第50話 庭の隅に咲く北


 先日盛大な“お帰りなさいパーティ”とやらを開催してくれた子供達を散々構ってから、俺達はウォーカーギルドに訪れた。


 「今週も増えたそうだな」


 「おう、二人と従業員が一人な。 まぁボチボチやっていくよ」


 「いつもの森に潜った程度では、もうレベルは上がらんがな」


 「うっせぇよ」


 そんな訳で、目の前には支部長。

 そして隣にはアイリの姿も。

 先週は受付に戻した為か、眼が怖い。


 「しかし肉を集める為だけに“いつも”の森に潜るのも面白くあるまい」


 「一応言っておくけどそこまで向上心ないからな俺ら? あと狩り尽くす勢いで狩りまくっちゃったけど平気?」


 「魔獣なんぞ、狩らなくてどうする。 アレが居るせいで野生動物は数を減らしている上に、人間の近くに居た方が生き残れるなんてザマだ。 今では村や街で飼育している動物の方が多くなってきているのではないか、なんて報告まであるくらいだからな」


 絶滅の危機やないか。

 まあこの周辺以外はまた違うのかもしれないが。

 とりあえず魔獣は全狩りでも問題ないらしい。


 「そしてお前達も状態の変化はなし、か。 やはり魔獣肉は“魔人”に変化する材料にはなり得ない、という事か?」


 「そこまでは知らん、そっちで判断してくれ。 そんで今日は、ちょっと別の事を話そうぜ支部長様よ」


 「金か? 今の所支援金は増やせんぞ?」


 「結論、はえぇぇ……」


 いやまぁ、別件だからどうでも良いんだけど。

 むしろ孤児院の金は余ってますけど。

 基本的に飯なんかも自分達で作るか狩ってくるかなんで、食費も大してかからんし。


 「いやまぁ金にちなんだ話ではあるんだが……」


 「どうした? “悪食”の方で金が足りなくなったか? 流石にそちらに手は貸せんぞ?」


 そんな事を言いながら首を傾げる支部長だったが……そうじゃないんだ。


 「マジックバッグを売っている所を、知って居たら教えてくれ……」


 「……おい。 色々聞いても良いか?」


 マジックバッグ。

 ソレは異世界の不思議アイテム。

 しかも俺達の持っているモノは非常に希少価値の高い物品であり、とにかく容量が大きい。

 更には時間停止とかいう意味の分からない機能まで付いている“超”高級品だ。

 出所が何処かと言えば、姫様。

 この国のトップの娘さんから頂いた代物だ!

 やったぜ!

 なんて、いつまでも言っていられる様だったら良かったんだが。


 「容量が……限界を迎えまして、えぇ。 ホームの保管庫に突っ込んだら、保管庫の方も……はい、いっぱいって言うか、ぎゅうぎゅうって言うか。 今はまだ荷下ろししたから余裕はあるんですけどね? えぇ」


 「お前らの装備一式と数々の武器、そしてダッシュバード150以上と、あのデカい魚を放り込んでも余裕のあった“マジックバッグ”がいっぱいになったと。 ほほぉ、それは興味深い。 それで? 今回はどれくらい狩って来たんだ? えぇ? 言ってみろ」


 支部長の圧がヤバイ。

 確かに今回は調子に乗り過ぎた。

 男三人だったし、好き放題暴れて、見つけて狩ってを繰り返していた。

 その結果、マジックバッグが拒否し始めたのだ。

 もう入らんと言わんばかりに、放り込むと吐き出してしまったのだ。


 「ざっと、こんくらいっすかね……」


 「はぁぁぁぁ……」


 片手の指全部と、もう片手の指を少しだけ立てて見せれば、非常に深いため息が返って来た。

 仕方ないじゃん、食いぶちがいっぱい居るんだから。

 多分それでも数か月分以上狩って来ちゃったけど。

 しかも毎日焼肉する勢いで。


 「デッドラインって、絶滅の水準を迎えさせるって事だったんですかねぇ」


 「アイリ、マジで止めて。 刺さるから、ガチで刺さるから」


 そんな訳で、孤児院と“ホーム”の敷地内に冷凍保管庫増設の提案と、マジックバッグの売って居そうな店の紹介がなされた。

 但し、今使っているモノ程融通は利かないと思った方が良いと言われたが。

 一応支部長の方でも、今一度探してくれるそうだ。

 ちなみにホームと孤児院がどういう位置関係にあるかといえば、お隣さんレベル。

 元々俺らが買ったホームはフォルティア家管理の物だったらしく、孤児院として館を提供してくれる際に融通を効かせて隣の建物をくれたんだとか。

 すげぇな金持ち、何でもアリかよ。

 なんて事を思ってしまった訳だが。

 そして。


 「どうしてもソレと同じ様なモノが欲しければ、ダンジョンに潜って自分で探す事だ」


 「はい?」


 「ダンジョンには様々な特殊物品が“生れる”。 時として、非常に価値のある物さえも。 お前達の持っているマジックバッグもその類だろう。 ダンジョンは遺体や遺留品を吸収する。 そして新たな“餌”を呼びこむ為に、そう言った代物を作るのだ。 最初何でもない鞄ですら、ダンジョンによってマジックバッグにすら変えてしまう。 そんな事が、ままあるのだよ」


 詰まる話、俺らが腰にぶら下げているマジックバッグも、元々は誰かの遺品だった可能性も否定できない訳だ。

 おぉ、怖ぁ……。

 なんて思ってしまうが、やはりダンジョンには興味を引かれてしまった。


 「ダンジョンと言えばボス、宝箱、そして一攫千金……」


 「狙うなよ?」


 「何でだよ。 他のウォーカーだってダンジョンに行って、そういう夢を見てんだろ?」


 堅実に生きろ、とでも言いたいのだろうか?

 そんな想いを胸に睨み返してみれば。


 「貴様らの一攫千金は兎に角売り物の数が多いんだ……周りに被害が出過ぎる。 どうしても金が欲しいのなら、前に拾ってきた卵やら“金成リンゴ”やらを売れば良い。 いっぺんに売られると困るが、数か月に一度なら問題ない。 それでも十分な利益になるだろう」


 支部長がそう言い放った瞬間、アイリが音速で視線を逸らした。

 そりゃもう、首ごとギュンッ!って勢いで。


 「……おい、まさかとは思うが」


 「あぁいや、リンゴはそこまで数が無かったから仕方ないって言うか」


 「食ったのか?」


 「いや、俺らはあんま食ってねぇよ? でも、その……女性陣と子供は、ホラ。 甘い物とか好きじゃん?」


 「食ったんだな?」


 ダメだ。

 もう言い逃れ出来ない。


 「孤児院の皆にアップルパイとか色々作ってもらいまして……その、何て言うか。 全部」


 「……美味しかったです」


 アイリ共々、頭を下げた。

 確かに旨かったけども。


 「この馬鹿共がぁぁぁ! 物品やら金の相談をしに来ている奴らが、何故大金で取引される物を平然とバクバク食っていやがる! 馬鹿か!? 馬鹿なのか!?」


 激高する支部長。

 とは言っても、食べちゃったし。

 そもそも食い物は喰う、ソレが俺達な訳で。


 「こ、今度余ったら持ってくるから……」


 「余る云々の前に喰うな! 金になると言っているだろうが!」


 そんなこんなで、滅茶苦茶怒られてしまったのであった。


 ――――


 「そんな訳で、ダンジョンに潜ってみたいと思います」


 「ウエェェェェイ!」


 「ダンジョン! ついにダンジョンだよ!」


 という感じに、来週の予定は決定した。

 非情に分かりやすいメンツで助かる。


 「ダンジョンですか、潜る期間も考えて食材を準備しましょう。 もちろん“全員”で挑むんですよね? 置いて行きませんよねご主人様。 今回は連れて行ってくれますよね? 子供達も慣れた様ですし、ね?」


 「男としてはやはり心躍る単語ですよね……少し孤児院を空ける事にはなりますが、私も“悪食”のメンバーです。 お供致します」


 そんな感じに南と中島の許可というか、同行も確認が取れた。

 色々突っ込みたい箇所はあるが、コレでメンバーは五人。

 試しに潜ってみるだけだし、コレでも十分なのだが……どうする? とばかりに視線を向けてみれば。


 「キタヤマさん。 私ギルドの仕事頑張りました、頑張りましたよ? まさか置いていくなんて言いませんよね?」


 どこかほの暗い瞳を向けるアイリが、非常にハイライトの薄い目をこちらに向けながら微笑んでいた。

 はい、これで六人っと。

 なんだろう、ウチのクランの女子メンツ。

 色々と冒険したがりというか、探索意欲が半端じゃないんだが。


 「あ~えっと。 アナベルと白はどうする?」


 「……ん、行く」


 「お供させて頂きます。 多分魔術系のトラップ何かは、私が一番良く分かると思うので」


 はい、八名っと。

 ちょっと孤児院を戦闘集団が皆抜けてしまうのは不安だし、後ろ髪を引かれる処ではあるのだが。


 「行ってこいお前ら、居ない間は儂らが店をサボってでも守ってやる」


 「いや、店はサボんなよ。 ありがてぇけど」


 そんな訳で、俺らが居ない間はドワーフメンツが守りを固めてくれるらしい。

 彼等の戦闘能力は知らないが、金槌でウォーカーを追い回すくらいだ。

 多少の出来事には対処できるのだろう。

 更には。


 「いってらっしゃいませ、キタヤマ様。 貴方方に神の御加護があらん事を。 ずっとお待ちしております」


 そう言って身を寄せてくるクーア。

 ちゃうねん、そういう言葉を残してほしい訳じゃないねん。

 後お前、人の前ではそういう行動控えていただろうに。

 何があった。


 「こうちゃん、屋上」


 「北君、体育館裏ね」


 ほら見ろ、すぐに食いついてくる輩が発生する。

 分裂してでも喧嘩しないといけない事態に陥ってしまった。

 なんて事を思っていれば。


 「ご主人様……おっぱいじゃなかったんですか?」


 「北、シチュエーションに興奮するタイプ?」


 白黒幼子たちからも、いらん誤解まで受けてしまった。

 ちゃうねん、そうじゃないねん。

 俺はノーマルであり、ボンキュッボンが好み……。


 「キタヤマさん……へぇ」


 「三人そろって求婚して来たくせに、ふ~ん。 私は何番目なんだろ」


 やめろぉぉぉぉ!

 何でそうやって冷たい眼を送ってくるんだ、せっかくパーティが男女4対4になったというのに。

 これで安心して野営を過ごせるかと思えば、この爆弾発言だ。

 クーアの奴、何を考えていやがる――。


 「キタヤマ、浮気は男の甲斐性だ」


 そんな事を言いながら、トールの阿呆がパチンッとウインクなんぞしてきやがった。

 あ、終わった。


 「……北山さん。 孤児院の院長として、貴方が子供達と接する事が正しいのか分からなくなってきました」


 「中島まで!? 誤解だ! 俺は誰にも手を出してねえ!」


 なにはともあれ、ダンジョンに向かうメンツは決まった。

 東西南北の初期メンバーと、アイリとアナベル。

 そして白中コンビの異世界メンツも参加。

 非常に頼もしいメンバー。

 だと言うのに。


 「こうちゃん、言い訳はらしくないぜ。 シスターとどんな事をしちゃったんだ?」


 「どんなプレイに勤しんだのか詳しく、大丈夫だよ怒らないから。 修道女と何をやらかしちゃったのかな?」


 誰よりも頼りになる筈の初期メンバーに抑えられ、俺は会議室を退場する。

 というか、連行されていく。

 どうしてこうなった。


 「俺は無実だぁぁぁぁ!」


 叫び声は空しく響き渡り、誰も止めてくれる事は無かった。

 そしてその日、俺は首から下を土に埋まった状態で朝を迎えるのであった。

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