第54話 教えて、悪食先生
「初美、平気?」
「……え? あぁ、うん。 大丈夫」
やけにボケッとした初美に対して、望が心配そうに声を掛けている。
もう、何度目の光景だろうか?
今はレベル上げの最中。
だというのに彼女は心ここにあらずといった様子で、呆けた顔で前方を眺めている。
全く、やる気があるんだろうか。
「ボケボケしてると魔獣に齧られるぞ、初美」
「あぁ、うん。 わかってる」
俺が名前を呼んだというのに、彼女は呆けた様子で返事を返してくる。
普段なら気安く呼ぶな、なんて文句を言われそうな所なのに。
「しっかし、見つからねぇもんだな。 俺を攻撃した馬鹿共。 勇者を攻撃するなんて、大罪も良い所だろうに」
「黙れ」
先程とは違い、鋭い視線に射抜かれる。
あぁ、コイツの悩みというか……耽っているのはソコか。
「ウォーカー共もろくに語ろうとしないし、中々反逆者を見つけるのは骨が折れそうだが……見つかったらどうなるんだろうな? やっぱ死刑かねぇ?」
「黙れと言っている!」
今度は武器まで抜いた。
もう間違いないだろう。
コイツは、俺を攻撃した“ヤツ”を知って居る。
とはいえ、実際は見つけた所でどうする事も出来ない訳だが。
勇者に攻撃したとはいえ、前回は状況が状況だ。
罪に問えるかといえば、ソレはかなり難しいという話だった。
非情に腹立たしい事ではあるが、ソイツを罪に問えばこちらの評価に関わるらしい。
王族って奴もそこまで好き勝手は出来ないとかなんとか……全部伏せたまま軽く死刑にでもしてしまえば良いのに。
「初美! 止めて! 優君もその話は今じゃなくて良いでしょ?」
そう言いながら間に入ってくる望に、ヒラヒラと手を振って答えてから視線を逸らす。
いつか思い知らせてやる、俺にふざけた真似をした連中に。
そんな事を思いながら、視線の先にいる魔物を睨んだ。
ここはダンジョン。
手近なダンジョンが攻略されてしまったらしく、少しだけ遠くまで足を運んだ俺達。
全く、手間を掛けさせてくれる。
そんな事を思いながらも、同時にダンジョンを攻略したというモノ達に興味が湧いていた。
ハッキリ言えば、俺でも攻略は難しくないだろう。
しかし、とにかく数が多い上に距離が長いのだ。
もしもそんな実力者達を仲間に引き入れられれば、どれ程“楽”になる事だろうか。
「あぁ、もうホント。 この世界は飽きないよ」
ひとり呟きながら、俺は今日も剣を振るうのであった。
――――
あぁ、ついに始まってしまった。
地獄の様な依頼が。
「“悪食”の皆様! よろしくお願いしますね!」
元気よく挨拶するのはイリスのみ。
ほら、周りを見てごらん?
顔が引きつって居るだろう?
コレが世間一般の反応だよ?
そんな事を思いながらも、俺だけは返事を返す。
俺以外に、言葉を発してくれる人物がいなかったので。
「あぁ~えっと。 ウォーカーの“悪食”ってクランだ。 数日間お前達の事を守る依頼を受けた。 よろしくな」
そう言って手を差し伸べてみれば、イリス以外の女子生徒達はバッ! と音がする勢いで距離を取った。
ですよね、コレが普通ですよね。
今回の依頼に参加するのは俺、西田、東、南。
以上、それだけ。
他の皆は忙しかったりサボったり……いや、色々と予定が重なって参加不可と告げられた。
貴族とつるむのが嫌だって理由で放棄した訳じゃないと思いたい。
白なんか「やだ、偉そうにする奴嫌い」とか言っていたが。
彼女も過保護対象のお世話が忙しいから、きっと仕事を断っただけだ。
そう信じよう。
せめて中島には来て欲しかったのだが……残念なことに仕事がブッキング。
今日から子供達が作った小物なんかを、本格的に店に卸すとの事。
いやぁ、生き生きしてますなぁホント。
そんな訳で、改めて目の前の女生徒達を観察。
なんでも野外授業はパーティで挑むらしく、イリスの他に3人程の少女たちが。
こっちにも女子高校生って言えるような制服があるんだぁ~なんて思っていたのは最初だけ。
今では怯えた小動物たちが目の前で震えている。
すまない、鎧が黒くて。
怖がらせている上、周囲から浮いているね。
本当にすまない。
そんな事を思いながら、差し出した右腕を下げた瞬間。
「おやおや、フォルティア家はこのような下民を呼んだのですか? 奴隷を使わなければいけない程落ちぶれて居るとは、流石の私も気づきませんでしたわ」
「止めなよ、きっと色々と事情があるんだろうし。 とはいえ、コレは流石に……フフッ」
何か良く分からないが、お嬢ちゃんとお坊ちゃまが御登場なされた。
当然名前なんか知らないし、顔も見たことは無い。
だが、性格は悪そうだ。
更にはその周りに、やけにイケメン風吹かせた鎧を着た集団が。
眼光自体は鋭いが……あんまり警護に集中している雰囲気ではない。
これは俺みたいに無理矢理連れて来られた系かな?
「ご紹介しますわね? 私たちが呼んだのは、かの有名な騎士団。 その名を――」
「随分と気の抜けた方々を連れて居るのですね? ヘラヘラしているだけで、周囲の警戒さえしていない。 コレが戦場なら、“悪食”に五度は喰われていますわよ?」
イリス嬢が、真正面から喧嘩を売り放った。
俺達の名前を使って。
止めてイリスさん、コレ以上俺達を目立たせないで。
あと向こうの護衛さん達物凄く睨んでるから。
「へぇ、随分な自信がおありなんですわね? その“悪食”? 全く聞いた事もありませんが。 全く、どこの田舎から連れて来たのやら」
「キタヤマ様、彼女の護衛を叩き切っちゃって下さいませ」
「おい、流石に駄目だろ」
こいつ等仲悪いのか? なんて思っていたが、他の少女たちも嫌悪感を見せて居る所から、多分普段からこの態度なのだろう。
初っ端から面倒くさそうなのに絡まれちゃったよ。
こういうのが嫌で貴族社会に関わりたくなかったのに。
「ま、“ソレ”の実力も今回の授業で明らかになるだろうし。 楽しみだね、是非とも驚く様な成果を上げて頂きたいモノだよ。 そこの“黒鎧”に大した事が出来るとは思わないけど」
安っすい挑発を投げかけてくるお坊ちゃん。
とはいえ、ガキんちょに偉そうな態度取られると流石に頭に来るな。
更には周りの護衛達も、煽られた事によって完全に俺らを敵視してるし。
あ~ヤダヤダ。
こういうタイプめっちゃ嫌い。
騎士団って言ってたっけ?
ギルの奴、こんな堅苦しいのに囲まれながら仕事してたのか?
よくストレスで禿げなかったモンだ。
「ま、程々に頑張ってやるよ。 あくまでも今回は護衛だからな、依頼主のお嬢ちゃん達が無茶しない限り俺らは見ているだけだ」
「おや、ご自慢の護衛は随分弱気なんだね? 今から言い訳かい?」
「ハッハッハ。 イリス、このガキ引っ叩いて良いか?」
「許可致します」
「許可しないで下さいイリス様。 ご主人様、ダメですからね」
そんなやり取りの末、高笑いを上げながら嬢ちゃん坊ちゃん組は帰って行った。
雰囲気としては最悪。
相手に言いたい事だけ言わせて、こちらが言葉を飲み込んだ形になったのだから。
「とにかく、そろそろ始まりますわ。 こうなったら彼等の成果が霞む程の魔獣を狩りましょう。 頼りにしていますわよ、“悪食”の皆様」
「任せとけ、森の中で普通に生活できる技術も含めて叩き込んでやる」
そう言って握手を交わす俺とイリスを、周りはやけに不安そうな面持ちで眺めて居るのであった。
――――
何度も言うが、今回の依頼の主目的は護衛。
魔獣と接敵した際の保険と、生徒達が一匹を相手にしている間、周りの警戒や複数体の場合数を減らすのが俺達の仕事。
そしてそもそもの戦い方や、森の中で注意事項などを教えるらしい。
任せろ、大得意だ。
なんて言いたかったが、どうにもこの野外授業。
夜には集団の野営地に戻る事が前提で進んでいくらしい。
「え、やだ」
「最後まで説明させてくださいませ……」
口を挟んだ俺に対して、イリスが呆れた声を洩らしながら説明を続ける。
自信のある者、耐えられる者は各々好きな場所で野営しても構わないとの事。
しかし参加しているのはお金持ちのお坊ちゃんお嬢ちゃん達。
当然設備もあって、周りに護衛が大量にいる集団野営地に戻る連中がほとんど。
俺らもそうするのか? と深いため息を溢しながらイリスを見下ろしてみれば。
「ご安心ください、パーティメンバーには貴方方の事を説明してあります。 そして野営を続けても大丈夫なメンバーが、彼女達です」
そんな事を言ってくるが、どう見ても不安そうな顔を浮かべている少女たち。
まずメンバーとして何が出来るのかといえば、イリスを含めた魔法使いが2人。
接近戦を得意とするのが2人。
とはいえ、レイピアと細めの長剣を各々携えている事からあまり無茶は出来そうにない。
魔法を使うのが二人も居るなら、講師としてアナベルを連れてくるべきだったのだが……彼女もまた、孤児院のお仕事。
付与魔法は彼女が居ないと教えられないからね、仕方ないね。
「とりあえず、無理のない程度に進む。 このメンバーのみの野営を続けるつもりだが、辛くなったらちゃんという様に。 こういう環境ではまず我慢しない事、言いたい事は全部言え。 わかったな?」
「「「はいっ!」」」
うむ、何とか返事をしてくれるくらいにはなった。
流石に終始怯えられていると、心に来るからな。
しっかし……もうちょっと恰好がどうにかならなかったのだろうか?
野外活動だというのに、何で皆制服着てるの?
なんて事を考えながら、ジロジロと視線を送っていると。
「あ、もしかして服装ですか? ご心配なく、ウチの学校の制服は付与魔法が付いていますから。 その辺の鎧よりずっと防御には優れているんですよ?」
「あぁ~うん、そうか。 まぁ、今回は良いか」
正直それでも肌を晒している部分が多いのは不安が残るし、周囲でスカートをヒラヒラされるとちょっと落ち着かないんだが。
流石にそこまで注文を付ける訳には行かないだろう。
とはいえ、ウチの南を見て見ろ。
短パンから伸びる足はちゃんとタイツを履いているし、上半身も首から上しか晒していないんだぞ。
皮鎧も着ているし、ゴツイブーツと皮手袋もセットだ。
コレが野営スタイルだよ君達、よく覚えておくように。
「南、今晩にでも色々と服装の事とかを教えてやってくれ。 テントの中ではお前にまかせっきりになるからな」
「了解です、ご主人様」
そんな短い会話を終えた俺達は、森の中を歩きだした。
難易度というか、森に生息する魔獣のランクといえば、普段俺達の通っている森よりずっと低い。
たまに狼が出る位で、ほとんどはもっと小型ばかりらしい。
とはいえ、ソレは日帰りで帰って来られる範囲の話。
奥へ奥へと進めば、もっと大物がいるんだとか。
「うしっ! んじゃ今日は可能な限り奥へ進むぞ。 本格的な狩りは明日以降になる、今日は森の中で歩くことに慣れてくれ」
日数は4日間。
今日少しだけ狩りをして、明日明後日はガッツリ行こう。
そんで最終日は一日中歩けば、多分帰って来られんだろ。
かなりざっくりな予定を立てて、俺達は歩き出した。
まだ見ぬ新しい森に心躍らせながら。
――――
やっとだ、やっと“悪食”と行動が共にできる。
思わずニヤけてしまいそうな口元を隠しながら、私達は彼等の後に続いた。
視界に有るのは森、森、森。
生い茂っている草木のせいで、昼間だというのに薄暗い。
黒い鎧の彼等が影に入ったりすると、一瞬何処に居るのか分からなくなってしまう。
これは思った以上に大変な野外授業になりそうだ。
だとしても、待ちに待った“悪食”との野営活動。
楽しみだ、非常に楽しみで仕方ない。
彼等の活躍を実際にこの眼で見た事は少ない。
しかし、耳に届く彼らの活躍は心躍るモノばかり。
ダッシュバードの巣、それも百を超える魔獣を相手に生き残った。
スタンピードでは最前線に立ち、周囲のパーティを巻き込んで集団戦闘の指揮を取り、被害を最小限に抑えた。
そしてこの前で言えば、ダンジョンを平然と攻略して来た強者。
ゾクゾクする。
まるで童話の世界の英雄が、眼の前で動いている様だ。
今私はそんな彼等の隣に立っている。
お父様、お母様、この時代に私を生んでくれてありがとう。
多分私は、今人生で一番興奮しておりますわ。
「あ、あのイリスさん……本当に大丈夫なの? 彼等かなりガンガン進んでるけど……周囲の警戒とか」
メンバーの一人が、不安そうな声を上げた。
視線を送ってみれば、誰しも同じような顔をしている。
それも仕方ない事だろう。
“彼等”という存在を知らなければ、不安にもなる状況だ。
私が集めたメンバーは、貴族社会においてあまり力を持たない者達。
権力がある貴族はコレでもかとばかりに金に物を言わせて護衛を雇うし、“悪食”を雇う私に対して冷たい目を向けて来た。
そう言った理由もあるが、彼女達も野営自体は不慣れながら抵抗が少ないメンバー。
そして、“ちゃんと自分の事を一人で出来る”仲間達なのだ。
下手に立場の高い人間をパーティに入れて見ろ。
護衛の彼等を使用人の様に使い始めるだろう。
そんな奴等は、邪魔だ。
これは私達が成長する為の“授業”であって、キャンプを楽しむ遊びではないのだ。
「大丈夫ですよ。 とにかく今日は彼等について行く事だけに集中してください。 ホラ、今も――」
パシュッと小さな音が響く。
ミナミ様のクロスボウから矢が放たれ、遠くで何かが落ちる音が聞こえた。
そしていつの間にか消えたニシダ様が、鳥を掴んで再び音もなく合流する。
コレだ、コレなのだ。
もはや常人の成せる業ではない。
彼等は“狩り”というモノにおいて、間違いなくプロ。
更には想像を絶する実力で、数々の修羅場を潜り抜けている。
こんな人たちが、私達の護衛をしてくれているのだ。
もう、怖いモノを想像する方が難しい。
「フフフッ、ホントに明日からが楽しみで仕方ありません」
「えっと、凄い人達っていうのは……今ので分かった」
「ちなみに、さっきので3度目ですわよ」
「うそっ!?」
彼等の行動はあまりにも“自然過ぎる”。
だからこそ、歩き疲れて足元ばかりに視線を落としていれば見逃してしまう程、違和感無く魔獣を狩る。
“ついで”と言わんばかりに大きな動作などせず、更にはろくに音も立てずに。
本当にゾクゾクする。
森の中での彼等は、一度目を離してしまえば何処かへ消えてしまいそうな程、“目立つのに目立たない”。
まるで陽炎の様だ。
だからこそ私は、フォルティア家はずっと彼等を追って来たのだ。
見失ってしまわない様に。
「さぁ、強くなりますわよ。 私達は、その為にココへ来たのですから」
ニッと口元を吊り上げれば、周りのメンバーも力強く頷いてくれた。
私が集めたメンバーの特徴。
“強くなりたい”。
本気でそう願っている者達だけを集めたパーティ。
立場が低いから見返してやりたい。
力をつけて、家の役に立ちたい。
その想いは様々だが、向かう先は一緒だ。
目の前の彼等、その大きな壁に私達は必死に追いつこうと足を動かしたのであった。
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