第32話 漢なら


 依頼完了したも同然とか言ったヤツは誰だっただろうか。

 俺ですね、すみません。


 「こうちゃん、どうするよ」


 おむすびを齧りながら、西田が渋い顔を向けてくる。

 そりゃそんな顔したくもなるさ。

 なんたって、視界の先には昼間の群れとは比較にならない数のダチョウ共が眠って居るのだから。


 「何匹いるんだよコレ……」


 浅いクレーター、とでも言えば良いのだろうか?

 大地が削れ、周囲は鬱蒼とした蔦や積み上げられた枝に覆われた空間。

 まさに鳥の巣と言わんばかりの見た目だが、異常にデカいソレの中に百に届きそうな数のダチョウが眠って居るのだ。


 「俺の数え間違いが無ければ、153匹。 コレはこっそり卵だけ盗んでくるのが正解かねぇ……真ん中、見てみ」


 そう言われて視線を向ければ、クレーターのど真ん中には他のダチョウより一回り大きな個体が。

 そんな奴が、体を広げながら大量の卵の上に乗っかっている。

 アレは一応温めているのだろうか?

 かなりはみ出しているが。


 「3つや4つくらいなら、余裕で取れそうだな。 気付かれなければ」


 「でもこの数だぜ? 村に被害を出してるって、間違いなくこいつ等だよな」


 確かに乗合馬車で聞いた話の原因はこいつ等だろう。

 でも、仕事ではない以上俺らがヤル必要はない。

 俺達の仕事はあくまで卵。

 依頼で最低3つ、そしてイリスの依頼は個数が書いてなかったから最悪1個でも持ち帰れば問題ない。

 とはいえ……。


 「回収に行けるとしたら、西君くらいだよね……」


 「しかしもしも気付かれた場合、西田様一人で百を超えるダッシュバードを相手する事に」


 「しかも中心に居るのはダッシュバードの上位種よ。 もしも騒ぎを起こしたりしたらとんでもない事になるわ」


 うん、無理ゲー。

 ダメでしょ、これ突入したら。

 西田が気付かれずに卵を回収できれば解決。

 しかし足の踏み場が無い程密集しているダチョウたち。

 どうしろと。

 もしも気付かれでもすれば、この全てが襲い掛かってくる訳だろ?

 秒で死ぬわ、流石に無理だわ。

 村人さんにゴメンして、支部長にも失敗しちゃったって報告しよう。

 うん、それが良い。

 死ぬよりマシだ。


 「よし、撤退するか」


 「だな」


 「そうしよっか」


 「はい」


 「コレは仕方ないわね」


 全員の了承が取れた所で、すぐさま踵を返して帰ろうとしたのだが。

 こういう時に限って起こるのだ、悪い出来事が。


 ――クエェェェ! とけたたましい声が響き渡る。

 慌てて其方に視線を向ければ、巣の中で眠って居た一匹が頭を持ち上げていた。

 その瞳は、間違いなく俺達を捕らえている。

 これは、ちょっと不味い。

 次々に起き始めるダッシュバード。

 今この場で逃げたとしても、間違いなく追ってくるだろう。

 この大集団が。


 「ど、どうするこうちゃん!?」


 「北君、どうしよう!」


 「これでは今すぐ逃げた所で……くっ!」


 「いやぁ……これはちょっと、ピンチですねぇ。 ハ、ハハハ……」


 考えろ、考えろ。

 逃げるか? こいつ等は隠れていれば通り過ぎるって村人も言っていたし。

 馬鹿野郎、こんな数にスカスカの森で何処に隠れるってんだ。

 ならば戦う? この数と?

 現実的じゃない、俺らは英雄でも勇者でもないんだ。

 チマチマ潰して行っても、数で押しつぶされる。

 全体のヘイトが俺らに向かない方法で、尚且つ数が減らせる作戦。

 そんでもって、隙を見て逃げられる作戦を考えろ。

 せめて南とアイリだけは逃がさないと……。

 そんな風に考えた時、巣の周りを囲う蔦と枝が目に入った。


 「は、はは……やるっきゃねぇか」


 「ご主人様?」


 乾いた笑いを浮かべた俺を、南が不信そうな目で見てくるが……今は時間が無い。

 すまん、そう心の中で謝ってから言葉を紡いだ。


 「俺が死んだ場合、生き残ったメンバーに所有権を譲渡する。 もしも誰も残らなかった場合、奴隷という立場から解放する。 これは“命令”だ」


 そう紡いだ瞬間、息を呑んだ声が聞こえた。


 「ご主人様っ!?」


 「西田! 東! 俺に付き合うか!? 最高に異世界主人公ってヤツを演じてやろうじゃねぇか! 俺らはハズレ組だけどなぁ!」


 もはや知った事かとばかりにデカい声を上げる。

 その声でまた何匹かまた首を起こしたが、知るか。

 もう今更だ。


 「ハッ! 上等だよ! 何考えてんのか知らねぇけど付き合ってやらぁ!」


 「逃げないよ。 皆と一緒に居る為なら、僕は踏ん張るから! 何をすれば良い!?」


 頼もしい声が聞こえ、思わず口元を吊り上げた。

 いいぜ、やってやろうじゃねぇか。

 俺達なら出来る、そう信じろ。

 全力で“強者”を演じろ。


 「命令だ! 南、木の上に登って援護射撃! マガジンを全部取り出して、マジックバッグをこっちに寄越せ! アイリ、今から渡す油を“巣”の周りに全部まいてこい! そんで火をつけろ! 逃げ場を無くすのと、注意を逸らせ! 盛大に燃やしてやれ!」


 「なっ! 戦うつもりですか!? いくら何でも無茶です!」


 「ちょっとちょっと! そんな事したら三人の逃げ場が無くなっちゃうじゃない!」


 反論を受けながらも南からマジックバッグを奪い取り、マガジンと油とマッチ、それからもしも火が付かなかった時の薪を取り出す。

 それらをあるだけ取り出してから、バッグを腰に付けた。


 「西田、絶対に止まるな! 攻撃しながら走り続けろ! 東、守る必要はねぇ! 体力がある限りブン回し続けろ!」


 叫びながら西田には小ぶりな武器を多数、東には大剣を二本。

 そして俺は、二本の槍を取り出した。


 「行くぞテメェら! ダチョウ狩りだぁぁぁ!」


 「しゃぁっ! ぶっ倒れるまで走ってやらぁ!」


 「全部狩る! 僕達は死なない!」


 それぞれ叫びながら、全力で走り出した。

 その“巣”の中心に向かって。

 どうせ“囮”なのだ、せっかくなら卵も全部奪ってやろう。

 好き放題に暴れてやろうではないか。


 「ご主人様っ! 止めてください!」


 「あぁもう! 知らないからね!? 本当に火をつけるからね!?」


 こうして150匹を超える魔獣と、更には上位種。

 そんな馬鹿げた数字の相手に、たった五人で挑む決戦が始まったのであった。


 ――――


 馬鹿、本当に馬鹿!

 そんな事を考えながら、私はひたすらに走った。

 手に持った油の瓶を次々と使い捨てながら。

 こんなの自殺行為。

 というか、私とミナミちゃんを逃がす為の作戦でしかないじゃないか。

 彼らは死ぬつもりだ。

 たった三人で、150を超える魔獣の相手をしながら。

 命令通り木に登ったミナミちゃんが、必死に矢を放っているが……あの調子ではすぐに残量が無くなるだろう。


 「クソッ、なんで! なんでこうなるの!?」


 誰が悪い訳でもない、何か失敗をした訳でも無いのに。

 なんでこういう事になるのか。

 分かっている、“仕方のない”事なんだって。

 単純な偶然、不幸な事故。

 ソレが時たま、最悪のタイミングで起こってしまう。

 それがウォーカー。

 そんな場面を何度も見て来たからこそ、私は引退を決意した。

 でも彼らなら、この人達ならもしかしたら。

 そんな事を考えて“戻って来た”というのに、またこうなるのか?

 嫌だ、絶対に嫌だ。

 もう仲間を見捨てる行動など、したくない。

 走りながら止まらない涙を溢し、ひたすらに油を撒いていく。


 「一周、したよね?」


 手持ちの油は全部空になってしまった。

 でも、近くにミナミちゃんが見える。

 多分大丈夫なはずだ。

 そう思いながらマッチに火をつけるが。


 「何で!?  何で火が付かないの!?」


 油を撒いたというのに、上手く火が付かない。

 何で、私はなんでこんな簡単な仕事ですら上手くこなせないの?

 本当に嫌になる。

 私みたいなのは、やはりウォーカーに戻るべきではなかったのか。

 そんな事を考えると、改めて涙が滲んでくる。

 ダメだ、泣いている場合じゃない。

 私は与えられた仕事をこなさないと。


 目元を強くこすり、彼から受け取った薪に火をつける。

 マッチの火で駄目なら、もっと大きな炎で。

 そんな事を考えて火をつけたのだが、薪に灯したその炎は緑色に輝いていた。


 「……あ、これって。 もしかしてレント君の?」


 トレントの体は薪木に向いている、そして不思議な色の炎を放つ。

 そんな話は聞いた事があったが、実物は初めて見た。

 とはいえ、普通よりもずっと強い火力で燃え上がる薪。

 これなら!

 そう思って“巣”に使われた蔦や枝に、思いっきり突っ込んだ。

 その結果。


 「よしっ!」


 油の影響もあり、盛大に燃え上がるダッシュバードの巣。

 指示された通り、命令された通りの動きはコレで完了した。

 達成感はあるものの、これからどうすればよいのか。

 そして、私の勘違いでなければ……私はこれからまた失う事になるのだろう。


 「止めてよね……キタヤマさん。 何かしら勝算がないと。 許さないんだから……」


 そんな呟きを溢しながら、燃え上がる炎を強く睨みつけたのであった。


 ――――


 「嫌だ、嫌だ。 絶対に嫌だ!」


 ひたすらに矢を放った。

 落ち着け、矢の残量は無限じゃない。

 動揺して矢を外せば、その分私が戦える時間は、倒せる相手は少なくなる。

 ソレが分かっているのに、私は矢を連射する。

 こんな事をしてしまえば、すぐに矢が尽きてご主人様達を助ける事が出来なくなる。

 それが分かっているのに、私は攻撃を続けてしまった。


 「嫌です……お願いです。 私を、置いて行かないで……お願いします、どうか……どうか!」


 ボロボロと涙を流しながら、私は木の上でひたすらにクロスボウを放ち続けた。

 最後に見た彼らの笑顔、アレは絶対に自分達の事を考えていない顔だ。

 私を、アイリさんを。

 彼らの“守るべき対象”を守る為に、自分達が犠牲になる覚悟を決めた顔だった。

 嫌だ、絶対に嫌だ。

 私は一人じゃ生きていけない。

 皆さんが居ないと、私は幸せを感じられない。

 だからこそ、必死に矢を放った。

 もはやどの魔獣を狙っているのか定かではない。

 でも撃てば撃つだけ当たる。

 そんな入れ食い状態。

 そんな中に、彼らは居るのだ。

 押しつぶされそうな質量の魔獣の中、ご主人様達は戦っているのだ。


 「逃げて……逃げてください! お願いします……どうか、死なないで! 嫌です、ご主人様達が居ない世界なんて、私は嫌です!」


 叫びながら、必死で矢を放つモノの。

 ガキンッ! と無慈悲な音が響く。

 矢が無くなった、補充しないと。

 そう思って腰に付けたマガジンに手を伸ばせば、最後の一つ。

 残り30本。

 嘘、だよね?


 「まだ、まだ魔獣はそれ以上居るのに。 私はコレだけしか戦えないの?」


 ゾッと背筋が冷えた。

 嘘だ、嫌だ。

 そんな事ばかり考えながら、マガジンをクロスボウに押し込もうとした瞬間。


 「ずああぁぁぁ!」


 その悲鳴が聞こえた。

 思わずビクリと体を震わせ、マガジンを取り落としてしまう。


 「あっ! ダメ!」


 それは私に残された最後の攻撃手段。

 ご主人様達を助けられるかもしれない、最後の手綱。

 それを私は、丸ごと取り落としてしまった。


 「くそっ!」


 思わず木の上から飛び降り、空中でマガジンをキャッチする。

 しかし着地までは上手く行かず、背中から落ちてしまった。


 「ガッ! ゲホっ! う、くそっ……」


 ゲホゲホとむせ込みながらも、胸に抱いたマガジンを腕のクロスボウに押し込んだ。

 これで後30本は撃てる。

 ココじゃご主人様達が見えない、早く木の上に登らないと。

 そんな事を考えながら、再び木の幹に手を掛けた瞬間。


 「え? なんで?」


 力が抜けた。

 いくら力を入れようと、プルプルと痙攣するだけでその場に座り込んでしまった。

 動け、動けよ!

 ココじゃ援護射撃が出来ないんだ。

 上に登らないと、ご主人様達が見えないんだ。


 「立って……立つんだよ! 座っている場合じゃないんだ。 動けよ! 今動かないと、全部無くしちゃうんだよ! 私の体なんてどうなったって良い! あの人たちを助けないと、絶対にダメなんだよ!」


 太ももをひたすら殴る。

 動け、動けと願いながら。

 それでも私の脚は、言う事を聞いてくれない。

 恐怖、焦燥、絶望。

 きっとそんな感情が邪魔をしている。

 ふざけるな。

 今まで散々地獄を味わってきたじゃないか。

 ソレを救い出してくれた彼らに、何も恩返しが出来ずに終わるのか?

 ふざけるな、ふざけるんじゃない。

 何を怯えているんだ、私の体は。

 死んだって良いじゃないか。

 あの地獄で死ぬより、彼らの為に死ぬ方がずっと良い。


 「だから……だから動けよぉ! なんで動かないんだよ! 弱虫! 臆病者! 卑怯者! 助けて貰った恩すら返せないのか私は!」


 嫌だ、嫌だイヤだ。

 あの人たちが死んじゃうなんて、絶対嫌だ。

 だったら私が代わるから、私が囮になるから。

 だから、せめてご主人様は……。


 「やだぁぁぁ!」


 子供みたいな悲鳴を上げながら、私は泣き叫んだ。

 止まらない涙、零れる嗚咽。

 私はどうする事も出来ず、その場に蹲った。

 情けない、頼りない。

 何より役に立たない。

 そんな自分が嫌で、変わろうと思っていた筈なのに。


 「なんで、なんで! いやだぁ! ご主人さまぁ!」


 泣き叫びながら、目の前で燃えがる炎に手を伸ばすのであった。

 本当に、情けない限りだ。

 私は昔から、何一つ変わってなどいなかったのだ。

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