第56話 タケノコ尽くしと狩猟本能


 「休んでる暇はねぇぞ! 右側から来てるの見えてるか!? 常に周囲を警戒しろ! 森の中では全てが敵だ! 覚えておけ!」


 「は、はいっ!」


 「ちょ、まっ……てってば!」


 「さ、流石に処理が追い付かない……」


 「刺す、とにかく急所に……私は兎に角鋭い一撃を……」


 翌日、相変わらず少女たちのブートキャンプは続いていた。

 但し今日は3割増しで。

 一度に相手する魔獣は複数体。

 とにかくギリギリの所まで行かなければ、俺達は手を貸さない。

 そんな状況を朝から続けていれば、お嬢様方も幾分か慣れて来たご様子だ。

 昨日よりずっと動きが良い。

 という訳で、少しばかり戦闘に加わり戦闘指南なんぞも始めて見た訳だが。


 「よっと! 木の裏とかから飛び出してくる事もあるから、気を付けてな?」


 「ニシダ様!? ありがとうございます!」


 ティアの後ろから接近していたイタチみたいな魔獣を、西田が飛び降りてきて仕留める。

 ちくしょう、格好良い助け方するじゃねぇか。


 「はいはい、無理しない。 適材適所だからね、無理に抑えようとしても良い結果にはならないよ?」


 「す、すごい……」


 二匹の狼に迫られたフィーの前に立ちはだかった東が、大盾で二匹とも殴り飛ばす。

 もはや東の腕力は何馬力あるんだと言いたくなる程に強力。

 先程まで苦戦を強いられていた狼を片手間に倒す東は、彼女にとって相当格好良く見えただろう。

 あぁくそ、羨ましい。

 俺もあんな風に立ち回りたい。


 「魔術では対処しきれない素早い相手は、他のメンバーに頼れば良いのです。 それが仲間であり、信頼です。 そして真ん中の大きな相手は、貴女が対処してくれると信じているからこそ、今私は周りの細かいのを片付けて居るのですよ。 焦らず、確実に、です」


 「はいっ! 任せて下さい!」


 兎やらリスやら、細かい魔獣に対してクロスボウを乱射する南と、中央にいる鹿に魔法を放つアル。

 うん、こっちも問題なさそうだ。

 というかココが一番順当。

 綺麗な形に収まっている。

 いやぁ、皆頑張っていますのぉ。


 「キタヤマ様! 来てます、来てますって! 王猪が!」


 「あぁ、そうね。 昨日みたいにトラップ設置してみ?」


 「どれに対してですか!?」


 「可能な限り全部」


 そんな訳で、イリスと俺に向かってくる猪は三匹。

 いやはや、何故か一番大物がこちらに釣れてしまった。

 別に良いんだけどさ。


 「“アースニードル”!」


 前回同様、土の杭を出現させるが。


 「あぁっ!? キタヤマ様! キタヤマ様!」


 動揺したのか、一匹にしか当たらなかった。

 残る二匹は少し体を削られたくらいで、そのままこちらへと向かって突進してくる。


 「落ち着け、お前の魔法はソレだけじゃないだろ。 地面イジって足場を悪くしたり、壁を作って止めても良い。 よく考えろ、冷静になれ」


 「えぇっと、えぇっと! 沼! 沼を作りますわ!」


 そんな訳で、彼女が選択したのは土の地面を沼の様な湿地帯に変える魔法。

 かなりえげつないと思える魔法だが、コレ自体は難しい魔法ではないらしい。

 但し、本来であれば詠唱にかなりの時間が掛かる魔法。

 イリスの技術があるからこそ、即座に展開できたのだろう。

 いやはや、優秀なもんだ。


 「んで、どうする? 相手は動けなくなったぞ?」


 沼の中でバタバタと暴れる王猪。

 とはいえ、数分も経たずに陸に上がって来ることだろう。


 「キ、キタヤマさまぁ……」


 「……あぁもう、わかったよ。 コレだけでも上出来だ」


 涙目で魔法を使い続けるイリス。

 どうにかしてと言わんばかりの瞳に負けて、両手に持った槍を一本ずつ放り投げた。


 「ホラ、終わりだ。 よく頑張ったな」


 「ありがとうございます……すみません」


 「いや、何度も言うが上出来だよ」


 放った槍は眼球から脳髄を貫通し、猪は大人しくなった。

 そして魔法を解いた沼はすぐさま乾き始め、普通の土へと帰って行く。


 「こんな調子で、私達は強くなれるんでしょうか……」


 その場に座り込んでしまったイリスが、随分と弱気な発言を呟いていた。

 ほんと、コイツは何を言っているのだろう。


 「俺達がウォーカーを始めた初日、三人がかりで王猪を一匹だけ仕留めたんだ。 とはいえ実力があったからじゃねぇ、本当に偶然だ」


 「……はい?」


 「その後も鹿とか狼とか、とにかく大の男三人で必死に狩りをしたんだよ。 一匹に対して俺ら三人だ」


 「えっと」


 困惑の眼差しを向けるイリスに対して、とりあえず頭を撫でながらため息を吐いた。


 「だから、お前等みたいな若いのがコレだけの魔獣を普通に狩れる時点で、結構凄いんじゃねぇの? わかんねぇけど。 俺らはもっと苦戦してたからよ、正直すげぇと思うぜ?」


 俺らには魔法も何もなかった。

 教えてくれる人だって居なかった。

 だとしても、だ。

 高校生くらいの歳の少女たちが、魔獣に向かって武器を振るっているのだ。

 それだけも、十分凄い事なんじゃないだろうか。

 高校生くらいの俺なら、普通にちびっていたかもしれない。


 「なんで……そうやって」


 「あん?」


 「なんでもないです!」


 やけに赤い顔のイリスに睨まれてしまった。

 落ち込んでいた様だから励ましたのに、今度は怒られてしまった。

 若い子って、やっぱりわかんねぇわ。


 そんな訳で、二日目の狩りも順調に進んでいった。

 魔獣肉を使えない事は厄介だが、それでも今回は市場で普通の肉も仕入れて来たのだ。

 今日を入れてあと三日。

 素直な子達が来てくれたおかげで、何とかなりそうな兆しが見えて来た俺達だったのであった。


 ――――


 「おーし、出来たぞ~」


 キタヤマ様が声を上げれば、周辺を警戒していた私達は一斉に彼らの元へと戻る。

 昨日の夕飯からお世話になっている訳だが、前回の私同様、パーティメンバー達もすっかり胃袋を掴まれてしまったらしい。

 シートの上に並ぶ食事を眼にして、誰しもがゴクリと唾を飲み込んだ。


 「相変わらず……凄いですね。 どれも美味しそうです」


 「貴族のお嬢ちゃん達からしたら大したモノじゃないだろ。 ホラ、水とハーブで手洗ってからな」


 そう言って桶を差し出される私達。

 前にもキタヤマ様はそんな事を言っていたが、多分貴族というモノに偏見というか、偏ったイメージを持っているのだろう。

 普段から豪華なモノを食べているとか、庶民の食事なんか食べられないとか、そんな所だろうか。

 まあ確かにそういう貴族も居る。

 野外授業が始まる前に絡んで来た2人なんて、そのイメージの代表例といえるだろう。

 しかし、私達は違う。

 私の家は確かにそれなりの地位があり、豪華な食事を求めれば家にいるコックが作ってくれる環境はある。

 だが普段からそんな食事をしているのかと言われれば、断じてそんな事はない。

 そんなモノは、お客様がいらっしゃる時くらいなもの。

 普段は小洒落たモノなどではなく、簡単な食事で終わらせる事の方が多いのだ。

 昔からお父様が無駄遣いを嫌う性格なのもあるし、ここ最近では私自身が料理に興味を持ち始めた影響もあるが。


 「毎度言っておりますが、謙遜が過ぎますわ。 十分以上に美味しいですし、皆様がお店を出したら毎日通ってしまうかもしれません」


 パーティの仲間達も力強くブンブンと縦に首を振るものの、やはり信じてはもらえないらしく、キタヤマ様は呆れた笑顔を浮かべている。


 「ま、お世辞でも嬉しいよ。 ほら、食おうぜ」


 そんな訳で皆して手を合わせ、“悪食流”の食前の挨拶を済ませてから食事に手を付け始める。

 まずはどれにしようか……なんて迷っていると周りに取られてしまうので、美味しそうなモノを片っ端から手に取って行く。

 どれも美味しそうだから、余計に困るんだが。


 「タケノコご飯って昨日初めて食べましたけど、やっぱり美味しい……」


 うっとりとした様子で御握りを頬張るアル。

 分かる、コレ凄く美味しい。

 以前に食べた“炊き込みご飯”も美味しかったけど、タケノコが入るだけでまた別物に代わる。

 しっかりと味の沁み込んだおコメと、柔らかくもコリコリと歯触りの良い触感を残すタケノコ。

 他の野菜の甘味や鶏肉の旨味も加わって、いくら食べても飽きが来ない。

 魔獣肉ではないというのが若干の不満なのだが、それでも十分に美味しい。

 私はいつになったら魔獣肉の旨味を感じる事が出来るんだろうか。


 「味噌汁でしたっけ。 このスープがやっぱり凄く落ち着きます……今日はジャガイモが入っているんですね。 凄くホクホクして美味しいです」


 ティアは味噌汁が気に入ったご様子。

 この味噌汁と呼んでいるスープは、やはりどこのお店を回っても見つからなかった。

 味噌を使ったスープ自体はあるが、こんなにあっさりとしていない。

 ギトギトの油が入っていたり、まさに味噌を溶かしましたという味をしていたり色々だ。

 でも“悪食”の作る味噌汁は、どこまでも体に染みわたる。

 ホッとする様な優しい味なのだ。

 どうやって作っているんだろう、後でニシダ様に聞いておかないと。


 「これは、絶対ダメです。 一度食べたら独り占めしたくなります、ご飯も進みますし、単品でもずっと食べられてしまいます」


 フィーが食べているのは“タケノコと鶏肉の煮物”というらしい。

 長い時間煮込み続ける事で、鶏肉は口に入れた瞬間ほぐれる様に溶けていく。

 そして炊き込みご飯に使われたモノよりも、ずっと柔らかくなったタケノコ。

 その他の野菜の旨味やショーユにミリン、その他諸々の味が染み込んだソレらは、単品でもご馳走と言って良いだろう。

 噛みしめる様に味わっていると、悪食のメンバーからは「渋いねぇ」なんて言われてしまったが。


 そんな訳で、私達は彼等の食事に十分過ぎる以上に満足していた。

 もっと言ってしまえば、私以外の3人は貴族とは言え裕福ではないのだ。

 平民に比べればずっと大きなお金を動かしているのは確かだが、利益が多いかと言われれば少し悩んでしまう様な貴族だって存在する。

 下手したら借金をしている者だっている位だ。

 そんな訳で、私たちの舌は完全に悪食の料理に夢中になっている訳だが。


 「貴族の飯ってどんなの何だろうなぁ……」


 「豪華! なんてイメージはあるけど、確かにパッと思いつかねぇなぁ。 あんまり腹に溜るイメージはない」


 「ローストビーフとか? あとオヤツに絶対ケーキと紅茶飲んでそう」


 「見たこともありませんから、何とも言えませんねぇ」


 各々そんな事を呟きながら食事を続けている悪食メンバー。

 思わず皆して苦笑いをしながら、彼等の話に耳を傾けてしまった。

 実際そんな事ばかりを繰り返している貴族は少数だというのに。

 なんて、言葉だけで伝えても信じて貰ないだろうが。

 今度数日間我が家に泊まってもらえないだろうか。

 あぁでも、そんな事をすればお父様が張り切ってご馳走を用意する事だろう。

 だとしたら、余計に誤解を招いてしまうかもしれない。

 そんな事を考えながら食事を続けていると。


 「タケノコご飯を焼きおにぎりにしてみるか、味噌でも付けて。 食う奴居るかぁ?」


 その一言に、その場に居る全てのメンバーが手を上げたのであった。


 ――――


 現在、夜。

 テントを張って、女性陣が風呂というか体を洗っている状況。

 そんな訳で、男3人衆はテントを囲む形で警備に当たっている訳だが。


 「う~~む」


 「どした、こうちゃん」


 テントから距離が空いている為、何だかんだ会話をする時は声を張る。

 入浴中の女性陣にも聞こえてしまうかもしれないが、大した問題じゃない。

 聞かれたら不味い話をしている訳では無いので。


 「こう、なんかムズムズしてこねぇ? 鈍っちまいそうで」


 「あぁ、なんかわかるかも。 とは言え、上位種とかダチョウの群れとか経験したから思う事なんだろうけどね。 以前の僕らなら、普段からこんなモンだったと思うよ?」


 東の言う通りなのだ。

 前の俺達なら日に十数匹魔獣を狩る程度。

 だから昔の様な、まったりサバイバルに戻っただけと考えるべきなんだろうが……。

 ここ最近おかしな数の魔獣と正面切ってやり合ったばかりだしなぁ。

 しかもその後のダンジョンはイージーモードだったし。

 とは言っても、ゴリラの群れなんかはこの森よりも刺激があったが。


 「すっかり戦闘狂になっちまったなぁこうちゃん。 でもまぁ、レベルが結構上がってからかな? 確かに俺もそんな感じだわ」


 前回の防衛戦を超えて以降、レベル45にはなったモノのソコから上がらない。

 やはり上がりづらくはなるか、なんて思っていたが。


 「まさかダンジョンに潜っても上がらないとはなぁ」


 「確かレベルの概念自体が結構あやふやなんだろ? 何をしたら効率よくレベリングできるかってのも証明されてないとか」


 「でも僕達のレベルってかなり異常な速度で上がっているって言われたよね? なんだろうねぇ、狩りと食べる事? ダンジョンでは単調作業みたいに狩っちゃったから上がらなかったとか?」


 「わっかんねぇ、やっぱ大物倒さなきゃダメなんかね?」


 アイリも随分と長い時間を掛けてレベルを上げたって言ってたし、アナベルは種族が変わった瞬間からかなり上がりやすくなって今に至るって話だし。

 やっぱ時間を掛けてコツコツやって行くしかないのかね?

 まあ俺らは別にレベルをガツガツ上げたい訳では無い。

 とはいえ、やはりレベルなんて目に見えるモノがあると上げたくなるのがゲーマーってもんで。

 更に言えば身体が異常なまでに強化されている現状で、何割かの力で事が片付いてしまうと……こう、なんというかモヤッとするのだ。

 要は体を動かしたくなる。

 たまには全力全開で。

 そういう意味では、この三人だけで久しぶりに森に潜った時はかなり暴れた。

 全員レベルも一緒だし、誰かに配慮する必要もない。

 自由に動き回れば、他の自由に動き回っている奴が合わせてくる。

 そんな事を繰り返しながら、片っ端から狩り尽くした。

 今考えると完全に獣だったなぁ、俺ら。

 はぁ、と溜息を吐いて膝を曲げれば。


 「あ、あの……私達の事は大丈夫ですから、暴れてきます?」


 「はい?」


 声がしたので振り返って見れば、テントから濡れた髪のイリスが顔を出していた。

 テントで体を隠している事から、まあそういう事なのだろう。

 頼むから服を着てから声を掛けて頂きたかった。


 「ここは中間地点というか、一般生徒も頑張れば到達出来る地点でして。 いざとなれば救援も呼べますし、走ってキャンプ地に帰る事も可能な距離です。 もう少し進めば魔獣が増えるという話も聞いた事がありますし……って来ます?」


 先程の会話に対する彼女からの譲歩というか、解決策というか。

 そんなモノが提示されてしまった。

 いやいや、今回は彼女たちの護衛が仕事な訳でして、万が一を考えれば一瞬たりとも離れる訳にも……。


 「周囲に魔獣はおりません。 それに、今の彼女達なら多少の襲撃には対処可能だと思われます。 もしも“発散してくる”のでしたら私が残りますよ? ここらの魔獣であれば、私でも十分に対処可能ですから」


 そう言って、耳をピコピコさせながら南も顔を出して来た。

 その体を、テントに隠して。

 お願い、服を着てからにして。


 「あぁいや、しかし仕事を放置して狩りに行く訳にもいかないからな。 あと服を着ろ」


 「だよな、流石に欲求を満たすためだけに仕事を放り出すのは……あと皆服着てから話しかけて?」


 「流石に無責任だよね、せめて僕らの内の一人でも残しておけばまだ安心なのかもしれないけど……あ、南ちゃんを信用してない訳じゃないよ? でも僕らの拘りというか何と言うか……あと服着てね? これでも僕ら男なんで」


 各々そんな事を言い放った後、ピンと来た。

 東の一言によって。


 「一人、残れば良いのか?」


 「確かに、ここら辺の奴らなら誰か一人居るだけで安心感が違う」


 「自分で言っておいてなんだけど、確かにそうだよね……」


 そんな訳で、全力を掛けたジャンケン大会が開催されたのは言うまでもなかった。

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