第55話 手間はかかるが旨いヤツ


 「アル、イリス。 来たぞ、気合い入れろ」


 「「はいっ!」」


 声を掛ければ二人共杖を構え、詠唱を開始する。

 眼の前から迫るのは闇狼。

 周囲の他の魔獣は悪食メンバーが抑えているので、今の所一匹。


 「ホレホレ、早くしないと齧られるぞ」


 「あ、焦らせないで下さい! “アースウォール”!」


 「こっちも終わりました! “バインド”!」


 詠唱が終わったイリス達が狼の進行方向に土壁を作り、ソレを躱す狼に対して蔦が伸びて後ろ脚を拘束する。

 やっぱり魔法って奴は便利だ。

 是非俺達も使いたい所なのだが……いや、言うだけ悲しくなるだけだ、止めよう。


 「ティア、フィー。 出番だ」


 「「はいっ!」」


 元気な返事を返してから、二人の少女が飛び出して行った。

 魔術師のアル、長剣使いのティア、レイピア使いのフィー。

 正確には家名とか色々自己紹介されたが、忘れた。

 名前が長い、あと横文字がいっぱい。

 なので呼び易い上に覚えやすいあだ名を教えてもらい、俺もソレに倣っている状態。


 「ティア、一気にケリをつけようとするな! 足を狙え、いつまで魔法で抑えられるかわからねぇんだぞ!」


 「は、はいっ!」


 「フィー! お前はティアの作った隙を無駄にするな、雑に刺すな! お前の得物はレイピアなんだ! 集中して弱点を突け!」


 「りょ、了解です!」


 やはり拙い。

 つい最近まで日本でのんびり生きて来た俺が言うのも何だが、そう思えてしまう。

 それも仕方ない事なのだろう。

 彼女達はまだまだ若い、魔獣を眼の前にすれば当然怖いと感じる。

 どうしたって腰が引けてしまう。


 「ダメだな、仕留めきれねぇ。 イリス、アルは次を準備、魔法で仕留めろ。 前衛二人は引け!」


 「「はいっ!」」


 指示を出して、彼女達が詠唱を始めた頃。

 限界を迎えた蔦が千切れ、再び狼が自由になった。

 これはちと手を貸さないと不味いか?

 なんて考えた次の瞬間。


 「こっちを向きなさい! “ヘイトコントロール”!」


 アルの杖が力強い光を放ち、ソレに誘われたかのように狼が一目散にこちらに向かって駆けてくる。

 いいなぁ、あぁいう事が出来れば随分楽になるんだけど。


 「決めます! “アースニードル”!」


 狼が飛び上がった瞬間、イリスが魔法を放った。

 狼の着地地点と思われる場所から、一本のデカい土の杭。

 ソレ自体が突き刺すのではなく、ただただその場に設置しただけ。

 だが空中にいる狼に回避の術は無く、自らの素早さの分だけ脅威に変わるトラップ。

 そんな杭に成す術がある訳もなく、狼は飛び込んで勝手に絶命する。

 最後にキャイン! と情けない声を上げれば、ダランと脱力して動かなくなった。


 「お疲れ、上出来だ」


 そう言って頭に手を置いてやれば。


 「まだまだ、一匹目ですわ!」


 「わ、私達だけでシャドウウルフを……」


 随分と対照的な反応を見せるイリスとアル。

 そして戻って来た残る二人はといえば。


 「す、すみませんでした……」


 「お役に立てなくて……」


 辛気臭い顔をしていた。

 アレかね、やっぱ最後に止めを刺した人間が偉いみたいな風習があるのかね。

 補助魔法しか使えない魔導士は~みたいな件もあったし。


 「何言ってやがる。 お前らが手負いにしたから狼の行動が単調になった上、動きが遅くなったんだ。 それに近接が居なければ、アルはずっと拘束魔法に注力する事になったんだぞ? だとすりゃ、今回のはパーティの手柄だろうが。 自信持てよ」


 ハッハッハと笑いながら残る二人の頭も撫でてやる。

 ていうか、子供と見ると頭を撫でている気がするが、よく考えると相手貴族様じゃん。

 不味ったかな。


 「は、はいっ! 次も頑張ります!」


 「あ、あの! 突くコツとか教えてくれませんか!? 槍を使うんですよね!?」


 どうやら問題なかったらしい。

 二人共顔を赤らめながらも、元気よく返事を返してくれた。

 とはいえ流石に高校生くらいの歳だ、頭を撫でられるのは恥ずかしかったのだろう。

 今度から注意しよう。

 なんて事を思っている内に、悪食のメンバーも帰って来た。


 「こうちゃんが若い子とキャッキャウフフしてやがる……せっかく土産を持ってきたのに」


 「ハハハ、どうやら北君は今日の収穫はいらないらしいよ? 僕らだけで食べようか」


 「ご主人様……あまり多くの女性に手を出すのは感心致しません」


 好き勝手言ってくれる。

 おいコラ、どう見たって子供あやしている様なモンだろ。

 そして南、誤解を招く発言は止しなさい。

 俺誰かに手を出した記憶とか無いよ?


 「アホな事言ってないで、どうだったんだ? 周りは」


 「問題が発生した」


 「あん?」


 やけに深刻そうな顔をしながら、西田が“とあるモノ”を取り出した。

 それは。


 「なっ!? おい……まさかここに来てご対面なのか!?」


 「あぁ……ヌルイ森だとばかり思っていたが、こりゃすげぇぜ。 イリス嬢に許可取ってもらって、仕事が終わったらもっかい来ないか? ココって確か学校の敷地というか、そういう所なんだろ?」


 「山菜の数も凄いけど、何より種類が豊富なんだよ。 大根丸も凄い数が居る……北君、ココは宝の山だよ」


 ちなみに、今回取得した魔獣素材や魔石などは学校側に提出するらしい。

 なので、お土産厳禁。

 但しソコは魔獣としか言われなかった。

 それだって皮とか爪とか魔石とか提出して置けば何とかなるだろう。

 つまり肉やら山菜は集め放題。

 もしかしたら怒られるかもしれないが、マジックバッグに放り込んでおけばバレない気がする。


 「えっと、コレ自体は知って居ますが……美味しいんですか? 凄く硬そうですけど」


 疑問の声を上げる南に、俺達は一斉に顔を向けた。

 ギュンッ!と音がしそうな勢いで。


 「南、コイツはな? 手間はかかるし食べられる量も少ないが、非常にコリコリして旨いんだ」


 「焼いて良し、煮ても良し。 さらには炊き込みご飯とかにしたら、そりゃもう……」


 「それこそ皆で行ってた居酒屋の御通しに出て来たよね? なんだっけ……あ、そうだ。 コレと鶏肉の煮物。 美味しかったなぁ……」


 思わず昔食った御通しを思い出し、じゅるりと涎が零れる。


 「鶏肉との煮物……作りましょう、食べましょう。 もっと必要なら探してきます、匂いも覚えたので」


 鶏肉大好き南さんが、俄然やる気を見せ始めた。

 さて、俺達が何を手にしたかといえば。

 それはタケノコ。

 アク抜きだ何だと色々手間を掛けさせてくれるが、コイツは旨い。

 学生時代、婆ちゃんにタケノコの処理を教わってからというもの、ひたすらにタケノコを食ったくらいハマった。

 時たま食いたくなる食材、それがTAKENOKOなのだ。


 「よっし、下処理すんぞ! 水辺に移動開始!」


 「あ、ご主人様! 私水を出せる位には魔法が使える様になりましたから、この場でも問題ありません!」


 「ナイスだ南! サクッと下処理しちまうぞ!」


 そんな訳で、急に始まったタケノコの下処理。

 コイツは兎に角手間が掛かる。

 そして取って来たからには、さっさと手を加えないとアクが出続ける。

 分かりやすく言えば、放置した分だけえぐみが増すのだ。

 皮を少しだけ剥いて、皮つきの状態で茹でる。

 それも時間が掛かる上、終わっても更に下処理が続く。

 これはしばらく、東にコンロごと持って歩いてもらう事になるかもしれない。


 「あ、あの皆様……?」


 困惑顔の少女たちが、俺達に恐る恐る声を掛けてくるが。


 「晩飯は期待しろよ!?」


 「は、はいっ!」


 ソレだけ言って、とりあえず黙らせた。

 まだまだ日は高い。

 晩飯くらいには、なんとか食べられる状況になるだろう。

 ふはははは、今から楽しみだ。

 とはいえ、魔獣肉を食べさせるわけにはいかないからやはりタケノコご飯か?

 あとは煮物。

 南は絶対に魔獣の鶏肉を所望してくるだろうが、ソレと同時にお嬢ちゃん達用の普通肉の煮物も作るとして。

 あぁ忙しくなって来た。

 今日はタケノコパーティだ。


 「あ、それとコレ周りにいた魔獣な。 たいしたのが居なかったから、小物ばっかだけど」


 「せめて猪とかは居て欲しかったんだけどねぇ。 あ、でも豚は結構いたよ?」


 「狼が数匹うろついて居ましたが、訓練用に放置しています。 鳥は結構居たので狩ってきました、もちろん卵も」


 そう言って差し出されるマジックバッグ。

 あぁ、そんなもんかぁなんて思いながら受け取ってみたが、後ろからはすんごい視線が飛んできている。

 ゴメンね、狼やっと倒した所だもんね。

 これから成長していけば良いんだよ?

 なんて、生暖かい視線を送ってみると。


 「「「明日からは複数戦でお願いいたします!」」」


 なんとも、向上心のあるお嬢様方であった。


 ――――


 「イリスはまだ帰って来て居ないみたいですわね。 もしかして森の中で野営するつもりなのかしら」


 そんな事を呟きながら、エリーゼがテントに戻って来た。

 エリーゼ・ヴォイル。

 今回の野外受業におけるパーティメンバーであり、僕の婚約者。

 金色の髪と目を輝かせながら、自然と僕の隣に腰を下ろす。


 「そんな事をすれば夜通し魔獣の警戒をしなければいけないというのに。 全く、身分は高くても彼女はやはり野生児だね」


 僕達が居るのは、学校側で用意された集団野営地。

 普段に比べれば劣悪とも言える環境だが、一応ベッドなども用意され、食事も提供される。

 いくら何でも、保存食を喰らってこの数日間を乗り越えろなんて無理な話だ。

 昼には一度食べてみたが、食えたもんじゃない。

 あんなのは豚の餌だ。

 保存食の中でも高いモノを実家に用意してもらった筈なのに、とてもじゃないが貴族の食べ物とは思えなかった。


 「やはり索敵能力を持っているメンバーが居ると違いますわね。 今日だって既に闇狼を2匹も討伐出来ましたし」


 「あぁ、何でももっと大きな魔獣を見つけたらしいから、明日には更に成果が上がる。  本当に、簡単な授業だよ。 コレで僕達の評価が上がるんだからね」


 「んっ。 アウル、駄目ですわ。 いくらなんでもこんな場所では」


 彼女の服の隙間に手を差し込めば、彼女は甘えた声を洩らす。

 言葉では拒否しているものの、その表情は間違いなく“その先”を期待していた。


 「アウル・クライシス。 この名に恥じぬように、明日の英気を養わないといけないからね」


 「もう、そういう事なら仕方ありませんわね。 どうぞ? アウル。 存分に私を召し上がって下さいな」


 美しい婚約者は、そんな台詞を吐きながら服を脱ぎ去って行く。

 こんな悪環境なんだ、せめて他の欲だけも発散させておかないと。

 そんな事を考えていた矢先。


 「アウル坊ちゃま、失礼いたします……っ、失礼。 お邪魔でしたか」


 とんだ横やりが入った。

 テントに顔を出したのは僕が雇った騎士団長。

 これでもかなり無理を言って、更には金を使って護衛に付いてもらったのだ。

 だというのに、こんな所で空気が読めないとは……使えない奴らだ。


 「……なんだ? 重要な報告なんだろうね?」


 すっかり気分が醒めてしまった。

 エリーゼも興が醒めてしまった様で、冷たい視線を彼に向けながらシーツを胸元に寄せる。


 「ハッ、何でもイリス嬢が未だ戻らないとの報告を受けまして」


 「そんな事は分かっている。 ソレを伝えに来ただけな訳?」


 「それは失礼いたしました。 それから、昼間の悪食とかいう連中……もしかしたら不味いかもしれません」


 「はぁ? あんな黒鎧が何になるって?」


 “あの”イリスが雇った、ウォーカー達。

 ソレだけでも普通では無いという事自体は分かっている。

 だとしても、所詮はウォーカーだろ?

 しかもあんな鎧を着ている様な連中だ。

 多少腕は立つとしても、こちらの脅威になる程には到底思えなかったが。


 「彼等“悪食”は、この状況に特化している人物達の可能性が……」


 「は?」


 「長期の野営、または魔獣狩りに特化した者達である可能性が浮上致しました。 なので、ペースを上げないと我々が成果で負ける可能性も」


 馬鹿を言うな。

 相手はウォーカーだぞ?

 兵士や騎士団なら、数日間の野営なんて出来て当然。

 でもウォーカーはそれすら嫌う、日雇いの連中だろ?

 そんな奴等に負ける? 高い金を払って騎士を雇ったのに?

 ふざけるんじゃない。


 「っ! 明日から魔獣狩りのペースを倍にする! とにかく大物を狙うぞ! いいな!」


 「ハッ!」


 そう叫べば、彼は慌てた様子でテントから出て行った。

 何だこれは、何なんだコレは。


 「アウル?」


 不安そうな表情を浮かべるエリーゼを、無理矢理ベッドに押し倒した。

 あぁイライラする。

 このままでは眠れそうにない。


 「今日は早く寝ないといけなくなった。 明日は早いよ? だから……」


 「えぇ、早くシて明日に備えないとね」


 その夜、野営地には誰とも分からぬ喘ぎ声が響き渡ったという。

 誰も彼も、自制心を削りながら眠りについたのは言うまでもなかった。

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