第53話 蟹、食えず
ダンジョンボス。
それは階層の間にいたり、特定の階層を周回していたり。
様々な形で登場する“強敵”らしい。
そして当然、最下層には最も強い個体が設置される。
ソイツはボスというか、主と呼ばれるらしいが。
まあ要はダンジョンのラスボスだ。
基本的にはソイツを倒せばダンジョン攻略となるらしい。
なんて、簡単に言うが。
当然だが楽な仕事じゃない。
何日もダンジョンに潜らなきゃいけない訳だし、その間の備品もしっかりと貯蔵しながら移動しなければならない。
しかし、報酬も大きい。
ハイリスクハイリターンとは、まさにこの事。
ダンジョンを攻略すると、ダンジョンコアというモノが手に入るらしい。
それはかなりの高額で取引される上、ウォーカーギルドから報酬も支払われるとの事。
更にはボスを討伐すればご褒美とばかりに“宝箱”が出現する。
本当にゲームだ。
ソレを現実のものとしたのが、ダンジョン。
一旦ダンジョンコアを持ち去られたダンジョンは、“大人しくなる”。
別に消失する訳でも、崩落するわけでもない。
ただただ、魔獣や魔物を生み出す数が極めて少なくなる。
その成果は、周囲の国にとって非常にありがたいモノだという。
だからこそ国も金を払う。
そんな訳で、今日もウォーカー達はダンジョン攻略を目指す。
珍しいアイテムや、ダンジョン攻略を目指して。
と、いうお話だったのだが。
「何も手に入れられないままボス部屋に到達しました」
「俺、やっぱダンジョン嫌いだわ」
「魔石がお金になるのは分かるけどさ、うん。 楽しくない」
「ご主人様方……ダンジョンに楽しさを求めないで下さい」
目の前に広がるのは、とんでもなくでっかい扉。
はい、この先にボスが居ますと言わんばかりの出で立ちだ。
ふざけんな、ふざけんなよ?
宝箱はことごとくミミックだし、倒しても食い終わった蟹の殻しかドロップしないし。
ココのダンジョンは、深層まで訪れるウォーカーが少ないから宝箱にミミックが寄生したのではないかという意見もあったが。
だが言わせてもらおう、ふざけんなと。
「一週間近く潜って、成果は魔獣の肉片と魔石だけですか……ハハハ。 魔石が高く売れると良いですねぇ……」
「ダンジョンは、クソ」
「皆荒れてますねぇ……」
「まぁえっと、こんな事もありますよ……」
皆どこか疲れた様子で扉を眺めている。
こんな事ってあるだろうか?
俺ら初ダンジョンよ? 夢と希望を持って挑んで来たのよ?
だというのに、出てくる物はスカばかり。
正直、全く持ってダンジョンというモノに旨味が感じられない成果であった。
ボスドロップも下らないモノだったら、入り口セメントで塞いじゃうかもしれない。
セメント持ってないけど。
「んじゃ開けるぞ。 警戒はするが、期待はするなよ?」
そう言いながら、巨大な門を押し開く。
普通なら一人ではとても開けられそうにない程巨大だが、少し押したら自動ドアの様にひとりでに開いてくれた。
こんな所に経費を使うくらいなら、道中にもっと使って欲しかった。
そんな我儘な感想を思い浮かべながら、俺達はボス部屋へと侵入したのであった。
――――
「それで、結果がコレか」
「笑いたければ笑えよ……むしろ笑ってくれよ……」
「いや、まぁ。 残念だったな……魔石の数だけでも十分な成果だと言えるが」
支部長に、非常に微妙な顔をされてしまった。
それもその筈。
ダンジョンを攻略したというのに、成果がショボすぎるのだ。
あの後ボス部屋に侵入した俺達を待ち受けていたのは、それはもう大きな蟹。
早い話、ドデカイミミックだった。
槍を貫通させ、斥候組が眼を潰し、東が甲羅を開いた。
まさに圧勝、だというのに。
ボスからドロップしたのはデカい蟹の爪。
もちろん中身などない。
宝箱? 出ましたよ、ちょっと大きい魔石が入っただけの奴が。
以前のデカい亀やら狼の方がずっと大きかったけど。
そして最後にダンジョンコアを回収したが、そこまで大きなダンジョンではなかったらしく、手に入れたのは光るルービックキュブみたいな代物。
これでも一応かなりのお金には変わるらしいが……ハッキリ言って何かを成し遂げた、手に入れたという感覚が全くない。
ダンジョン……オイ、ダンジョン。
ボス部屋からまた三日くらいかけて戻って来たというのに、コレかよ。
ダンジョンコアが抜かれると“大人しくなる”というのは本当らしく、帰りは随分安全に帰って来られたが。
逆を言えば、帰りは兎に角何も無かったのだ。
「あんだよ……マジックバックどころか、珍しいモノの一つも出ねぇじゃねぇかよ……」
凄く、時間を無駄にした気分だった。
まあお金を稼ぎに行ったとだけ考えれば、成果としては上々なのだが。
「まぁダンジョンは一つではない。 それに攻略したというのはかなりの成果なんだぞ? その辺りも含めて、まぁ……その、なんだ。 よくやったな」
「うっせぇ……もうダンジョンなんかいかねぇ」
「いい大人がそう拗ねるな……魔石とコアだけでも報酬は随分なモノだぞ」
そう言って、支部長は今回のドロップ品のリストを机の上に戻した。
ソイツに視線を向けてみれば、ほとんどのモノに“廃棄”と書かれている。
ゴリラの毛皮なんかはデカいモノであれば多少値が付いたが、腕のみとかはほぼダメ。
その他の魔獣で言えば、最後のデカい蟹の爪が売れたくらいなモノで、後はゴミだった。
ああもう、蟹食いたかったなぁ……。
「まぁとにかく、報酬としては結構な額になるんだ。 お前の所はこれからも金が必要になるのだから、今の内からしっかり貯めておけ」
へいへい、なんて適当な返事を返している俺に対して、支部長は今一度ため息を溢した。
孤児院の方は中島が管理しているし、フォルティア家が結構な額を出してくれているので今の所問題なし……との事。
しかも着実に物品で利益を上げている。
付与魔法の付いた小物は非常に人気なんだとか。
そして“悪食”の懐事情はと聴かれれば、ホームを購入した影響で一時期スッカラカンにはなったが、今では結構取り戻してきている。
トール達のお陰で武具の整備は無料に近いし、新しい物を作る時だけ“仕事”として頼む程度で済んでいるのだ。
それを考えると、出費と言える程の出費が殆どない。
調味料と、毎月皆のお給料、というか分け前くらいだろうか。
とはいえ一番値が張る装備関係が格安で済むし、家もある。
飯は自分達で作っている。
そもそもほとんど街に居ないので、金を使う時間自体が少ない。
そんな訳で、皆少ないお金だけを受け取って「パーティ用にお財布に入れて置いて~」くらいなもんだ。
トール達は酒代を欲しがっているが、全員で飲む時以外は自分の店で稼いだ金で飲んでいるみたいだし。
そんな訳で、割と良い調子で懐は潤っている。
まあそれでも支部長の言う通り、多く貯めておいて損はないだろうが。
老後でも考えるか……。
「とまぁダンジョンの話はこれくらいで良いとして、だ」
「あんだよ、また何かあんのか?」
「勇者の顔に泥を塗ったお前達に対して、動きが出始めた」
「……ハッ」
思わず顔が引きつった。
勇者、その言葉だけでも吐き気がするってのに。
前回の戦闘から、更に嫌いになった。
アイツが馬鹿みたいにビーム撃たなければ、5人も死ぬことは無かったのだ。
多分目の前に現れたらぶん殴ると思う、ビームで俺が消されるかもしれないが。
それでも殴る。
「正確に言えば、ウォーカーを装った者達が“悪食”の事を聞いて回っている。 流石に強硬手段に出るとは思えないが、それでも警戒する事を勧める。 なのでお前達も貴族の後ろ盾を――」
「ちょいちょい、待った。 ウォーカーを装った者って何で分かるんだ? もしかしたら普通のウォーカーが俺らの悪評を聞いて、調べようとしてるだけかもって線は?」
「ない」
「何でそう言いきれる」
「私がこの街のウォーカー全てを記憶している上、入国したウォーカーの書類には目を通しているからだ」
「え、ウチの支部長……意外と有能?」
「キレても良いか?」
なんでも全ウォーカーを記憶しているらしい支部長様が見る限り、ココの所知らない顔がギルドに出入りしているとの事。
しかも彼らは仕事を受ける訳でも、クエスト掲示板を眺める訳でもなく、ウォーカーから話を聞くだけ聞いてギルドを出る。
そりゃまぁ、怪しいわな。
むしろ全ウォーカーを覚えている支部長の頭の方が、随分と危険な気がするが。
「という訳で、だ。 私が唆した責任もあるが、お前達は目立ち過ぎた。 なので貴族の後ろ盾をもっておいた方が、後々の保険になる。 そういう意味も含めて、次はこの依頼を受けて見ろ。 指名の依頼だ」
「いや、俺らに貴族の知り合いって……あっ、“戦姫”のお嬢か? 面倒なのはゴメンだぜ?」
「面倒にならない為に今の内から関係を築いて置けと言っている。 忘れているようだから言っておくが、私やアイリ。 そして孤児院に出資してくれているフォルティア家なんか、貴族の中でも指折りの大物だからな?」
「あ、そういえば結構居たね。 貴族」
「そろそろ殴っても良いか?」
そんな訳で差し出された依頼書に目を通していく。
しかしながら……何だこれは?
いつもの○○してね! 報酬は○○だよ! みたいな簡単なモノじゃなくて、契約書みたいな文字数なんだが。
眼が疲れる。
なんて事を思いながら眉を顰めている俺を見て、支部長が盛大なため息を溢してから口を開いたのであった。
「簡単に説明すると、近い内に貴族の子供達が集まる魔法学校で、野外授業が行われるそうだ。 その際娘のパーティの護衛として、フォルティア家はお前達を指名している」
「野外授業なのに、護衛?」
「あぁ、魔獣の相手をするらしいからな。 それと、どれ程強い護衛を連れて居るかによって周囲の評価が変わる。 要は貴族社会の見栄の張り合いだ」
「やだ」
「うるさい、受けろ。 フォルティア家と今後も良い関係で居たいだろう?」
今までにない程、拒否権という言葉が霞んでいた。
フォルティア家、詰まる話イリスの所のお仕事だ。
確かに彼女の所には、建物だ土地だ支援金だとかなりの借りがある。
だとしても、だ。
コレはガチで貴族社会に関わる依頼なんじゃないのか?
面倒事な雰囲気がプンプン匂ってくるどころか、トラブルの気配しかしない。
しかも何だよ野外授業の護衛って。
護衛を見せびらかすだけのイベントなら、俺らじゃなくてもっとイケメンで光り輝く鎧でも装備したヤツでも雇えよ。
確かこの世界じゃ黒い鎧ってのは、あんまり評価良くないんだろ?
何で俺らが行かなきゃならんのか。
完全に晒しものやん。
「言いたい事は分かるが、フォルティア家との関係を続けていく以上、こういった依頼は避けられないぞ。 彼等は“悪食”だから支援しているのだ、他のウォーカーならこんな真似はすまい。 大貴族に信用されている、そう思って数日子供の御守りをしてこい」
はっきり言おう。
滅茶苦茶イヤだ。
貴族の子供達相手なんでしょ? せめてイリスだけならまだ良いが……他の子もいるんでしょう?
面倒くさい事この上ない。
舐め腐ったガキ共に囲まれ、更には数日間?
無理無理。
孤児院の子供達くらいなら可愛いと思えるが、思春期真っ盛りの生意気小僧なんかにデカい態度取られたらぶっ飛ばしてしまうかもしれない。
俺はそういう子供耐性なんぞ持ち合わせていないぞ。
そんな事を思いながら支部長に目を向ければ……。
「ちなみに、報酬にはフォルティア家が貯蔵しているマジックバッグも含まれる。 イリス嬢がお前達の話を聞いて、父上に相談したそうだ。 かなりの品物らしいぞ?」
「……マジで?」
「マジだ。 こちらでも色々探してみた結果、マジックバッグの最短ルートはそこしかない」
「……受けます」
「よろしい」
という事で、俺達の次の仕事が決定した。
ダンジョンでも手に入らなかったマジックバッグ。
それが報酬となるなら、多少の恥やら面倒事を請け負うくらいの対価には十分だ。
金も欲しいが、マジックバッグはもっと欲しい。
食べる人間が増えれば、狩ってくる数も増える。
そんな訳で、今後を考えると絶対に確保しておきたい報酬だった。
「でも、良いのかよ? 俺ら貴族の前に出て恥ずかしくない服なんか持ってないぜ?」
なんて事を言い放てば、支部長は依頼書を再び俺の目の前に突き付けた。
ある一文を指差しながら。
「ココを見てみろ。 護衛はすぐに戦闘出来る状態で参加する様に、そう書いてある。 フォルティア家はいつもの恰好で良いと言っている。 つまり、お前達はその黒鎧で参加する訳だ。 見た目だけでも目立つんだ……あまりおかしい行動は取るなよ?」
ベシベシと依頼書を叩きながら、支部長は念を押す様にそんな言葉を紡いできた。
全く失礼な奴だ。
その言い方では、俺達が常に非常識な行動を取っている様ではないか。
「うっす」
正直否定できないので、素直に頷いて置いた。
あぁ、嫌だなぁ。
貴族の坊ちゃん嬢ちゃん連中にまみれ、更にはお高く留まった護衛にさえ冷たい目で見られる事だろう。
こういうの、凄く嫌だ。
子供がお高い私立の学校とか行ったときに、授業参観で俺だけ貧乏丸出しで参加する様な気持ち。
実際に子供は居ないので、想像でしかない訳だが。
「まぁ、準備して置け。 普段に比べて随分と楽な仕事だとは思うが、普段とは違う辛さがある仕事だ。 メンバーの選別もちゃんと考えておけよ?」
そんな訳で、依頼は受注された。
あぁ、もしかしたら俺一人で挑む事になるかも……。
なんていう不安を胸に、俺は今日もホームへと帰って行くのであった。
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