第43話 カウンタータートル


 ふざけるな。

 最初に思った事はソレだった。


 「柴田止めろ! お前の攻撃じゃアレは倒せない!」


 「優君落ち着いて!」


 煩い煩い!

 俺は“勇者”なんだ、こんな所で倒せない相手なんか居る訳がない。

 絶対に倒せるはずだ、なんたって俺が主人公なんだから。


 「“光剣”!」


 今の所俺が使える唯一の魔法。

 剣から光を放ち、相手を一掃する魔法。

 だった筈なのに。


 「何でだ! 何故死なない!」


 「どう見たって相性が悪い! コレ以上味方を殺すな!」


 「煩いんだよハズレ女が!」


 なんて、言葉を交わしている時だった。


 「いい加減にしろやボケェェェ!」


 そんな男の言葉が聞こえて来たかと思った次の瞬間、俺の立っていた場所が弾け飛んだ。

 街を守るための門の上。

 それはもう頑丈に作られている筈なのに、何かがぶつかった衝撃を受けた途端にガラガラと崩れ落ちたのだ。

 思わず尻餅を付いてしまった。

 そして俺の脚の間。

 そこに突き立っていたのは、真っ黒い槍だった。


 「え? は? 槍で門を崩したのか?」


 初美が呆けた声を上げながら、門に突き刺さった槍を眺めている。

 何だこれ、何なんだよコレは!

 何処のどいつだ、俺に向かって槍なんて投げた奴は!

 もう少しズレて居たら俺に当たっていたかもしれない、死んでいたかもしれないんだぞ!

 そんな事を考えて、思わず叫ぼうとした俺を。


 「邪魔だ、どけ」


 そう言って初美の奴が押しのけて来た。


 「ぐっ! どれだけ力強く投げたらココまで刺さるんだ……抜けない……ぐ、ぐぐぐ」


 何故か、黒い槍を引き抜こうと悪戦苦闘している。

 何をやっているんだコイツは。

 “勇者”を攻撃した反逆者を探す方が先だろうに。


 「何やってんだよお前は! そんな事より、味方を攻撃する馬鹿を探す方が先だろうが!」


 「ぶはっ! 抜けた! いやお前……その台詞、鏡に向かって叫ぶと良いと思うぞ?」


 そんな事を言いながら、初美は槍を肩に背負ったまま壁の淵に足を掛けた。


 「初美……前に出るつもり? 危ないよ、ここに居ようよ……」


 望の言葉に、一度だけ振り返った初美が優し気にほほ笑んだ。


 「確かめてくるだけだよ。 本物を」


 そう言って、彼女は門の上から飛び降りた。

 “勇者”のバフ効果もあり、随分とレベルが上がった俺達。

 だからこそ、こんな高所から飛び降りた所で怪我一つする訳もないんだが……。


 「初美! お前何処に行くつもりだ!」


 「槍を持ち主に返すだけだ。 お前はもう何もするな」


 「ふざけんな!」


 空中でそんな事を言い放った彼女は、そのまま下に居る兵士達に紛れてしまった。

 彼女の恰好は黒い、だからこそこの暗闇では見つけられる筈もなく、あっさりと見失ってしまった。


 「くそっ、くそがっ!」


 「優君……一旦落ち着こう、ね?」


 おっとりとした幼馴染に慰められながら、俺は奥歯を噛みしめて前線を睨んだのであった。


 ――――


 弓矢による一斉射撃が終わった後、俺達は目の前に広がる盾部隊の中央へと走った。

 皆前を見て、正面に出るタイミングを待っている。

 だがしかし、一人だけこちらを振り返っている黒いシルエット。

 魔王みたいな見た目の黒い鎧の男が、こちらに向かって盾を差し出す様にして待っていた。


 「東! 三人だ、飛ばせぇぇ!」


 「いってらっしゃぁぁぁい!」


 俺、カイル、ギルの三人が東の大盾に乗った瞬間。

 東は思いっきり盾を振るった。

 レベルアップってのは、やっぱりすげぇ。

 大の男三人を、平然と放り投げられてしまうのだから。

 盾と魔導士の部隊を飛び越え、迫るのは先頭に居る弓部隊の皆様。


 「盾、前進! 弓は下がれ! 南、槍をくれぇぇ!」


 「ご主人様! どうぞっ!」


 「北! ファイト!」


 南と白も無事だったらしく、二人共声を掛けながら槍を投げ渡してくれた。

 上等、さっさと片付けてやろうじゃねぇか。

 両手に槍を持ちながら、俺達は走り出す。

 目指すのはデカい亀。

 アイツに魔法は駄目だ、物理で叩き潰してやらねぇと。

 そしてそのまま接近を許してくれる筈もなく、周囲からは狼や鹿。

 更にはゴブリンやら他の何かも此方に向かって迫って来た。


 「斥候部隊、出番だ! 細かいのは任せんぞ!」


 「あいよぉ! 任せとけこうちゃん!」


 「行ってくださいキタヤマさん!」


 「北山さん、ご武運を」


 残る悪食のメンバーも次々と森の中から駆け出し、無事を知らせてくれた。

 後はアナベルだけなんだが……補助部隊は負傷者保護の指示を出してしまったので、確認できるのはまだ後だろう。

 無事な事を祈るが、今は目の前の事が最優先だ。


 「カイル、ギル! 細かいのは他に任せて亀狩りだ! ギルは注意を引け、カイルはその隙に足! 四足歩行だった頃を思い出させてやれ!」


 「ったく、おかしな指示出しやがって……オラ亀野郎! こっちだ!」


 「ハハッ! 俺らより数倍デケェ相手に対して、こんなざっくりした指示があるかよ」


 そんな事を呟きながらギルは炎をチラつかせ、シミターで軽く足を裂いていく。

 亀がギルに視線を向ければ、今度は逆側からカイルの大剣が叩き込まれる訳だが。

 そんでもって、俺は何をするかと言われれば。


 「どっっせいっ!」


 とりあえず首に向かって槍をぶん投げてみた。

 こんだけデカい魔獣だ、当たらない訳が無い。

 そしてトール達の作った槍、刺さらないという事も考えては居なかった。

 結果、見事首元に黒い槍が深々とぶっ刺さった訳だが。


 「おいコラキタヤマ! お前が注意を引いてどうすんだよ!」


 「一回だけだっつぅの! もうスペアがねぇわ! オラ走れ走れ!」


 「だぁもう! お前ホント訳わかんねぇ!」


 「んじゃ俺もちょっと目立つかな、っとぉぉ!」


 俺とギルが叫びあっている間に、亀の裏へと移動したらしいカイルが、身の丈程もありそうな大剣をフルスイング。

 切断こそ出来なかったモノの、刃は足の半分程切り裂き、見事に亀を四足歩行に戻した。

 その際鼓膜がおかしくなりそうな悲鳴を上げる亀であったが。


 「どうせ魔法吸収は甲羅だけだろ? うっせぇわボケが!」


 頭が低くなったことで、ギルが亀の口の中に義手を突っ込み魔法を放つ。

 彼が使える属性は“炎”。

 その証明とばかりに亀の口から炎が零れ、けたたましい鳴き声は収まった。

 アイツ、喉と口の中を焼いたのか?

 結構えげつない事するのな……。


 「もう一本後ろ脚もらうぜ!」


 「このまま亀焼きにしてやるぜぇぇ!」


 二人が叫びながら攻撃を繰り広げれば、後ろ脚は大剣でズタズタになり、口や眼球は炎によって焼かれてしまった。

 そしてそうなれば、当然身を守ろうとする訳だ。

 なので、亀は手足を引っ込め始める。


 「だぁくそ! こうなるとマジで手がだせねぇ……ぞ? おい、なんだあれ」


 そう、手足はちゃんと引っ込めたのだ。

 でも首だけは中途半端に飛び出したまま、モゾモゾと動かしている。


 「あーえっと。 あぁ、なるほど。 旦那はコレを狙ってたのか」


 「ま、まぁな!」


 適当に返したが、マジで偶然です。

 最初に亀の首に向かって投げた槍が、見事に甲羅に潜るのを阻害していた。

 思いっ切り引っ込めれば槍が抜けたり、無理矢理隠れる事も可能だったのかもしれないが……槍の埋まっている長さからすると、骨まで届いているかもしれない。

 少し触るだけでも激痛が走るだろう、そりゃ頭を仕舞えませんわな。


 「うし、ちゃちゃっと終わらせんぞ」


 「おうよ、旦那」


 「ったく、ホント意味分かんねぇよお前」


 そんな言葉を交わしながら、俺達は各々の武器を亀の脳天に叩き込んだ。

 槍、大剣、義手。

 その三つが、恐らく脳みそを貫いた瞬間。

 亀はビクッ! と痙攣した後、静かに頭を下ろした。

 亀、討伐である。


 「っよし。 一旦下がるぞ、俺らがココに居たら邪魔になる」


 「あいよ」


 「へーへー、ご指示の通りに」


 そんな訳で猛威を振るってくれた亀さんは、こうして割とあっさり討伐する事が出来た。

 誰も死人が出て無ければ良いが……コレばかりは落ち着いてからじゃないと確認が取れないだろう。

 出来れば亀の死骸も回収したい所だったが、生憎とマジックバッグを持っていない為不可能。

 あぁ、スッポン鍋とか食いてぇなぁ……。


 ――――


 柴田の“光剣”が効かない魔獣、というか相性が悪かったのだろう。

 ソレをあっさりと討伐した彼等。

 凄い、それ以外に言葉が見つからなかった。

 黒い鎧の男、彼が放った最初の槍は最後の決め手への布石であり、他のメンバーとの連携も抜群。

 コレが“悪食”、私達と同じハズレの“異世界人”。


 「すごい……凄い凄い! 滅茶苦茶強い!」


 柴田の元に飛来した槍をその胸に抱えながら、思わず飛び跳ねてしまった。

 先程彼が投げた槍、そして今も手に持っているその槍と全く一緒の形。

 間違いなく、彼の所有物なのだろう。

 私はコレを彼に返しに来た、そして“彼等”を確かめる為にこの場に訪れた。

 だというのに彼らの戦闘を眼にし、思わずテンションが上がってしまった。

 影森初美、18歳。

 武闘家の家に生まれ、散々鍛えられて生きて来た。

 だからこそ、ひ弱な男が粋がって見せている姿は嫌いだし、強くなろうとしない弱い自分を受け入れている男も嫌いだった。

 そんな私に付いたあだ名は“男嫌い”。


 別に男性を拒否している訳じゃない、弱いくせに言い寄ってくる男が嫌いなだけだ。

 なんて、誰にも言った事はないけど。


 「あ、あの――」


 勇気を振り絞って声を掛けようとした。

 初めてだった。

 私から男性に声を掛けるのに、こんなに緊張したのは。

 でも、この機会を逃がす訳には。

 そんな風に思っていたのに。


 「一旦引くぞ、斥候も下がれ! 魔術師隊前へ! 一気に消し飛ばせ! おいそこの子! 何やってる! さっさと引け!」


 「は、はひっ!」


 急に声を掛けられてしまった。

 この時点で違和感に気付くべきだった。

 私の称号は“影”。

 隠れ、不意を突く事に特化した称号。

 だというのに、彼は平然と私を見つけ声を掛けて来たのだ。


 「だぁもう! 本当に何やってんだお前は! 引くぞ、邪魔になる!」


 「は、はい……」


 アワアワと槍を胸に抱いたままの私を、彼は腕に抱えて走り出した。


 「あ、あの。 私はっ!」


 「うっせぇ! 今は退却だ!」


 初めての経験だった。

 男性の腕に抱かれ、そして力強く、強引に連れていかれる。

 真っ黒い鎧、殺気立った気配。

 だというのに、王女の言った“白馬の王子様”という言葉を、何故か思い出してしまっていた。

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