第39話 魔術適性鑑定


 「えっと、それでは。 皆さんの適性を見ていきますね? あの、その。 ……良い結果を期待しておりますので。 えっと、始めます……ね?」


 なんだかよそよそしい雰囲気になってしまった魔女様が、モジモジしながら水晶玉を弄りはじめる。

 チラチラと俺達の方に視線を投げてくるので、バチンッ!と両目ウインクを返しておいた。

 即座に目を逸らされてしまったが。


 「一番、行く」


 そう言って彼女の目の前に座る白。

 何処までもマイペースだ。

 まあ構わんが。


 「ご主人様、ちょっとよろしいですか?」


 「ん?」


 白を鑑定している間、南に小声で呼び出しを喰らってしまった。

 またアホな事やらかした俺達に対してのお叱りだろうか?

 なんて覚悟していたのだが。


 「ご主人様方が本気なら止めはしませんが、彼女は“魔女”です。 魔女とは、魔人と近しい存在として知られ、一般的には恐怖の対象となっております。 魔人の様に人から離れた化け物とまでは言われておりませんが、それに近い感覚だと思ってください。 なので、その……そういう意味も含め、よく考えて行動した方がよろしいかと」


 どうやら“こっち側”に疎い俺達への警告だったらしい。

 ありがたい、俺達が“異世界人”だと知ってから、南は“こっち側”の常識を逐一教えてくれる。

 なので、とりあえず頭を撫でておいた。


 「あの、ご主人様。 何をなさっているので?」


 「いや、気を使ってくれた南への感謝。 本人には聞こえない様に気を使ってくれたんだろ?」


 「まぁ、はい。 これも“噂”にすぎませんから。 気にしてたら、アレですし」


 そういってモジモジし始める南。

 何だろうね、良い子ばかりでおっちゃんは嬉しいよ。

 ガシガシと頭を撫でてから、もう一度魔女の方へと視線を投げる。

 相変わらずエロい。

 いやまあそれは良いとして。

 今では真剣な表情で水晶玉を睨んでいる。

 アレは、間違いなく“真面目に”仕事をしている人の顔だ。


 「あんだけ必死に仕事をしている奴がさ、“魔人”だの“魔女”だの言われて迫害されるってのは、やっぱりあんまり好きになれねぇんだわ。 “こっち側”で数少ない不満だな」


 人種の待遇、称号の有る無し。

 この辺で言えば南もソレに当てはまるだろう。

 獣人だから何よ、猫耳が生えてるからって何の問題がある訳?

 そんな風に感じてしまう。

 それこそ余り関わってこなかったが、貴族と深い関りを持てば、余計に面倒な事になるかもしれない。

 確かに色々と面倒はある、あるにはあるが。

 “向こう側”よりずっと生きやすいと感じるのだ。

 こればっかりは、人によるんだろうけど。


 「南はさ、例えば……例えばだぞ?  あの魔女様が“悪食”に加わったとしたら、嫌か? 魔女の居るクランなんて嫌だって、出て行っちまうのか?」


 「あり得ません、私がご主人様の元を離れるなんて。 魔女だろうが魔人だろうが、“悪食”に加入するのなら仲間です」


 「つまりはまぁ、そういうこった。 悪食云々は別としてもよ、友達を増やすのに人種は気にしなくても良いんじゃないか?」


 「……世間体というモノもありますが、ご主人様方が気にしないのであれば、私からは何もいう事はありません」


 「スマンな、常識がない連中ばかりで。 迷惑かける」


 こればっかりは、南の意見が正しいのだろう。

 忌むべき存在として扱われているモノを平然と受け入れる俺達は、多分白い目で見られるのだろう。

 そしてソレを受け入れてしまえば、“悪食”に加わっているメンバーは同様に見られてしまう。

 だからこそ俺がしっかりとしなければいけない。

 メンバー全員がおかしな色眼鏡で見られない様に。

 それは分かっているんだが、どうしても目の前の“魔女様”は、排他するべき存在には見えないのだ。


 「多分ご主人様方なら大丈夫です。 大丈夫ですが……やっぱり胸が大きくないと駄目なんですか?」


 「…………はい?」


 「アイリさんの時もそうです! 今回もそうです! おっぱいが大きくないと、ご主人様達は女性として認識してくれないのですか!?」


 何か良く分からない方向で怒り始めた南に対し、今度は俺がタジタジになってしまった。

 いかん、非常に良くない戦況だ。

 俺は何と声を掛ければ良い?

 女性は胸じゃないとか? 俺らが言って説得力あんのかソレ?


 「い、いやそんな事は無いぞ? 男も女もバランスというのが大事だ。 その人にあったバランス、雰囲気。 そう言ったモノがだな……」


 「こうちゃん、昔っから巨乳好きだよな」


 「ウチのアパートで、ロリ巨乳……悪くないかも。 って呟いた時は、どうしようかと思ったもん」


 「てめぇらぁぁぁ! お前らも同罪だからな!? 同じ容疑を掛けられているんだからな!?」


 「やっぱりおっぱいですか! もっと大きくならないと駄目ですか!?」


 「南、お願い止めて。 もうおっぱいの話は止そう、な? お前は十分に可愛いし、非常にバランスも良い。 非常に魅力的だ。 だからそんなに胸に拘るのは――」


 「北、うるさい。 鑑定終わったよ」


 何やらヒートアップしてきた頃、やけに呆れた視線を向ける白から声が掛けられてしまった。

 彼女の向こうでは、随分と顔を赤らめながら胸元を隠す魔女様が。

 あぁ、もう。

 お願いです、本当に勘弁してください。

 こういうの、慣れてないんです。

 地獄絵図がくり広げられながらも、魔術鑑定は着実に進んでいくのであった。


 ――――


 結果から言おう。

 白には“風”の魔法属性があった。

 うまく使いこなせれば矢をさらに遠く、そして正確に飛ばせるようになるらしい。

 この世界の“エルフ”。

 戦風のリィリやザズなんかだな、それと非常に似通った適性なんだとか。

 そして中島。

 彼の属性は何と“闇”。

 なんでも魔術による目隠しとか、デバフ、そして隠密行動などにも向いているそうだ。

 慣れてくれば影に潜るなんて芸当も出来るんだとか。

 足も速い事だし、西田以上にアサシンが登場したかもしれん。

 更には南。

 どうやら彼女には“水”の適性があるらしく、しかも十分に肉体が鍛錬されている事から魔力量も多い。

 今すぐにでも魔法の詠唱を覚えれば使えるだろうとお墨付きまで貰ってしまった。

 これからの野営で水に困る事はありませんね! なんて元気よく言っていた訳だが。

 もうちょっとロマンのある使い方をして頂きたいモノだ。


 「あの、やはり何度見てもお三方は“無”ですね」


 「「「え?」」」


 そんな無慈悲な言葉が、俺達には掛けられたのであった。

 あぁ神様、今すぐ俺達の目の前に御光臨なさいませ。

 秒で狩ってやるから。


 「あぁ……俺達はココに来てまでハズレか……」


 「は、ははっ。 魔法、使いたかったな……」


 「僕らももっと目立つ感じで立ち回りたかったね……でも、仕方ないよ」


 三人そろって空を見上げた。

 屋内だから空なんぞ見えないが、涙を溢すまいと上を向いた。

 無し、また無しなのか。

 俺達は何処まで行っても無しなのか。

 もう良いもんね、全力で武器をぶん回しながら森の中で生きるもんね。

 なんて、いじけていると。


 「ち、違います! “無”とは才能無しという意味ではなく、“無属性”の適性ありという事なんです!」


 「「「詳しくっ!」」」


 「ひえっ!? えっと、その……近い……です」


 やけにしおらしい魔女様のいう事には、無属性とは魔力を他の物質に変換できない適性持ちなんだとか。

 本来は魔力というエネルギーを、適性の種類に変換して“魔法”として使用する。

 南の“水”であれば、魔力というエネルギーを元に変換を行い、“水”というものを形成する。

 魔法というのは“無”から“有”を作るのではなく、魔力という“有”から別の“有”に変換する技術なのだと教えてもらった。

 それでは、俺達の“無属性”とは一体?


 「基本的には“体”の属性と近いんです。 “体”は言葉通り体に作用する魔力の使い方が主です。 身体強化、つまり筋肉の一時的な強化や各器官の強化などが殆どです。 それと同じように“無”はその本人を強化する魔術だと言われています」


 「「「もっと詳しく!」」」


 「だから、近いです……うぅ……」


 残るメンバーに引っぺがされつつも彼女の説明を受ければ、“無属性”とは魔力そのものを“そのまま使える”才能を持っているらしい。

 詰まる話、他の物質に変換せずに魔力そのものをぶつける訳だ。

 なるほど、すげぇ!

 それで俺らには何が出来るんだ!?


 「わかりません」


 「ワァォ、ソイツはビックリだ! って、え? わかんないの? え? 前例とかは?」


 何でも無属性というのは、割と珍しくないらしい。

 しかしながら、“何かが出来た”という事例自体が少ない。

 まあ要は外れ。

 数は多いが、何だか分からない不遇適性という訳だ。

 それでも過去には黒龍の鱗を、普通の剣で突き刺したとか。

 荒れ狂う濁流に飲まれる子供を涼しい顔で助けたとか、一瞬で場所を移動できる人が居たとか。

 そんな“噂話”が残るのが“無属性”らしい。

 つまり、何にも分からない。


 「無属性……良く分からない魔術適性。 そしてハズレ民族……」


 「あぁ……俺らはサバイバルする為だけに“こっち側”に来たんだ。 そう考えよう」


 「魔法なんて無かった、良いね? 魔法なんて無かったんだよ」


 三人してブツブツと呟きながら、見事に腕を地に付きながら落ち込んだ。

 だって、無属性の語られている内容って一般的に言えば“達人”的な人だったって話じゃねぇの?

 龍の鱗がどれだけ固いのかは知らんが、鱗の間に剣を突き刺したというなら納得できる。

 濁流に飲まれた子供を助けた? レスキューの才能あるね。

 最後に一瞬で移動できる人が居たとか何とか。

 マジックかな? それとも滅茶苦茶速い人の比喩表現だったのかもしれない。

 詰まる話、“魔法の才能無し”。

 以上。


 「嘘だ〇ンドコドーン!」


 「ダディ〇ナザァン! ンナゼェミテルンデェスゥ!」


 「僕の心はボト〇トダァァ!」


 見事に三人して良く分からない言語を放ちながら、とにかく叫んだ。

 だって魔法が使いたかったのだもの。

 男の子だったら憧れるじゃない。

 掌からでっかい炎を出したり、敵を一掃する濁流を吐き出したり。

 ちょっと使い方を変えたら、ウォーターカッターになったり、ダイヤモンドを作る程の灼熱になったり。

 後は雷でズバーンとか、風でスパーンとか色々考える訳じゃない。

 でも、俺ら全部使えないんだよ?

 こんなのって無いや。


 「ご、ご主人様方。 魔法が使えなくても皆様は十分にお強いですから!」


 「そうですよ! これまで魔法無しで成果を上げられてきたんでしょう!? それは皆さんの実力です! 自信を持ってください!」


 「北、西、東。 ドンマイ」


 皆から励ましの言葉を受けながら、どうにか助け起こされる。

 まさに満身創痍。

 もう既に殺してくれと言わんばかりに脱力している訳だが。


 「あ、あのっ!」


 そんな中、魔女様が声を上げた。

 もう良い、もう良いんだよ。

 お前らには才能がない。

 そう言ってくれれば、全てが終わる話なんだよ。

 なんて事を思いながら、乾いた瞳を向けてみれば。


 「無属性は、その。 未だに研究対象な訳でして……だから、ですね。 私が皆さんの近くに居れば、いつでも鑑定できるし、更には魔法を使ったかどうかの痕跡も辿れまして。 ですから、まあ何と言いますか。 私と貴方方は近くに居た方が良いというか、都合が良いというか。 その、さっきの言葉が嘘でないのなら、私が近くで観察するのもやぶさかではないのですが……如何でしょう」


 待ってくれ、非常に待ってくれ。

 コレはアレか? お情けなのか?

 それとも彼女の言う様に、実際“無属性”というのはUMAみたいなもんで、俺らは宇宙人みたいなもんか?

 まあ実際この世界にとって俺らは宇宙人みたいなもんだ、その辺りは気にしない。

 しかし今、彼女は何と言った?

 いつでもじっくり鑑定してくれるし、魔法を使えたかどうか念入りに見てくれるって言ったか?

 常日頃からねっとりじっとり、更には手取り足取り魔法を教えてくれるという事でよろしいか?

 是非お願いします!


 その瞬間、俺達三人は立ち上がった。

 そりゃもう力強く、ビシッと敬礼でもするかの勢いで。


 「クラン“悪食”! 魔女様の加入を心より歓迎いたします! 今後ともよろしく!」


 俺がそう叫べば、三人そろって頭を下げた。


 「えっと、種族が“魔女”になっちゃいましたけど。 アナベル・クロムウェルです。 元は普通の人間というか、魔導士でした……得意分野は鑑定と、付与魔法です。 武器や鎧に魔術を付与する事も出来ますから、お役に立てるかと思います。 あの、今後ともよろしくお願いします……クランに加入致します、お世話になります……」


 真っ赤な顔の魔女様が、必死にペコペコなされていた。

 これは、もしかしてアレだろうか。

 脈アリ嫁候補確保な上に、滅茶苦茶有能な人材をゲットしちゃったんじゃなかろうか。

 無茶苦茶な依頼を受ける前としては、十二分に元気の出るイベントになったのであった。

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