第49話 シスター


 周りにわちゃわちゃと子供が溢れる中、俺と中島が向きあって座っていた。

 非情に緊張感がない、まさに保育園。


 「お疲れでした、リーダー。 どうでしたか?」


 「そりゃこっちの台詞だ。 こっちはいつも以上に狩って来たよ、しばらく出なくても済むくらいにな」


 「キタ、しばらく居るの!?」


 「あ~ごめんなぁ。 肉だけじゃなくて、金も稼がなきゃいけないんだ俺ら。 だから来週もお出かけ~」


 「「えぇぇー!」」


 子供達から不満の声が上がるが、コレばかりは仕方がない。

 イリス嬢率いる? フォルティア家とウォーカーギルドが支援してくれているのはあくまで“事業”。

 俺達“悪食”ではないのだ。

 パーティやクランと貴族が契約する事はあっても、パトロンとして出資されるばかりでは外聞がよくない。

 さらにはウォーカーギルドも絡んでいる事から、余計に「コイツらにだけ何故支援するんだ!」となってしまうらしく、基本的に“悪食”が支援金を使うのはご法度。

 下手すれば横領として扱われてしまうと脅されてしまったのだ。

 支援金を使って良いのは子供達と従業員に対する衣食住職と、建物敷地に関してのみ。

 生活を改善する為には金がある限り建物の改良も可能だし、食材の購入も可能。

 しかしながらドワーフ達の仕事場を作っても、「これは子供達に鍛冶の仕事を教える為です」と押し通せば、経費として降りてしまう。

 ちなみに、そこで作った物品は売っても俺らが使っても良いとアドバイスされた。

 子供達が授業で“商品”を作る際は別だが、個人個人で作った物を俺達が“プレゼント”された場合は事業の関りは無く、個人同士のやり取りになるんだとか。

 大人って汚い。


 そんな訳で、孤児院に掛かるのは税金と食費、生活品費などなど。

 あとは職員の給料くらいか?

 多すぎるとも言えるフォルティア家からの支援と、定期的に送られてくるらしいウォーカー支部からのお金で、正直事足りてしまう。

 毎年こうは行かないと脅しを掛けられるモノの、色々な支払を済ませても正直金が余るのだ。

 とはいえ無駄遣いは出来ないので、孤児院内部でも金策は行っている。

 授業という形で子供達が工房で作った物品に、これまた授業で付与魔法をかけ、品物を作り販売する。

 どちらも凄腕の講師、もとい鍛冶屋と魔女様がいるので売り上げは上々。

 何でも銀粘土なんかで子供達がアクセサリーを製作、更には魔法付与。

 形は不格好だったり子供向けだったりはする訳だが、それでも実用的な付与魔法を込めるらしく、成功したモノを商品としているとの事。

 この先子供が増える様なら、マジで大根丸を捕まえてきて高級食材販売を目指すらしい。

 凄いね、中島。

 孤児院設立当初から、既に黒字を出している。

 それもフォルティア家の協力があってこそだが。


 まあそれは良いとして、俺達“悪食”がする事は食料の確保。

 その他に子供をウォーカーに育てるなら、現場指導。

 詰まる話、飯番と人材を育成するのが仕事。

 フォルティア家が土地、建物、金。

 ギルドが金と、子供でも出来そうな仕事の定期的な斡旋。

 まあ内職みたいなもんだ。

 簡単に言うと、こんな感じで成り立っているらしい。

 詳しくは知らん、その辺りは頭の良い奴に任せる。


 「こちらは今週に入って3人です。 ノインという少年が“育成対象”に、その母親が従業員。 そして年端も行かない子供を連れていたので、そちらは“過保護対象”に。 とはいえ最後の子はウチで預かるというより、仕事中の一時保育ですね。 そちらは白さんが面倒を見ています」


 最後の過保護対象。

 正直に言えばノリで作った。

 「ダメ! こんな子戦わせちゃ駄目!」みたいな対象。

 マジで孤児院の最年少って所だな。


 「意外と少ないんだな。 スラムとかからはもっと来るかと思ってたけど」


 「そこら辺は“魔獣肉”と、我々の噂でしょうね。 本当に明日食べる物もない、という方しか訪れておりません。 まぁ我々としても、人手が足りてない状況ですから子供ばかりいっぺんに来られても困るんですけどね」


 子供の前だから“噂”、としか言わなかったが。

 悪食には様々な噂が蔓延っている。

 魔獣肉を喰らうおかしな集団、これは事実なので仕方がない。

 穢れた肉を喰らい、検査結果と共にその身を犠牲にし、国から対価を貰っている。

 コレも事実だ、犠牲にしているつもりは無いが。

 そして「魔獣肉は食べられますよ~」って結果が出てしまえば、俺らはお払い箱。

 この金に何時までも頼る訳にはいかないだろう。

 そんでもって次だ。

 “悪食”は子供達を集めて、魔獣肉の影響を試している。

 その結果を国に売り、金を集め、更なる実験材料を求めている。

 ……すまん、意外と否定できねぇ。

 実験材料にしているつもりは無いが、食いぶちに困った子供に“魔獣肉”を食わせているのは確かだ。

 そして従業員にも。

 更に更に、その検査結果を提出しお金を貰っているのも確かだ。

 あれ? 魔王城ってココの事だったのだろうか?

 まあその他諸々、人体実験やら過労働を強いているだの、はたまた子供の肉を喰らう為に太らせているなんて根も葉もない噂が色々と蔓延っているらしい。


 「そんな訳で、子供は今まで通りの5名。 プラス2人と従業員が一名プラス。 そんな所ですね。 従業員に関しては良くやってくれていますよ。 特にシスター組は甲斐甲斐しく世話をしてくれています」


 「あぁ、ね。 ……うん」


 若干言葉を濁しながら、中島の言葉に答える。

 まあ、何はともあれ順調な様で何よりだ。

 俺らは今まで以上に金を作らなきゃいけない上、肉も集めて来なきゃいけない訳だが。


 「キタ! 今日は豪華!?」


 「キタが返って来た日はバーベキュー!」


 「ステーキが食べたい!」


 「唐揚げだよ唐揚げ! 今日は鶏肉ある!?」


 「あのね! 今日は皆でオコメ買って来たの! だから豪華!」


 各々が好き放題喋るので、とりあえず端から順に頭を撫でてやった。

 子供がいるって、こんな感じなのかねぇ?


 「とりあえず了解だ。 明日には支部長の所に顔出すから、その時にでも色々相談してみる」


 「何か困り事が?」


 話が早い、というか察し過ぎる。

 最近の中島がセバスチャンにしか見えないのだが、どうにかならないだろうか。

 まあ頼もしいから良いけどさ。


 「大した事じゃねぇんだ、ホント。 しかし、今後を考えると今から手を打っておきたい」


 「後ほど、お聞きしますね。 お疲れさまでした、リーダー」


 そう言って頭を下げる中島。

 あぁもう、なんでこんな出来る奴を放り出したのかね王宮は。

 凄腕営業どころか、管理職取り締まりくらいにバリバリ働いているよ。

 というか経営始めて普通に黒字を叩きだすあたり、俺ら“異世界メンツ”の中では一番頼もしいのかもしれない。


 ――――


 子供達を連れながら、廊下を歩いて行く。

 その先に見えたのは。


 「あら、キタヤマ様。 随分周りが騒がしいと思っていましたが、お帰りになられていたのですね。 ご無事で何よりです」


 「お、おう……」


 ザ・清楚! と言わんばかりのシスターさんが立っていた。

 先程中島の報告で言っていた、“良く働いてくれるシスター”の一人。

 とは言っても、二人しかいないけど。

 片方は歳の行ったお婆ちゃん、そしてもう一人が……コイツだ。

 クーア。

 ちょっと馴染みのない名前をしているが、年は二十歳を超えて少しだとか。

 非情にバランスの良い体型と、見るモノを釘付けにしそうな程の顔立ち。

 薄い金髪に、くっきりとした濃い青の瞳。

 コレこそがシスターだと言われれば「確かにその通りだ」と答えてしまいそうな程、儚げで美しい女性。

 なのだが。


 「皆、今日はきっとバーベキューですから。 お庭で準備をお手伝いなさい? キタヤマ様ばかりに御手間を取らせてはいけませんよ?」


 「「「はぁーい!」」」


 そう言って去って行く子供達。

 頼む、行かないでくれ。

 俺をコイツと二人にしないでくれ。


 ちなみに他の従業員は前回の“勇者初陣の被害者”の奥さん方。

 それでもやはり“魔獣肉”に抵抗がある人や、手に職がある人は辞退した。

 結局そちらから集まったのは3人、そしてもう一人はスラム街から食べ物を求めてやって来たおばちゃん。

 誰も彼も子育て経験はあるらしく、更には読み書きは教えられるという事なので問題なく採用した訳だが……コイツは別だ。

 教会は“聖女”とやらを召喚してから調子に乗り始めた、というイメージがある。

 しかしながら彼女の居た所はとにかく貧乏で、派閥争いとやらで追いやられた教会だったらしい。

 そんな訳で俺達に助けを求めた、という訳だ。


 「キタヤマ様。 せっかく帰って来たのなら、まず私の所にいらっしゃれば良かったのに。  色々と、溜まっておいででしょう?」


 「間違っちゃいないがシスターがソレを言って良いのか……」


 「前回も言った通り、私は救済するのが仕事であって、神様とやらに恩も義理もございませんので」


 「シスターってなんだっけ」


 これなのだ。

 この子、下ネタと酷評が酷いのだ。

 しかもおっさんに突き刺さる感じに言ってくるものだから、もうね。

 まあこんな性格の彼女が居たから、ここに居る子供たちの少数は助かった訳だが。

 他所の教会じゃ“魔獣肉”を食うなんて絶対許さないだろうし。

 そして更に驚きなのが、この世界にも“孤児院”はあった。

 まあ、彼女が居た教会な訳だが。

 しかし、かなり酷い状況だったという。

 国からも同じ教会からも支援はほとんど得られず、普段食べる物ですら市場で売れ残った廃棄寸前のクズ野菜。

 ソレを土下座してでも確保していたらしい。

 だからこそ子供達はやせ細り、一年の間に何人も火葬したそうだ。

 そんな教会から助けを求められた子供達は3名。

 たったそれだけしか、残らなかったのだという。


 「暖かいベッド、きちんとした衣服、そして美味しい食事。 それら全てを揃えて頂ける上、子供達も健やかに育ててくれるキタヤマ様に、何故私如きが全てを差し出さずに居られるでしょうか」


 「いやソコは清楚でいろよシスターなんだから。 何故に色欲マックスで迫ってくるんだお前は。 その内マジで冗談じゃなく襲われるぞ」


 「おや、今からでも構いませんよ?」


 そんな事を言いながらスカートをたくし上げていくシスター。

 むんずっとスカートを握って、上がりかけた部分を元の位置に下ろす俺。

 コイツとの会話で何回こんな事を繰り返しただろう。

 ちなみに魔獣肉の見解は「食べて生きられるのなら何でも食べます」だそうで。

 神様を信じた事で救われる人は確かに居るが、誰もが救われる訳じゃない。

 神様は助けてくれなかったが、“悪食”は助けた。

 それは神の救いなんぞではなく、俺達の努力の結果。

 そして彼女達が“今この時まで”耐えて来た努力の結果なのだと、熱く語られた。

 良いのかシスター。

 こういう時ほど、「神に感謝を」とか言うのがアンタ達じゃないのか。

 更にウチに来たシスターすぐにスカートたくし上げるんですが。

 これでも子供たちの眼や、複数人の目がある時は非常に常識人なのだ。

 だが同時に雇ったお婆ちゃんシスターは常日頃から常識人。

 何でこうなった。


 「本当に、止めろ。 マジで抑えが効かなくなる」


 「その時をお待ちしておりますね?」


 ウフフッとか綺麗な微笑みを溢しながら、子供達の去っていった方向へ歩き出すクーア。

 そして、ふと思い出したかのように振り返り。


 「言い忘れていましたが、私は生娘ですので。 どうぞ最初はお手柔らかに」


 そんな事を言い残して、廊下の先に姿を消すのであった。


 「……アイツは、アイツはぁぁぁぁ!」


 なんでこう、どいつもこいつもおっさんをからかってくるのだろうか。

 甲斐性無しの上に冴えない顔、そんな事分かっているんじゃい。

 だからこそ、おっさんの反応を見て楽しんでいるのだろう。

 ちくしょう! こんちくしょうめ!

 いつか金持ちになって、「ふっはっは、私と結婚したいかね」って札束を揺らしてやるんだからな!

 なんて事を考えたが、こちらには紙幣が無かったのでそもそも叶わない夢なのであった。


 ――――


 「はぁ……はぁぁ……」


 廊下の曲がり角に背を預け、深い息を吐く。

 上手く行っただろうか? 反応を見る限り上手く行っているのだろう……と思いたい。

 私が彼との仲を取り持てば、子供達は救われる。

 だからこそ、この身を削っても“悪食”との交流を途絶えさせる訳にはいかない。

 その為にも私が“悪食”のリーダーとくっ付いてしまえば……そんな風に、思っていたのに。


 「何で手を出してこないんだろう……」


 私に魅力が無いから?

 確かにココへ良く訪れるアイリ様や、普段から滞在されているミナミ様、シロ様、そしてアナベル様に比べれば私は体格も容姿も劣るだろう。

 でも、それなりに街中で声を掛けられた事はあったのだ。

 食べ物が欲しければ体を差し出せとか、援助してやるから一晩相手をしろとかい言われた事だって数知れず。

 貴族様にも言われたくらいだから、少しくらい自信を持っても良いのかと思っていたのだが……彼は一向に誘いに乗らない。

 しかも誘う度に注意されてしまうくらいだ。


 「こんな事で拱いている時間はないのに……でも、それでも」


 人間に完全なる善意は存在しない。

 私の人生経験では、その結論に至っている。

 でも、だとしたら彼らの目的はなんだ?

 ただ教会に居た私達を助け、そして何も見返りを求めず生活させてくれる。

 裏があるはずだ、無いとおかしい。

 だというのに、一向に何かを求めてくる気配がない。

 魔獣肉の実験なのかと思えば、彼等だって普通に食べるし。

 体を差し出せと言われるのかと思えば、こちらから誘っても叱られる始末。

 本当に、何なんだろうか。


 「誠実な方々……という事でよろしいんでしょうか?」


 言葉を紡いでから、首を振って否定した。

 騙されるな、惑わされるな。

 ただただ助けてくれる存在なんて、いる訳がない。

 私や子供達の面倒だって、少なくないお金が掛かっている筈なのだ。

 しかも新調された服には、色々と付与魔法まで付けられたくらい。

 ここまで豪華で特別な待遇をされている以上、彼等が求める“何か”を探らなければいけない。

 コレ以上、子供達を殺さない為にも。


 「頑張れ、頑張れ私! 今日もエッチな本を読んで勉強しないと!」


 フンスッと息を吐いてから、シスターは立ち上がった。

 全てが空回りだとも知らず、今日も彼女は“お勉強”を繰り返す。

 彼等が求めているモノはもっと血生臭く、穏やかな日々だとも知らないまま。


 「とにかく、皆のご飯の準備をしながら考えましょう。 もしかしたら、性癖が特殊な方かもしれませんし」


 そんな訳で、“悪食”のリーダーは不名誉な誤解を今日も受ける。

 しかも、男としてちょっといたたまれないレベルに。

 こうして、孤児院の平和な日常は本日も過ぎていくのであった。

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