第34話 ダチョウ肉と勇者召喚
「はぁぁぁ」
昼下がり、宿屋の庭先で俺は肉を焼いていた。
何故こんな所で飯を作って居るかと言われれば、支部長からサバイバル禁止令を受けてしまったから。
正確には、ギルドに頼んだ大量のダッシュバードの解体。
それが終わるまでは街に居ろというお達しだった。
なんでも2~3日は掛かるらしい。
仕方ないよね、100以上いる訳だし。
そしてあの巨大マグロも頼んだのだ、流石に時間が掛かるだろう。
解体も俺達の持ち込んだ物だけって事はないだろうから、コレばかりは我儘は言えない。
「こうちゃん、まだ称号の事気にしてんのか?」
「良いじゃん“デッドライン”。 格好いいじゃん」
西田はスープを、東は野菜を切り分けながら苦笑いを溢していた。
「お前らは疾風に鉄壁なんていう分かりやすい上に、格好良さげな称号だから良いけどさ。 何だよデッドラインって、締め切りかよ」
「流石に“死線”とかの意味だとは思いますが……」
切り分けたお肉の追加を持った南が、困った顔をしながら俺に渡してきた。
死線、死線ねぇ。
思い当たる節は確かにある、あるが受け取り手によってどうとでも解釈される称号なのは間違いない。
死線を超えた者、とかならまだ聞えも良いが。
逆に仲間を死地に送り込んだ者、とかだったら最悪だ。
確かにあの時は死んでもおかしくない状況だったし、覚悟もしていた。
実際少なからず怪我もした訳だし。
でもなぁ、いざそんな称号を貰ってみると。
「なんかなぁ……。 限界線とかの意味合いじゃないと良いなぁ……コレ以上育たない的な」
「流石に気にし過ぎですって。 称号なんて、結構ひょんなことから変わったりしますから」
アイリも励ますような声を上げながら、薪を炎の中に突っ込んでいく。
まあ今更何を言った所で変わったりしないのだから、諦める他ないのだろう。
もしも今称号が変わったら、イジケ野郎とか女々しい男とかに変わってしまう気がする。
うん、なるべく気にしない様にしよう。
「なぁに、これからもウォーカー続けりゃ変わる機会もあるだろうよ。 むしろ“魔獣食い”とか、それこそ“悪食”にならなかったのがビックリだ。 ホラ、窯が出来たぞ。 火も入れてある」
「そんなもんかねぇ……ん、窯サンキュ」
トール達、4人のドワーフからもやれやれと呆れた視線を向けられてしまった。
もう良い、考えない事にする。
さてさて、本日俺達が集まって何をしているのかと言えば。
前回の依頼で討伐したダチョウ、ソイツの肉を食ってみようという試食会であった。
ちなみに宿屋のオヤジから許可を取り、ドワーフ達にピザ窯を作ってもらった。
“こっち側”にも普通にピザはあるので、サクッと作れてしまう物らしい。
土魔法やら何やらを使って、レンガをくっ付けるのも早かったし。
そんな訳で今日はダチョウ肉を一通り使ってみようと思う。
数匹分しか解体してないが、体が大きい魔獣だから人数分は足りるだろう。
今後物凄い数のダチョウ肉がギルドから届くのだ、今の内に旨い食い方を見つけておかないと。
「にしても、赤いなぁ……ダチョウ肉」
「脂身って何でしたっけ? と言う程赤いですよね。 脂肪が少ないって事は、食べても太りづらいとかあるのでしょうか? 女性に人気が出そうですね」
なんて事を平然と言ってのける南だったが、この子は自分がその女性である事をちゃんとわかっているんだろうか。
そしてコレは魔獣肉。
食べる女性は南とアイリくらいしか居ないのだが。
「なんか見た目は牛肉って感じ? もしくはマグロの赤身? 良く分かんねぇ」
「お肉の匂いとかクセって確か脂身で変わるんだっけ? よく覚えてないけど」
各々感想を洩らしながら、色んな調理法の肉を眺める。
今回拵えるのはマンガ肉、ステーキ、焼肉、串焼き、煮込み、スープ、そして最後にピザ。
なのでコンロ、簡易かまど、焚火、バーベキューセットと至る所で火と煙が上がっている。
「アイリ、ピザ生地広げておいてくれ。 すぐ焼くから」
「はーい」
「トール達は火の番をしてもらって良いか? 流石に手が足りん」
「任せておけ、得意分野だ」
そんなこんなでガンガン料理を作って行く。
結構な品数になりそうだが、まあこの面子なら大丈夫だろう。
問題があるとすれば、立ち上る煙と匂い。
宿の窓から覗き込まれるのはいつもの事だが、道端からもかなりのギャラリーが張り付いている。
すげぇやりづらい……。
――――
「という訳で、とりあえず」
「「いただきます!」」
デカい簡易テーブルに並ぶ料理を覗き込みながら、誰しもゴクリと喉を鳴らしていた。
見た目はまあ、普通。
ダチョウの運動量のせいなのか、非常に脂肪が少ない。
ほぼ赤身といった具合のお肉だったので、もしかしたら固いかも? なんて思っていた訳だが。
「んっ!? 思ってた以上に柔らけぇ! ココはフィレの部分だっけか? 牛肉より柔らかいかもしれん」
まず齧り付いたのはフィレステーキ。
塩胡椒のみ、ガーリックソース、漬け込み肉と分けてみたんだが、どれも非常に柔らかい上に味わい深い。
やはり一番分かりやすいのは塩胡椒のみ。
柔らかさと、肉の味わいがダイレクトに口の中に広がっていく。
予想していたよりずっとサッパリしている、しかも癖が非常に少ない。
これならどんな料理にだって合いそうな雰囲気だ。
「焼肉食ってみたが、なんだろう? しつこい感じがまるでないな、すげぇ量食っちゃいそう。 タレと合うし米が進む」
そう言いながら、西田がガツガツと肉と米を掻っ込んでいく。
ふむ、これならダチョウの焼肉丼とか作っても普通に食えそうだな。
「ん~そうだな、とりあえず旨い。 旨いけど、マンガ肉で食べるならちょっとさっぱりし過ぎかも? 今まで猪とかだったから余計にそう感じるだけかもしれないけど。 でも普通に美味しい」
東はマンガ肉に手を出したみたいだ。
ナイフで削ぎながら、ツマミの様な勢いでパクパク食べている。
なるほど、やっぱり基本的にサッパリで癖が少ないんだなコイツ。
何にでも合いそうだが、コッテリガッツリを食いたい時には向かないって感じなのかな?
「串焼きも非常に美味しいです。 ダメです、止まりません」
鶏肉好きの南は、串焼きがお気に入りのご様子。
ものすごい勢いで口に運んでいる。
焼き鳥好きだもんね、君は。
いっぱいお食べ。
「今度唐揚げも作ってみるか……」
「唐揚げ!」
「また今度な?」
そうするとダチョウの卵を使って親子丼とかも良いかもしれない。
南が喜びそうなメニューがしばらく続きそうだな、こりゃ。
「煮込み系も美味しい……シチューも良いし、あっさりスープも美味しい。 いつものよりずっとさっぱりしてて、いつまで経っても飽きがこなそう。 特にコレ、このスープがすっごく煮込んであるお肉とあってる!」
アイリはスープ類を端から試している模様。
気に入ったと言っているスープに使ったのは首の肉だっただろうか。
ダチョウの首とか食えんのか? なんて最初は思っていたのだが、やはり鳥というのは引き締まった部分は美味しいらしい。
鶏も足が旨い、なんて言う地域もあるくらいだしな。
珍味というか、そういう類に含まれるのかもしれないが。
「クハハハっ! エールが進むのぉ!」
「旨い旨い! どれもうまいぞぉ!」
「ピザはまだ焼いてないのがあったかのぉ? どれ、追加を儂らが焼いてみるか!」
「キタヤマ! 必要なモンがあったらドンドン注文しろよぉ!?」
ドワーフ達はもはやいう事なし、バクバク食って飲んでを繰り返している。
特にピザとエールの組み合わせが気に入ったのか、もう既に三枚くらい無くなっていた。
「ふむ……ちょっと試してみるか」
「他にもまだ何かあるんですか? ご主人様」
マジックバックから取り出したるは、骨付きの首肉。
塩胡椒を振ってからバーベキューコンロの上に乗せ、焼けた部分から甘辛ダレを塗って更に焼く。
ゴクリ、そんな音が聞こえて来たので視線を上げてみれば、皆揃って俺の手元を覗き込んでいた。
今作って居るのはスペアリブ……モドキ。
肋骨部分じゃないから、単純に骨付き肉を焼いているだけなのだが。
見た目は骨一本だけのスペアリブ。
「えぇっと、食ってみたいヤツ手をあげろー!」
「「はぁぁい!」」
無論、全員が手を上げた。
なので。
「ジャンケンだ! ジャンケンで決めろ!」
「ジャンケンって何ですかご主人様!」
「あ、そこからか」
ジャンケンの説明をした後、参加者全員による白熱した戦いが繰り広げられた。
そして最後まで残った勝者が、俺の焼いた骨付き肉にかぶりつき。
「な、なんじゃこりゃぁ!? プリップリじゃ! 骨も一緒に焼いたからか!? 旨味も味わい深さも、柔らかさも段違いじゃ!」
勝ち取ったのはトール。
ご立派な髭をタレと肉汁で汚しながら、驚愕な表情を浮かべて骨付き肉にかぶりついていた。
「こうちゃん! まだ首肉あるよな!?」
「追加! 追加を求む!」
「ご主人様……出来れば私も」
「この前の依頼、私頑張ったよね!? ご褒美、ご褒美を所望します!」
「「「キタヤマぁ! 儂らにも、儂らにもどうか!」」」
「在庫的に、今日はジャンケンな」
「「えぇー……」」
「また今度食わせてやるから……」
そんなこんなで、ダチョウ試食会は大成功を収めた。
結果、普通に旨い。
コテコテギトギト系が食べたい時以外は、わりと何にでも合いそうだ。
コイツは良い肉を手に入れてしまった。
しかも大量に。
食糧問題は、だいぶ改善されたと言えよう。
いや、元々困っては無いんですけどね。
――――
「そういえばキタヤマ、“あの話”は聞いたか?」
「あん? なんだよ?」
皆揃って満足顔のまま、後片付けの最中。
トールが急に表情を曇らせて、そんな台詞を吐いて来た。
「まぁお前さん達は基本外にいるからな、聞いて居ないのも無理はないか」
「なんだよ、勿体ぶるなって」
「王宮で、“勇者”が召喚されたって話だ。 ついこの前」
「……は?」
俺達にとっては、出来れば二度と人の口からは聞きたくなかったワード。
“勇者召喚”。
アレのせいで俺達は“こちら側”に連れて来られ、そして捨てられた。
“こっち側”に来た事自体は何にも恨んだりはしていない。
だが呼び出されてすぐに捨てられた事や、あの時の好き勝手な期待や落胆、そして失望の眼差しと先の無い絶望感は未だに忘れられない。
「あぁ、その話本当らしいな。 なんでも“勇者”と一緒に“聖女”まで召喚出来たとか。 ウチの店にも寄付を寄越せとやって来やがった。 全く勝手な言い草だ」
「ハッ、そんなもん呼び出した所で何の役に立つんだか。 魔王軍とやらだって、実在しているかさえ分からないってのに」
「全くだ。 ついでに“聖女”も呼び出せたから、教会側が随分と好き勝手に動いてるんだろ? ろくに仕事もしない聖職者どもが、こういう時だけ金を集めやがる。 断れば後々煩いから余計に面倒だ」
ドワーフ四人衆が、ため息交じりにそんな話を繰り広げているが、俺達にとっては他人事とは思えない。
俺、西田、東は凍り付いたようにその場に停止し、彼らの話を聞き入っていた。
「なぁトール、それっていつ頃の話だ?」
「あぁん? えぇっと、そうさな。 たしか三日か四日くらい前だったかと思うが……」
「召喚されたのは“勇者”と“聖女”の二人、それだけだったのか?」
「ん? あぁ、多分な?……どうした、お前さん達」
そりゃそうだ。
外聞の悪い“雑魚”が一緒に召喚されたなんて報告、アイツらがする訳がない。
そしてもしも2人以上の人数が召喚されていた場合、彼らは……。
「スマン、後片付け任せても良いか? 西田、東。 行くぞ」
「おう」
「だね、急がないと不味いかも」
途中で仕事を放り出し、歩き出した俺達を皆不審そうな目で見ていた。
そりゃそうだわな、俺達が“召喚された”だなんて話、誰にも話してないんだから。
「ご主人様方? あの、その……」
「どうしたの急に。 何か急ぎの用?」
南とアイリが声を掛けてくるが、三人そろって困った笑みを返す事しか出来なかった。
「わりぃ、もしかしたら人が増えるかもしれねぇ。 無い事を願ってはいるんだが」
「はい?」
「んじゃ、後は頼むな」
それだけ言い残し、俺達は走り始めた。
近寄りたくはない、関わりたくはないが。
それでも、“異世界生活”が始まった王宮へと向かって。
「西田は一回ギルドに行って、最近のウォーカー登録者を確認してくれ。 姫様がまた手を貸してくれたなら、その可能性もある」
「あいよ」
姿が掻き消える様な速度で、西田が俺達とは別の方向へと走り出した。
“疾風”の称号は、伊達ではないらしい。
「東は俺と一緒に城周辺の探索。 路地裏、スラム街。 全部見て回るぞ、聞き込みも忘れんなよ?」
「了解。 もしも“居た”場合は……無事で居てくれると良いね」
多くは語らず、俺達は城へと向かった。
どうかコレ以上、被害を増やさないでくれ。
俺達は恵まれていた。
仲の良い三人で、姫様の支援もあって。
でも、今回も同じとは限らないのだ。
だからこそ、急がなければ。
「ホント、なんの為の勇者召喚だよ……」
そんな愚痴を溢しながらも、俺達は走り続けたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます