第42話 開戦の狼煙


 「来たぞ……戦闘準備ィ!」


 叫んでみれば、そこら中から雄叫びが返って来た。

 戦風や戦姫だけではない。

 もちろんアイラム夫婦だけな訳でもなく。

 集まったほとんどのウォーカーから、地鳴りの様な雄叫びが上がっている様に感じる。

 マジか、飯効果凄いな。

 集まって来た時は皆渋い顔というか、暗い表情をしていたのに。

 腹いっぱいになった途端コレだよ。

 後で支部長に材料費と労働費を貰おう。

 そんな事を考えながら、眼の前から迫る土煙を睨んだ。


 「弓兵、魔術師は攻撃準備! 斥候、または足の速いメンツは周囲に隠れろ!」


 その指示と共に、一列に並ぶ弓兵。

 そしてその後ろに待機する魔法使いの集団。

 パーティなんぞバラバラだ。

 ただただこの場に必要なメンツだけが、ズラッと並んでいた。

 更にはいくつもの影が、周囲の街道脇の木々の裏に姿を隠した。

 弓兵には南、白。

 奇襲組には西田、中島、アイリなんかも含まれている。

 ハハッ、やべぇ。

 最初は戦風、戦姫、アイラム夫婦と俺達。

 それくらいの規模で一緒に動くつもりだったのだが……一緒に飯を食ったら仲良くなってしまった。

 似たようなランクのメンツが集まっていたこともあり、誰も俺の指示に反発の声を上げない。


 「旦那、次の指示をくれ」


 「良いのかよ、コレで……俺はお前よりランクの低いウォーカーだぞ」


 「“悪食”の話は皆知って居るからな。 文句をいう奴はそもそも従わねぇから気にすんな」


 中心に残った俺、カイル、ギル。

 マジか、本格的に大集団を指揮する事になっちまった。


 「あぁくそ、やってやらぁ! 弓と魔術師! 盾を通せる隙間を作っておけよ! 先制攻撃が終わったら間を通す! 盾組、並べ!」


 そんな訳で綺麗に並ぶ防御組。

 東もその一人だ。

 誰よりも存在感を放っている気がするが。

 皆ご立派な装備をしておられるが、ウチの魔王装備には敵わない。

 東マジ東。


 「キタヤマ様、補助組はどう配置しますか?」


 お嬢が声を掛けてくる。

 知るか! と答えたい所だが、そういう訳にもいかないのが悲しい所。


 「潜伏しているメンバーも合わせて、得意分野に合わせて配置しろ。 防御バフや魔法バフが得意なメンツは中央、それ以外の攻撃系補助が得意なメンツは周囲に広く配置しろ。 偏ると突破させる隙になる。 なるべく全体がバランスよくなる様に、お前に任せる。 出来るか?」


 「了解です!」


 「キタヤマさん、私もそちらに加わります」


 「アナベル、任せた」


 「任せなさい!」


 そんな訳で、アナベルも皆と一緒に走って行く。

 そこでふと気づいたんだが……俺、一人じゃね?

 しかも中心戦力のど真ん中で。

 身近にパーティメンバーが居ないという不安要素がかなり効くが、それでも弱音を吐く訳には行かないだろう。

 まあ他のメンツはいっぱい居るので、何とかなるとは思うが。


 「っしゃぁ! 接近戦組! 抜剣、そして待て! てめぇらの出番はもう少し後だ! 焦って飛び出すんじゃなねぇぞ!」


 「「オォォォオ!」」


 もはや後に引いけない状況になっていた。

 うーむ……単純な攻撃役が、“悪食”の中で俺だけ。

 他のメンツは色々特徴があったから、他に割り振られてしまった訳だが。

 センターに残っているのは俺一人。

 うそぉん、ここでも特徴無しの弊害が。


 「接敵、残り一分!」


 どこのパーティかも知らない誰かが叫んだ。

 あぁもう、しらない。

 やってやらぁ!


 「焦るな! 残り三十秒になった所で“弓”と“魔法”で一斉攻撃! その後突っ込んで来た奴らを“盾”で抑える! 指示と共に“接近”が攻撃! その後はこのパターンを繰り返すぞ!」


 さぁ、始めよう。

 ウォーカーと魔獣の戦争を。

 なんて、思った矢先の出来事だった。


 「“光剣”!」


 やけに耳に残る声が周囲に響いたかと思えば、門の上から光が伸びてきた。

 ビームとしか言えない見た目で、目の前の魔獣を跡形もなく消し去って行く。

 あぁ、狼とか猪とか居たのに。

 肉どころか塵も残らない御様子だ。


 「誰だよ荷電粒子砲撃ったのは……」


 「かでん……なんだって? ありゃ多分“勇者様”って野郎の攻撃だな。 ハッ、あんなのが居るなら俺ら必要ねぇじゃねぇか」


 チッと舌打ちを溢したカイルが、振り返って門の上を睨んだ。

 今のが“勇者”の力?

 おいおい、マジでチート能力じゃねぇか。

 そりゃ王様も必死に“勇者”を召喚しようとする訳だ。

 とはいえ、こりゃ随分と楽が出来そうだ。

 勇者様様だな、なんて思った訳だが。


 「皆聞け! 俺が居る限り敗北はあり得ない! 恐れるな! この街を守るぞ!」


 「「「ウォォォ!」」」


 何か後ろで主人公様が檄を飛ばしておられる。

 その声に答えるのは兵士達のみ、ウォーカー諸君は皆呆れた眼差しを送っていた。


 「あん? なんか兵士光ってねぇ?」


 「ありゃ補助魔法だな……“勇者”ってのはあんな事まで出来んのか」


 ギルが答えてくれたが、バフ受けるとあんな感じになっちゃうの?

 嘘だろ、めちゃくちゃ光ってるぜ。

 ダッサ! 蛍光灯かよお前ら!?


 「とはいえ俺らには手を貸してくれないみたいだな、こっちまで魔法が飛んでこねぇ。 しかも強化されてんのに兵士は門の前から動きやがらねぇ。 ウォーカーも甘く見られたもんだ」


 相も変わらずカイルが憎まれ口を叩いているが、周囲も同じ気持ちなんだろう。

 色んな所から舌打ちやら、恨みがましい声が聞こえてくる。

 楽させてくれんのは良いが、仲間の士気を落してどうすんだよ主人公さんよ。

 勘弁してくれ。


 「オラお前ら、いつまで後ろを見てやがる! 俺らの獲物は前から来んだぞ! それに良く考えろ! あんなにピカピカ光りてぇか!? 俺はごめんだね! この暗闇で的になりたいヤツが居るなら勇者にお願いしてきて良いぞ! 俺にも輝きを下さいってな! 但し前には出るなよ? 眩しくて仕方ねぇ!」


 なんて事を叫べば、周囲から不満の気配は消えた。

 変わりに零れるのは笑い声、そして背後の兵士達からはものすんごい殺気が向けられる。

 だって仕方ないじゃないの。

 門の前だけクリスマスのイルミネーションみたいになってんだから。


 「ハハッ! 確かにその通りだ! 第二陣、来るぞ!」


 カイルの声と同時に、皆が正面に集中していく。

 さてさて、今回は荷電粒子砲が飛んでくるのか?

 だとしたら下手に近づくのは避けたいんだが……。


 「ん?」


 そんな中、魔獣の集団に見慣れない姿の奴が居る。

 何だアイツ、二足歩行の亀?

 灰色の甲羅から生える黒い体。

 そして爛々と輝く赤い瞳。

 なんか、嫌な感じがする。


 「カイル、ギル。 あの亀、アレってどんな魔獣か分かるか?」


 まだ遠い、なので指さした所でわからないかもしれないが……。


 「あぁ~、なんだありゃ? マジックタートルに似てるが……その上位種か?」


 「でも二足歩行してるぜ? 魔物か?」


 どうやら二人共知らない子だったらしい。

 まるで他の魔獣を引き連れる様にして、一番先頭を歩いて来る訳だが。


 「“光剣”!」


 今回もまた、勇者様のビームが飛んできた。

 コレで終わるかと思えた次の瞬間。


 「おい……マジかよ」


 さっきの亀が急に背中を向け、甲羅で勇者の攻撃を受けとめた。

 あんだけ強力な攻撃だったというのに、まるで何でもないとでも言わんばかりに、後ずさる事さえしない。

 しかも、甲羅の色が変わっているし。

 何と言うか、ちょっと虹色っぽくなった?

 というか、光ってるよなアレ。


 「カイル、さっき言っていたマジックタートルってどんな魔獣だ? 簡単に教えてくれ、なるべく早く」


 「え、あぁ。 アイツらは基本的に魔法が効かないんだよ。 甲羅で魔法を防いでいるっつうか、触れる前に分解されちまうらしいんだ。 魔法が効かないから、マジックタートル。 確かそんな理由で呼ばれ始めたはずだ。 でも剣とかならすぐ倒せるくらいの魔獣だぞ?」


 あぁ、凄く嫌な予感がする。

 その亀さんは、魔法を無力化して身を守る。

 そんでもって目の前の亀さんも魔法が効かないから、あんなに平然としていやがる。

 多分マジックタートルとやらの上位種って説は間違っていないのだろう。

 そしてなにより、アレは本当に“ただ無力化した”だけなのか?


 「嫌な感じがする、魔術師隊は攻撃するな! 弓矢で様子を見て、それから――」


 「“光剣”!」


 「なっ!? 馬鹿野郎が!」


 本日三度目のビーム攻撃。

 ソレがまた亀の背中にぶち当たった。

 そして、更に輝きを増しながら虹色に光る亀の甲羅。

 絶対不味いヤツだ、完全に“吸収”してるだろアレ!


 「斥候は距離を取れ! 今すぐ離れろ! 弓だ弓! 今すぐ矢を放っ――」


 「“光剣”!」


 「ふざけんなコラぁ! 全員引けぇぇぇ!」


 四度目のビーム。

 亀に対しては三発目の攻撃な訳だが。

 どうやら“準備”が整ってしまったらしい。

 亀はその場で蹲り、もはや美しいとすら言える虹色の甲羅の中に身を隠した。

 そして。


 「な、なんだありゃぁ!」


 どこかでそんな声が上がった。

 魔獣の進行は一旦止まり、亀の甲羅からは一筋の光が上空へと延びていく。

 かなりの高さまで登った光がやがていくつも枝分かれし、そして……。


 「避けろぉぉぉぉ!」


 叫んだ時には、光の雨が降って来た。

 ズガガガガガッ! という耳がおかしくなりそうな衝撃音を響かせながら、俺達に向かって光の雨が降る。

 間違いなく“勇者”の“光剣”とやらを溜め込んだカウンター攻撃。

 こんなもん、触れたらどうなるか分かんねぇぞ!


 「避けろ避けろ避けろぉぉぉ! 当たったらマジで死ねるぞ!」


 そう叫んでみるものの、周囲からはいくつもの悲鳴が上がる。

 腕を失った者、足を貫かれた者。

 もしかしたら命を落としたものさえ居るかもしれない。

 いや、間違いなく居るだろう。

 雨が終わる頃には、幾人ものウォーカーが地面に横たわっていた。


 「……くっそがぁぁ!」


 「“光剣”!」


 更にもう一発、勇者から光が伸びる。

 ソイツも当然亀の甲羅に吸われて、灰色に戻った甲羅が再び色を取り戻していく。


 「いい加減にしろやボケェ!」


 思わずぶん投げた槍が、勇者の足元の壁にぶっ刺さった。

 驚いたらしい勇者がずっこけた様に見えたが、知った事が。


 「補助部隊は怪我人を後ろに下げろ! 強化バフなんざ後回しだ! 動ける奴はそのまま聞けぇぇ!」


 今日一番の大声を上げながら、再び正面を向き直ったそして。


 「魔術師は一旦待機、指示を待て! 弓、構えろ! 合図と共に一斉に放て! 斥候部隊はその後露払いだ! 細かいのは任せるからまだ隠れとけよ! 盾は弓が終わってからすぐに前に出ろ! 接近は待機、デカ物を仕留めたら一気に前に出ろ!」


 「旦那! あの亀は誰が担当するんだよ!」


 「……俺らに決まってんだろ! カイル、ギル、付き合え! 東ぁぁ! 飛び越えるからカタパルト頼む! 南ぃぃ! 槍を二本用意しておけぇぇぇ!」


 とにかく叫んだ。

 頭は回らないが、どうにかして立て直さないと。

 そんな思いと共に、号令を出す。

 そして。


 「弓、放てえぇぇぇぇ! 盛大な狼煙をあげてやれやぁぁぁ!」


 俺達の前に並んだ弓矢の部隊が、一斉に矢を放ったのであった。


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