第41話 最前線とオムライス


 スタンピード。

 ソイツは結構な緊急事態らしく、いつも通る街の門の前にはかなりの人数が集められていた。

 こんなに門に近い配置で良いのか? なんて思ったりもするが、顔見知りの門番も笑みを浮かべている辺り、多分大丈夫なんだろう。

 ま、“勇者”様とやらの信頼が厚い結果なのだろうが。


 配置としては分かりやすい段階社会。

 門の上、見張り台なんかは王族の観客席になるらしい。

 こんな所まで見に来るの? 王様馬鹿なの?

 なんて思ったりもするが、突っ込むのは止めよう。

 そして次に門周辺は、国の兵と思われる統一された鎧を着こんだ兵士達。

 これでもかという程の密集具合で、フルプレート達が並んでいる。

 トイレとか大変そうだ。


 最後に俺達ウォーカー。

 はい、何処に設置されたでしょーか?

 正解、最前線でーす。

 ま、そんな事だろうと思ったよ。

 集まったのは最低人数の50名程度。

 どんだけこの国の王様人気ないんだよと言いたくなる。

 そして俺達“悪食”の配置場所と言えば……。


 「なんで一番前なのかねぇ……支部長の野郎、後でぶっ飛ばしてやる」


 「それだけ信頼されていると捉えれば、まぁ……はい」


 「北、愚痴っても仕方ない」


 白黒のちびっ子に囲まれながら、最前線の更に先端で、俺はオムライスを作っていた。

 使うのはダチョウの卵。

 中身に使うチキンライスは南の大好きな青い鶏。

 絶対旨い奴だ。


 「う~ん、こうちゃん。 俺周りにスープだけでも配ってくるわ、流石に視線が辛い。 食材使っても良いか?」


 「おーう、西田。 どんどん使え~」


 「北山さん、私も手伝ってきます。 魔獣肉でも食べたいと言ってきた場合は……どう致しましょう?」


 「魔人になるかもしれんが、それでも良いなら支部長に聞いて来いって言っておいて」


 「承知しました」


 最近中島の態度がセバスチャンになって来た気がする。

 いや、似合ってるから良いんだけどさ。

 今度燕尾服とか作ってあげよう。

 絶対似合うはずだ。


 「北君、炊き込みご飯でも作る? また干し肉でも貰って来て作れば、皆食べられるでしょ?」


 「あ、それなら私も手伝いますよ。 ちょっと周りから貰ってきますね」


 そんなこんなで、東とアイリも動き出す。

 いやはや、まさかこんな街の近く野営する事になるとはねぇ。


 「あ、あの……私にも何か……」


 物凄く手持無沙汰気味なアナベルが、キョロキョロしながらこっちに寄って来た。

 相変わらず魔女衣装がエロい。

 それは良いとして、完成したオムライスとケチャップを彼女に渡す。


 「何か書いて、面白い感じに」


 「え」


 ケチャップ文字にはセンスが求められる。

 俺には絶対無理な仕事だ。

 なので、アナベルに丸投げする。

 彼女はアワアワしながらも、物凄く真剣な表情で筆にケチャップを付け、オムライスに何かを描き始めた。

 魔法陣とか描かないよね? 平気だよね?

 ちょっと心配になるが、彼女のセンスに任せよう。

 そんな訳で、ドンドンとオムライスを作って行く。

 ちなみに、ドワーフ組は“ホーム”でお留守番。

 その変わりとばかりに、試作品の武器をいくつも渡して来た。

 あいつ等何で自分の店に帰らないんだろう、別に良いんだけどさ。


 という訳で、今回参加する“悪食”メンバーは。

 俺、西田、東、南の東西南北メンバーはもちろん。

 アイリ、白、中島、そしてアナベル。

 白と中島は若干の不安はあるものの、無理はしないという約束の元連れて来た。

 そしてアイリとアナベル。

 何とこいつ等……レベルが俺らより全然高いのだ。

 アイリが50、アナベルが58。

 しかも二人共称号持ちで、“一騎当千”と“スペルマスター”。

 どっちがどっちなのかは言うまでもないが、非常に優秀な二人。

 リーダーの俺が一番良く分からない称号を持っているというこの状況、本当にどうにかなりませんかね?

 なんて考えている時。


 「おう、悪食の旦那!」


 「キタヤマ! あ、違った。デッドラインだったな!」


 そんな声が聞こえて来た。


 「はーい! 今デッドラインとか言った奴! 君は今デッドラインを超えましたよぉ! ぶっ殺します!」


 「止めろ馬鹿! 今から戦力を減らすんじゃねぇ!」


 そんな賑やかな声を上げるのは、“戦風”のパーティとギル……と奥さん。

 おかしいな、コイツ戦場にまで奥さん連れてくる馬鹿だったの?


 「えっと……なんでソフィーさんまで居るの?」


 「お久しぶりです、キタヤマ様。 これでも私、魔法使いなんですよ?」


 ウフフッと笑いながら、随分とゴツくてデカい杖を振り回すソフィーさん。

 もう突っ込まない。

 気にしたら負けだ。

 むしろこの奥さんを前に、ギルは良くあそこまでヘタレになったもんだ。


 「えぇっと……皆久しぶりだな」


 「おう、旦那の近くに配置してもらったぜ?」


 「キタヤマ! 今回もご飯!」


 「キタヤマさん! 金と材料は持って来たんで俺らにも!」


 「ほっほっほ、今日は魔獣肉が食えるのかのぉ?」


 “戦風”は前回通り自由奔放な様だ。

 あまり時間は経っていないのに、随分懐かしく感じる。

 大剣使いのカイル、斥候のポアル、弓使いのリィリ、魔法使いのザズ。

 なんでか、こいつ等だけはしっかりと覚えてしまった。

 何だかんだ馴染みやすい上に、俺らと一度共闘したことのあるパーティだ。


 「キタヤマ、俺もお前らの近くに無理言って配置してもらったんだからな? ソフィーが義手の使い方とお前らの料理を見たいって言って聞かなくて……」


 「“悪食”の料理は皆注目しているのに、食べたことが無いという話ばかりですからね、ご相伴にあずかろうかと。 あ、もちろんお手伝いはしますし、材料も持ってきましたよ?」


 困り果てた顔で視線を逸らすギルと、以前の様な疲れた様子など一切見せないソフィーさん。

 その視線は、準備してある“魔獣肉”をガン見していたが。


 「まぁなんでも良いけどさ、支部長に許可取ってからにしてくれ……コレ以上はマジで怒られる。 ただでさえ被験者をまた増やしちまった――」


 「キタヤマ様! お待たせいたしました!」


 会話の途中で登場したのは、いつか見た金髪ツインテール。

 通称お嬢。

 

 「いや、待ってないんだが……」


 「エレオノーラ・クライス・アスタルティ。 “悪食”の皆様にお力を貸すべく参上いたしましたわ!」


 随分と意気揚々と挨拶するお嬢の後ろには、いつか見た魔術師メンツが。

 あれ? “戦姫”って解散したんじゃないのか?


 「彼らは仮のパーティメンバーですわ。 私がキタヤマ様と共に戦うと聞いて、集まって来てくれた有志諸君、といったところですね」


 「あ、そう。 未だに仲良さそうで何よりだよ」


 そんな訳で、最前線には知った顔ばかりが集まった。

 悪食、戦風、元戦姫。

 そしてチームリア充のアイラム夫婦。

 コレで良いのか?

 もう少しランクの高いメンツは集まらなかったのかと支部長に問いたい。

 確か俺らのクランってランクDとかEとか、その辺りだったよな?

 よく覚えてないけど。

 真正面に置く面子がコレで良いのかと、切に問いたい。


 「まぁ何でも良いんだけどさ。 飯、食う? 魔獣肉以外を使った奴も作ってやるよ。 金は貰うけどな」


 「“戦風”は全員分貰う。 むしろ断ったら俺が殺されちまう……」


 「俺とソフィーも貰う。 ソフィー、今回は魔獣肉諦めろよ?」


 「戦姫……じゃなかった、私達もいただきますわ。 腹が減っては何とやら、ですからね」


 そんな訳で、やはり俺達は想定以上の飯を作る事となった。

 基本的に魔獣肉を使わない様にして、貰った素材やら山菜を使って。

 市場で売っている肉はやはり魔獣肉と比べて旨味は薄いが、それでも食うには問題ない。

 なので色々と作っていく訳だが。


 「北、オムライスおかわり。 魔獣肉で」


 「ご主人様……すみません、私も、その……」


 「あ、ちょ、待ってろ。 すぐ作るから!」


 やはり食材を人によって使い分けるというのは大変だ。

 しかも育ちざかりや男連中が食らうとなれば、そりゃもう量が多い。

 そんな訳で、スタンピード対処に集められた初日。

 俺はひたすら飯を作りながら時間を潰したのであった。


 ――――


 「おいおい、戦場の一番前で飯作ってんのかよ……給仕係ならもっと目立たない所に配置しろよ……警戒心ってものがないのか? ありゃ捨て駒だな」


 「でも、キャンプみたいで楽しそうだよ?」


 「料理しながらでも、片時も武器を放そうとしない。 それどころか周囲もちゃんと警戒している。 そんな事も見て分からないのか、勇者様とやらは」


 「あぁ?」


 「事実を言ったまでだ」


 「も~二人ともぉ……」


 やけに踏ん反り返った“勇者”、柴田優の前に料理が運ばれてくる。

 それは望も同じ。

 彼等には観客席と言わんばかりの席が用意され、そして隣には王族が並んで腰を下ろしている。

 どいつもコイツも……緊張感が足りない。

 そんな風に思っていた私に渡されるのは、質の良い携帯食料。

 とは言え、日本という安全で更には食に煩い国の出身である私にとっては……食べられなくはない、という程度のモノでしかなかった。


 「はっはっは、勇者様が居れば何も問題はありませんが、それでも彼らにとっては死活問題。 今の内に腹を満たしておこうと必死なのでしょう。 または最後の晩餐なんて言うかもしれませんが」


 そう言って笑う王は、肥満なんぞ知るかとばかりに油ばかりの肉を頬張っている。

 汚い、この世界は全てが汚い。

 王も、勇者も、そして環境さえも。

 私は、この世界が大っ嫌いだ。

 そんな事を考えながら、携帯食料を齧っていると。


 「失礼致します。 影森様ですよね? 隣、よろしいでしょうか?」


 いつの間にか、豪華なドレスに身を包んだ少女が隣に立っていた。

 気付かなかった。

 いつの間に隣に並んだ?


 「細かい事は良いではありませんか。 初めまして……なんて自己紹介されても不快になるだけでしょうね。 私の事は王女、もしくはお姫様なんて“蔑称”でお呼びくださいませ。 影森 初美様」


 そう言ってドレスの端を摘まんで、綺麗なお辞儀を見せる彼女。

 金髪青目の、まさに“お姫様”。

 だというのに、“周りの誰にも”気づかれる事なく私と会話をしている。

 なんだ、この子は?


 「今回の召喚において、救済処置が出来なかった事は非常に残念な結果でした。 しかし、“彼等”が救ってくれた。 貴方も良く見ておくと良いですよ。 彼等は勇者ではありません、選ばれませんでしたから。 しかし、見る価値は間違いなくある」


 そういって姫様が指さす先に居るのは、陣形の最先端にいる料理をしている黒い鎧のパーティ。


 「選ばれなかった、ね。 あの人たちも私と同じ“異世界人”?」


 だとしたら彼らは城から放り出されたという事なのだろう。

 しかし今ではああやってちゃんと生きている。

 それに王女の言う通り、私達と一緒に召喚されて放り出された二人の姿も見える。

 強いんだな、あの人たちは。

 貰いものの力を振りかざし、強くなった気でいる柴田よりもずっと“勇者”らしい。

 人に囲まれ、“ハズレ”と言われた二人も保護してくれた彼等。

 何故あっちが“勇者”じゃないんだろう。


 「そうです。 神の御意思とやらまでは分かりかねますが、“勇者”はシバタ様。 しかし神に選ばれなくても、皆に選ばれ称えられる存在。 ソレが彼等なんでしょうね」


 神ではなく人が選ぶ存在、ソレを人は“英雄”と呼ぶ。

 それが彼等だと言いたいのだろうか。

 随分と信頼されている様だ。


 「彼等は、化けますよ? 勇者なんて平気で喰らってしまう程に。 私にはそう“見えました”、だからこそ最大限に手を貸した。 国、勇者、魔のモノ。 更には種族や立場、身分の差すら気にしない。 そんな物関係ないとばかりに食い散らかす、野蛮な集団。 その名を“悪食”と言うらしいですよ?」


 「悪食……」


 まるで催眠術の様に、彼女の言葉は脳に染み渡る。

 王からの援助を断り、私も外に放り出されていれば、彼らは私の事も救ってくれたのだろうか?

 そんなの、怖くて選べる未来では無かっただろうが。

 とはいえ、この国のお姫様が“悪食”というパーティに一目を置いているのは伝わって来た。


 「彼らは何処までも“自由”です。 何かを食べたいと思えば自分達で獲りに行って、自分達でこの世界を生きる術を見つける。 羨ましいですよね、何処へでも行けるし、何処までも強くなれる。 でもそれは、彼らの努力の先にある結果。 自由とは責任と成果の先にあるんですよ。 貴女なら、“それくらい”理解出来ますよね?」


 「あぁ、私にはまだ力が足りない。 だから、自由になれない」


 「少し違いますけど……まぁ良いです。 今回の戦闘で見極めて見て下さい。 “彼等”は貴女がプライドを捨てても、逃げ込める最終地点なのかどうかを」


 そんな台詞を吐きながら、王女様は私から離れていく。

 何処までも優雅に、そして誰の目に触れることも無く。


 「なんで、私にそんな事を助言する? 私が王宮から逃げ出せば、お前達にとっては負債にしかならないだろう? 私はこれでもレベルが上がったから、そこら辺の兵士達より強い。 何故手放そうとする?」


 そう問いかけてみれば。

 彼女はさっき以上の笑みを見せながら振り返った。


 「だって、そうした方が“お友達”増えるでしょう? それに“悪食”に手を貸せば貸す程、彼らはいち早く私に会いに来てくれる。 楽しみで仕方ありません、無能の烙印が押された彼らが、何故捕食者であり続けられるのか。 そして彼らが何処まで“喰らって”くれるのか。 本当に、楽しみで仕方ありません」


 彼女は笑った。

 何処までも壊れた感情を浮かべながら。


 「アンタの事も、助けてくれると良いな。 その“悪食”が」


 「……? そうですね、私にとって彼らは白馬の王子様ですから」


 私の言った意味を理解せぬまま、王女様は去って行く。

 “悪食”、最前線を任される実力者。

 何故そこまで王女の、そして周囲の期待を集めてしまったのかは知らないが、私から何かいう事があるとするなら。


 「お疲れ様です……かな。 他人の期待ほど、重いモノはありませんからね……」


 そんな言葉を溢しながら、私は携帯食料を齧った。

 あぁ、不味いな。

 それしか感想が残らなかったのであった。

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