第33話 デッドライン
「クハハハハ!」
アドレナリン。
詳しくは知らないが、ソイツは戦うか逃げるかの反応において重要な役割をもたらすらしい。
今の俺達に発生しているアドレナリン効果は、まず間違いない。
“戦え”。
それだけをひたすらに叫んでいた。
「フハハハハハ! オラオラオラァ!」
壊れた様に、両手に持った二本の槍を振り回す。
実際、壊れてしまったのだろう。
槍を振り回す度に命の灯が消える、それが俺達の生きる道だと言わんばかりに、二本の槍を力いっぱい振り回した。
“楽しい”。
そう感じてしまった。
殺戮者。
一方的に奪う立場に立っている俺は、“ソレ”に快楽を感じてしまった。
「ハハハハハッ! オラオラどんどん行くぜぇ!」
西田も壊れた笑みを浮かべながら、ひたすらに走り回る。
隙があれば魔獣の首を狩り、止まる事なく進み続ける。
辻斬り、通り魔。
そんな言葉がピッタリだろう。
着実に数を減らしていく彼は、今何を想っているのか。
「来い! ドンドン来い! 僕はまだ死んで無いぞ!」
もう一人も、随分興奮した様子で大剣を振り回していた。
その剣はまとめて数匹の魔獣を屠り、休むことなく二本の刃が暴風の様に吹きすさんでいく。
アレを止められるのならば、止めて見ろ。
そう言いたくなるくらいの暴走っぷり。
俺達は、暴虐の限りをつくしていた。
「はっ! てめぇがボスか」
いつの間にか、目の前には他の魔獣より随分とデカい個体が立っていた。
コイツがボス、コレを倒したら終わる。
そんな曖昧な思考な元、俺は二本の槍を構えた。
「殺す、コレが終われば皆助かる……だから殺す。 ……まぁいいや、とにかく死ね」
頭の中がぐちゃぐちゃなまま、俺は槍を振るった。
俺達は、“死ぬつもり”でこの戦場に挑んだのだ。
もう後腐れはない。
守るべき相手を守るため、俺達は戦う。
だからこそこんな相手にでも、こんな馬鹿げた数にでも、俺達は戦いを挑めるのだ。
「おら、避けてみろや」
手に持った片方の槍を、ソイツに向かって思いっきりぶん投げたのであった。
――――
どれくらいの時間が経過しただろうか。
私は泣く事しか出来なかった。
情けない、本当に情けない結果。
だというのに、それでも状況が動いた。
「トレント……?」
いつの間にか、私達はトレントの集団に囲まれていた。
放った火は既に収まり、もはやコレ以上何も出来ないと言える状況であったにも関わらず。
「えっと……」
彼らは進み始めた。
何の恐れもなく、淡々と。
「ミナミちゃん!」
そう叫びながら、アイリ様が駆け寄って来た。
抱きしめられたその温もりを感じながら、視線は右に左に動き回る。
「えっと……コレは?」
「前にトレントが懐いた事があったでしょう? それを薪に使ったら集まって来たの。 一応、私達には害意を向けてないみたい」
そんな説明を受けている間も、トレント達は“巣”の中へと踏み込んで行く。
打撲音が聞こえる、獣の悲鳴が聞こえる。
トレントが、ダッシュバードを討伐しているのだろう。
「あの……ご主人様方は……」
「ごめん……わかんない」
アイリ様の言葉を聞きながら、真っ白な思考のまま涙が零れた。
嘘だ、絶対に嘘だ。
あの人たちが、簡単に死ぬわけがない。
だが、思考と気持ちは違う。
あふれ出る涙を止める事が出来ぬまま、私は彼女に抱き着いた。
「や、いやです……そんなの、嘘です! やだぁ、いやだよぉ!」
アイリ様に抱き着きながら、思いっきり泣き叫んだ。
ウォーカーなら、当たり前の出来事。
予想以上の魔獣の大群に遭遇し、抵抗空しく命を落とす。
この場合、数名でも命を落とさなかっただけ儲けものだろう。
それは分かっているのだ、分かっている筈なのに。
「いやだよぉ……ごしゅじんさま達が居ない世界なんか、いらない……」
そう呟いた瞬間。
「馬鹿言ってんじゃねぇぞ南、前に“生きろ”って“命令”しただろうが」
その声は、すぐさま私の言葉を否定した。
思わず振り返る。
大地を削った様な淵から、彼らは呆れ顔を浮かべながら帰って来た。
帰って来てくれた、全身を血に染めながら。
多分何割かは彼等からの出血なのだろう。
「まさかトレントに助けられるとは……やべぇなトレント、今度から可能な限り懐かせるか?」
「いやはや、持って来られる物は持ってきたからまだ良いけど。 最初からトレントに頼ったら何も残らなそうだね。 アイツら容赦なさすぎ」
そんな事を言いながら、三人は戻って来た。
北山様、西田様、東様。
その三人が今、帰って来た。
ちゃんと生きたまま、私の元へ帰って来てくれた。
「あ、あの……ご主人様」
「どした、ちゃんと帰って来ただろうが」
ニカッと笑うご主人様方に対して、再び涙が滲んで来た。
馬鹿、馬鹿、馬鹿。
そんな言葉が頭の中を埋め尽くすが、実際に出てきた言葉は全く別のモノだった。
「お帰りなさいませ、ご主人様。 本当に……本当にお疲れさまでした」
「おう、ただいま」
思わず口元がにやけてしまう。
ちゃんと帰って来てくれた、私を一人にしないでくれた。
そんな事を考えながら、再び顔を上げれば。
「こんの馬鹿どもぉぉぉ! どうなるかと思ったでしょうがぁ! 反省しろぉぉ!」
“身体強化”を使ったアイリ様が、ご主人様全員を蹴り飛ばしたのであった。
――――
「レベルが42。 サポーター……では無かったな、ミナミが28。 人種、健康状態に異常は無し、か」
「お、おう……」
非常に気まずい空気になった支部長室。
相も変わらず俺と支部長の二人きりなのだが、なんか今日は空気が違う。
まあ理由は言わずもがな、机の上に並んだ大量の魔石と魔獣の卵。
これでも、一部しか取り出していないのだから酷いモンだ。
「はぁ……あのな、市場価格って知っているか?」
「あぁいや、言いたい事は分かる。 全部買い取れとは言わんて、どっかに売ったりもしねぇよ」
「助かる。 ダッシュバードの卵をこんなにいっぺんに市場に流したら、色々な所から恨みを買う羽目になるからな……」
たかが3つの卵を手に入れるのに、貴族が金貨を支払うくらいだ。
それをまとめて市場になんか流したら、今回依頼して来た貴族は大損する形になるだろう。
「魔石の買い取りと、卵を数個。 あとはダッシュバードの素材は買い取ってやる。 残りは時期を見て小出しにするか、自分達で処理してくれ」
「え? 良いの?」
「構わん。 ダッシュバードの素材は多少値下がりを起こすかもしれんが、捌ききれない数では無いだろう。 魔石を見る限り20体かそこらか?」
「あー、えっと、その」
現在机の上に並べている“一部”は確かにソレくらいの数。
卵に関しては15個程度。
そうか、コレくらいの数でも価格変動が起きるのか。
不味いな、全部出したらどんな顔されるんだろ。
「どうした」
「あぁいや、その。 これがまだ一部だって言ったら怒る?」
「出して見ろ……」
もう机の上には乗り切らないので、床の上に卵を並べていく。
卵と上位種の死骸は倒した時点で回収したが、残りはトレント達にボコられ、踏み荒らされていたので、ほとんど解体どころか魔石すら取り出していないのだ。
そんな訳で、どんどんと卵を並べていった結果。
「もういい、もう良いからしまえ……頼むからしまってくれ! もう見せるな! ……卵はいくつあるんだ」
「全部で78」
「はぁぁぁ、一体何匹狩って来たんだ……」
「違うんだって! 確かに結構狩ったけど、ほとんどはトレント達が!」
「トレントってどういう事だ! 訳の分からない事ばかりやらかしおって! どれだけ俺の仕事を増やせば気が済むんだお前らは!」
「うっせぇ! こっちだってマジでヤバかったんだからな! 150体以上に囲まれるし、上位種はいるし!」
「本当に何で生き残っているんだ貴様らは!」
やけに理不尽なクレームを受けながら、ステータスカードをベシッ!と投げつけられてしまった。
この野郎……こっちの苦労も知らないで……なんて思わずイラッと来てしまったが。
「今回の鑑定結果だ、よく見て見ろ」
「んだよ? レベル以外は変化なしだろ? さっきお前がそう言ってたじゃねぇか」
「だからよく見て見ろ。 種族、体調に変化が無いと言っただけだ」
はぁ? と声に出しながら、全員分のカードに目を通す。
・北山 公太
・人族
・レベル42
・称号 デッドライン
・職業 ウォーカー
<状態異常> なし
・西田 純
・人族
・レベル42
・称号 疾風
・職業 ウォーカー
<状態異常> なし
・東 裕也
・人族
・レベル42
・称号 鉄壁
・職業 ウォーカー
<状態異常> なし
・南
・猫人族
・レベル28
・称号 なし
・職業 ウォーカー
<状態異常> なし
「なんか、増えてる」
「あぁ、増えたな」
嘘やん、今まで称号の欄空白だったやん。
いや、喜ばしいよ? 称号が何の役に立つのかしらんけど。
“勇者”みたいなバフ効果でも付くのなら、確かに儲けモノだよ。
たださ、一つだけ言わせてくれ。
「なんで俺だけ不穏なんだよ! デッドラインて! 何それ!?」
「それこそ私が知る訳なかろうが! 今度は何をやって来た貴様ら! 報告しろ!」
そんな訳で、俺達3人は称号を手に入れた。
俺のだけちょっと喜んで良いのか分からない代物だが、まあ前進した事だけは確かだろう。
レベルもベテランの域に入った訳だし、これからものんびりとサバイバルして、レベリングでもしながら生きて行こうではないか。
とかなんとか、無理矢理にでも思考を前向きに切り替えるのであった。
デッドラインて……えぇ……。
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