名乗る集団が森へと入り、連日村の宿屋を占領しているらしい。
しかも随分と好き勝手な行動が目立つらしく、モノを壊すようなケンカなども頻繁に起こるんだとか。
その為村人は疲れ果て、今に至ると。
支部長からもそんな話は聞いていないので、正直本物のウォーカーかも疑わしいが。
「どう思います? キタヤマさん」
玉ねぎを刻みながら、ダラダラと涙を流すアイリが真剣な表情をこちらに向けて来た。
話は深刻なのに、緊張感の欠片もありゃしない。
「玉ねぎは潰す事によって目に染みる汁が噴射するらしい。 お前の持っている包丁は良く切れる。 潰すな、切れ。 以上」
「そっちじゃないです! 依頼の話ですよ!」
「……わーってるよ」
正直、きな臭い。
そもそもな話、魔人ってなんだ?
何故皆そんなに恐れている?
そしてソイツを討伐する為に用意された人材は、一体何者だ?
魔人を討伐する為には、村の宿を貸し切る程の人数が本当に必要なのか?
などなど、数々の疑問が浮かんでくる。
俺達の場合野営で済むので、宿屋云々は全く必要ないが……。
「北、魔人って本当に悪いヤツなの?」
「あん?」
西田に任されたシチューを混ぜながら、白がポツリと呟いた。
「だって、魔人に会ったことが無い。 見たことも無いのに“悪”と決めつけるのは、むしろ……」
「俺らの方が“悪”だってか」
白は小さく頷いた。
確かに、その通りだ。
俺らは“魔人”を知らない。
人族よりも下に見られる“獣人”や、敬遠される“魔女”は知っている。
だとしても、実際に目の前にすれば俺達と変わらないただの“人”なのだ。
だからこそ彼女が言う様に、“魔人”だからといって急に武器を向けるのは間違いなのかもしれない。
そして何より俺は、“人”の見た目をしていれば武器を向ける事は出来ないだろう。
情けない話ではあるが。
「本当に魔人が人から変化したモノなのであれば。 ソレは私と同じモノなんですよね、“魔女”である私と」
レタスを千切りながら、アナベルが悲しそうに顔を伏せた。
彼女もまた、人種というモノが変化し周りから白い眼を向けられてきた。
逆に聞こう、彼女のどこが普通と違うのだ?
俺達と同じモノを食べ、笑い、泣き、そして生活を共にする。
コレのどこが俺達と違うんだ?
この世界の住人は、何をそんなに恐れている?
「しかし、少しだけ気持ちも分かります。 見た目が違う、生き方が違う、特性が違う。 ソレだけで“人”は恐れる存在ですから。 私もご主人様達に出会うまで、“人族”が怖くて仕方ありませんでした」
そう言って、今度は南が悲しそうな顔を伏せた。
現在見張りとして周囲を警戒しながらクロスボウを構えている彼女にしては、珍しく集中力を欠いている様に見える。
それくらいに、根強い問題なのだろう。
「神は各々に特徴を与え、誰しも自身の力を誇れる世界を作ろうとした。 しかし、それは争いの種となり、自分以外のモノを排他し始めた。 我々“人族”は、最も平均の取れた種族であり、選ばれた種族である。 教会の教えです、本当に……馬鹿ばかりです」
火に薪をくべるクーアまでも、随分と暗い表情で舌打ちを一つ溢す有様。
こんなに暗い雰囲気の野営はあっただろうか?
せっかく飯を作っているというのに、これでは旨いも何もないだろう。
あぁクソッたれ。
衰退するほどまでに苦労する村人と、無理難題を押し付けるウォーカーを名乗る人々。
そして魔人の噂。
もしかしたら“ソレ”と接敵するかもしれないという不安と焦燥。
しかも、その存在意義にまで目を向けてしまった結果がコレだ。
それが今の俺達だ。
ほんと、クソッたれだ。
「どうでも良いんじゃねぇかな、そんな事は」
「キタヤマさん……?」
すぐ隣で玉ねぎに苦戦するアイリが、不思議そうな表情を浮かべていた。
どうでも良いんだよ、ホント。
「俺らの依頼は手紙にあった“女の子”を保護する事。 その間魔人に会おうが、会わなかろうがどうでも良いんだよ。 俺達は仕事するだけだ」
「キタヤマさん!」
「アイリ、実際魔人が今この場に出てきたらどうする? お前ならすぐさま戦うか?」
「えっと……」
皆の注目が集まる中、そんな会話を繰り広げていく。
アイリは困った様に視線を動かすが、助けてくれる者は居ない。
但し、包丁は出来れば置いて欲しかった。
正直怖い、こっちに向けるな。
「俺だったらこう言うよ。 こんばんは、飯でもどうだい? ってな」
「は?」
そう言った瞬間、周囲からは笑い声が漏れた。
「北君は外国人労働者の人とか来ると、積極的に声掛けてたもんね。 日本語しか喋れないくせに。 物珍しいって言ったら失礼かもしれないけど、そういう人を見ると放っておかないよね。 昔から」
「道に迷ってた観光客に話しかけてた時は笑ったなぁ。 イケブクロー! って叫びながら、結局現地まで案内したし。 んで、最終的にココイケブクロー! って叫んで海外の人とハイタッチしてたっけ」
西田と東が、俺の黒歴史を暴露していく。
てめぇら後で覚えておけよ。
「ま、結局は話してみないと分かりませんよね。 人種が違おうと、環境が違おうと。 善悪は“種”ではなく“個”に生まれるモノです。 我々を攻撃してくるなら反撃しますが、助けを求めるなら“魔人”であろうと手を差し伸べる。 我々は“悪食”と言う名の“黒船”に乗っている訳ですね」
「中島、別に上手くねぇからな?」
「これは失礼。 北山さんならもしかして、と思ったのですが」
ふふふっと含んだ笑いを洩らしながら、中島も警備に戻る。
全く、何を期待しているのだか。
確かに相手が敵意を示さなければ友好的に接するつもりだし、仲間達を傷つける様な存在なら戦う。
それは俺の中で決定事項だ。
だが、現実はそう上手く行く事ばかりではないだろう。
「ま、何はともあれ。 俺らの仕事は変わらねぇ。 この森で一週間滞在、それから“保護対象”の確保。 いいな? あんまり余計な事は考えるな」
「……はぁ、了解です」
どこか呆れたため息を溢しながら、アイリは再び調理に取り掛かった。
その他のメンツに似たような顔をしていたが、先程のモヤモヤする空気は無くなっていた。
俺らは勇者じゃなければ、物語の主人公様でもないのだ。
だからこそ、何かが起こってからじゃないと対処できない。
まだ起きてもいない事を気に病んだってしかたない、そしてもちろん全てを救えるわけでもないのだ。
だったら、今は先の事なんか気にせず飯を食おうじゃないか。
「あぁ~、もう一品くらい作るか? お前ら何が食いたい?」
「ご主人様、鶏肉が良いです」
「北、卵料理」
「私はそろそろホーンバイソンがまた食べたい……」
全くこいつ等は、さっきまで暗い顔してやがった癖に。
なんて事を思いながら、呆れた笑い声を洩らした。
ま、今日くらいは好きな物を食わせてやろう。
そんな事を思いながら、各々の好物を作り始めるのであった。
――――
「おい、見つけたか?」
「いいや、全く。 もうこの辺にはいないんじゃないか?」
すぐ近くから、そんな会話が聞こえてくる。
ウォーカー。
まずそう考えて間違いないのだろう。
彼等は野蛮で危険だって、そう教わって来た。
そして実際に、彼等はボクの事を捕まえようとしてくる。
だからこそ息を殺し、必死にやり過ごす。
見つかってはいけない。
彼等は間違いなくボクの事を捜しているのだから。
「あぁクソ、発見報告だけでも報酬が出るってのに……いっそココで見たって報告してみるか?」
「馬鹿お前、バレた時がやべぇだろ。 ただでさえ王も他の兵士もピリピリしてるってのに」
「お前こそ馬鹿か、外でそういう単語を出すなって言われてんだろ」
早く、早くどこかへ行ってくれ。
体はガクガクと震えるが、音を立てない様に必死で押さえつけた。
「つっても……あと数日もすりゃ“勇者様”が来るんだろ? 流石にまだ見つかってませんじゃ恰好が付かねぇなぁ……」
「ハッ、来たところで何処まで役に立つんだか。 それこそ“光剣”とやらで森ごと消し飛ばすのかねぇ」
「ハハッ! 確かにな。 とは言ってもレベル上げはしてるらしいから、少しはまともになってくれてりゃ良いが。 前の防衛戦みたいなのはゴメンだぜホント」
陽気な声を上げながら、彼等の声が徐々に徐々に遠ざかって行った。
もう少し、もう少し離れてからじゃないと不安が――。
「ぶはっっ!」
だというのに、息が続かなかった。
思わずもう一度口を押え、耳を澄ませたが……彼らが戻ってくる足音は聞えない。
良かった、気付かれていない。
「はぁ……もう、何日食べてないんだろう」
緊張が解ければ、ぐぅぐぅと腹の虫が騒がしくなる。
集落が襲われ、あてもなく家族と共に旅に出て。
その途中、家族ともバラバラになってしまった。
単純に逸れた訳では無く、捕まってしまった。
ウォーカー達に。
少ない携帯食料を齧りながらこの森まで辿り着いたというのに、またどこからか現れたウォーカー達に追われる始末。
もうご飯も残ってない上に、服も靴もボロボロだ。
そして何より、体力の限界が近い。
辛い、痛い、お腹が空いた。
全てが苦しくて、何もかもが理不尽で。
思わず涙が滲んでくる。
何でボク達ばっかりこんな目に合うんだ、何も悪い事なんかしていないのに。
両親はいつだって言っていた。
ボク達はそういう運命の元に生れて来たんだって。
全てから逃げて、必死に隠れて。
その中で小さな幸せを見つけなさいって、そう言っていた。
それがボク達の生き方、唯一の生存方法。
「悔しい……」
ポタッと掌に涙が落ちた時、ハッと息を呑んで目元を強く擦った。
余分な水分を消費する事は悪手だ。
次にいつ水が飲めるかもわからないのだから。
「お腹、空いたなぁ……」
膝に額を押し付けてその場に蹲ってしまえば、もう動く事が億劫になって仕方ない。
どうせボク一人じゃ生き残れない。
この森の中で魔獣にでも襲われれば、多分一発で殺されるだろう。
それでも、ウォーカーに捕まるよりずっと良いのかもしれないが。
なんて、自暴自棄になり始めた頃。
「……なにこの匂い」
嗅いだこともない香ばしい、良い匂い。
よく分からないけど、とにかくお腹の虫がそちらに向かえと騒ぎ始めた。
「……もう、いっか」
半分以上思考が停止しているんじゃないかという状態で、フラフラと歩きはじめた。
きっと、餌に釣られる獣というのはこういう気持ちなのだろうなんて想像しながら。
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