第59話 恩義
「おいキタヤマ、随分と珍しい光景だな」
「何しに来やがった……支部長」
孤児院のリビングで休憩中、珍しい来客があった。
コイツがこんな所に足を運ぶ事など、今までなかったのに。
出資している訳だから視察とかあってもおかしくはないが。
何で仕事から帰って来たその日に来るかね、もう少し気を使いなさいよ。
「いやなに、イリス嬢からお前が派手に怪我をしたと聞いてな。 心配して来てやったんだぞ? プッ、ククク……」
「てめぇ絶対心配とかしてねぇだろ、笑いに来ただけだろ!」
「キタヤマ様、治療中ですからお静かに。 あと動かないで下さいませ」
「……はい」
クーアに静かに怒られ、再び彼女の方へと顔を向けた。
シスターだから、と言って良いのか分からないが、クーアは治癒魔法が使える。
しかも随分と上級の治癒まで出来るらしく、コレばかりはアナベルも叶わないと言っている程だ。
ちなみに何を治してもらっているのかと言えば、鼻だ。
「く、くくく……ダッシュバードの巣に飛び込んでも、スタンピードの前線に送り出してもけろりとして帰ってくる男が、騎士様の拳で鼻を折られるとは……ククッ」
「なっ!? てめぇ! アレだって無傷って訳じゃねぇんだぞ!? 体中傷だらけだわ!」
「しかし骨折まではいかなかっただろう? どうした、騎士様の拳が兜を貫いたりでもしたか?」
「馬鹿かてめぇは! 兜を脱いで殴り合ったんだよ! ウチの鍛冶屋の鎧舐めんな!」
「キ タ ヤ マ 様。 今は治療中です」
「……はい」
いつもの小悪魔シスターはどこへやら。
随分と真剣に治療してくれる上、俺が動こうとすれば普段は感じない圧を放ってくる。
受付に戻れと命令が出た時のアイリより怖いかもしれない。
「まぁ、お前がおかしな事をするのはいつもの事だからな。 あぁそうそう、クライス家とヴォイル家がクレームを出してきたが、何か思い当たる節はあるか? なんでも雇っていた護衛に“悪食”が怪我をさせたとか、邪魔をされたとか」
「クラ……ヴォ? なんだって? そんな名前聞いた事もないぞ、人違いじゃないのか?」
「だと良いんだが、まあ良い。 こっちで処理する」
ため息を吐きながら、支部長が向かいのソファーに腰を下ろし、書類やら革袋やらいろいろ机に並べていく。
相変わらずため息の多い奴だ、いつも忙しそうで嫌だねぇ。
なんて事を思って横目で見ていると、何故かジロリと睨まれてしまったが。
「次だ、治療を続けながら良いから聞け」
「うーい」
シスターに顔面をいじられながら真面目な話をするというのは些か……いやかなり羞恥心があるが仕方あるまい。
なんでもこの世界の治癒魔法というのは、ピカッとやって終わりではないらしい。
ピカッとやって終わらせる事も出来るが、ソレは本当に傷口を塞ぐとかそういう雑な作業。
戦場や戦闘中など、そういう場面以外ではこうやってゆっくりと治していくモノだと教えられた。
とくに骨折や内臓を傷つけた場合、簡単に終わらせようとすると骨が変な方向にくっ付いたり、雑菌などが体内にそのまま残ってしまうんだとか。
内臓なんかの時は、それこそ治した事で命を落とす決定打になりかねないので、こうしてゆっくり時間を掛けて治癒を施すらしい。
「まず今回の報酬、イリス嬢から預かって来た。 白金貨3枚とマジックバッグだ」
「おい、白金貨3枚ってどういう事だ」
「……追加報酬だそうだ。 過ごした内容を聞いた彼女の父君が、是非とも受け取って欲しいと言い出したらしい」
「外堀を埋められている様にしか感じねぇ……」
「諦めろ。 ソレだけ“悪食”を手放したくないんだろう」
そんな訳で、臨時報酬が発生。
数日間子守りをしながら野営しただけで300万。
うわ、怖っ。
報酬の裏から「今度の依頼も受けろよ? わかってるな?」という声が聞こえて来そうだ。
「次に報酬のマジックバッグだが、コレは入る容量は多いが時間停止などの付与はついていない。 生鮮食品などは入れない事を勧める、だそうだ」
「それはそれで使い道があるから気にしねぇよ、荷運びが出来れば問題ない」
チラッと視線を向ければ、俺達が使っているのと同じような形のマジックバッグ。
見た目は多少違うくらいで、色は焦げ茶色の腰下げタイプ。
うん、使いやすそうだ。
こっちは時間を掛ける料理とか、武器の保管とかに使おう。
「そして次に……お前、何をした? 王宮から公にしない扱いの依頼が一件届いた。 悪食に対しての指名依頼だ」
「はい?」
王宮から? 完全に前回の事に対しての意趣返しじゃねぇかよ。
流石にソレは断るぞと呆れた視線を向けて居れば、支部長は封筒を一つ差し出して来た。
「コレは私もまだ確認していない。 というか、私には開ける許可が下りて居ない。 お前宛だ、依頼内容もソコに書かれているらしい」
受け取ってみれば、やけにゴテゴテした封蝋が押された手紙。
コレがこの国の紋章なのだろうか?
なんて事を考えながら封を開けてみれば。
――――
お久しぶりでございます、“悪食”の皆様。
煩わしいご挨拶は皆様に失礼でしょうから、省かせて頂きますね?
前回のスタンピード戦を拝見させて頂きましたが、皆様ご活躍なされているようで何よりでございます。
あぁ、私とした事がまだ差出人を名乗っておりませんでしたね。
申し訳ございません。
とはいえ貴方方に名前を名乗った事がありませんので、ここでは“王女”、もしくは“お姫様”とでも名乗っておきましょうか。
私はあまりこの呼ばれ方が好きではありませんが、こう名乗った方が分かりやすいでしょう。
覚えていらっしゃいますでしょうか?
最初のあの日、貴方方にお金とマジックバッグを渡す事しか出来なかった、出来損ないでございます。
もっと皆様の助けになれれば良かったのですが、立場上そういう訳にもいかず……いえ、これは言い訳ですね。
本当に申し訳ありませんでした。
そして、愚かな父が再び呼び出した異世界人の皆様を保護して頂いた事、心より感謝致します。
やはり貴方方こそ、私の望んだ方々。
是非一度、皆様の冒険の数々を聞いてみたいものです。
きっと、それはもう心躍るお話が聞けるのでしょう。
申し訳ありません、話が逸れてしまいましたね。
今回私が依頼を出したのは、とある理由があったからこそ。
もちろん“裏”があります。
しかし、王宮の者達がこの依頼を知って居る事は無いと断言致します。
この依頼はあくまで私個人が、“悪食”に向けて依頼したモノだという事は信じて下さいまし。
前置きが長くなって申し訳ありません。
今回貴方方に依頼する内容、それは次の野営地を私に選ばせてほしいのです。
そしてそこで出会った“彼女”を、“悪食”に保護してほしいのです。
何を言っているのだと思われるかもしれません。
しかし、放置すればその少女は“戦争”の火種になってしまう。
だからこそ誰にも知られず、“どちら側”にも悟られる事も無く、健やかに育てて欲しいのです。
コレは、貴方達にしか出来ない事。
本当に意味の分からない依頼でごめんなさい。
滞在期間は現地に付いてから一週間。
場所は手紙と共に地図を付けておきました。
どうか、よろしくお願いいたします。
報酬として、前金で白金貨5枚。
成功報酬で白金貨10枚をウォーカーギルドに預けておきます。
本来ならもっとお金を出す事案ではあるのですが、私が自由に出来るお金が少ないので、どうしてもこの金額が限度となってしまいました。
これでも頑張って貯めたのですよ?
とはいえ足りないというなら、後日お支払いいたします。
なので、どうかお願いできませんでしょうか?
私を、救ってくださいませ。
この国の哀れな王女より。
親愛なる黒き英雄へ。
追記。
全勢力で挑む事をお勧め致します、もちろん目の前の彼女も含めて。
――――
手紙を読み終えて、大きなため息を溢した。
なんだ、これは。
「はい、終わりましたよ。 キタヤマ様」
そう言って俺の鼻から手を離すクーア。
普段の小悪魔フェイスとは違い、何処までも慈愛溢れたシスターさん。
怪我の治療をする時の彼女は、普段からこんな感じなのだろうか。
「クーア」
「はい、何でございましょうか」
柔らかい微笑みを浮かべる彼女に対して、真剣な表情で覗き込む。
淡い色の金髪、深い青の瞳。
そして戦闘など経験したことも無いだろう、細い体。
こんな彼女を森に、しかも未開の地に連れていけというのか?
「あ、あのキタヤマ様……? その、えっと。 普段からお誘いしているのは私ですが、出来れば……その、人目の無い所で。 今はその、お客様もいらっしゃいますから……えっと」
やがて顔を紅く染めながら、忙しく視線を右往左往させるクーア。
流石に、この子を連れていくのは無理だろう。
「いや、すまん。 ちょっと気になる事が書いてあってな。 治療サンキュ」
そう言ってから視線を逸らしてみれば、彼女の気配がスッと冷たくなった気がした。
「見せて下さい」
「はい?」
「その手紙、私にも見せて下さい」
「お、おう?」
何か良く分からないまま、手紙を奪い取られてしまった。
やがて冷たい雰囲気は空気に溶けていき、手紙を読み終わる頃には。
「はぁ……意中の女性からの恋文か何かかと思いましたが、どうやら違うみたいですね。 相手はそう思っていないみたいですけど」
なんて事をボソッと呟いてから、クーアは支部長に向き直った。
「ウォーカーギルドの支部長様でお間違えありませんよね? 私のウォーカー登録と、“悪食”クランへの加入登録をお願いしてもよろしいですか?」
「お、おいクーア?」
急におかしな事を言い始めた彼女に対して、俺も支部長も面食らってしまった。
だって彼女はどう見てもウォーカー向きじゃない。
体格とかそういう事を言い始めればウチの南とか白とか、その他のメンツだってそう言えてしまうのかもしれないが。
だが彼女には、戦う術がある様には見えないのだ。
「適材適所、私はパーティの回復役を務めます。 怪我をした際、近くに治癒魔法師が居た方が便利でしょう?」
そういって微笑みを浮かべている彼女からは、何とも言えない圧が感じられた。
なんだろう、ウチの女性陣はどこかしら皆怖いんだが。
「シスター、言っている意味が分かっているのですか? ウォーカーとは世間一般で言えば荒くれもの。 その中に貴女は身を置くと?」
「ご心配頂きありがとうございます、支部長様。 ですが、この手紙を読んだ限り“絶対に必要”だと判断いたしました。 私が付いていかないと、彼等が帰って来なくなる可能性もあるかと」
「……手紙を拝見してもよろしいですか?」
「それはキタヤマ様にお聞きくださいませ、私はまだ“悪食”のメンバーではありませんので」
そんな訳で、俺に視線が集まる。
あぁ、クソ。
毎度こうだ、なんで最終決定を俺に求める。
リーダーだからか、勘弁してくれ。
しかし、まあ。
「支部長、“悪食”はこの依頼を受ける。 そんでクーアの件だが……本人の意思もある、登録手続きを頼む。 やばそうなら、速攻連れて帰るからよ」
言いながら訳の分からん手紙を差し出し、支部長にも読ませてやる。
読み終わった彼は眉を抑えながら、今まで以上に深いため息を吐いたが。
「分かった……今この場で鑑定して、登録はこちらでしておこう。 しかしシスターは1人でギルドに来たりしないように、間違いなく絡まれる……」
「はい、その時はキタヤマ様にご同行願いますわ」
俺かい。
まあ良いけど。
「それから……キタヤマ」
「おう」
「この王女様というのは……何者だ? 未来予知者か何かなのか?」
「しらん、だが恩も義理もある。 だから、助けてくれと言われたなら俺は動く。 それくらいの借りがあるんだ」
「はぁぁ……もう好きにしろ」
そんな訳で、王女様の依頼を受ける事になった。
今日帰って来たばかりだというのに、随分と俺も勤勉になったモノだ。
だが、あの王女様に恩を返せる機会がやっと巡って来たのだ。
依頼料が高すぎる気はするが、それは向こうが提示した金額。
それとは別に、最初の白金貨は返しておきたい。
それに、マジックバッグも。
惜しいが、非常に惜しいが。
俺達はもう軌道に乗ったのだ。
御大層な初心者パックは、今後救済される人間の為にも返却するべきだろう。
「やっと、恩が返せるんだな」
呟いてから、拳を強く握った。
この拳に出来る事は、そう多くない。
殴る事、槍を使う事、料理する事。
そんなもんだ。
むしろ、それくらいしか出来ない。
他の武器も最初は色々使ってみたが、槍に比べればからっきしだった。
詰まる話、俺は戦闘でさえも器用じゃない。
不器用な俺の手でも貸してほしいってんなら、彼女にあの時の恩の一割でも返せるのなら。
「“悪食”は、いや俺だけだったとしても。 この依頼は受ける。 借りたモンは返さねぇとな」
この依頼は、俺にとっての重大なイベント……今後の道を左右する程大切な依頼の様な気がするのだ。
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