第44話 東


 凄い、凄い凄い。

 やっぱり僕らのリーダーは普通じゃない。

 そんな風に思える程の光景が、目の前に広がっていた。

 見たことも無い亀の魔獣。

 “勇者”の攻撃さえも効かないソイツは、こちらに甚大な被害をもたらした。

 誰しもが慌てふためき、救いの声を叫ぶ中。

 彼だけはやはり違った。


 「補助部隊は怪我人を後ろに下げろ! 強化バフなんざ後回しだ! 動ける奴はそのまま聞けぇぇ!」


 彼だけは、皆に道を示した。

 これだけ居るウォーカーに対し、北君は指示を出し続ける。

 そして、僕に対しても。


 「いってらっしゃぁぁぁい!」


 北君、ギルさん、それにカイルさん。

 その三人を指示通り亀に向かって放り投げれば、彼らは仲間達を飛び越え、そのまま走り出した。

 凄い、凄いよウチのリーダーは。

 まるで物語の主人公みたいだ。

 昔っからそうだ、どれだけ怖い相手に対しても絶対に怯まなかったんだ。


 ――――


 僕は元々、というか今でも気が弱い。

 体格だけは恵まれているくせに、頭ごなしに否定されるとどうしても委縮してしまうのだ。

 柔道を教えてもらった、格闘技も習った。

 でも、その弱い心だけは治らなかった。

 幼い頃、当然の様にいじめられたのを良く覚えている。

 そりゃそうだ。

 体がデカいのにウジウジしている僕は、恰好の的だったのだろう。

 そんな僕に彼等だけは手を差し伸べてくれた。


 「お前強そうなのに、全然手を出さねぇのな。 なんで?」


 「だって、怖いし……」


 「あぁなるほど、お前は相手を怪我させるのが怖いのか。 よっしゃ分かった! お前は守れ! その間に俺と西田がぶっ飛ばしてやる!」


 そんな事を言い放ち、彼は笑った。

 正直最初は、ガキ大将って雰囲気が怖くて仕方なかったのに。

 いつの間にか、彼らの隣が一番居心地良くなっていたのだ。

 小学、中学、そして高校。

 みんなと一緒に過ごしている間に、何だかんだケンカもいっぱい経験した。

 でも僕は、いつだって守る事だけに専念した。

 皆に相手の拳が向かわないように、注意を引いて押さえつける。

 それだけをこなしながら、僕は彼等と共に過ごした。


 だからこそ、今の僕があるんだろう。

 “守る”。

 その一点だけに特化した僕という存在。

 それは社会人になってからも変わらなかった。

 僕と北君は同じ会社に勤め、そしてやはり学校とは違う“イジメ”が発生した。

 土方としか言えない水道会社に勤め、日々肉体労働を強いられていた僕らは、いつだって疲れていた。

 先輩や親方のご機嫌取り、そしていくらやっても終わらない仕事や、押し付けられる無理難題。

 いい加減にしろ。

 ふとした瞬間に“キレ”そうになる環境の中、彼が居たから続けて居られたのだろう。


 「いやぁ、ココ駄目だな。 こんだけ働いて給料増えねぇし。 この前さ、別の会社からスカウト来たんだよ! 一緒に行かねぇか、東。 なんでも現場の俺達を評価してくれてんだってよ! 給料はちょっと高くなるくらいだけど、今よりずっと良くねぇ?」


 こういう話が出た時は、絶対に誘ってくれる。

 それが、北君だった。


 「そうだね、転職も悪くないかも。 流石にコレだけ働いて20万行かないのは厳しいからね……今度はもうちょっと良い所だと良いなぁ」


 そんな事を呟きながら、彼が紹介してくれる新しい職場に期待した。

 結果から言えば給料は良くなったが、お金を使う暇がほとんどない職場ではあったが。

 それでも彼と共に乗り切った。

 そして西君の自殺未遂事件が発生し、僕達は“生き方”を考える様になった。

 正直、現代社会において仕方のない事だとは思う。

 でも、僕達は人間なのだ。

 奴隷の様に使われれば不満も出るし、給料が伴わなければやる気だって損なわれていく。

 そんな中、やはり悪い事というのは起きるモノで。


 「こんな納期じゃ無理ですよ! いくら何でも無茶し過ぎです! 皆もう何日休んでないと思ってるんですか!」


 社長が、頭のおかしい仕事を持ってきた。

 普段は数か月単位でやる仕事を、一か月ないし数週間で済ませろというモノ。

 その案件が発表された時に、北君が思いっきり噛みついたのだ。


 「無理だ無理だと言っているから無理なんだ。 お前はいつでも口だけは達者だなぁ北山、現場監督でもないお前がなんでそんな事言えるんだ?」


 「現場に立っているから分かるんでしょうが! 時間的に無理だって言っているんです! しかも休みもないんじゃ誰だって失敗も増えます、そしたら最終的に被害が出るのは会社自体ですよ!?」


 「高卒程度がギャーギャー言ってんじゃねぇ!」


 従業員が集まっている中、社長が北君に向かって拳を振り上げた。

 彼の事だ、そのまま殴られる事を選ぶのだろう。

 社会人とすれば、多分ソレが正解なんだ。

 こちらが手を上げれば、より一層問題になる。

 だがしかし、僕には“受け入れられなかった”。


 「ガッ!」


 「東!?」


 彼の前に飛び出した僕の額に、社長の拳が激突した。

 こんな会社に勤める社長だ、元ヤンでパンチ力も結構ある。

 でも、耐えられない事は無い。


 「おい東、何してんだお前? 北山のついでで雇ってやったってのに、何だその態度は」


 社長は冷たい眼差しをこちらに向けて来た。

 怖い、とんでもなく怖い。

 社長にぶっ飛ばされるんじゃないかとか、明日にでもクビになるんじゃないかとか。

 色々考えて涙が浮かんでくる。

 僕は昔から馬鹿だ。

 難しい事はわかんないし、テストの順位だって下から数えた方が早い。

 それに細かい事が苦手で、仕事でも仲間達にいっぱい助けられてきた。

 そんな不器用で馬鹿な僕が、社長と北君の間に割り込んでしまったのだ。

 不味い、それだけは分かる。

 分かるけど、後悔はない。


 「納期に間に合わせる様にとか、どんなプランとかは分かんないです……僕馬鹿なんで……」


 「だったら引っ込んどけカスがぁ! 言われた事しか出来ねぇ下っ端が、しゃしゃり出て来てんじゃ――」


 「何しやがるこのハゲデク野郎がぁぁ!」


 次の瞬間には、北君が飛び出した。

 社長の顔面に拳を叩き込み、そして周りに集まっていた従業員達も参加する始末。

 よほど不満が溜まっていたのだろう。

 数分後にはボロボロになった社長が泣きながら土下座していた。

 コレが正しい行動とはとても思えない、思えないが……どこかスッとしたのは確かだった。


 「東! 大丈夫か!?」


 「うん、平気。 ネコパンチだよ、あんなの」


 そんな事を言って笑い合い、その後も僕達は一緒に仕事を続けた。

 僕にとってのヒーロー、ソレが彼だ。

 誰もが動けない時一番に動き、状況を動かす。

 そして誰よりも“仲間”を大事にする人物。

 彼の様になりたくて、“ヒーロー”が登場するアニメや特撮を腐る程見た。

 どの作品でも、やっぱり“ヒーロー”は格好良くて、そして強かった。

 だからこそ、どっぷりとハマってしまったのは言うまでもない。

 そんな訳で“こちら側”に来た時の鑑定結果は、“隠れオタク”。

 北君達にも隠していたから、そういう結果になったのだろう。

 そして西君の“無職”というのも、当時彼が職を探している状況だったから、そういう結果になったんだと思う。


 「勇者にはなれなかったけど、北君はやっぱりヒーローだよ」


 化け物の様に大きな亀を倒し、皆に希望を見せ、そしてこちらに向かってくる彼を見て。

 改めてそう感じた。

 僕は今“ヒーロー”と同じクランの、そして隣に立つ立場に居る。

 これでテンションが上がらない奴は居ない。

 彼に追いつく様に、支えになる様に。

 自然とそう考えてしまう程には、全力で“頑張って”しまう。

 それくらいに、彼の影響力は絶大だった。


 ――――


 亀を片付けてからは早かった。

 魔術師隊の一斉攻撃、それでも襲い掛かる魔獣は“盾”が抑え、そして“接近”と“斥候”が片付ける。

 そんな事を続けて早数時間。

 だいぶ戦況は落ち着いてきた様に感じる。

 報告ではあと50体程度。

 このままさっきの亀でも出ない限りは、どうとでもなる。

 そんな風に考えたその時。


 「新種だ! それにミノタウロス!」


 嫌な声が聞こえて来た。


 「嘘だろ……ここに来てまた新種かよ」


 カイルが疲れた様に呟くが、相手は待ってくれない。

 見える範囲に居るのは、牛頭の二足歩行が10。

 そしてゴブリンやオーク……で良いのだろうか?

 そんなのがワラワラと周りに集まっている。

 更にはその中心に、とんでもない化け物がのっしのっしと歩いていやがった。


 「ハッ! くそがっ! ケルベロスのなりそこないか何かか?」


 さっきの亀くらいデカい。

 二つの頭を持つ狼。

 ありゃなんだ? ダークウルフの上位種?

 だとしてもデカくなり過ぎたろ。


 「どうする、キタヤマ。 どいつもコイツも今まで以上に足は速そうだぜ?」


 ギルが苦虫を噛み潰した様な、苦しそうな表情を浮かべている。

 やはり情況的にはかなり良くない御様子だ。

 亀以降勇者様とやらの援護も飛んでこねぇし、後ろの兵士は置物かってくらいに動かない。

 これ、やっぱ俺らで処理しないといけないのかね。


 「あぁクソ……斥候を下げろ。 んで俺らの近くに幅広く展開、多分個々に対処できる相手じゃねぇ」


 「聞いたな! 斥候は下がって周囲に展開! 一対一で戦おうとするな!」


 俺の声を周りに伝えてくれるカイルも、コレが苦肉の策だという事は理解しているらしい。

 だが、やるしかない。


 「弓も斥候と同じく周囲に展開、正面に集まっていても食い破られる。 魔術師もだ、弓と斥候と守り合いながら耐えるしかねぇ」


 「弓と魔法隊は協力しながら斥候と同様周囲に隠れろ! 正面は俺らと“盾”で守る! さっさと動けよぉ!? 時間がねぇぞ!」


 ギルが続いて大声を出してくれる。

 そんな指示が出れば、周囲のウォーカー達は一斉に木々の中に隠れていく。

 残るのは“盾”と“接近”の者達。

 非常に薄い防波堤。

 だが、コレで対処するしかないんだ。

 相手の足が速い上にデカいのが居る以上、防御の薄い連中は格好の餌になってしまう。

 せめて最初からヘイトをこっちに向けておかないと、一気に食い破られる。

 先制攻撃してすばしっこいのが散らばっても困るので、最初から“餌役”を絞る。

 だからこその配置、俺が考え得る最善の陣形。

 もう少し頭の良い奴にこういうのは指示して欲しいんだが……生憎と周りに我こそはと名乗り出てくれる奴はいない。


 正直、勘弁してくれとは思う。

 慣れている訳じゃないんだ、何十人もの指揮が取れる訳がない。

 それでも指示を出し続けていられるのは、戦略ゲーの延長線。

 アレは被害が出ても数字だけで済むんだ。

 でも、今この場では死者の名簿が付いてくる。

 1と表記される彼等には、名前があり生活がある。

 もしかしたらパートナーが居て、幸せに生きているのかもしれない。

 そんな事を考えると、思わず吐き気が込み上げてくる。

 その“責任”が今、俺に覆いかぶさって居るのだ。


 「キタヤマさん!」


 青い顔のまま振り返れば、そこにはアナベルとお嬢が息を切らして立っていた。

 良かった、彼女達も無事だったのか。


 「準備、整いましたわ」


 「……準備?」


 何を言っているのか、良く理解出来なかった。

 しかし、彼女達の後ろには数名の魔術師っぽい恰好をした連中が集まって来る。


 「負傷者の撤退、治療、全て完了です。 そして補助隊も各地に展開、速度や索敵能力を上げるのが得意なメンバーは周囲に配置しました」


 「……えっと」


 「ここに残っているのは、物理攻撃に対する補助魔法を使えるメンツだけですよ。 そりゃもう、思いっきりやりましょう。 底上げは任せてください」


 そう言って、見たこともない満面の笑みを浮かべてアナベルは笑う。

 まるで少女みたいに、子供っぽい底抜けに明るい笑顔。


 「やってやりましょう。 今回は私もお供いたしますわ」


 お嬢の方も、自信満々なご様子で剣を抜く。

 いつか見た、情けない様子など微塵もない。

 あぁ、そうか。

 皆、まだやれるんだ。

 希望を捨ててなんか居ないんだ。

 こりゃ、俺ばっかり疲れた顔してらんないわな。


 「ハッ、ハハッ! 上等だ! やってやろうじゃねぇか!」


 そう叫びながら、正面に槍を向けた。

 ここに居る誰もが諦めていない。

 だったら、指揮する立場になってしまった俺が諦めるなんて、誰が許してくれようか。


 「まずは引き込む! “魔”、“弓”、“斥候”は待機! 盾は思いっきり存在感をアピールしてやれ! “補助”は今すぐ全員に魔法を掛けろ! “接近”! てめぇらは一番仕事が多いぞ、覚悟しやがれ! 合図と共に細かいのを可能な限り狩る!」


 やってやろうじゃねぇか、俺達は生き残るんだ。

 今回もやる事は変わりねぇ。

 もう既に半分以上の魔物を討伐してんだ、今更上位種だの何だのが現れた所で知った事か。

 全部食い散らかしてやる。


 「キタヤマ、真ん中のデカいのはどうする?」


 「旦那、まずアレを抑えなきゃ被害が出るぜ?」


 ギルとカイルが声を掛けてくるが、それに対してニヤッと不敵な笑みを返してやった。


 「付き合うだろう?」


 「あぁ、クソ。 やっぱそうなるのか」


 「ハハッ! 上等だ、やってやろうじゃねぇか!」


 そんな訳で、全部隊配置についた。

 やる事は大して変わらねぇ。

 ただ今回の相手は足が速い、だからこそ接近を最初に向かわせて脚を止める。

 違うのはその一点。

 だったら、最後まで喰らってやろうじゃないの。


 「行くぞテメェら! ビビッたヤツは打ち上げの料金払わせるから覚悟しておけぇ!」


 「何人いると思ってんだ! 馬鹿!」


 「しゃぁっ! テメェら気合い入れ直せ! 最終戦だ!」


 随分と長い時間戦い続けた彼等だったが、疲れた様子など微塵も見せない力強いカチドキが上がるのであった。

 生き残る、ただそれだけの為に俺達はもう一度武器を掲げた。


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