第30話 奇妙な隣人2体目とトンテキサンド
「あの、本当に変じゃないですか?」
先日散髪屋に連れて行ってもらった南が、未だに毛先を弄りながら不安そうな顔をしている。
毛先の痛んでいる所を~なんて考えていたのだが、どうやら全体的に手を入れて貰ったご様子で、以前よりもさっぱりとした印象になっていた。
凄いね、やっぱ女の子はちょっと手を加えただけでも見違えるようだ。
前より健康的になった事もあり、ちょっと大人っぽくなった印象を受ける。
「ん、大丈夫だと思うぞ? 似合ってる」
「だな、大人っぽくなった」
「うんうん、可愛いと思うよ」
「皆さんミナミちゃんには普通にそういう事言えるんですよねぇ……」
どこか呆れ顔のアイリに、真っ赤になりながら俯いてしまう南。
何と言うか、親戚の子とか姪っ子なんかに「おー可愛い可愛い」とか言う感覚なのだ。
流石に歳が近い人に対しては、平然とそんな台詞が吐けるほどイケメンさんではない。
とまあそっちの話は置いといて、現在俺達は乗合馬車に揺られている。
以前の様にギルドから馬車を借りた方が早かったのは確かだが、如何せん滞在期間が分からない。
その間馬の世話をする人間が居ないので、コレばかりは致し方ないだろう。
とはいえ、距離としちゃ一日も掛からないからずっと気は楽な訳だが。
「もうそろそろですかね? 一気にダッシュバードの生息域まで侵入しますか?」
幾分か落ち着いた南が、窓の外を眺めながらそんな事を呟いた。
すると。
「アンタら、ダッシュバードを討伐しに来たのかい?」
乗合馬車だから当然だが、他にも乗客が居る。
その内の一人、ザ・村人って感じの人から声を掛けられてしまった。
俺達の恰好のせいもあって、最初はビクビクされたが。
「あぁ、ソイツの卵を取ってこいって依頼でな」
そう答えれば「あぁ、またお貴族様か」なんて、少しだけ顔を顰めながら言葉を続ける。
「気を付けろよ? 今年のダッシュバードは気性が荒い上に、やたらと数が多い。 群れが近くの村に頻繁に出没してんだ、全く良い迷惑だよ」
「そりゃ穏やかじゃねぇな……討伐依頼何かは出さないのか?」
「どこの村も人の被害が出るまではだんまりさね、金がないからな。 アイツらは足音がデカいから、通り過ぎるまで隠れてりゃ襲われない。 でもそのお陰で長い時間畑に出られなくてなぁ……こうも数が多くなってるって事は、上位種でもいるんじゃねぇかってもっぱらの噂だよ」
「へぇ、上位種ねぇ」
以前のゴブリン……は違うのか。
魔法使いっぽいのとかも居たけど、アレは変異種みたいなもんなのかね。
良く分からんが、色々と良い情報をもらった。
「サンキュ、可能な限り多く狩って回る様にするわ。 上位種ってヤツが居たら、なるべく仕留める様にする」
「え、あぁ~なんかすまない。 催促したみたいになっちまって、気を付けろって言いたかっただけなんだが」
「ハハっ、俺らに取っちゃ飯の種だからな。 どんな話でも聞かせてくれりゃ助かるよ」
文字通り飯になる訳だが。
そんな話をしている内に、馬車が止まる。
馬の休憩させる場所に着いたんだとか。
そしてココが俺達の降りる場所。
さっきのおっちゃんと御者に挨拶してから、道を外れ、草むらを直進し森に入る。
以前の森をジャングルと表現するなら、こっちは大森林! って感じだな。
地図を見る限り森やら平原やら、デカい泉なんかが入り混じった土地になっているらしい。
足場は非常になだらか、こりゃダチョウさんも走りやすい訳だ。
荒野なんかに生息しているイメージがあったが、割とどこにでも住み着くらしい。
「そんじゃ一度水辺へ行くか、寝床の確保をしてからここら一帯を見て回ろう」
「あいよ。 道中で拾えるモンは拾っていこうぜ」
「途中でダッシュバードも出るといいねぇ。 出来れば最初は単体で相手しておきたい所だけど」
そんな訳で新天地での活動が始まった。
はてさて、今回はどんな獣たちに出会える事やら。
今から楽しみで仕方ない。
――――
「アレは……なんだ」
「木が歩いてる」
「顔っぽい穴もあるね」
俺達の前を、木が歩いている。
自分でも何を言っているのか分からないが、文字通り木が歩いているのだ。
細長い手足を携えた、白い木。
ソイツがノッシノッシと綺麗な姿勢で歩行している。
もしかして大根丸の親戚か何かだろうか。
「トレントですねぇ。 襲い掛かったりしなければ、特に攻撃してきませんよ。 たまに人里に降りてきてその辺りに苗を植えちゃうので、そういう場合は討伐依頼が出たりしますけど」
流石は受付嬢、すぐさま魔獣の説明をしてくれた。
魔獣……どっちかと言うと魔物?
その辺の判断基準も良く分かんないけど。
とはいえ、どうすっかな。
別に俺達は戦闘狂という訳じゃないから、無害だというなら手を出さないけども。
進行方向が一緒なんだよなぁ……。
「なんか、凄く変な気分ですね。 トレントと一緒に歩いています」
ですよね。
南もやはり落ち着かないのか、チラチラとトレントに視線を向けている。
そんな事は知らんとばかりに、マイペースに進むトレント。
倒したら質の良い薪になるとか、樹液が取れるとかならちょっと狩ってみるのもアリなんだが。
そして泉まで歩いて行く俺達と木が一本。
結果から言おう、わりとすぐ慣れた。
途中からトレントと並んで歩いたり、追い越したりして見たが完全に無反応。
試しに触ってみたが攻撃さえしなければ問題ないのか、トレントは気にせず歩き続けた。
「そして結局、泉まで一緒に来てしまった訳だが」
「泉ひろっ」
「穏やかだねぇ、眠くなりそう」
地図にあった開けた場所。
まさに休憩所とばかりに、木々が無いその場所に日の光が差し込んでいた。
それこそ魔獣の休憩地にもなって居そうだが、むしろ来てくれるなら大歓迎だ。
探さなくても飯が届く、素晴らしいね。
「んじゃココで一旦休憩、飯の用意するか」
「了解ですご主人様。 今道具を出しますね」
マジックバッグを持っている南が、コンロや調理器具などを出していく……のだが。
「あ、あの……コレは一体どうしたら……」
腰を下ろした俺達の隣、というか南の真隣りにトレントもスっと腰を下ろしたのだ。
いや何してんの、というかお前座るのかよ。
急に隣で体育座りをされた南は、どうして良いのか分からずオロオロと視線を彷徨わせていた。
「敵意がある訳じゃないし、放置で良い……のかな? とりあえず南は少し離れとけ」
「はい……」
南と場所を入れ替わってみたが、トレントは特に反応なし。
別に彼女に懐いたとか言う訳では無いらしい。
本当に何なんだこの木は。
「トレントがこんな行動取るなんて聞いた事ないんですけど……まぁトレントと散歩する人達も初めて見たけど」
思いっ切り警戒しているアイリも、南と一緒に離れた位置から体育座りの木を観察している。
俺達が離れれば良いだけなのかもしれないが、何か付いてきそうな気がしないでもない。
「ま、良いか」
「良いのか」
「攻撃さえしなければ……大丈夫なのかな?」
そんな訳で、俺達は飯の準備をし始めるのであった。
――――
本日のメニューは手っ取り早くトンテキ。
以前見つけたトリュフ豚。
普段はキノコの為になるべく狩らない様にしているのだが、コイツは果敢にも襲い掛かって来たので、返り討ちにあった哀れな豚さん。
今や巨大な肉塊と化したソイツを、ステーキサイズにカット。
塩胡椒を表面に軽く振り、下味をつける。
肉の工程は以上、非常に簡単。
叩いたりすると柔らかくなるが、コイツは十分に柔らかいお肉様なので特にその必要も無し。
続いてソースだ、と言ってもこっちも滅茶苦茶簡単だが。
醤油、みりん、酒、砂糖、生姜とニンニクのすりおろしをミックス。
オイスターソースとか小洒落たモノを入れると旨いとかテレビで言っていたが、生憎とそんなモノ持ってないのでしらん。
そして“こっち側”で売っているかも分からないので、無い物をねだっても仕方がない。
コレだけでも十分旨いから良いのです。
コンロの上の数枚のフライパンが十分に熱くなって来たのを確認してから、油を敷いて肉をどんどん並べていく。
中火でゆっくりと火を通している間、キャベツの千切りをしこたま作る。
適当な所で肉をひっくり返してから、パンの用意。
本当はどんぶりでトンテキ丼とかにしたかったのだが、些か落ち着かない状況なのでさっさと食べてしまいたい。
チラッと視線向ければ、相変わらず体育座りのトレント。
顔みたいな三つの穴が、ジ~っとこちらを見つめている。
うん、気にしない様にしよう。
肉に十分火が通ったのを確認してから、先程のソースを投入し煮詰めていく。
両面ともしっかり味が付けば出来上がり。
先程のパンにキャベツを敷き詰め、焼き上がったトンテキをカットしてから乗せる。
更にもう一枚パンを重ねれば、手抜きトンテキサンドの出来上がり。
とはいえ大量に作るので、これでもそれなりに手間はかかるのだが。
「よし、出来たぞー」
「「待ってました!」」
「良い香りですね。 豚肉は久しぶりな気がします」
「コレよコレ……私はコレを求めて一週間受付をしていたのよ……」
各々声を上げながら、一斉に手を合わせる。
「それでは早速」
「「「いただきます!」」」
一声上げれば、皆競う様にトンテキサンドを口に運んでいく。
ふわふわのパンと、甘辛のトンテキ、そしてシャキシャキと音が立つキャベツ。
非常に簡単な組み合わせだが、コレがまた旨い。
もっと手を加えたいならパンを焼いてみたり、ゆで卵何かを一緒に挟んでみても旨いかもしれない。
色々出来るが、やはり今度は米と一緒に喰おう。
どんぶりで食いたい。
そんな事を思いながらササッと飯を済ませようかと思ったのだが。
ジ~~っと、圧を感じる視線が刺さる。
「あの……ご主人様」
「そういう置物だと思うんだ、気にしたら負けだ」
じ~~~~~~。
「流石にちょっと食いにくいな……」
「あはは……何を求められているんだろう」
「一緒に散歩したことで、仲間意識が湧いたとか……って、そんな訳ないですよね」
やはり誰しも気になってしまうようで、気まずそうに食事を進めていく。
なんか、一人だけ除け者にしている感が半端じゃない。
「そもそもトレントって何か食うのか? 魔獣……だよな?」
「ならやっぱり肉食なのか? いやでも、それなら襲って来てもおかしくねぇしなぁ」
「見たまんま木だしねぇ……水でも与えてみる? いや、目の前に泉あるし……」
なんやかんやと話し合ってみても、やはり答えは出ない。
なので形だけでもとサンドイッチを一つ皿に乗せ、スッと差し出してみた。
当然反応がない、なのでとりあえずトレントの足元に皿を置いてみる。
なんだろう、お供え物みたいになってしまった。
「いや流石に無いだろこうちゃん……」
「絵面が更に酷くなったね……」
だよね、俺もそう思う。
諦めて皿を下げようとしたその瞬間。
「ご主人様! トレントが!」
南が叫び声を上げて、ある部分を指さした。
それは、足。
非常にゆっくりだが、僅かに動いている。
徐々に徐々に足を延ばし、サンドイッチに近づいていく。
匂いでも嗅いでいるかのように膨らんだり縮んだりしてから、やがて。
「あ」
踏んだ、めっちゃ踏んだ。
コレはどういう意思表示なんだろうか。
単純に踏みつぶしただけなら、今すぐ薪に変えてやる事案だが。
「なんか……動いてるわね。 うにょうにょって」
アイリの言う通り、確かに動いているのだ。
踏みつぶして、更になじっているとかいう訳では無さそうで、なんというかこう……ポンプみたいに膨らんだりしている。
そして約一分後、トレントが足を退かすと。
残っていたのは皿のみ、サンドイッチはどっかに消えた。
「え? 食ったの? 食ったのお前」
退かした足の裏を覗き込んでみたが、ぺっちゃんこになって張り付いているという事も無さそうだ。
試しにもう一つ皿に乗せてみると、今度は先程よりも早い動作で足を乗っけてくるトレント。
あ、コレ間違いなく食ってるわ。
そんな訳で、奇妙な隣人との食事会が始まってしまったのであった。
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