第51話 ダンジョン
「あぁクソ、ひでぇ目にあった……」
乗合馬車に揺られながら、首回りをゴキゴキと鳴らす。
一晩中直立状態な上、一切体の自由がきかないというのは存外辛いモノだった。
まだ救いだったのは土の中がほんのりと温かく、風邪を引く様な結果にならなかった事くらいだろうか。
「モテ期到来のリア充に天罰が下ったんだな」
「仕方ないね、修道女を堕とすとか神様だって怒るよ」
「俺が食らったのは天罰じゃなくて体罰だろうが……」
いけしゃあしゃあと好き勝手な事を述べる西田と東を一睨みしてから、どかっと背中を壁に預ける。
流石に眠い……いくらなんでもあの状態じゃろくに眠れる訳がない。
「とはいえ、クーアさん“らしくない”行動に思えましたが」
「アレでしょ。 悪食のリーダーを堕としちゃえば、貧乏教会暮らしに戻らなくて済むっていう。 彼女等も必死なんじゃない?」
南とアイリのそんな会話が聞こえてきて、ボケ~っとしながらも「あぁなるほど」と一人納得してしまった。
追い出されない為にも、既成事実を作っておこうって腹づもりってのは確かにあるのかもしれない。
こっちの世界じゃ15歳で成人らしいから、今居る子供達も数年後には巣立っていくだろう。
それまでは放り出すつもりなんぞさらさらないんだがなぁ……。
「まぁその辺りは長い時間を掛けて信用してもらうしかないでしょう。 その為にも、安定した経営を心掛けないといけませんね」
「北、ホレられた訳じゃなくて草」
草、じゃねぇよコラ。
中島が真面目な話をしているというのに、相変わらずのマイペース白娘であった。
あぁ、ダメだ眠い。
馬車って結構揺れるんだが、それでも瞼が下がって行く。
あかん、流石に乗合馬車の中で寝コケるなんて、こっちじゃスリの恰好の的になるってのに……。
「キタヤマさん。 皆居ますから大丈夫ですよ、どうぞ」
アナベルのそんな声が聞こえて来たかと思えば、体を横に引き倒された。
いや、流石に横になったら場所取るやろ……なんて思考を最後に、意識は完全に夢の世界へと旅立ってしまったのであった。
――――
ダンジョン、それは数多くのウォーカーが集まる場所。
とはいえ誰しも長い時間は滞在したがらないので、浅い層を日帰りから数日程度潜る事が多い。
そう言った事情もあって、人の入れ替わりは非常に速い。
そしてその入り口ともなれば、ウォーカー以外にも多くの商人達も集まっていたりする訳だが……そんな中に、一組だけおかしなパーティが居た。
「俺は無実だぁぁ!」
「いや、今回のは完全ギルティ」
「北君、膝枕されながらの馬車の旅は快適だった? そっかそっか、それじゃ逆さ吊りね?」
「バッ! お前ら流石にソレは仕事に支障が出るからヤメッ……どわぁぁ!」
真っ黒い鎧の連中が、メンバーの一人を簀巻きにしてそこら辺の木に引っかけている。
吊るされた男が何かやらかしたのだろうか? 膝枕とか何とか聞こえた気がするが。
「ご主人様、流石にあぁいった行為は人前では控えた方がよろしいかと……」
「リーダー自ら風紀を乱しちゃ駄目でしょ~」
どうやらアイツら、パーティリーダーを吊るしているご様子。
マジかよ、普通のパーティならあんな事出来ねぇよ。
リーダーにあまり威厳がないのか、それともとんでもなく仲が良い連中なのか。
どちらにせよアレはない。
「人間ミノムシ、ウケる」
「白! てめぇ! 中島、中島はどこだぁ!? アナベルでも良い、助けてくれぇぇ!」
「二人共、買い物して来るって。 市場調査も兼ねて」
「おいぃぃぃ!」
やけに騒がしい簀巻きのリーダーはぐねんぐねんと体を動かしながらも、やがて大人しくなっていく。
アレは頭に血が登って辛そうだ……なんて、誰もが視線を送っていると。
「うわぁ……そろそろ下ろして差し上げた方が良いのでは? いくら北山さんでも、コレは仕事に支障が出そうですよ」
しばらくしてから、残りのメンバーが帰って来たのか。
これまた真っ黒い革鎧と燕尾服の男と、やけにスタイルの良い女が彼等と合流した。
そして渋々と言った雰囲気で下ろされるリーダー。
「えっと、大丈夫ですか? しばらく横になります?」
そう言って、まさに魔術師って恰好の女は隣に腰を下ろす。
さらにはその太ももポンポンと叩いているではないか。
あぁなるほど、アレが吊られた原因か。
周りで見ていた取り巻きのウォーカー達も「把握した」とばかりに強く頷いていた。
確かにアレはけしからん。
目の前でやられたら、俺でもリーダーを吊るすだろう。
「アナさん、それだとご主人様がまた吊るされてしまうので止めてあげて下さい」
「あぁ~えっと、なんか、ゴメンね?」
そんな会話を最後に、リーダーがその場で一人横になる。
どうやら彼らはそのまましばらく休憩する様だ。
まったく、ダンジョンに何をしに来たんだが……。
「ずあぁぁぁ……気持ちわりぃぃ……」
皆が呆れた視線を向ける中、吊るされていたリーダーだけは情けない声を洩らし続けていた。
――――
しばらくの休憩を挟んだ後、俺達はやっとダンジョンの中へと踏み込んだ。
見た目は普通の洞窟、とはいっても随分と広いが。
「初ダンジョンだぜぇ!」
「とは言っても、少し探索したらご飯の時間になっちゃいそうだけどね」
「お前らがあんな事をしなければもっと早く潜れたってのに……」
テンションの高い二人を他所に、俺だけげっそりとした顔で隣を歩いて行く。
後ろから付いてくるメンツもどことなくウキウキしたご様子。
まあそれも仕方ない。
アイリとアナベル以外は、皆初ダンジョンな訳だし。
「しっかし、見た目はザ・ダンジョンって感じだが……案外人が多いのな。 観光地みてぇ」
「ある意味では間違っていませんよ、浅い層はとにかく人が多いですから。 あ、人が戦っている時は助けを求められるまで手を出しちゃ駄目ですからね? 特にキタヤマさん、見つけた瞬間槍投げとかしないで下さいね?」
「後は稀に魔物の大群を押し付けられたりする事がありますから、ソレも注意ですよ。 ウォーカー同士が味方とは思わないことです。 信用できるのはパーティのみ、忘れない様にして下さいね」
経験者二人から、そんな事を言われてしまった。
やっぱりあるんだね、そういうルール。
本格的な戦闘はもっと奥に潜ってからって感じになるかな、こりゃ。
「確かゲームなんかでもそんなルールがあるって聞いた事がありましたね。 キタヤマさん達の方が、その辺りは詳しそうです。 白さんも詳しいので?」
「ん、横取り、トレイン、PK。 やると白い目で見られる」
「横取りは分かりますけど、トレイン? ぴーけー? っていうのは初めて聞きますね。 “異世界”の言葉ですか?」
やはり皆のんびりとしている。
そして白よ、こっちじゃPKは白い目どころかヤバイからな?
絶対にやるなよ?
そんな訳で進む事数十分。
多々分かれ道などもあったが、中島とアナベルがマップを買って来てくれたので迷うことなく階層の奥へと到達。
そこには。
「おぉ、下り階段」
今まで自然の洞窟って感じだったのに、ここに来て完全なる人工物。
誰が作ったんだよとか言いたくなるが、そこはダンジョン。
侵入した人間が下りやすい様に、“勝手に”出来たのだろう。
何でもダンジョンとは生き物だと言われているらしい。
魔物を生み、魔獣を生む。
そして人間の死体を、果ては魔獣や魔物の死体まで食う。
ソレを栄養としてダンジョンは育ち、更に深く広くなり、より強力な魔物を生むんだとか。
“餌”を効率よく呼び込むために、餌にとっての餌を用意する。
ウォーカー達が探す、世にいう“宝物”という餌を。
その中にはマジッグバッグや貴重な資源、珍しい武具の類。
もっと安直に、金銀財宝なんてパターンも有るらしい。
詰まる話、一度ダンジョンが取り込んだ武具や道具。
ソイツにダンジョンが何らかの手を加え、各所に配置するという訳だ。
今更というか、この際もう諦めているがもう一度言おう。
魔獣肉は喰わないのに、そういう訳の分からないモノ平気で使うよね“この世界”。
ただの食わず嫌いやん。
「階層の間に“安全地帯”という魔物が湧かないスポットがありますから、今日はそこでご飯にしましょうか」
「他のウォーカー達も休んでいるでしょうから、なるべく目立たない位置を陣取りましょう。 女性が多いだけでも目立つのに、ウチは料理までしますから」
経験者二人がそんな事を平然と言ってくるが。
「何と言うか、本当に親切設計だなダンジョンって。 そらウォーカーも潜りやすいわ」
「そう言っていられるのも、今の内ですけどね」
「というと?」
「いずれ分かります」
アナベルが意味深な事を言い残しながら、皆の後に続いていく。
下に行く毎に魔物が強くなるとか、そういう意味では無さそうだが……なんだろう?
休憩所に人がごった返している、とか?
ソレは確かに気が滅入りそうだが。
「ご主人様?」
「あぁ、今行く」
ま、行ってみりゃ分かるか。
そんな訳で、俺達はどんどんと階段を下って行った。
――――
本日のメニュー、ハンバーグ定食。
キッチン用品、または食材加工の為の道具製作が担当のタールに作ってもらった特大ミンサー。
コイツにデカいままの肉塊を放り込む。
そしてハンドルを回せば。
「おぉ……流石ドワーフ印の調理器具」
ハンドルが重いなんて事もないので、南や白でも平然と回せそうだ。
飛び出してくるのは“あっち側”でもよく目にしていた挽肉。
いいねいいね、料理の幅が広がるね。
そんな事をしている内に、西田が味噌汁、南が玉ねぎを炒めていく。
その隣ではアイリがその他野菜を切り分け、東が油鍋と睨めっこ。
折角ならフライドポテトやらオニオンリングなんかも作って、見た目を豪華にしようという話になったのだ。
「うっし、南。 玉ねぎはそれくらいで、こっちの肉に放り込んでくれ」
「はい、ご主人様」
南が炒めていた大量の玉ねぎ。
綺麗な飴色になったくらいで、大量の挽肉の中へと放り込む。
ある程度混ぜた後、肉を掻き分け真ん中に穴を空けて、パン粉をドバッと投入。
そこに牛乳を加え、パン粉に染み込ませる。
分量は正直適当。
固焼きにしたいのであれば水分を少な目、やわらかハンバーグにしたいのなら多めに、くらいの感覚でしかない。
個人的にガッツリ肉!って気分なら固焼き、米と肉!って気分なら柔らかめという感じ。
まあ適当に作っても食えるのがハンバーグの良い所。
それこそ挽肉のまま焼いても食えない事は無いし、やはり肉は正義だ。
そんな訳で、パン粉がひたひたになって来た頃肉と混ぜ合わせていく。
更にダチョウの卵をドポン。
卵もデカいが、肉も多いので二つか三つくらい入れても良いだろう。
ソレも混ぜ合わせた後、今度は塩と胡椒を入れて混ぜ混ぜ。
「ちょい和風っぽくしようかと思うんだけど、洋風の方が良い奴居るか?」
「主食米だし、俺は和風でオッケー」
「僕もー」
「えっと、違いが分かりませんがお任せします。 ご主人様が作った物は皆美味しいので」
「私もお任せでー」
旧メンバー達は問題なし。
残る三人に目を向ければ、魔法が使えるアナベルが水を出しながら、他のメンバーが使い終わった調理器具を洗っている所だった。
「私もワフウ、ヨウフウというのが分からないので、お任せで」
「いいですねぇ、おろしそハンバーグとか食べたくなりますねぇ」
「北、トッピングは種類多めで」
それぞれの答えが返ってきたが、和風っぽくしてしまって良さそうだ。
とは言っても、俺では本格的な和風なんて物は作れないが。
あくまで“風”、またはモドキという。
「あいあい」
適当に返事を返してから、肉に少量の醤油、みりん、酒の三つの神器。
そしてめんつゆに最も近いと思われたダシ汁を投入する。
もはやめんつゆと呼ぼう、決定。
この時醤油が多すぎると、マジで醤油味のハンバーグになってしまうので注意。
とまあそんな訳で水分が多くなり、緩めになった肉をグルグルと混ぜ合わせ、軽く成形。
よく両掌で肉をキャッチボールするアレ、中の空気を抜くっていう効果があるらしいが。
ここまで緩いとあんまり効果を実感できないんだよな。
硬めであれば確かに違う気はするんだが。
そんな訳で、本当に軽くキャッチボールしてすぐさまフライパンの上に並べていく。
ジューッ! と景気の良い音を上げて、周囲には湯気やら煙やらが立ち上る。
言わずもがな、周囲からの視線が痛い。
皆干し肉とか齧りながら爛々とした瞳を向けてくるが……無視だ。
「アナベル、氷をちょっとくれ。 コレくらいのサイズで」
「了解です。 えっと……コレくらい? 数はいくつ程?」
アナベルからサイコロ大の氷を貰い、ハンバーグの上に軽く押し込む程度に突っ込む。
水を入れるのが一般的な蒸し焼きだが、氷の方が何か旨くなるって聞いた。
というか何かの漫画で読んだ気がする。
それからはずっとこの方法で作っているのである。
後は蓋を閉め、蒸す。
氷が完全に溶け、肉の下からじゅわじゅわと肉汁が染み出して来たらひっくり返してもう一度蓋。
しばらく待って、完全に色が変わり先程と同じ様にじゅわじゅわが出て来た辺りで串をブスリ。
刺した穴から肉汁が染み出してくる様なら完成だ。
ちなみに肉の柔らかさによっては既に肉汁が溢れ出してしまい、串を刺しても肉汁が出てこない事もあるんだとか。
まぁそん時はまたひっくり返して焼き色を見れば良いだけなんだが。
という訳で、完成。
後はトッピングを聞いて、各々好きな物を乗っけるだけだ。
「うっし、出来たぞー。 皆何乗っけるー?」
そんな訳で、周りからすんごい視線を感じながらも男飯が出来上がった。
すまんなと心の中で謝ってから、各々が好きな物を乗せて食事が始まった。
ダンジョン初日、成果なし。
今日のご飯、お好みトッピングのハンバーグと揚げ物各種。
そして休憩所で恨みを買いましたとさ。
明日からはもっと深い階層へと行ってみよう。
そうすりゃ人も少なくなってくるだろうし。
なんて事を考えながら、俺達はハンバーグをパクついた。
食べ始めてしまえば、久しぶりの挽肉料理に周りの視線など気にせず皆食事を楽しむのであった。
うん、やっぱりハンバーグは楽で良いね。
結局様々なトッピングが食べたいという話になり、この後何度かハンバーグのお代わりを作る事になったのであった。
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