第35話 ハズレ、増える


 勇者召喚が行われたのは数日前。

 だとすれば既に城周辺には滞在していないだろう。

 であれば人の脚で歩ける程度、しかも日本から連れてこられたのなら半日だって歩き続けるのは難しいはずだ。

 そう予想して、城からギルドに向かう大通りでひたすら聞き込み。

 変わった格好の人物を見なかったか? 俺らの様な黒髪黒目の人間がココ数日間の間に通らなかったか?

 そんな言葉を片っ端から掛けて回った。


 正直、俺達が助けてやる義理なんて微塵もない。

 知らない間に、関係の無い人間が死ぬのは俺達にはどうしようもない。

 だが知ってしまって、関係は無くとも同じ環境に落された奴を見殺しにするのは、城の奴らと同じになる様で非常に嫌だった。


 聞き込みの結果、分かった事は3つ。

 年の離れた見慣れない恰好をした男女が歩いていた。

 片割れと思わしき男性が、ココの所物乞いとして出没している。

 女の方はココの所見ないが、真っ白い髪をしていた。

 だそうだ。

 とにかく手分けして、その二人を探し回った。

 東は街の裏道や、人気のない街かど。

 俺はスラム街の様な廃れた場所を走り回る。

 西田の方で、その二人がウォーカーになっていたという報告が上がればソレで良い。

 だが今の所連絡が無い上、男の方が物乞いをしている状況だと、その可能性は薄いだろう。

 あぁクソ! 連絡を取るのにスマホが欲しい!


 「あんちゃん、何か探してんのか?」


 「あぁ!?」


 「おぉ、怖い怖い。 ウォーカーかい?」


 そこに居たのは、言い方は悪いが薄汚い恰好をした老人。

 俺達が使うテントよりもずっとボロいテント……の様なモノの下で、ケッケッケといやらしい笑みを浮かべていた。


 「少しばかり小銭を恵んでくれないかい? そうすりゃ助けてやれるかもしれないよ、俺はココの事を良く知って居るからね」


 信用して良いんだかどうなのだか。

 だがまあ、聞いてみる価値はあるだろう。

 しかし、先に向こうの用件を飲むのは悪手に感じる。

 俺は交渉なんて得意じゃないから、ココは最初から強気に出よう。


 「おい爺さん、ココ最近変わった格好の奴が来なかったか? 一人は黒髪黒目の男、もう一人は真っ白い髪の女らしい。 もしも重要な情報、もしくは居場所を知ってるってんなら……コイツをくれてやるよ」


 そう言って取り出したのは、一枚の金貨。

 日本円にして十万円。

 ホームレスにとっちゃ、喉から手が出る程欲しいだろうさ。

 ちなみに俺も欲しい。


 「なっ!? 本当か、本当に金貨をくれんだな!?」


 「さっき言った事を覚えているか?」


 「もちろんだ! ここで待ってな! すぐ連れて来てやる! 絶対にどっかに行ったりしないでくれよ!?」


 効果は絶大だったようだ。

 老人は物凄い勢いで走り去り、残された俺はすぐさま金貨をポケットに仕舞った。

 さっきから周りの目が痛いのだ。

 流石にスラムみたいな所で金貨をチラつかせたのは不味かったか?

 そんな事を思いながら、大きなため息を吐いて爺さんの到着を待つのであった。


 ――――


 「おら! 早く来いって言ってんだよ!」


 「痛い……放して」


 数分後、爺さんは一人の少女を連れて戻って来た。

 やけに反応が薄い、そして随分と細い。

 青い瞳は生気と呼べるモノが失われ、全てに絶望している様な悲壮感を漂わせている。

 そして彼女が身に纏っているのは、どう見ても日本のセーラー服だった。


 「旦那、どうですかい? お探しの相手ってのはこの小娘で? 二日ばかし前に急にやって来たんですわ。 こんな髪色だから病気でも持ってるんじゃないかって、誰も手を出さなかったんで、多分まだ処女ですよ。 へへっ、あぁでもココに来る前に“使われてた”可能性もあるんで、中古だったとしても怒らないで下さいね?」


 やけに上機嫌な老人が、ペラペラペラペラと良く喋る。

 よほど金貨を見てテンションが上がったのだろう。

 だが、逆にこちらのテンションは下がって行く一方だ。

 無抵抗な少女を引きずる様に連れてきて、言うに事欠いて処女だ中古だと。

 まあ“こっち側”のこういう場所では、当たり前なのかもしれないが。

 ポケットに仕舞っていた金貨を相手に投げ渡し、とりあえず彼女から手を離させる。

 そして。


 「失せろ」


 「へ?」


 「連れて来てくれた事には感謝する。 だが見るに堪えねぇ、聞くに堪えねぇ。 今すぐ失せろ。 そうじゃねぇと今すぐお前を叩き切っちまいそうだ」


 「ヒ、ヒィ!?」


 そんな会話の後、老人は金貨を握りしめて走り去っていった。

 正直スマン、助けてもらった事には感謝してるんだ。

 だがその思考が、どうにも受け入れられねぇ。

 俺らも南という奴隷を“買っている”以上、同じ穴の狢なのかもしれないが。


 「おじさん、誰?」


 「お、おじ……!? これでも俺はまだ20代だ」


 子供やら同世代なら“おっさん”とか言われても気にしないが、これくらいの子に言われると刺さる。


 「そう、ゴメン。 鎧着てるから、分からなかった」


 「あ、うん。 そうだな、こっちこそスマン」


 そう言ってから、兜だけ脱ぐ。

 “こっち側”に来てから、本当に安心できる環境以外では鎧を脱がない習慣が付いてしまったせいで、街中を走り回るというのに平然と兜をかぶって来てしまった。

 そりゃ歳も分からんわな。

 自分の行動にため息を溢しながら、改めて彼女と対面した。


 「初めまして。 俺は北山公太って言うんだ」


 そう名乗れば、彼女は初めて反応を示した。

 眼を見開き、驚きの表情を見せる。


 「うそ……日本人?」


 「あぁ、俺も“こっち側”に呼ばれて捨てられた人間だ。 勇者じゃなかったからハズレだって言われてな」


 「私と、同じ?」


 「多分な。 だから、迎えに来た。 腹減ってないか? 俺以外にも仲間が居る、一緒に来るか?」


 そう言って手を差し伸べてみれば、彼女は俺の掌をジッと見つめながらポツリと呟いた。


 「酷い事、しない?」


 「しない、俺も仲間も。 約束する。」


 「ぶったり、倉庫に閉じ込めたりしない? ご飯もくれる?」


 「……それは“向こう”に居る時の扱いか? 絶対にしねぇよ。 むしろ俺達と一緒に居る限りは守ってやる、腹いっぱい食わせてやる。 基本的に外で活動すっから、自由に動きまわりゃ良い。 一緒に居るのが嫌になったら、独り立ちしたって良い」


 何やら随分と物騒な事を言い始める彼女だったが、俺の言葉を聞いた次の瞬間。


 「行く」


 手を握り返してくれた。

 その小さな手は僅かに震えていて、全部信用してくれた訳じゃないんだろう容易に想像できる。

 当たり前だ。

 彼女は“こっち側”にいきなり連れて来られた上に、サポートも無しに放り出された。

 そんでもって俺は見知らぬおっさんで、真っ黒い全身鎧を装備しているのだ。

 見た目から不審だろう、むしろよくこの手を取ってくれたよ。


 「んじゃ行くか。 まずは飯に風呂、そんでゆっくり休め」


 「ん。 でも、もう一人居る」


 「そいつは何処に?」


 「街に行って、まだ。 ご飯貰うって」


 非常に短い返事。

 やはり二人で行動していたのか。

 しかしまずはこの子を皆の所に連れて帰ろう、もう一人はそれからだ。

 それに、既に東の方で確保してくれているかもしれない。


 そんな訳で、まずは一名確保。

 感情の起伏が少ない子なのかもしれないが、歩き出してからも手は強く握りしめたままだった。

 絶対に放すものかとばかりに、まるで迷子になってしまった幼子の様に。

 南とほとんど変わらなそうな少女の手を引く黒鎧。

 これ、傍から見たら相当不審者だよな。

 そんな事を思いながら、俺達は宿に向かって歩いて行った。


 ――――


 「それ、私の」


 「え? あぁ、これは失礼。 では私はこっちの肉を」


 セーラー服の少女と、スーツ姿の男性がひたすらに食事を続けていた。

 彼ら彼女らが食べているのは魔獣肉。

 一応色々説明したのだが、二人共知らんとばかりにモリモリ食べ始めた。


 「えっと、ご主人様。 そろそろ説明を」


 「キタヤマさ~ん? この報告書、誰が書くと思ってるんですかぁ?」


 「カッハッハ! やっぱりお主らは面白いのぉ!」


 俺らが出て行った後も酒盛りを続けていたらしいトール達も含め、試食会のメンツが勢揃いしていた。

 若干二名からは冷たい眼差しを向けられているが。


 「いやはや、二人共見つかって良かったな。 ギルドで情報なしの時は焦ったけど」


 「だね。 話によれば追放されたのは、この二人だけみたいだし」


 宿屋に到着した時、既に西田と東は帰って来ていた。

 見知らぬスーツの男性を連れて。

 そして飯を作っている間に話を聞いた結果、今回召喚されたのは5名。

 一人が高校生男子、ソイツが勇者の称号持ちだったらしい。

 ケッ、異世界主人公め。

 そして後二人は女子高生二人だったのだとか。

 その内の一人が聖女。

 もう一人の方は公表されなかったが、何かしらの称号持ちで城に残されたらしい。


 そんでもって称号無し、更にはレベルやら何やらも俺らと同様“無し無し”だった二人は、見事お城から放り出されたとの事。

 今回王女様は登場しなかったご様子で、二人は路頭に迷った。

 その後二人は貧民街へたどり着き、少女を隠して男性の方が物乞いして回っていたそうだ。

 ほんと、回収が間に合って良かったわ。


 「南、アイリ。 最初に謝っておく、すまん。 とある事情により、この二人を仲間に入れる事になると思う。 二人共レベル1だっていうから、また以前の森に――」


 「あ、いえ。 それは大体予想出来ているのでいいです。 そうでは無くて、何故この二人を拾ってくるに至ったのか。 そして何故ご主人様方が必死で彼らを探し回ったのかの説明を下さい」


 「右に同じく。 こんなの、何て報告したら良いのかわかんないよ」


 「キタヤマ~酒の席じゃ、どんどん語れよ~?」


 最後の酔っ払いにはうっせぇとだけ答えておこう。

 しかしどうしたものか。

 俺らの状況を説明しても、あっさりと信じてもらえるとは思えないし。

 ましてや新しい二人も聞いているこの環境だ。

 あまり不穏な空気にはしたくないのだが……。

 なんて、助けを求めて西田と東に目を向けてみれば。


 「う~~ん……とりあえず、話してみるか? 信じらんねぇとは思うけど」


 「僕らも詳しい事情とか分かっている訳じゃないから、本当にありのまま話す感じになっちゃうけど……」


 やっぱり、全部話してみるしかないか。

 まあ幸いこの場に居るメンツなら、そう悪い事にはならないだろうし。

 そんな風に腹を決めて、俺は改めて皆の方へと向き直った。


 「えっとな、信じられないかもしれないけど……俺ら、“この世界”の人間じゃねぇんだわ」


 “こっち側”に来てから色々あったが。

 この時初めて、俺は仲間達に対して全てを打ち明けるのであった。

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