第37話 新人教育と鉄火丼


 その後数日が経った。

 サバイバル行くぜ! なんて意気込んで旅立とうした俺達だったが、結局は支部長に止められ、2日後の出発となった。

 そんな訳で、森に入ってから再び数日後。

 俺達にとっては慣れ親しんだ、最初のころからお世話になっている大森林様だ。

 またの名をジャングル。


 「うぉぉぉ! この程度、取引先から本社まで走った頃に比べればぁぁぁ!」


 「ははっ! 中さんやるじゃん! レベルがまだ低いってのに、こうちゃん達より速いって!」


 意外や意外。

 当時パッとしない見た目だったザ・リーマン中島誠也。

 見た目はヨレヨレのスーツと短髪、疲れ切った顔をしていたイメージしか湧かなかった彼だが、今では西田と共に大地を駆け巡っている。

 その両手に短剣を握りしめながら。

 俺らより年上な彼だったが、何でも陸上部を経験し、その後も運動を続けていたんだとか。

 そんでもって栄養満点な飯と、魔獣討伐を経てレベルが上がったのか。

 物凄い速度で森の中を西田と共に走って行く。

 ちなみに新人二人は皮鎧。

 細すぎるから鉄鎧は無理だと言われ、現在に至るが……どうやら正解だったらしい。

 そりゃもう早い早い。

 とはいえ、西田には追い付けないようだが。


 「当たった」


 「やはり大弓は精度が良いですね。 そして腕前も素晴らしいです白石様」


 「白」


 「えっと、白様」


 「様はいらない」


 「白……さん」


 「ん」


 随分遠くの鳥を撃ち落とした白が、相変わらずな様子で南と会話している。

 何でも彼女、ロシア系の血が混じるクォーターなんだとか。

 しかし日本生まれの日本育ち。

 先祖返りって言ったら良いのか? 彼女は特にその血が濃く影響してしまったとの事。

 金髪というよりも銀髪に近い髪色と、“向こう側”だったら間違いなく浮いてしまう程の美しい顔立ち。

 その見た目もあってか、同年代や両親からは辛く当たられる事も多かったそうな。

 そんな彼女が自殺さえも考え始めた時、“こちら側”に呼ばれたそうだ。

 ある意味、助かったと言えるだろう。

 今の彼女は無表情だが、それでも生き生きしている気がする。


 そして何と言っても、南と並ぶと非常に絵になるのだ。

 背丈も体系も似ている上、二人共美人と言って間違いない程整っている。

 まだ子供という印象は抜けないが、それでも白と黒の可愛い子が揃っていれば、周囲も癒されると言うモノ。


 「北から邪念を感じた」


 「白さん! ご主人様に向かって弓を構えないで下さい!」


 バレてしまった様だ。

 彼女が使うのは弓。

 部活で弓道をやっていたらしく、腕前も上等。

 流石に日本の弓は無かったが、随分とデカい洋風の弓で代用している。


 「いやはや、頼もしいメンバーが増えたねぇ」


 そんな事を呟く東は完全にリラックスモード。

 一人釣り糸を垂らし、のんびりと川辺に座ってのほほんとしていた。

 まあ釣れるのは例の如く人食い魚な訳だが。


 「だな、二人共得意分野があって良かった。 後は解体に慣れてくれりゃ、何の問題もないな」


 「アレはまぁ、慣れだよねぇ。 僕達も最初は吐いてたし」


 二人の弱点。

 いや弱点と言う程でもないかもしれないが、解体が未だにダメなのだ。

 中島は「精肉所へ営業に行った頃を思い出せ……大丈夫、大丈夫だ……」と呟きながら頑張ったが、吐いた。

 白に関しては「スプラッタは……苦手」なんて呟いたと思ったら、内臓が飛び出した瞬間気絶した。

 コレに関しては、中島の方がまだ適正がありそうだ。

 まあ、結局は二人共やってもらうが。


 「ま、気長に行こうよ北君。 最初はそれこそ魚から、とかさ。 よっと、はい確保~」


 確かに、それは良いかもしれん。

 魚なら“向こう側”でも一般的の部類だしな。

 あと東、お前はそんなのんびりしながら何匹釣るんだ。


 「なるようにしかならんか」


 「だねぇ、僕らと一緒だよ」


 「だな」


 そんな訳で、新人二人を含めたサバイバルは割と順調に進んでいたのであった。


 ――――


 「あぁ……異世界に来ても鉄火丼が食べられるなんて……旨い」


 「幸せ……」


 新人二人が、幸せそうに顔をほころばせながら丼ぶり飯を掻っ込んでいた。

 本日のメニューは以前レント君を喰らいやがったマグロの鉄火丼。

 ギルドに解体を依頼して、凍らせてもらった物だ。

 やはり生のままでは寄生虫などの心配があるらしく、一度キンキンに凍らせてもらった。

 そんな事をすれば切り分け、解凍がまた大変な訳だが。

 それでもそんな面倒が吹っ飛ぶぐらいに、マグロは旨い。

 濃厚な味わいに、醤油が染みる事染みる事。

 魔獣は肉に関して言えば濃厚、凝縮された旨味って感じだが。

 同じく魔獣に分類される魚で言えば、どちらかと言うと調味料と抜群に合うというイメージ。

 白身魚なんかは塩焼きでもホクホクジュワァーっと旨味が広がり、どちらかと言えば肉に近い感想なのだが。

 赤身は別だ。

 いつも使っている醤油だというのに、普段の数倍は“来る”。

 あ、醤油って本当はこういう味だったんだ……みたいに、訳の分からない感想を抱いてしまう程だ。

 そして今回新しく仲間入りした調味料、それが。


 「ふぐぅっ!?」


 「大丈夫か南? ダメだったか? 無理するな」


 「いえ、らいじょうぶです。 不思議な見た目らったので、いっぺんに食べたら……」


 「あぁ、そりゃ来るわ」


 WASABI。

 普段米を仕入れている店から「へっへっへ、キタヤマさん。 今日は珍しい物がありまっせ」なんて勢いで紹介されたのが、コイツだ。

 鼻に抜けるツンとする刺激。

 そしてこの香り、たまらん。

 大根丸もワサビ育ててくれないかな。

 今度見つけたら、逃がす前に持たせてみるか。


 「ついにワサビまで来たかぁ……うめぇ。 あと食ってない物っていうか、欲しい物って何があるだろうな?」


 「あ、完全に忘れてたけど挽肉は? 確かキッチン用品専門のタールさんに依頼してたよね? ミンサー」


 「あぁ、デカいの作ってくれるらしいな。 もちっと掛かるとよ、先に包丁とか作ってもらっちゃった」


 挽肉が使える様になれば、料理の幅も広がる。

 そぼろにハンバーグ、メンチカツ。

 そしてウインナーも作れるようにと、追加パーツの依頼を出してあるのできっと上手い事作ってくれるはずだ。

 今から楽しみで仕方ねぇ。


 「ちなみにお前らは何かコレ食いたいなぁってモノとかある? あるなら言うだけ言ってみ? 基本男飯だから大雑把なモンしか作れないが」


 そう言って、南と白、そして中島に問いかけてみれば。


 「私はご主人様の作った物なら何でも好きなので……パッと思いつきませんね。 強いて言えば唐揚げでしょうか」


 「好きだなオイ」


 ちなみに昨日の夜はダチョウの唐揚げだった。

 旨い旨いとガツガツ食らった訳だが、どちらかというと鶏の方が好みだったらしい。

 鶏と言っても、青い色の魔獣だが。


 「あぁ~唐揚げといえば、鳥の軟骨揚げとか好きなんですよね私。 それ繋がりで欲張るなら、タコやイカのフライもまた食べたいですねぇ」


 「軟骨……アレって胸の所にあるんだっけ? 完全に忘れてたな……勿体ない事をして来た……」


 「ヤゲン軟骨はそうですね、後は膝軟骨もありますから。 場所自体は知って居るんですけど解体が……」


 「そっちは私がやります、なんですかヤゲン軟骨って。 美味しいんですか、後で場所を教えてください」


 偉い勢いで南が食いついて来た。

 コレはしばらく鶏狩りになるか?


 「それはそうと、タコやイカも確かにいいなぁ。 海って近くにあんのかね? 狩るのはちと苦労しそうだけど」


 「後でアイリさんに聞いてみよっか。 でも確かに海の魔獣となると、どうやって手を出せば良いんだろうね?」


 二人も乗り気だし、近くに海があれば次はそっちを目指して見ても良いかもな。

 何故か泉からマグロが飛び出して来たくらいだし、もしかしたら海以外でも狩れるかもしれん。


 「白はなんかあるか?」


 「……オムライス」


 ほぉ、これはまたすぐ作れるモノが出て来た。

 意外だな、若い子ならもっと小洒落たモノを要求されるかと思っていたのだが。

 あ、もしかしてあれだろうか?

 ふわとろっ! みたいな。

 ナイフで切ってぶわってなるヤツ。

 アレは作った事ねぇな……生クリームか何か入れるんだっけか?


 「固焼きというか、普通のならすぐ作れるが……お洒落なヤツを想像しているなら――」


 「普通のが良い、眼の前で作ってくれたのが食べてみたい」


 「んん? なんか妙な言い回しだな」


 「……ファミレスのしか、食べたこと無いから。 ご飯を作ってくれる人居なかった」


 おうふ。

 色々とダークな人生を送って来たのは話から想像していたが、まさか買い食いばっかりで生きて来たのかこの子。

 飯を作ってくれる人が居なかったって、多分そういう事だよな?

 どうりで飯の時だけ表情が変わる訳だ。

 うん、この子は“こっち側”に来て正解だよ。

 そんで回収出来て良かった、マジで。


 「ダメ?」


 「いいや、今日の夜にでも作ってやるよ。 丁度ダチョウの卵も試してみたかった所だしな」


 「ありがと、北。 楽しみ」


 ええんやで、なんて思って力強く頷いてみせれば。

 他の男性陣も「くっ!」とばかりに視線を逸らしていた。

 詳しくは知らんけど、やっぱり同情しちゃうよね。


 「白さん、オムライスって何ですか?」


 「黄色くて、横長、丸い」


 「不思議な食べ物ですね……」


 なんて、気の抜けた会話する南と白。

 この二人すぐ仲良くなってたけど、歳が近い事の他に境遇が似ているって所も要因なのかもしれない。

 親に捨てられた南と、親は居ても居ないモノとして扱われていたらしい白。

 どちらが不幸だとか、どっちが楽だとかそういう話ではないのだろう。

 二人共苦しくて、辛かったはずだ。

 そう考えると、こうして二人が笑って過ごしているだけでも良かったってモンだ。


 「エゴだというのは分かっているんですが、こういう子達には幸せになって欲しいと思っちゃいますよね。 一番弱い私が何を言っているのかって思われるかもしれませんが」


 ハハハッと、どこか恥ずかしそうに笑う中島。

 白も中島もまだ出会ってから数日しか経過していないが、それでも悪い人間ではないという事は分かる。

 それこそ“向こう側”なら笑われそうな台詞だったのかもしれないが、“こっち側”で笑う奴は少ないだろう。

 なんたって、誰しも目に見える死が身近にある生活をしているのだ。

 例えどんな台詞を吐こうが“ソレ”を現実にしてしまえば、笑う奴なんかいない。


 「だったら強くなって助けりゃ良いさ、“こっち側”で俺達は自由になったんだ。 例え綺麗事だとしても、実際に叶えちまえば笑う奴なんかいねぇよ」


 なんて、俺まで恥ずかしい台詞を吐いてから鉄火丼を掻っ込む。

 言うのはタダだ。

 でも実行するなら責任が伴う。

 それは“向こう”でも“こっち”でも同じ。

 でも、前に比べて随分と縛りが緩いと感じるのは確かだ。

 俺が知らないルールも、常識だって腐る程あるんだろう。

 でも、見知らぬ少女を救っても文句を言われないこの世界が、俺は結構好きなんだ。


 「自由……確かに、そうかもしれませんね。 私も、色々と考えてみます」


 「おう。 ま、気楽に行こうぜ」


 「ですね」


 新しく加わったおっさん仲間とは、どうやら上手くやっていけそうだ。

 そんな俺達の元へ、見慣れた鳥が舞い降りるのであった。

 ディアバード。

 いつものアイリの愚痴だったら良いのだが……なんだか、今日だけは嫌な予感がしたのは気のせいだと願いたかった。

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