第52話 ロマンと現実


 今更言う程ではないが、ウォーカーという職業は圧倒的に男性の方が多い。

 そりゃそうだ。

 肉体面の意味もあるが、普通なら飯は不味いし、風呂にも入れない。

 グリーンとブルーのハーブで匂い消しや消毒は出来るモノの、やはり水浴びくらいはしたい。

 だからこそ普通は野営の際に水場を選ぶ事が多いのだが……ダンジョンの中では、水場なんて早々見つかるはずがない。

 更にココは“安全地帯”と呼ばれる、所謂休憩所。

 水辺何てあれば、人が殺到している事だろう。

 そんな訳で、今日は風呂なし。

 となる所だったのだが、アナベルが居るから水もお湯も使える。

 よってテントの中で体を拭く形になったのだが……。


 「北君……もう、何人目かな?」


 「知らん、数えるのも馬鹿らしい」


 アナベルが言っていた“後で分かる”とはこういう事だったのだろうか。

 突っ込んで来た大馬鹿者を掴んで、群れの外へと放り投げた。

 しかし俺達の周りには、まだまだ群がる男の群れ。

 ソレらがこちらを警戒する様に、ジリジリと近寄ってくる。


 「おい、それ以上近寄ってきたら警告なしに狩るぜ?」


 「全く……血に飢えた野獣とはこの事ですね。 女性を求めるならまず相手に誠意を示しなさい」


 西田と中島も拳を構え、静かに腰を落とす。

 “こちら側”は基本的に自由な事が多い。

 そしてダンジョンの中ともなれば、人の目に付く事の方が少ない。

 詰まる話、犯罪や悪さをするにはこの上なく状況が整った地な訳だ。

 そして、“こちら側”のモテないメンズ達は……非常に馬鹿だった。

 多分、俺達以上に。

 だからこそ、こういう事も警戒しておくべきだったのだ。


 「お前ら! ズルいぞ! 4人も女の子連れてるくせに!」


 「そうだそうだ! “覗き”くらい良いじゃねぇか!」


 非情に欲求に素直な大馬鹿者共。

 なるほど、ダンジョンに籠るとこういうのが増えるのか。

 今まで出会った男性陣はまともだったんだな。

 ギル、ヘタレとか言ってスマン。

 カイルのパーティなんて紳士揃いじゃねぇか。


 「黙れクソボケ共がぁ! 最初に来た奴なんざ“一晩貸せ”とかほざいたんだぞ、ぜってぇに近寄らせねぇからなぁ!?」


 はい、現在女性陣が入浴中。

 というか体を拭いているだけだが。

 気持ちは分かるよ? 分かるけど、殺すよ?


 「東! 一人も通すな! 西田と中島は周りから来ようとする奴を叩きのめせ! 俺は正面を潰す!」


 「「「了解!」」」


 その後鉄壁の東はウォーカー達をはじき返し、疾風の名を持つ西田と足自慢の中島の蹴りが炸裂し、俺は兎に角暴れまわった。

 死屍累々とはまさにこの事だ。

 ほとんどのウォーカー達が地に伏せ、“安全地帯”にいた僅かな女性陣は呆れた視線を俺達の方へと向けいている中。

 やっと入浴していたメンバー達がテントから顔を出した。


 「ご主人様、お疲れ様です」


 「流石は名高い“悪食”のメンバーとデッドライン。 誰も殺してない?」


 「あはは……予想してたよりもずっと激しそうでしたねぇ」


 「皆、おつ」


 そして残った男性陣からは、「間に合わなかったぁぁぁ!」という悲痛な叫びが。

 馬鹿だ、本気で馬鹿だ。

 覗きに命賭けてやがるこいつ等。

 まあ誰も死んではいないが、多分。


 「……出るぞ」


 「北、トイレ?」


 「ちゃうわ! こんな所でおちおち眠れるか! 魔獣に囲まれてた方がずっと安心できるわ!」


 そんな訳で、“安全地帯”での野営を諦め、俺達は出発する運びとなったのであった。


 ――――


 それからというモノ、“安全地帯”とやらは基本的にスルーして進んだ。

 アレは危険だ。

 安全とか言いながら、危険しかない。

 飯を作っていても人が寄ってくるし、女が居れば寄ってくる。

 閉鎖空間な上、生命の危機を常に感じる様な環境なのだから本能としては正しいのかもしれないが。

 それでも俺達にとってはたまった物ではない。

 どうやらダンジョン内では基本的に風呂というか、体は洗わないモノらしい。

 その為少数だが休憩所に居る女性陣は、基本お風呂を我慢するそうだ。

 俺らの様な事にならない為にも。

 そんな訳で、魔物やら魔獣やらが蔓延るダンジョンの中でテントを張り、代わる代わる見張りを立てて眠る日々。

 もはやこっちの方が、俺達としては安心して眠れる環境になっていた。


 という訳で、潜ってからはや三日程。

 太陽が見えないので、肌感覚にはなってしまうがそれくらいは経った気がする。


 「随分と人が減って来たな」


 呟きながら見回す安全地帯には、二つのパーティしか滞在していなかった。

 どちらも疲れた表情を浮かべており、俺達の方へと視線を向ける余裕もなさそうだ。

 こんな所で飯を作ったら、一体どんな目で見られてしまうのだろう。


 「キタヤマさん、今絶対無粋な事考えているでしょう? ダメですよ、そんな事をしたら心からの恨みを買いますからね?」


 アイリにジト目を向けられてしまい、大人しく両手を上げる。

 流石にやらんよ、俺も鬼じゃない。

 そんな訳で、この階層も素通り。


 「こうちゃん、これ何層目だっけ?」


 「あぁ~多分4か6? 観光気分でゆっくり来たから結構時間かかっちまったな」


 「まぁ初心者用ダンジョンなんて言われていますからねココ。 突破速度か、長時間潜れる準備と気力があれば、結構簡単に攻略出来るんじゃないかって噂です」


 なるほど、ならこんなに緩いのも頷ける。

 他のパーティの戦闘や、罠を解除するウォーカーの様子。

 そんなモノを見つけるたびに足を止め、ダンジョンの中での常識とやらを確認しながら歩いて来た俺達。

 マジで観光客だ。

 その為随分と時間を掛けてしまったが、今の所成果はほぼゼロ。

 このままじゃ流石に不味い。

 本当に遊びに来ただけになってしまう。


 「大丈夫ですよ、ここから先はほぼ手付かずの状態でしょうから」


 そう言って微笑むアナベルであったが、逆にその笑顔が怖い。

 前回みたいな、100を超える魔獣とかに遭遇したらシャレにならないぞ。

 なんて事を思いながら階段を下りた先に広がっていたのは……ジャングルだった。


 「俺達は……帰って来た」


 「ただいま……」


 「あぁ、落ち着く」


 「三人の感想が、キモイ。 野生児」


 酷い言われようだ。

 だって仕方ないじゃないか、森なんだもの。

 俺らのホームグラウンドですよ。


 「しかし森ですか……ダンジョンは不思議でいっぱいです」


 「ですね。 深い層へ向かえば向かう程、階層ごとに環境が変わる」


 南と中島も興味ぶかそうに周囲を眺めている。

 本当にダンジョンってのは不思議だ。

 階層ごとに、別の場所へとテレポートしたんじゃないかってくらいに環境が変わる。

 これは非常に面白い。

 世界各地を一瞬で旅行しているような気分だ。

 とはいえ、浅い所ではずっと洞窟だが。


 「ホラ皆さ~ん、呆けてないで進みましょう? 今この時でさえ、魔獣や魔物に見られている可能性だって――」


 「まず一匹」


 アイリが喋っている間に、木の上から飛び掛かって来た黒い影。

 それに向かって槍を投げた。

 ソイツは地面に落ちると、ブスブスと煙を上げながら地面に溶けていく。

 そして残るのは魔石のみ。

 不満があるとすれば、肉が残らない事だろう。

 ダンジョンは死体を食う。

 何故か魔石だけは残すが、それでも俺達にとって収穫は少ない。


 「今の、見たか?」


 「ゴリラだったな」


 「ゴリラだね」


 上から降って来たのは、間違いなくゴリラ。

 しかし、猿の様に身軽に動いていたが。


 「ゴリラを食おうとは思わんから、別に良いか。 存分に狩るぞ」


 「判断基準が色々とおかしいんですよねぇ……あ、槍回収しますね」


 アナベルの得意分野、付与魔法。

 それは本来武器や鎧に魔法効果を付け、威力や防御を上げたり、魔法攻撃を可能としたりするものらしい。

 しかし、俺の武器に付与されたのは“リターン”という、無くしたモノが手元に戻ってくるという一般生活に使われる魔法だった。

 そして魔法を欠片も使えない俺は、武器を戻す際にアナベルに頼らなければいけない。

 ほんの少しでも魔法が使えれば、スイッチを押すかの如く使用可能らしいのだが。

 俺、西田、東にはそもそもそのスイッチが押せない。

 解せぬ。

 とは言え非常に助かるし、非常に便利だとは思うのだが……俺以外のメンツの武器にはこの“リターン”が付与されていないのだ。

 なんかちょっと納得いかない。

 でも手元にすぐ戻ってくる槍は凄く便利。


 「ご主人様、少なくとも10体以上。 20に届きそうな数が、こちらを見ています」


 「見つけた」


 ピクピクと耳を動かす南と、唐突に矢を放つ白。

 彼女が矢を放った方向から、ドサッと何かが落ちて来た。

 相変わらず、マイペースである。

 後で魔石を回収するんだから、出来れば分かる所に撃ち落としてほしいが。

 流石にソレは欲張り過ぎか。


 「うっし、んじゃ掃討しながら進むぞ。 ここからは宝探しも含まれてんだ、各々気づいた事があったら声を掛けてくれ。 西田、アイリ、中島は離れすぎない様に」


 「「「了解!」」」


 そんな訳で、ゴリラ狩りが始まった。

 とは言っても、斥候メンツと弓メンツが優秀であまり出番は無さそうだが。


 「しゃぁ! 久々の大舞台だぜ!」


 「お供致します西田さん」


 「近づいてくるのは私達が担当するわ。 シロさんは死角や遠い魔獣を――」


 「もうヤってるから、大丈夫」


 そんな訳で、周囲の魔獣狩りが始まった。

 悲しい事に肉は得られないが、魔石だけは確保できる。

 そして時たま、ダンジョンではドロップ品が手に入るらしい。

 倒した魔獣が飲み込んだウォーカーの装備品だとか、備品だとか。

 いる? それ。

 普通に要らないよね?

 たまにお金とか、素材を落としてくれるらしいのでソッチは欲しい所だが。


 「こうちゃん! ドロップ品!」


 「西田、こらぁ! やけに汚ねぇドロップ品投げて渡すんじゃねぇよ! 体液まみれじゃねぇか!」


 「ふんっ! あ、北君何か出たよ」


 「東ぁぁ! てめぇも良く分からんモノを投げてくるな! 俺は廃品回収業者じゃねぇんだぞ!?」


 そんな訳で、ゴリラからドロップする“アイテム”と言う名のゴミを、ひたすらに投げつけられるのであった。

 リーダーってなんだっけ。


 ――――


 「お前ら……マジでふざけんなよ?」


 やたらと綺麗に魔獣を片付ける周囲に比べて、俺だけは色々な液体に身を汚していた。

 飛び出せ! ゴリラの森! 的な場所では良く分からない皮やら肉片やらを投げつけられ、その後訪れた場所でも似たような状況。

 投げ渡されるのはドロップ品の為、避ける訳にもいかない。

 だからこそ、ただ一人だけドロドロ状態になっても回収した訳だが。

 なに、ゴリラの腕とか何に使うの?

 素材として使えんのコレ? それとも食うの?

 トカゲの尻尾とかもドロップしたけど、まだ動いてんだけど。

 今日だけは南にマジックバッグ渡しておかなくて良かった……。


 「あの、何て言うか。 すまん」


 「なんか落ちたと思ったら反射的に……ネトゲでもゴミアイテム集めちゃうタイプだったから。 ごめんね?」


 西田と東がそんな事を言いながら視線を逸らすが、俺には分かる。

 こいつ等絶対口呼吸してやがる。

 臭いのなんの、それどころじゃないのは分かっているがコレは俺も傷付くぞ?


 「北、臭い」


 「えぇっと、お風呂の前に鎧を洗いましょうか。 手伝いますよ?」


 「ご主人様、お手伝い致します」


 白中南の三面が各々口を開くが、やはり若干一名おっさんを傷つけてくる。

 畜生め! ダンジョンってのはもっとロマンが溢れている所なんだと思っていたよ!

 肉も取れないのに、何でこんな体液まみれにならにゃいかんのか!

 うがぁー! と吠える俺に対して、ダンジョン経験者の二人は呆れた視線を向けていた訳だが。


 「えぇっと、普通こんなもんだからさ? むしろ被害が一人で済んでいるだけ儲けもの? みたいな?」


 「鎧は皆で洗いますから、その何と言うか……お疲れ様です?」


 そんな訳で、俺達はダンジョンを更に潜って行く。

 現状、成果なし。

 倒した魔獣の魔石くらいは拾っているが、他の物と言えば良く分からん皮やら体の一部やら。

 しかも、下処理をしていないのだ。

 たっぷりと血液を含んだ体の一部がドロップされる。

 ふざけんな、だったら俺らに解体させろ。

 という事情もあり、ゴリラの階層から数段下へと降りる頃には、色々とボロボロの精神状態になっていた。


 「いい加減宝箱の一つでも……ん?」


 言葉というのは、やはり口にして効果が表れるモノらしい。

 愚痴ではあったものの、宝箱と口にした瞬間。

 視線の先には木製のザ・宝箱が。


 「見つけたぁぁぁ! お宝じゃぁぁぁ!」


 そんな事を言いながら走り出した。

 それはもう一目散に。

 頼む、良い物であってくれ。

 強く願いながら、宝箱に一番乗りをかますと。


 「キタヤマさん! 駄目です!」


 「くっ! ウォーターボール!」


 俺の脇を抜ける様に、アナベルの放った水魔法が宝箱を吹っ飛ばしてしまった。

 なんて事をしやがる。

 コレが今回の初収入になるかもしれないのに。

 思わず振り返って文句を言おうとしたその瞬間。


 『キキッキ、ギギギ――』


 「はい?」


 おかしな鳴き声が眼の前から聞こえた。


 「キタヤマさん離れて! ミミックです!」


 アイリの叫び声と同時に視界に映るその姿は。


 「蟹だ」


 「蟹……だと?」


 「蟹……しかもデカい」


 宝箱から出て来たのは、とんでもなくデカい蟹。

 ヤドカリの様に宝箱を背負ってはいるが、それでも立派な蟹であった。

 ちなみに既に赤い、ボイル済みかな?


 「大当たりじゃねぇか! 海の幸だ! 野郎ども狩るぞ! 絶対逃がすな!」


 「うぉぉぉぉ!」


 「カニ鍋! 焼きガニ!」


 三馬鹿トリオで襲い掛かったは良いモノの、ココはダンジョン。

 討伐してしまえば、死体はダンジョンに喰われる。

 ソレさえ忘れて一斉に武器を叩き込めば、そりゃあもう当然の結果に終わった。


 「なんで、なんでだよぉぉぉ!?」


 俺達の手に残ったのは、蟹の爪。

 中身は無し、殻だけ。

 ふざけんな、今までは中身どころか血抜きすらしていなかったのに。

 何で蟹だけは中身まで美味しく頂かれた状態でドロップするんだよ。


 「俺、ダンジョン嫌い」


 「俺も」


 「分かる」


 「ご主人様方……」


 そんなこんなで、俺らのダンジョン攻略は進んでいく。

 もはやこんな場所さっさと出て行ってやるとばかりに、ガツガツ進めながら。

 もう嫌だ、ご馳走を眼の前にぶら下げながら取り上げる環境なんぞにいられるか。

 という訳で、俺達はいつも以上に早足でダンジョンの奥底へと足を運ぶのであった。

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