第38話 勇者の実態と魔女の恥じらい


 「おい、説明しろ」


 「……まずは座れ」


 翌日、俺達はギルドへと帰ってきた。

 ディアバードによって届けられた手紙、それには“緊急依頼”の文字が。

 正直またかと言いたくなったし、このまま放置してやろうかなんて一瞬思ったのも確かだが。

 簡単な依頼内容が書かれたその手紙を読んだ瞬間、思いっきり握りつぶす程の憤りを感じた。


 「支部長には言っていなかったが、俺達には秘密がある。 だからこの依頼を受ける事なんざ――」


 「異世界からの召喚者、勇者でなかったからハズレとされ放り出された。 だろ? アイリから報告は受けている」


 「だったら!」


 「分かっている。 憤る気持ちがあるのも、何故そんな依頼を寄越したのかという想いも。 だからこそ、説明させろ。 まずは座れ」


 「ッチ!」


 苛立ちを隠しもせず、いつもの席にドカッと腰を下ろせば周囲には当然の様にメンバー達が集まる。

 こんな大人数で威圧を掛けた事は流石に初めてなので、支部長もたじろいでは居るモノの、ゴホンッと咳払いを一つしてから正面の椅子に腰を下ろした。


 「まず初めに、依頼の確認だ。 王直々の依頼であり、ギルドとしては当然拒否権などない。 内容としては当ギルドで評価できるパーティ、または優秀なウォーカーを集め最低50人以上は集める事。 そしてその50名は王宮の騎士達、そして“勇者”と共に“スタンピード”に対処する事。 基本報酬、追加報酬の一覧がコレだ」


 そう言って差し出される用紙を、見る間もなく床に叩き落した。

 かなり失礼な行為だったが、支部長はため息を一つ溢しただけで、コレと言って言葉を放つことは無かった。


 「で? 俺らを呼び出して、その身一つで放り出した王様の命令に従えと?」


 「結論を急ぐな。 この場に居るミナミ以外は異世界人なのだろう? まずはスタンピードについて説明する」


 スタンピード。

 ネトゲやアニメじゃ結構聞いた単語だ。

 こちらでも大きく意味は間違っていないらしい、というかそのままだった。

 ダンジョンで増えすぎた魔物が、外に向かって溢れ出す現象。

 そして上位種などの特殊個体も混じれば、バラバラに動く訳では無く集団として街や村を襲うらしい。

 今回がまさにそれ。

 複数体の上位種も確認され、数は500を超えるんだとか。


 「ダンジョン……ねぇ」


 「やっぱりあるんだ、ダンジョン」


 「私はゲームには余り詳しくないんですが……聞いた事くらいはありますね」


 「お宝、ザクザク?」


 南以外は、やはりダンジョンというモノに興味を持った。

 確かに俺も興味があるが、今はそっちじゃない。


 「それで、王様の命令に従って500体の魔獣相手に死ねってか?」


 「まさか。 コレは“勇者”という存在を知らしめる茶番に過ぎないんだよ。 魔獣の大群、苦戦を強いられるウォーカー。 そしてそんな厄災を収める勇者、騎士からは喝采が上がる事だろう」


 「くっだらねぇ」


 「私も同意見だ。 だが“勇者”とやらがどれ程のモノなのかを確かめる事は出来る」


 結構意外な意見が飛び出した。

 この世界にとって“勇者”ってのは、救世主とか希望とか、そんな扱いじゃなかったのか?

 いや、別にそんな説明受けてないから俺が勘違いしていただけ?

 でも勇者は魔王と戦うとかなんとか言っていたよな、アレはなんだったんだ?


 「まず初めに説明しておこう。 この世界に“魔王”なんてモノは存在しない」


 「……は?」


 「魔人は確かに存在する、数年に少数確認されるくらいだが。 しかし貧民の様な恰好をしている者が殆どの為、まるで“国から逃げて来た”様に見えるんだ。 だからこそ、魔人の国があるのではないか? そこには多くの魔人が暮らしていて、強大な“王”がいるのではないか? そんな噂でしかない。 確かに魔人の国があるのなら、“魔人の国の王”は居るだろう。 しかし、童話に出てくる様な人族を滅ぼそうと日々戦争を仕掛けてくるような“魔王”は、確認されていない」


 ちょっと待っていただきたい。

 ラスボスが居ないって何よ。

 え? だったら何の為の“勇者”よ。

 アレか? 良くある腹黒パターンか?

 戦争に勇者の能力を使って戦力アップ! みたいな?

 いや、そんなのいずれバレるに決まってんだろうが。

 勇者様とやらも、騙されていたと知ればそりゃお怒りに……なるだろうか?

 “向こう側”で肩身の狭い俺達みたいな奴が、ある日“異世界召喚”とやらを経験して。

 もてはやされ、豪華なモンを食わされ。

 美人に囲まれる生活をしてみろ。

 そしてたまにある戦闘。

 まるでゲーム感覚で楽に終わり、片手間に俺最強してから城に帰る。

 待っているのは何の不自由もない生活。


 ゲームやお話しであればクソ寒いストーリーになるのは目に見えている。

 だがしかし、抑圧から解放され、更には全てを肯定してくれる場所に身を置いた時。

 果たして人はその誘惑を断れるのだろうか?

 おっさんと呼ばれる歳になって、恋人も居なくて、金も無くて。

 そんな所に逆転のチャンスが転がり込んだら、俺は抗えないかもしれない。

 麻薬の様に、依存してしまうのかもしれない。


 「何やら考え込んでいる様だが説明を続けるぞ? “魔王”はいない、しかし“勇者”は必要。 もちろん戦争などで役に立つのは織り込み済みだが、何処の国も魔獣やダンジョンなどの影響で他の国と戦争なんぞしている暇はない。 あったとするなら、もっと余裕がある大きな国だろうな。 では何故勇者が必要なのか……箔が付くんだよ。 ウチの国にはこんな勇者が居るんだと言って、他国との取引に上手い事話しに乗せるんだ。 勇者というのは“幸運をもたらす存在”としても有名だからな、どの国も関りを持ちたくなるんだよ」


 何だよソレ、座敷童か何かか。

 勇者のバフ効果って、確か全体の戦力アップだろ?

 戦争に使いたいってんなら分かるけど、飾っとくだけかよ。

 ショーケースの中のスーパーカーみたいな扱いじゃねぇか。


 「ほんっとうに下らねぇ理由で俺達が呼ばれたのは分かった。 そりゃ確かに、見世物として欲しい中“雑魚”が紛れればお目汚しだわな。 俺らはショーケースの中の埃と一緒だった訳だ」


 「そう腐るな。 お前らはウォーカーだ、お飾りの勇者とは違う。 そして私の支部に所属する“選別された中でも”優秀だと判断出来る“悪食”というパーティ、いや“クラン”だったな。 だからこそ、自らを貶める発言は私が許さん」


 「言ってろボケ、おっさんのデレなんざキモいだけだ。 んで、俺達に何がさせたい?」


 改めて本題に入れば、支部長は実にいやらしい笑みを浮かべた。


 「“勇者”とやら出鼻を挫く、いや“王”の威厳とやらを叩き落して見たくはないか?」


 「……はい?」


 その後支部長が語った内容は、非常にアホらしい内容だった。

 ほとんど子供の悪戯、目立っている奴に対しての嫌がらせ。

 だとしても俺達にとっては、待ちに待った復讐の機会なのであった。


 「乗った」


 「フハハハ! お前ならそう言うと思ったぞ! 私からの依頼だ、追加報酬も期待しろ! あの好き勝手いってくる王様に、一泡吹かせてやってくれ!」


 とは言っても、全て妄想の域を出ない作戦。

 俺達の予想を超えて“勇者”が優秀であれば、この作戦は無駄に終わる。

 更に支部長の見込みが外れれば、支部長の依頼自体がムダ金に終わるのだ。

 だとしても、俺達はその依頼を受けた。

 別に国に牙を向こうって訳じゃない。

 この国で俺達は犯罪者になる訳にはいかない。

 友人達に迷惑をかけてしまう、そんな風に思える程、俺達は多くの人と関わりをもってしまったのだから。

 ただ、意趣返しくらいは……しても許されるんじゃないだろうか?


 ――――


 “勇者”さまの晴れ舞台の護衛というか、露払いというか。

 そんな依頼を受けた翌日。

 俺達は“魔術鑑定”とやらを受けに、怪しげな建物の前に並んでいた。

 え、城?

 とか思ってしまうくらい立派な豪邸の門の前。

 完全に全員で固まっていた。

 魔術鑑定を受けるメンツは俺、西田、東、南、白、中島。

 詰まる話、ほぼ“向こう側”のメンバー。

 アイリはもう自身の適性を知っているし、ドワーフ連中は「ドワーフは火と土に決まっておろうが」と言って参加しなかった。

 もう少し場慣れしたメンツも欲しかったのだが、生憎と全員不参加。

 なので完全初見となる俺達だけで馳せ参じた訳だが……どうすれば良いのだろうか。


 「チャイム……がある訳ないし、ベルやノッカーがある訳でも無し。 大声で呼べば良いのか?」


 「でっけぇ門……」


 「建物もでっかいねぇ」


 「……魔法学校?」


 「確かにそれっぽい雰囲気ありますねぇ」


 「えっと、どうしましょうか。 ご主人様」


 そんな会話をしていると、唐突に門の両脇に飾られた石像が口を開いた。

 間違っても石像のパントマイムをしている人とかじゃなかった。

 触っても固かったし。

 だというのに、口を開いて声を発したのだ。


 『門の前でうろちょろしてないで、さっさと入ってきなさい。 鍵は掛かってないわよ』


 女性の声だった、石像は男性なのに。

 両声類ってやつだろうか、ちょっと憧れるよね。

 まあそれは良いとして。


 「おじゃましまーす!」


 「おぉ、庭もひれぇ!」


 「見てあそこ! プールみたいな場所がある!」


 「……住みたい」


 「いやぁ、コレだけ広いと落ち着かなそうというか、税金が高そうですねぇ」


 「皆様……結構余裕ですね」


 そんなやり取りをしながらも広い庭を横切り、お屋敷の扉をスパーン!と開く。

 たのもぉー! といつもの挨拶を交わしながら、室内に侵入してみれば。


 「おやおや、随分と元気な子達だ事。 ようこそ、“魔女の館”へ。 魔術鑑定かしら?」


 薄暗い室内、そこら中で火が付いた蝋燭が立ち並び、下手すりゃ浮いている奴までいる。

 魔法ってすげぇ。

 なんて事を考えながら視線を前に向ければ、そこには“魔女”が居た。

 机の中心には水晶玉が設置され、その向こうには尖がり帽子を被った女。

 やけに年増臭い台詞を吐いていたのだが……その実態は、色々とヤバかった。


 「どうした? やはり魔女は怖いかい? なぁに取って食ったりはせんから、早く座りなさいな。 若人達よ」


 そう言って彼女が立ち上がり、スッと手を差し伸べれば何もない空間から人数分の椅子が現れた。

 いや、今はそんな事どうでも良い。

 問題は魔女の方だ。

 何だコイツ、今まであった中でも一番ヤバいかもしれん。


 「ご主人様方? どうかなさいました?」


 「ほぼ全員から、邪念を感じる……」


 「い、いえ私は別に……確かに綺麗な女性ではありますが、それ以上何かこう……邪念を抱いている訳では」


 それぞれが何か言っているが、とりあえず後回しだ。

 今は眼球に彼女の姿を焼きつけなければ。

 魔女ですと言わんばかりの雰囲気、そして美人を通り越して妖艶とも言える顔立ち。

 更に絵に描いた様な“大人の女性”って感じのタレ目に、泣き黒子。

 長い黒髪と赤い瞳、前髪に隠された片目。

 更にさらに、体にピッチリと張り付いた様な黒いドレスに、山あり谷ありですんごい事になっている。

 それだけではない。

 腰くらいまで入ったスリットから見える生足と、更には途中腰辺りに見える黒っぽい紐。

 それは、そういう事でよろしいのでしょうか?

 ありがとうございます。


 「魔女さんよ、最初に言っておきたい事がある」


 「ん? なんでも言ってみると良いよ、子供達」


 スゥゥゥゥ、ハァァァァ。

 その呼吸音は、三つ聞こえた。

 もちろん俺も含めて。


 「エロいですね! 好きです結婚してください!」


 「色々ヤバイっすね! 結婚を前提に結婚してください!」


 「タイプです! 貴女の為に味噌汁を毎日作っていいですか!?」


 一斉にプロポーズしながら右手を差し出した。

 完全に馬鹿三人であった。

 これはお断りされるか、冗談と取られるのがオチだろう。

 クソッ、また婚期を逃したか!

 なんて三人そろって睨み合っていると。


 「えっと……その。 考えさせて、下さい。 でもうれしいというか、その、はい。 ありがとうございます。 前向きに考えさせていただきます……」


 何やら予想外な反応を見せる魔女様が、真っ赤な顔で椅子に座り直してしまった。

 先程までの威厳ある御姿はどこへやら。

 モジモジしながら視線を逸らして毛先なんぞを弄っておられる。

 おや? おやおや?

 コレはまさか、割と良い線行っているのでは?

 めっちゃ恥じらっておりますが、前向きにと申されましたか。

 っしゃぁ! チャンス到来!

 なんて、三人そろってガッツポーズを決めていると。


 「アクティブですねぇ……皆さん」


 「皆、あぁいうのが好きなんだ。 ……やはりおっぱいか」


 「ご主人様方……またですか……」


 物凄く呆れた視線を、残る3人から向けられてしまった。



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