第40話 浮かれる魔女と浮つく勇者


 “悪食”。

 僅かながら、その噂は聞いた事があった。

 なんでも魔獣肉を喰らうウォーカー達なんだとか。

 人の理外れる者達、道徳を無視する連中。

 そんな訳で、彼等にはかなり野蛮な印象があったのだが。


 「えへへ……参っちゃうなぁ……」


 ニヤけ面を隠せないまま、荷造りを続けていた。

 ココは魔術師の集う、鑑定事務所。

 基本的に魔術師が席を置いて、訪れる人々に“魔術の鑑定”を施す場所。

 要は鑑定持ちが集まる、日雇いのお小遣い稼ぎの場だ。

 その中でも、種族が“魔女”に変わってしまった私は白い眼を向けられていた。

 “魔人”と似たような存在、人とは違う生き物。

 そんな風に蔑まれた事から、私は孤立していった。

 だからこそ、負けない様に偉そうな態度を取ろうと決めたのだ。

 可能な限り威厳がありそうに、相手が怒らないスレスレのラインを責めて、言葉を発する。

 そんな事を続けながら、仕事を続けた。

 あんまり弱気でも舐められるし、強気すぎても反感を買ってしまう。

 なので、可能な限り中間を。

 威厳があって、相手を怒らせないラインを……なんてやっていた結果。

 今の私のキャラが出来た。

 やけに大物ぶって、尚且つ相手を貶さない。

 そんなキャラクターの“魔女”が、完成したのであった。


 私はそのやり方で、数年間上手くやって来た。

 誰しも鑑定に納得し、すぐさまお金を払って出て行ってくれた。

 だからこそ今回も大丈夫。

 そんな風に思っていたのに。

 急にプロポーズされてしまった、しかも三人から。

 もう良く分からない、だって私“魔女”だよ?

 そんな目を向けられた事すらない生娘だったというのに。

 アワアワしながら鑑定を初めてみれば。


 「焦らなくて良いよ、平気」


 白い髪のお客さんに、そんな風に慰められてしまった。

 不味い、小心者だというのが完全にバレている。


 「プロポーズも、あんまり深く考えなくて平気だから。 アレは、馬鹿だから。 深く考えると、多分疲れる」


 随分な言いようだとは思うが、彼女は優しい微笑みを浮かべながら席を立った。

 何だったんだろう? そんな風に考えながら、次のお客さんの適性を見る。

 すると。


 「余計なお世話かもしれませんが、彼らの言葉は本心でしょう。 でも、彼らと共に居るというのは楽ではありません。 共に過ごし、その身で感じる。 体験してからでも、答えは遅くないと思いますよ?」


 次に鑑定した男性からも、意味深なアドバイスを受けてしまった。

 おかしいな、今は私が“鑑定”している筈なのに。

 そして、彼等以外の最後の少女。

 美しい黒髪を揺らしながら、強い眼差しを向けてくる獣人の彼女は。


 「負けませんから」


 それだけだった。

 本当にそれだけ、鑑定が終わってから一言呟いて、彼女は席を立った。

 何、なにこれ。

 私の人生、色恋沙汰とは程遠いモノだった。

 だというのに、急にそのステージに立たされてしまった。

 しかも三角関係というか、そう言ったモノまで見え隠れしている。

 話を聞いて居る限りと、獣人の彼女の反応。

 そして彼らの突発的な行動を見るに、“他にも居る”のだろう。

 そんな状況にモヤモヤしている獣人の少女、といった所だろうか?

 更に登場した“私”というライバル。

 普段読んでいるロマンス小説の登場人物に、急に加えられた気分だ。

 更に主人公とも言える男性三人から、求婚を受けてしまったのだ。

 物語としても、人生としても非常に刺激的。

 何、ナニコレ。

 私の人生、こんなイベントが待ち受けていたの?

 だからこそ、私は今まで彼氏の一人も出来なかったって訳?

 上等、というか本望。

 非常に面白くなって来た。


 「うふふ、フフフフ。 楽しくなって来ちゃったなぁ~」


 ルンルン気分で荷物をまとめ、鑑定のお仕事を辞める事を伝えた。

 手荷物一つ、ソレが私の全ての持ち物。

 “魔女”となった私には、普通に買い物が出来る環境の方が少ないのだ。

 そんな小さな手荷物も持ったまま、指定された“悪食”の“ホーム”へと足を向けた。

 これからの新しい生活、新しい生き方が始まる。

 色々なモノを想像しながら向かったその先には、予想外の光景が広がっていた。


 「おっ! 来たぞ皆! 新しい仲間のアナベルだ!」


 求婚してきた男性の一人、キタヤマと言っただろうか。

 彼はバーベキューセットの前で、鎧の上からエプロンを装着し、トングをカシャカシャと動かしていた。


 「お、待ってました! 我らが“魔女”様! 丁度宴会の準備が整った所だぜ!」


 ニシダと名乗ったその男も、スープをかき混ぜながら満面の笑みを浮かべた。

 周りには前に見た女性陣やら、ドワーフやら。


 「いらっしゃい! あぁいや、これからは“おかえりなさい”かな? とりあえずもうご飯にするから、座っててよ!」


 アズマという名の男性も、汗を流しながらも巨大な窯の中に何かを突っ込み、そして見たことも無いピザを取り出していた。

 非常に色鮮やか、そして美味しそうな見た目。

 ここで冷静になって、一度深呼吸してみよう。

 するとどうだろうか?

 様々な肉や魚の食欲を誘う匂い、更にスープの豊潤な香り。

 そしてピザの香ばしい胃袋を刺激する匂い。

 ダメだ。

 この環境はダメだ。

 ロマンス小説がどうとか、恋愛事情がどうとか思っていたが、そうじゃない。

 とにかくお腹が空く環境が整っていた。

 帰った時に旦那がこうしてご飯を作ってくれている環境を想像してみろ。

 最高じゃないか。

 もう私も良い歳なんだ、恋より結婚。

 そんな風に思っていた。

 そして結ばれるなら、より良い相手と結ばれたいじゃないか。


 「アナベル・クロムウェル。 魔導士よ! 付与魔法、魔術鑑定が得意だけど、魔法はほぼ全属性使えるわ! 今日を持って“悪食”に参加する“魔女”。 さぁ、魔獣肉とやらを食べさせなさい!」


 魔獣肉を喰らうと“魔人”になるらしい。

 ハッ、知った事か。

 私は既に“魔女”になってしまったのだ。

 だったら、もはや気にする事は無い。

 そして何より、この場の誰も気にする人は居ない。

 私が“魔女”という種族である事も、アナベルという魔女がココに居るという事でさえ。

 誰も気にしない、私は“ただのアナベル”になれる。

 そう思えたからこそ、思いっきり今までの魔女という“キャラクター”を演じてみた結果。


 「アナベル、もう肉が焼けんぞ。 腹いっぱい食えよ!」


 「スープももう飲めるから、とりあえず荷物置いてきちゃいなよ」


 「ピザはガンガン焼き上がってるよ! ドワーフに食べつくされない内に戻って来てね!」


 やはり、彼らは屈しない。

 魔女だと名乗った所で、だから? と言わんばかりに返事を返してくる。

 まるで大所帯の家族に加わった様な気分だ。

 おかしいな、プロポーズされた気がしたんだが。

 これではまるで、私が彼等を追って来たみたいだ。

 まぁ、それでも良いか。


 「はい! これからお世話になります!」


 こうして、私は“悪食”の一員となった。

 大した役には立てないかもしれないし、私なんか戦力にならないかもしれない。

 それでも皆、ただただ“魔女”である私を、平然と受け入れてくれたのであった。


 ――――


 「勇者様、数日後には戦闘があります。 お早めにお休み下さい」


 「あぁ、分かった」


 そう答えれば、専属のメイドは下がって行った。

 歳も近いし、非常に可愛らしい。

 やはり“向こう側”と比べて、体型も顔立ちも違う。

 俺からしたら、より取り見取りといった環境。

 ちょっとくらいお手付きしても問題ないかもしれない。

 なんたって俺、柴田 優しばた ゆうは“勇者”なんだから。

 そんな事を考えながら、ニヤけた口元を隠していれば。


 「優君、メイドさんの言う通りだよ。 今度は今まで以上にいっぱい魔獣が来るんでしょ? ちゃんと休んでおかないと」


 優し気な声を掛けてくるのは、“この世界”に一緒に召喚された幼馴染。

 神崎 望かんざき のぞみ

 腰まで伸びるストレートの黒髪、真っ白いシスターの様な服に身を包む彼女はとても美しい。

 それを証明するかのように、彼女が授かった称号は“聖女”。

 片思いの幼馴染と共に異世界に送られ、更には勇者と聖女。

 これは、決まった。

 俺の人生の逆転劇の始まりだ。

 そう思うと、もうテンションが上がりっぱなしだった。


 「フンッ。 女の尻ばかり追っている成り上がりは、魔獣に齧られれば良いさ」


 そんな中、コイツはいつも俺のテンションを下げてくれる。

 影森 初美かげもり はつみ

 俺達と一緒に召喚された、望の友人。

 “元の世界”で言えば、彼女は雲の上の存在だった。

 容姿端麗、運動神経抜群。

 頭も良かったし、振った男は数知れず。

 まさに高嶺の花“だった”。


 「随分言うじゃないか、ハズレ称号の癖に。 誰のおかげで城に残って居られると思ってる訳?」


 「……っ! だったら今すぐにでも追い出せばいい、他の二人みたいに!」


 俺達の三人の他に、後二人一緒に召喚された。

 彼等は本当に酷かった。

 称号は“なし”、特記すべき項目“なし”。

 異世界にわざわざ召喚されたのに、一般人ってなんだよ。

 思わず笑いそうになってしまった。

 そしてコイツ、初美。

 彼女もまた、“影”とかいう良く分からない称号持ちだった。

 望の友達だからという理由で俺が口添えし、城に残してもらっている訳だが。


 「あの二人みたいな赤の他人なら、俺だって助けたりしないよ。 そういう世界みたいだし? 無一文で放り出されれば、どうなるかくらいはわかるんじゃない? “昔の”優等生様なら。 ねぇ、初美?」


 「馴れ馴れしく名前で呼ぶな!」


 望と違い、全身真っ黒な服を着ている初美。

 まるでライダースーツの様なぴっちりとした衣服に、朱いマフラー。

 そして肩くらいで切りそろえられ黒髪。

 この世界では、真っ黒い装備というのは“底辺”の扱いなんだとか。

 奴隷なんかを戦闘に参加させる際に黒く塗るんだそうだ。

 全く、“向こう側”に居た頃と随分な落差だ。

 そんな彼女を見ていると、思わず悪い笑みが浮かんでしまうが……望の前だ、頑張って隠さないと。


 「止めてよ優君! 初美も、一回落ち着こう? 今お城から追い出されたら、私達絶対生きていけないよ。 装備だって返せって言われちゃうかもしれないし」


 やはり望は良く分かっている。

 そして身一つで異世界に送られても、友人を思いやる優しい心を失っていない。

 “聖女”の称号は、間違いなく彼女の為にあるんだ。

 そんな風に思えてくる。


 「そ、それよりさ! 今度の戦闘は王様たちも見にくるみたいだから頑張らないとね! なんでもお姫様も来るんだって、王女様って言った方が良いのかな? まだあった事ないけど、楽しみだね!」


 無理やり話題を変える望だったが、お姫様の話辺りからテンションが上がった様に見える。

 やはり彼女もそういう立場というか、存在に憧れたりするんだろうか?

 “聖女”だって、十分に負けていないと思うんだが。


 「スタンピードって言ってたっけ? 魔獣の大群が来るっていうのに見物に来るとか……何考えてるの、あの王様。 お姫様ってのも、多分高慢ちきな小娘でしょ。 多分」


 「夢がないなぁ初美。 お姫様だよ? 絶対可愛い子だって」


 そんな会話を繰り広げる白黒の彼女達。

 黒い方は否定的な意見しか口にしていないが。

 全く、あんな性格で生きていて面白いのかね?


 「魔獣の大群なんて、俺が居れば問題ないだろ? “称号”の影響で兵士も強くなるし、魔法だってあるんだから。 俺の魔法見たろ? アレですぐ片付くって」


 俺の魔法適性は“光”。

 何度かレベル上げの為に街の外に出たが、魔法を使えばどんな魔獣だって一発で消し炭に変わる。

 この時点で、俺は異世界勇者なんだと強く実感させられた。

 勝てないモノなんか居ない。

 チートと呼べるほどの条件が揃いに揃っているのだから。


 「お前はそうやってすぐ油断するから不安が残るんだ。 一種類しか魔法が使えないのに、よくソレでデカい顔が出来るモノだ」


 「その一つで全部片付いちまうんだから、仕方ないだろ? もうちょっと歯ごたえのある相手が登場してほしいもんだぜ」


 「いつか足元を掬われる代表例だな、お前は」


 「出来るもんならやってみろって感じだな」


 相変わらず、この女と話すとすぐこういう空気になる。

 見た目とスタイルだけは良いのに、非常に勿体ない。

 この性格さえなければ、望の次位には優しくしてやったというのに。


 「もう、止めてよ二人共! パーティなんだから、もう少し仲良くしよ? ね?」


 「望はコイツに何とも思わないのか? 調子に乗って、一番偉くなったかのような気分で空回りしているコイツに」


 「あーぁー、“元”もてはやされていた人のいう事は違うね。 俺みたいなのが上に来たら、急に焦り始めてんのか?」


 「……これだから。 貰いものの力だけでは、威張れるのは最初だけだぞ」


 「はっ! なら俺の魔法をその身で受けてみるか!?」


 「だから止めてってば!」


 こっちに来てから、大体こんな感じで邪魔をされる。

 まあいいさ、今度のスタンピード。

 ソレで俺の本当の価値を示してやる。

 そうすりゃコイツも少しは大人しくなるだろうし、王様ももっと贅沢させてくれるかもしれない。

 本当に、今度の“イベント”が楽しみで仕方がない。

 あぁ、最高だ。

 “こっちの世界”は俺を必要とし、そして称えてくれる。

 “向こう側”の様に、チャラチャラした馬鹿共にデカい顔をされることも無い。

 だって、こっちでは俺が“最強”なんだから。


 「ホント、次のイベントが待ち遠しいよ」


 「そうやってお前はゲーム感覚で……もういい、死ね」


 「もぅ……二人はホントに喧嘩ばっかりだね」


 こうして、勇者パーティの夜は更けていく。

 数日後に迫るスタンピードを待ちわびながら。

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